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斬れなくなった剣を、敵めがけて投げ捨てた。
四方八方から突き出された槍が、甲を貫き、身の内に食い込む。
反射的に、ドォッと風が渦を巻き、取り囲んでいた大和兵を薙ぎ払った。
そして。
そこまで、だった。左手に握り、杖のようになっていた矛を手放す。最期に空が見たいと思った。だから、身体は仰け反るように後ろへと倒れていく。
青い。
----蒼い。
遠い。
----届かない。
一瞬。
死にゆく身に、心が重なって、直ぐ分かれた。
厨川の柵が落城の炎に焼き尽くされていく。
これが先の世か。頼義によって、闇衛が滅ぼされ、惨たらしく経清は処刑され、己は討ち死にして果てると。
真っ赤と真っ黒と真っ白になった目の前に、ふわり、とほっそりとした姿形が浮かび上がった。
藤原説貞の娘の姿であったが、直感がこれは彼女だと断じた。
すぐに腕に抱き取ろうと手を伸ばしたが、風に揺れる柳の枝のようなさまで、するりと手の中から抜けていくのだ。
彼女の目は閉じている。意識なく、燃え盛る炎の中で振り子のように揺れている。まるで、なにかを判じるように。
破滅を選ぶのか、と問うている。
崩れ落ちていく厨川柵の楼。本当ではない、と思っても、鳩尾がぎゅっと冷える。
早桜の右手側に別の情景が浮かぶ。
琥野江の里。乳母の里だった。こうしても一目で分かるほどに、あの頃、己はよく逃げ込んでいた。
紋様が薄れ始めて、周囲の期待は高まって、さあ刮目せよとばかりの自負は瞬く間にぺしゃんこで、意地だけで必死に顔を繕っていた、頃。
足元で寝そべっていた大が、毛を逆立てる気配を感じて上体を起こし、身体をねじるようにして丘を振り仰いで、淡い光を纏って、若い女――少女を見つけた。
ひとならぬものである証に、鮮やかな夏の空と風にそよぐ梢が、その細い体の輪郭の向こうに透けて見えた。
瞬きを忘れたように見開かれた瞳から、悲しみでも、怨みでもない、理解できない不思議な涙を零していた。
奇跡の先触れ、だった----はず、なのに。絵の中の己は、じっと空を睨みつけたままだった。太次郎丸もぴくりともせず。やがて、静かに陽は陰って、吐息を空に吹き上げた少年が重い足取りで丘を下っていった。
次の邂逅であり、初めて言葉を交わし、風斗を創った倉真の原にも、彼女の姿はなく。苛立ちのまま、力を四方に迸らせる。追ってきた有夏と水生兄が予期せぬ風を受けてなぎ倒されて、怯えた顔でこちらを見た。
風斗にはならない----なれないままの人生が続いていく。
体が頑健なだけで、冠の者に生まれついたが虚弱体質だった異母兄と結局は同じ。期待を持たせた分、失望は深く、闇衛への求心力に陰りが生まれていった。そんな隙をついて、戦を仕掛けてきた陸奥国司藤原登任を鬼切部で打ち破るが、それは己が覚えているかたちではなかった。
頼義が赴任したが、恩赦で戦が止まるのは一緒だが、浮かべた安堵の顔は、もう自分とは思えず、さらに父とともに頼義に諂う、歪んだ表情に嫌悪すら覚えた。
他人の顔で擦れ違う守衛と経清。
この自分は、大和の都に行くなど思いもしないのだ。
ひたかみを想う気持ちと大和に苛立つ気持ちは、ある。けれど、融和と対抗に、場当たり的に揺れ動く。導くものではない、ただの闇衛の次代だ。
決められたままに妻を娶ったが、多賀城で見かけた藤原説貞の娘、早樹姫を欲して婚姻を申し込む。つれなく断られた。早樹姫と彼女がよく似ていることに風斗は目を瞠ったが、彼は知る由もなく、蝦夷風情が何をばかなと蔑まれたことこそを恨んで、ここ阿久利川にて、夜討を仕掛ける・・・。
この。先でも、厨川柵が炎上する。経清の首はやはり斬られ、貞任の首も大和へと持ち去られていく。
揺れる早桜の背後で、二つの楼閣が、それぞれ燃え上がっている。
まるで、行く末には滅亡しかない、と啓示するごとく。
出会っても、出会わなくても、結局は戦は避けられないのか。
ひたかみは、滅びゆくさだめなのか。
諦めよ・・・と?
なにを、と風斗は笑いを含んだ。
「俺は風斗だ。俺たちは出会って、ここまで進んできた。」
彼の両の掌で風が渦を巻き、振り上げた手から放たれた風は右の----風斗ではない人生の涯を吹き飛ばした。
彼は、己ではない!
くるくると螺旋を描いて、その絵は炎の中に舞い落ちていった。
決然と厳然と、確信をもって、いる。
「風斗に風織姫がいる先が、そうでない先と同じになるはずもない!」
さき、とは、これから続けるものだ。風の行方をだれも追えないように。
もう一つの涯は高く舞い上がり、炎を纏い、小さく小さく燃え尽きていく。
みえざるもの
ふれられぬもの
みのらせるもの
うばうもの
ささやくもの
さけぶもの
あたたかきもの
すずしきもの
あつきもの
つめたきもの
はかなきもの
たけきもの
ときをはこぶもの
「----俺たちは、俺たちの涯に向かう。」
涼しくて、熱い声だ。空をかき鳴らすように響き渡る。
振り子は、かちり、と、その真ん中で止まった。




