45
供儀。徒花。
パンシーか首無し騎士か。
----断じて、そんなものではない。
闇衛を、ひたかみを、華々しく終わらせるために、自分達は出会った----なんて、ない。
ひたかみはひたかみのまま----その為に生きたいと願う姿ばかりを見てきた。
「風斗はひたかみを導くものだ!」
「ええ、滅びのふちへ、」
「だから、勝手な講釈を述べるな!」
口が悪くなっていることは認める。が、こっちっぽく話せる気持ちではないし、それでは伝えられない。
「それは、そっちの希望!! 勝手に願ってれば!?」
「別に願ってなどいませんよ? そうだと思っているだけで。」
余計に悪い。
肩を怒らせて睨む早桜に、さらりと白い髪を揺らし小首を傾げて言った。
「・・戦を起こしたくないですか?」
「はい、と言えば起こさないでくれるの?」
言い方は、もう喧嘩腰だ。なのに、
「どちらでもいいのでしょう、たぶん、わたしは。」
「はあ!?」
「わたしはあえてあなたを人目に付かぬように連れ出しました。」
どうして彼の話はあちこちと飛ぶのだろうか。
「ご兄弟には、嫁入り前の娘に悪いうわさが立たぬように、と説明したところ、心遣いにたいへん感謝されました。蝦夷に攫われて、数カ月行方知れずだったなど知られたら、早樹どのには致命的な醜聞ですし、御一族としても面目を失う。あなたにはお分かりにならないでしょうけれど?」
「本当に。」
「衣川に詰めかけ、あなたを出せと騒ぎ、若い娘を攫った安倍の罪を鳴らす方が手間もない。頼義さまは、勿論そちらをお望みだった。面目を潰した実行犯である貞任を差し出せと命じれば、きっと安倍はそれに従わぬから。闇衛は決して風斗を喪えぬ、と彼らも漸く分かったようです。」
「それで、どうして面倒な方になったの?」
「藤原説貞に恩が売れます。彼自身はたいした人物ではありませんが、そんな下々の娘にまで心遣いをして下さる頼義さまは、更に心を集めるでしょう。」
「・・・頼義は戦を望んでいるのに、理由を失うことに了承したの?」
「露見はきっとしますから、一時お心の広さを見せれば士気も上がるでしょうと述べました。」
「するの? 私が姿を消しても、それはいつものこと、と思うかも知れない。」
「仕掛けは施してあります、一応。でも、わたしはどちらでもいいのです、本当に。アレがあなたを奪い返し戦が起こって闇衛が滅ばされていくのも、奪われたことに気づかず、あなたはわたしの妻になって二度とアレの前に現れられず、萎れていくアレと萎んでいく闇衛を遠くから見るのも、----同じこと。」
地獄の紅蓮を映したような朱い目をして、彼は言を継いでいく。
「闇衛は、滅んだりしない。」
切りつけるような早桜の言葉に、そうですか、と柳に風のように頷いた。
「ならば、その身で飛んで行って報せるといいでしょう。もし、追いかけてきているのなら、止められますよ。ただ、その場合、こちらの身体は、わたしの好きに扱わせていただくことになるかと。」
「・・・脅し?」
「あなたの身体ではないのだから、気に病むことはないでしょう。」
「そんなわけ、」
いくか、と拳を握りしめた。
「ならば、共に待ちますか? 今夜の内には必ずあれはここに到るでしょう。ああ、終わりの始まりを、わたしが見届けることが叶うなんて、なんて素晴らしい…、」
うっとりと陶酔した笑みを浮かべたままた、彼の姿は輪郭を崩していく。白い霧か煙のように為って、抜け殻となっていた景季の体に重なる。ぴくり、と指先が震えて、体がはねて、瞼が上がった。
景季となった彼は動けずに居る早桜を座ったまま、やや見上げていた。それから、若い武者らしい俊敏な動きで立ち上がる。目線がぐっと高くなり、そして彼は、早桜に向かって予備動作なく拳を突き出した。拳は、早桜の腹から背に突き通る。
----いつかのように。
痛いわけでも、感触があるわけでもないが、生理的な嫌悪感が身を貫く。後ろに飛び退っていた。
薄ら笑いを浮かべて、貫いていた手をひらひらとさせ、景季の口は動いたが、もう、互いに言葉は渡らない。
そうと分かって戻ったということは、話は終わりだという合図だ。
しかし動き出さず、自分の動きを待っているのは、彼の温情・・・いや、試されているだけだ。
早桜は、地面を蹴った。
実際には地に足が着いているわけではないから、あくまでイメージだが、体は一気に宙を上昇する。
景季は瞬く間に見えなくなり、小さくきらめく篝火と月明かりを受けて昏く流れる川を眼下に臨む。
あの川を上流に辿れば、ひたかみだ。




