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翡翠の瞳は隠さない~虐げられた令嬢は辺境の地で溺愛されながら翡翠の瞳で真実を照らす~  作者: 凪砂 いる
最終章|翡翠の瞳は隠さない

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39.祝祭前夜はあなたの傍で

 収穫祭前日。今日も朝から皆で装飾の最後の仕上げをする――むしろ朝から前夜祭が始まっているくらい賑やかだ。

 町からは人々の楽しそうな声がし、私はエルミラと浮き足立つ町の商店街を歩いていた。

 誰かが楽器を奏で、そこに集まる人々。わぁっという歓声が響き渡る。


 「アリーチェ様?」

 「ちょっと、待って。……この曲、聞いてみたい」


 首を傾げるエルミラを横に、私は噴水の縁に座り洋琵琶(リュート)を弾く女性に見入っていた。

 どこか不思議な旋律を奏でる彼女の指の動きは繊細に音を紡ぎ出す。

 懐かしささえ感じる彼女の演奏は、私をどこか遠くに連れ出してくれた。


 ――あの日の彼の手のように。


 女性の奏でる音に、私は目の前が滲んでいた。

 まるで、今までのことがどっと押し寄せるように。


 「……アリーチェ様、目が……赤いです。喫茶(カフェ)に行って、休みましょう!」


 私の背中を擦りながら、エルミラが提案する。


 店の中に入ると店主が、奥の席に案内してくれ、こそっと小声で話した。


 「アリーチェ様、収穫祭限定の菓子がございます。珈琲(コーヒー)と一緒にお持ちしますね」

 「え……あ……ありがとう……ございます」


 にこやかに一礼し店主はカウンターへ戻る。


 「収穫祭の時期にしかないお菓子、とても美味しいんですよ! 私も大好きなんです!」

 「それは……食べてみたい」


 エルミラが目を輝かせているくらいだ。よっぽど美味しいにちがいない。

 しばらくして店主が私とエルミラの前に珈琲(コーヒー)と菓子を差し出す。


 口にすると、とろけるように甘く、珈琲のほろ苦さと混じり私の中を駆け巡る。

 季節の果実をふんだんに使ったそれは、今まで食べたことのない味で、思わず頬がほころぶ。


 「これ……すごい……甘くて、とろけて」

 「そうでしょう? これが私の秋の楽しみなんです!」


 エルミラが饒舌に話しだす。浮足立っているのがこちらにも伝わってきて、つられて笑う。


 「――いよいよ夕方、ご主人様がお戻りになりますね」


 エルミラが少しにやりとして言う。私は顔がほんの少し熱くなる。

 たった数日会わなかっただけなのに、私の鼓動が早まっていく。

 早く彼の顔が見たい。会いたいと思ってしまう私が、そこにいた。

 気持ちに反して、時はゆっくり、ゆっくりと進んでいく。


 屋敷に戻った私は広間を忙しなくうろうろしていた。

 夕刻になるには、まだ光が白く、空が高すぎる。

 中庭へいったり、飾り付けの仕上げをしたり、気を紛らわせようとしたけれど、時はなかなか進まない。


 広間に戻る頃、やっと遠くから車輪のカタカタという音がかすかに聞こえてきた。

 車輪の音が、ひどくゆっくりと感じる。まるで無限の回廊を走っているかのように。


 私の鼓動が早くなっていき、車輪の音と二重奏を奏でる。


 カタリ。と車輪の止まる音がし、私は玄関の方へ走り寄る。

 ゆっくりと降りてくる彼を見て、視界が滲む。


 「――おかえりなさい、アウレリオ様!」

 「ただいま、アリーチェ。――なんだその顔」


 彼がふっと吹き出し、次の瞬間、彼に抱き寄せられる。


 「――会いたかったよ。数日会えないだけでアリーチェ不足だ」

 「……私もです」


 俯きながら私は答える。心臓が大きな音を立て、彼に聞こえそうなほどに高鳴る。


 夜、私は久しぶりに赤い装飾の施された彼の部屋に行く。

 彼の隣に腰を下ろし、彼に寄りかかる。

 私の髪に、彼の手が触れ、撫でられていると、心の中がじわりとあたたかくなる。


 「……いよいよ、明日ですね」

 「――ああ、ここから、俺達はまた新しく始まるんだ」


 私たちは微笑みあって、左手の甲をひらりと差し出し、揃いの装飾の指輪を見せ合う。

 私は、翡翠。彼は、琥珀。

 それぞれの瞳の色が燭台の灯りに照らされて光っている。

 私たちは揺らめく明かりに照らされ、静かに、会えなかった数日を埋めるように口づけを交わす。


 抱き寄せられると、彼の体温を感じ、じわりと暖められていく。

 胸が一杯になり、零れそうな彼への想いは、どう伝えたらいいのだろうか。

 私は、彼の首にゆっくり手を回し、微笑む。


 「――わっ! ……アリーチェ……!」


 急に顔を赤らめる彼が、可愛いと感じる。

 そして、ぼそっと彼は声を落とす。


 「……そんなに寂しかったのか?」

 「もう、あなたなしの生活なんて、ありえませんから」

 「――っ! アリーチェもすっかり、言うようになったな」


 彼と私はくすっとお互いに笑う。彼の顔が、ますます赤くなる。


 「……やっぱり、好きだ。愛してる。アリーチェ。……1日だって離れたくない」

 「私も、最近のあなたのくるくる変わる表情にますます惹かれています。愛しています。アウレリオ様」

 「――次の公務に、行きたくない」

 「行かないと陛下も、お父様も皆が困ります……今度は、私もご一緒しましょうか?」


 彼の目が、わずかに揺れる。


 「しかし、アリーチェにとって、王都は――」

 「少し行くだけなら、もう大丈夫です。少しでもあなたのそばにいたい――ダメですか?」

 「……ダメなわけ、ないだろう……!」


 彼が私を抱きしめる手に、力が入る。

 そして、何度も彼から口づけが落とされた。

 彼が私を捉える目線が、優しく私を絡め取る。


 私も、胸が一杯になりながら、彼の視線を捉え、離れないまま夜は更けていった。

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