50
いつの間にか手の中にあった和綴じの本が二冊。何だろう、と小首を傾げた瞬間、ぶわりと焔を噴き上じた。
熱さはないが、二つの炎は瞬く間に渦を巻き、絡み合いながら高く高く昇っていく。本自体は燃え尽きるこくなく、右と左で、異なる二つの画面をこちらに見せつける。
出会っても。
出会わなくとも。
結局。闇衛は滅亡するのだと。大事な人々は喪われるのだと。
出会いことすら、無意味なのだと言わんばかりに。
ひたり、と胸を侵した絶望の波を、吹きつけてきた清冽な風が吹き散らした。あ、と目を瞠ったその真ん中に空里が飛び込んできた。
「見つけた、早桜」
風斗は穏やかに微笑んだ。
引き寄せられて、強く抱きしめられた。幻ではなく、実体だ。
「空里、」
いつの間にか本は消えていたが、動かした視線で、気が付いたのだろう。分かっている、と頷いた視線は揺るがない。
「私たち、何のために・・・っ」
言いかけた唇に、人差し指が置かれて、言葉を封じた。
「行こう、風織姫。」
風斗の言葉はとても明快だった。
「俺たちがともにあるときは、始まったばかりだ。何も定まってはいない。」
「----風斗、」
何が正しくて、どうすればいいのかなど分からない。誰かを傷つけて、夢のままに、すべてが喪われるのかも知れない----けれど。
「----あなたと、」
手を伸ばして頬に触れる。殆ど零に近い距離での囁き。二つの炎の螺旋は絡み合い、二人を飲み込むように、一つの新しい炎となった。まるで紅蓮の竜のように天へと吹き上がり、明けの薄光を帯び始めた東へ、ひたかみの空に向かって駆け始めた。
瑞兆なのか。終焉への嚆矢か。
目を瞠って夜空を見つめる人々の、様々な想いをも乗せて、風が奔る。風は渡る。
ひたかみのさきへ。
出会った理由を見つけるときが、始まる。
※
※
※
「今国解の文を抄し、衆口の話を拾いて、一巻に記せり。小生ただ千里の外なるをもて、定めて紕繆多からむ。実を知れる者正さむのみ。」『陸奥話記』
現代語訳
私は、公文書の記録や人々の話を聞いて、陸奥の争乱の記録をまとめた。しかし、千里も先の遠き場所で起きたことであり、京では(どう努めても)知る(調べられる)ことに限りがあって、恐らくは間違いや伝わっていないことも多いに違いない。どうか、真実を知る者があれば、正してほしいと思っている。
お読みいただきありがとうございました。『醒めない夢が覚めた涯て』については、これで完結です。
景季と風斗の決着は!? とか、経清の預名方問題とか、ここでは解決できない当然あるのですが、「風斗と風織姫」の物語としては、ひとまず(希望を預けて)の終着点です。




