10.血霞の決意
アウレリオ視点です
自室に戻ったアウレリオは自身の椅子に腰を降ろし、机上の書類に視線を落とす。
『ファビオ・オルドラン伯爵令息を、ファルネーゼ侯爵領内レイヴンコート・アカデミーへ転校の手続きを取る』
そう書かれた書類を封筒に入れ、封蝋を押す。
――これで、オルドラン伯爵家は守られるだろう。
彼はそう確信したように頷く。
妻として迎えたアリーチェも、その弟ファビオも、彼は守りたかった。
姉を守ろうとするファビオの眼差しが、かつての自分に重なる。
(ファビオは、伯爵家を一度出て教育を受けるべきだ――伯爵夫人の目の届かないところで)
彼は一瞬目を伏せ、その後、壁にかかっている肖像画を見る。
(父上、母上、姉上――今度は、守れるでしょうか)
家族の肖像画は答えを出さず、ただ見守るようにそこにある。
アウレリオは目を閉じ、ぎゅっと手を握りしめた。
「――アウレリオ様」
背後からフリオの声がする。
アウレリオはフリオの方に向き直し、先ほどの封蝋が押された封筒を手渡す。
「これを――オルドラン伯爵家に。ファビオ・オルドラン伯爵令息の今後の件だ」
フリオは「承知しました」と強く頷く。そして、悟ったように口を開く。
「ファビオ様も――お近くに呼ばれるのですね」
「彼は、伯爵夫人の目の届かないところで過ごせば、きっと輝く。オルドラン伯爵家を立て直せる――芯の強い少年だ」
フリオが静かに口を開く。その顔は、少し心配そうに眉尻が下がっている。
「ですが、ファビオ様はまだ十五歳。環境が変われば戸惑うかと――」
それを聞いたアウレリオは首を振り、少し微笑んで口を開く。
「オルドラン伯爵家を継ぐ――その器がある男だ。それに、姉弟揃って、芯は強い」
「随分とオルドランの姉弟を気にかけておられるようですね」
アウレリオは少しきょとんとした表情で言う。
「当然だ。彼女は私の妻だ――それに、あの家ではまともに食事も摂れていなかったようだ、手も荒れていた」
彼は静かながら饒舌に話を続ける。
「ファビオは――そんな姉を見て気にかけ、心を痛めている。そういう優しく、強い男だ。だからこそオルドラン家から一度、離れたところで教育を受けさせる」
それを聞いたフリオはふっと柔らかく微笑む。
「よく見ておられるのですね」
「何がおかしい。当然だ」
優しく一礼し、フリオが退室する。主が不器用ながらも妻に愛情を注いでいると感じたように、フリオは安堵した表情を浮かべて。
再び静寂が訪れた部屋で、アウレリオは窓の外に見える町の灯りを見る。
(アリーチェは楽しそうだった……ようやく、彼女が笑ってくれた。この町で、彼女は生き直せる)
彼は、初めて見たアリーチェの楽しそうな顔を思い出し、顔をほころばせていた。
そして、誓うように手をぎゅっと握り、目を閉じる。
(王都にいたときのように――怯えた目はもうさせたくない)
彼女は、町で褒められただけで戸惑っていた。
初めて世界を見たようなきらきらとした眼差しをして――どれだけ歪んだ環境だったのか。
彼女は、町で子どもに「きれいな目」と言われただけで戸惑っていた。
目を見て話されることに、ひどく驚いていた。
(アリーチェは――王都でどれだけ歪な世界を生きていたのか)
伯爵令嬢とは思えぬ古びた服、青白い顔――異を唱えたら生きて行けぬと子供ながらに悟ったような表情をしていた弟のファビオ。
アリーチェはもちろんのこと、ファビオにも王都であのような生活をさせたくなかった。
(彼女は――王都にも、オルドラン家にも戻さない)
アウレリオの目に強い光が宿っていた。
それは彼なりの誓いのような決意のように灯っていた。
部屋には、燭台の火がゆらりと揺れていた。




