4.領主の視察
翌朝。
「ルチア姉!いつまで寝ているの!」
ルチアの妹のニナが大きな音を立ててドアを開け、ルチアの部屋に入って来た。
「……え、もう朝…?」
ルチアはそう言ってから布団を深くかぶった。
「もう!ルチア姉は朝に弱いんだから…」
ニナはそう言いながらルチアの布団をはぐった。
ルチアの横にリベルが寝ていた。
「きゃあああああ!」
ニナは叫びながら一瞬後退りをしたが、リベルをまじまじと見て言った。
「何⁈この可愛くて美しい動物は!まるで全身宝石に包まれているみたい!」
ニナは恐る恐る近づいて指でリベルの鱗をチョンと突いた。
「うわー硬い!きれい!売ったらいくらになるかしら?」
リベルはゾッとした。
「こらこら、ニナ。これはリベルという名の竜。鱗を取ったら死んでしまうわ」
ルチアは起き上がり両腕を上げて背筋を伸ばしながら言った。
「そうなの?残念……一枚でもダメ?」
「だめ!」「ギャウ!」
ルチアとリベルは同時に言った。リベルは怪訝そうな顔をしてニナを睨んだ。
「ちぇっ……あ、そうだ、今日領主様がこの辺りの視察に来られるから早く着替えて畑に出るって父さんがルチア姉に伝えてくれって」
ニナは言いながら部屋を出てバタバタと階下に降りて行きながら大きな声で叫んだ。
「母さん!ルチア姉が物凄くきれいな竜をつかまえてたよ!」
「もう、ニナったら……」
ルチアはため息をつきながらベッドから降り、着替えた。
領主様といえばオストラル伯爵だ。普段は王都にいて王宮で王太子の側近をしている。たまに領土に帰って来て視察という名目の休暇を夫婦で楽しんでいる。
オストラル伯爵夫妻はとてもおおらかで領民にも優しい。ルチアはこどもの頃、畑仕事を手伝っていたら視察に訪れた伯爵夫妻にいつも王都にしかないお菓子をもらった。
ルチアは腰まであるブルーシルバーの髪を横で三つ編みにしてクルクルっと頭に巻いてスカーフで頭を覆い、階下に降りた。
リベルはルチアにまとわりついて一緒に階下に降りた。
本当にずっとついて回る気なんだとルチアはリベルを目を細めて見ながら、空気と思うことにした。
「ほら見て!言ったとおりでしょ!」
ニナがリベルを指して言った。
「まあルチア、そんな珍しい竜どこで拾ったの?」
モリーが昼食のお弁当を詰めながらまじまじとリベルを見て言った。
「昨日裏山で怪我していたのを見つけて治療してあげたの。そしたらまとわりついて離れないのよ」
ルチアが困り顔で答えるとリベルが不貞腐れたように言った。
《まとわりつくなんて!僕はルチアの番ですから一緒にいて当然です》
「はいはい、リベルが勝手に番にしたんでしょ」
ルチアが言うとモリーとニナがギョッとした顔をしてルチアを見た。
ルチアはしまったと思った。リベルの言葉はルチアにしか聞こえない。ルチアは慌てて言い直した。
「あ、リベルが…勝手に…つ、ついて来て、困るなぁ…ハハ」
「怪我を治療してあげたから懐いたんじゃない?飼ってもいいけどちゃんとお世話しなさいよ」
モリーはお弁当を籠に詰めながら言った。
「…はーい」
ルチアは苦笑いをしながら返事をした。
《ちゃんとお世話してくれるのですね、ルチア》
リベルがルチアの肩顔を擦り付けて言った。ルチアは横目でリベルを睨みつけた。
「さあさあ、畑に行くよ。父さんとスカイは先に行って家畜に餌をやってから畑に来るからね」
モリーがお弁当の入った籠を抱えて言った。
「わたしが持つよ、母さん」
ルチアがモリーから籠を受け取り、ニアに向かって言った。
「ニア、こっちの水筒持ってきて」
「え〜っ、わたしも行くの⁈畑なんかに行ったら肌が焼けちゃう」
ニアは口を尖らせて頬に手を当てながら言った。
「お前も領主様に挨拶しなさい。どんなことでお世話になるかもしれないんだから」
モリーがニアに大きな水筒を差し出しながら言った。
「ニアはこどもだから伯爵夫人が王都のお菓子くれるかもよ。わたしはこどもの頃よく貰っていたわ」
ルチアは玄関に向かいながら懐かしむように言った。
「わたしはお菓子で喜ぶようなこどもじゃありません!ルチア姉は肌が焼けずに真っ白なままだからいいけど、わたしはすぐに焼けて黒くなるのに」
ニアはブツブツ言いながら大きな水筒を抱えた。
畑でヤンとスカイも合流した。二人ともリベルを見て驚いたが、ルチアにべったりで離れないので飼うことを許した。
五人は畑の草抜きをして畝を作った。午後からは畝に野菜の種を蒔く予定だ。
昼が来たので木陰で昼食を取っていると、煌びやかな馬車がこちらの方に向かって来るのが見えた。
「お、領主様がいらしたぞ」
スカイが馬車の方を見ながらワントーン高い声で言った。
「今日の馬車はいつもより派手な気がするわ」
ルチアはリベルにりんごをあげながら馬車を何度も見て言った。
馬車が木陰近くで止まった。
五人は急いで立ち上がり馬車から伯爵夫妻が降りて来るのを首を垂れて待った。
オストラル伯爵が最初に馬車から降りた。グレーの髪をオールバックにし、同じくグレーの口髭を端でカールさせて、いかにも貴族らしい出立ちだ。
伯爵は夫人が馬車から降りるのを手を差し出して介助した。
夫人が降りると伯爵夫妻は馬車の扉に向かって何かを待っているようだった。
また一人、馬車から降りてきた。
肩まである白銀の髪が風になびいてキラキラと輝いて見えた。
伯爵よりも位が高い人なのだろう、伯爵が丁寧にお辞儀をしながら、ルチアたちの方へ誘導していた。




