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 後半、少し残酷描写(流血系)あり。

 「・・いつの間に!?」

 驚愕した顔で振り向いたのは、大和の男。義家の側に見たことがある。もの言いたげな目をいつもしていた。今も、何かを言おうとして、その言葉を留めたようだった。こちらからの何かを待っているようだが、それを汲んでやる義理はない。

 つい、と傍らを通り抜けて、柱の側に寄る。

 失望というのか、妙に傷ついたような目線が追ってきた。

 柱の表面に掌を近づけた。熱を感じるが、本物の炎のように炙っては来ない。

 風を柱の中に押し込んでみる。通常の火なら、風を喰って激しく燃え盛るものだが、柱は風を吸い込んだだけだった。自分から離れた風が、柱を突き抜けるのではなく、柱の中を上昇していく感覚に、風斗は己が顎を指で一撫でした。

「火か。」

 天と地を繋ごうとでもいうように、明明と、白白と昇っていく柱を見上げた。

 火の冠の者が現れた記録はない。

 水と風は、生じるもの。

 火は、()()()()()()()()

 だから。闇衛に生まれた女の名には「()」を含ませるしきたりがある。

 風斗は、柱に向かって踏み出した。熱。後ろで大和の男が何か叫んだが、自分の周囲を巡る風と炎がぶつかる音で、もう何も聞こえなかった。

 風斗の体は炎の中を、川の淵に巻き込まれた木の葉のように回転しながら、上へ上へと吸い込まれるように昇り始めた。


 白銀の兜が見えた。ゆっくりと焦点が合って、十郎永衡の顔を認識する。あれは、先の国司藤原登任がひたかみを襲った戦の際、多賀城仕えにも関わらず、妻の実家である闇衛側に立った彼に、父が贈った逸品だ。

 野営地だ。白い旗。源家の旗印だ。

 甲冑姿の武士や小者が忙しなく行き来している。戦。いつの間に。ここはどこだ。

 兜を小脇に抱えた義兄が、その腹心の侍を四人連れて歩いている。その前を先導するのは、大和の男----思い出した、藤原景季だ。弓を引いて見せろと言いだした、若武者。

 義兄はとある天幕に入っていった。貴人(おそらくは頼義)がいるということなのだろう、面を伏せて。

 まったく無防備だった。警戒もしていなかった。幕内に入った瞬間に四人は、待ち構えていた侍たちによって引き据えられた。

「上意である。」

 景季の宣は短く、淡々としている。

「内通の咎により死罪とす。」

 顔を上げる隙も与えずに、次々に振り下ろされる太刀。肉を斬る重い音と断末魔、血しぶきに濡れる刃と周囲、そして、ごろりと転がる首。何が起きているのか分からないという表情を浮かべて、大きく見開いた目がうつろに風斗を見上げた。 

「晒せ。」

 戸板に並んだ首。すっかり土気色で、首の後ろに釘が打たれて固定されている。時間が跳んだらしい。

 遠く、篝火の届かぬ闇の中からその首を眺めていた経清が険しい顔で踵を返した。

 また場面が変わる。

 必死に馬を走らせる大和の軍勢、その中、千人弱の一隊が、逆にむかって軍勢から離脱していく。中心は経清だ。


「白き(しるし)を用いよ! 赤き符は用いるべからず!」


 ()()()、少し年齢を重ねた経清が村の蔵を前に言う。背後に見える山の向きから、そこがひたかみではなく、衣川の関の向こう----大和の勢力地だと分かった。

 経清は、大和ではなくひたかみの衣装を纏い、

「多賀城に税を納める必要はない。大和には、この符を見せて、もうひたかみに納めたと申せばいい。」

 大和に入れるより軽い税に、里長が目を輝かせている。

「ここも昔、ひたかみであったと、空里----風斗が語ってくれた。風斗----闇衛の御館が、もうじき、正しいクニ境を示すだろう。心安らかに待つと良い。」

「御館に更なるアラハバキの御加護がありますようにと、預名方さま!」


 これは、先の世か?

 十郎永衡(義兄)が謀殺され、経清は多賀城と袂を分ち預名方と明らかにして、衣川の外に闇衛は勢力を伸ばし、己が御館と為っている、先の世。


 源頼義はどうなった?  義兄を処断したのは軍事の最中のようだった。


 勝ったのか。


 身を乗り出した瞬間、勝ち誇った様子の頼義とその前に縄撃たれて跪かされた経清が現れる。

「いまも、白き符を用いると申せるか!?」

 嘲る頼義を、経清は静かに見上げた。頬に筋を走らせた頼義が感情のまま経清を蹴り倒す。

「殺せ! 代々、源に仕えながら蝦夷に寝返った不忠義者だ! 」

 戦場の興奮と経清への怨みがねじり合わさって、将軍は醜悪な、加虐に満ちた表情で言い放つ。

「そこの鈍らで、ようようと首を落としてやれ。」

と。





 

 


軍記物語「陸奥話記」を参考資料としています。

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