26.王都にて
王都の財務局は今日も忙しない。絶え間なく紙とペンの擦れる音がする。
財務局の文官の男が、アウレリオを見て僅かに視線を落とす。
領地報告の書類と彼を交互にちらちらと見ながら、言葉を探すように口を開く。
「……何か、不備でも?」
「――いえ、こちらで承りました」
アウレリオが背を向けた瞬間、ふっとかすかな息が文官から漏れる。
彼は、その音を聞き逃さず、しかし表情は崩さず部屋から出た。
(王都は久々だが――どこかから気配を感じる)
自意識過剰などではない、どこか寒気すら覚える違和感を含んだ空気が張り詰める。
コツンと靴の音がし、声をかけられる。
「久しいな。ファルネーゼ卿。結婚したそうじゃないか。おめでとう」
銀色の髪が揺れ、深い紫色の外套を纏っている。浅葱色の瞳で彼を見るその笑みは柔らかくもどこか不敵に見えた。
――サヴェリオ・フランドル宰相。
「ありがとう存じます。ご無沙汰しております。フランドル宰相」
アウレリオは平静を装い、あくまで丁寧に一礼し挨拶を交わす。
瞳は、「どのように追い詰めようか」という計算と怒りの色を宿して。
「本日の茶会、楽しみにしているよ」
それだけ言い、宰相は去っていく。
参加しないわけにはいかないが、宰相側も何か探りを入れている。
ぎり……と唇を噛み、立ち去る宰相の後ろ姿を、鋭い目つきで睨みつけた。
王城の外へ出ると、太陽の光が白く照らす。秋の風は涼しく、アリーチェと過ごした日々がこんなに経っていたのかとも思う。
すべてが終わる頃には、収穫祭の時期だ。その頃には彼女の心からの笑顔を見られるだろうか。
彼女と出会った王都の風は、春の花の香りと灰色の湿気が混ざった、そんな風だった。
王城の中庭で行われた茶会には、王族、貴族様々な人々が集まっていた――病床のオルドラン伯爵を除いて。
栗色の髪に浅葱色の目をした王族――特に当代女王デルフィリア・ウィンドミル陛下は顕著だった。
(やはり――翡翠色の瞳をした王族は、どこにもいない)
陛下の前で宰相が何かを仕込むとは考えづらいが、アウレリオは念の為出された菓子のくずを少し、布に包んだ。
「血霞と翡翠の瞳の娘――確かに似合いだな」
背後からぼそっと声が落とされる。アウレリオはそれでも貼り付けたように表情を崩さない。
王都のこの空気は苦手だ。さり気なく刃を向けられるこの感触。
この空気に晒されて生きてきたアリーチェの苦悩を思えば、彼はこのくらいなんともないと思う。
茶会が終わる頃には、日の光は橙色を含み始めていた。
使者からの密書には【宵の刻、宿屋裏の深い茂みで】と書かれていた。
オルドラン家の調査はサラとアグスティンが行ったという。
ファルネーゼ側の証拠とオルドラン側の証拠が集まれば――崩せる。
時間はまだある、アウレリオは王立図書館へ少し立ち寄ることにした。
屋敷にはない本も、ここにならある。何かが掴める。直感めいた何かが彼を動かす。
奥に隠されるように並んでいた本を一冊さっとめくると、目に留まる記述を見つける。
『装飾品を媒介とする呪術――装飾品に昆虫を原料とした粉末顔料に術を込めて印を描く。それは離れている場所でも発動し、一見病のように衰弱させ、対象を死に至らしめる――現在はフランドル家のみに伝わるものとされている』
――!
アウレリオに電撃のようなものが走る。
『フランドル』
その文字が、何かを示すように浮かんでいる。
彼は、サッと走り書きのように内容を書き写す。
(これは全てを開く鍵となる)
彼は確信めいた何かを感じ、口角を僅かに上げた。
夜、虫の声が僅かに聞こえる頃、アウレリオは昼間にあったことを思い起こし深く息をついた。
王都に着いて、改めて確信した。宰相の僅かに不敵な態度、王族の姿――そして、王立図書館の奥に隠すように並んでいた一冊の本。
これら全てが――点をすべて繋ぎ、開く鍵となると。
「――ファルネーゼ……卿?」
振り向くと、後ろに震えて青白い顔をしたサラが立っていた。
おそらく……夫人に見つからないように持ち出したものと――手紙を添えて。
そして、別行動をしていたフリオと王都へ派遣した使者も集まってくる。
欠片は、すべて揃った。
あとはこれらを――つなぎ合わせ、鍵を開く。
夜の風が少しひやりとする。
宵闇に立つ彼らは、息を潜めるように身を寄せる。
「ご主人様、王都での調査結果を――」
フリオの言葉に、彼は深く頷く。
「サラも、すまない。そんなに震えて……怖かっただろうに」
「いえ、ご主人様より手紙を預かってまいりました。あと、奥様が隠されていた手紙を――お持ちしました」
四人は頷き合う。そして、さらに息を潜める。
使者が、声を落とす。
「外では誰が聞いているかわかりません。お部屋をご用意しました……そちらへ」
「すまない……ご苦労だった」
使者とフリオが用意した部屋は、宿の裏から入る隠し部屋のような地下の石造りの部屋だった。
ただ燭台だけが揺れるその部屋は、しんとして音も響かない。
「では、始めようか」
アウレリオが声を落とすと、そこにいた者の喉がごくりと鳴った。




