第9話 凪ぐようにマイペース
条件は一つクリアされた。
上級生の勧誘。
それも実績を持った経験者である、悠木瑞葉の勧誘。
これにより、教師側が提示した『すぐに廃部にならないための配慮』をクリアすることが出来たのである。
一番高い難易度の条件はクリアされた。
部室と顧問も確保済み。
後は、規定人数を揃えるため、残り二人の部員を見つけるだけ。
――――問題は、その部員集めが難航し始めているということだった。
「ふられたわ」
開口一番に、明里はローテンションで失敗の報告をした。
放課後。
部室予定の空き教室を掃除している理央と瑞葉に向かって、明里は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
「理央が悠木先輩を勧誘して来たから、私も気になっていた人を勧誘しようと頑張ってみたのだけれども、どうにも相性がよろしく無かったみたい。色々と頑張ってみたけれど、結局最後は嫌われるような形で振られてしまったわ」
珍しく気落ちしている明里に、理央は努めて軽い口調で励ます。
「まぁまぁ、気にしないでよ、明里。最初から何もかもが上手くいくなんてあり得ないし。気が合わない人だって居るさ」
「そうだよ、龍宮寺さん! 私だって一年生の時に部員を集めるのは苦労したもん。失敗の一つや二つなんて当たり前だって!」
理央の励ましの言葉に乗っかり、瑞葉もまた明里へ優しい言葉をかけた。
過去に部活関連で苦労と失敗を経験しているからか、明里へ向ける言葉には実感が伴っている。
「ありがとう、二人とも。けれども、今回の件に関しては私の悪い部分が出てしまったと反省しているの」
「悪い部分?」
「そう、無駄に意地っ張りで独断専行なところ」
小首を傾げる理央へ、苦々しく明里は語る。
「私は一応、文芸部の部長予定でしょう?」
「まぁ、言い出しっぺだし、君がやりたいと始めた部活だからね」
「学年的には私が引き受けた方が良いかもしれないけど、私は部活を潰した前科があるし」
「…………だからその、部長らしく残りの部員を一気に集めて、部活動を勢いづけようと思って。それで、気になっていた人にアタックをしたのだけれど。うん、『人数を集めたい』という願望が先に出て、相手に嫌われてしまったみたいなの。本来なら、こうなる前に理央や悠木先輩に相談しなきゃいけなかったのに」
それはよくある失敗談だった。
物事が順調に進んでいたからこそ、逸って失敗してしまった一例。
部長という責任を重く考えてしまい、自分一人でそれを背負おうとしてしまったからこそ、招いてしまった失敗。
明里ではなくとも、誰もが一度は経験していそうな失敗だった。
「気にしなくていいよ、龍宮寺さん」
だからこそ、瑞葉はそっと明里の頭を撫でる。
「誰もが最善で動けるわけじゃないの。後から『あの時、ああしていれば』という考えはいくらでも思い浮かぶけど、それは失敗したからこそ見える視点なの。失敗したからこそ、龍宮寺さんはそう思えるようになった……成長することができたんだよ」
「悠木先輩……」
「だったら、後は簡単だ。また頑張ればいい。反省して、成長したのなら今度はきっと上手く行くよ」
年上の先輩らしく。
失敗の経験者らしく。
寄り添うように明里を慰めた。
どうやら、創作の熱が入っている時以外は、悠木瑞葉という少女は真っ当な先輩として機能するらしい。
「ううっ、悠木せんぱぁーい!」
「よしよし。次は私たちと一緒に頑張ろうね?」
励ましの言葉を受けた明里が、涙ながらに抱き着き、瑞葉はそれを受け入れる。
一見すると如何にも感動的な部活のワンシーンに見えるだろう。
「うふふふ、ゆーきせんぱぁい」
瑞葉の豊満な胸に顔を埋める明里が、至福の表情を浮かべていなければ。
しかも、瑞葉に顔を向ける時だけは傷ついた後輩を演じているあたり、質が悪い。
「…………まったく」
そんな明里の様子に呆れながらも、理央は安堵したように息を吐き出した。
部室に入って来た時は露骨に落ち込んでいた明里だが、今ではすっかりと元気を取り戻している。
それが部員からの励ましを受けたおかげなのか、美少女の胸に顔を埋められたおかげなのかはわからないが、明里の精神は理央が思っているよりもタフだったらしい。
「それでさ、明里」
「んー?」
「どんな風に勧誘を失敗したの?」
「うぐっ」
なので容赦なく、理央は明里へ追及を始める。
「いや、責めるつもりはないんだけどさ。君が猫を被っている時の優等生モードは、男女分け隔てなく人気だから、普通に勧誘すれば大体の人相手なら成功するでしょ? もちろん、既に部活を決めていた奴や、どうしても入りたい部活がある奴は別だろうけど、それは最初からわかっているだろうし。そんな人を勧誘するほど君は見境が無いわけじゃない」
「うぐぐぐ」
「だから、どんな風に勧誘を失敗したのか気になったわけだけど…………明里?」
もそもそと瑞葉の胸から顔を離し、そのままそっと床に正座する明里。
そして、やや気まずそうに視線を逸らしながら、理央の疑問に答えた。
「…………勧誘は猫かぶりではなく、本音で行きました」
「なんで???」
「悠木先輩と理央のやり取りを見て……こう、やっぱり建前よりも、本音で勧誘した方がいいのかなって」
「言っておくけど、龍宮寺さん。自分で言うのも難だけれど、私の場合が特殊なだけで、普通はそんなに仲良くない人間相手に本音をぶち込むのはよろしくないんだよ?」
理央からの正気を疑うような視線と、瑞葉からの可哀そうな物を見るような視線。
二つの視線を受けた明里は、そのまま背中を丸めて反省の意を示した。
「ちなみに、明里。どんな勧誘内容だったの?」
「…………こう、貴方が必要だ! みたいな感じだったわ」
「具体的に」
「…………」
明里は静かに目を瞑った後、当時の状況を限りなく再現した様子で言葉を紡いだ。
「『へい、彼女。無表情クール枠として我が文芸部に入らない?』」
それはもう、ゆるふわ日常系の漫画に出てくるナンパ師であろうとも、ここまでひどくは無いだろうという誘い文句だった。
●●●
理央は謝罪することを決意した。
何故ならば、明里は一回だけならばともかく、手を変え品を変え複数回ほどクソみたいな勧誘をしていたからだ。
その果てに最後には『貴方が嫌い、二度と話しかけないで』と言われるほど迷惑をかけてしまったらしいので、もはや謝罪しか道は残されていなかった。
しかも、状況の悪化を避けるためには明里が頭を下げに行くのは悪手。二年生である瑞葉が声をかけに行くのも、威圧的な効果が生まれてしまう可能性がある。
故に必然と、理央が被害者である女子の下へ行くことになったのである。
「――――っ」
ただ、理央はその女子の姿を見た瞬間、思わず息を飲んだ。
当初の目的である謝罪を忘れてしまった。
何故ならば、その女子もまた、明里や瑞葉と『同じ』だったからだ。
「…………」
その女子はさながら美術品のように、図書室の椅子に座っていた。
灰を被ったかのような長髪に、銀色の瞳。血の気を全く感じられない真っ白な肌。同い年でありながら、小学生にも間違えられてもおかしくない小柄な体躯。
――――神様が作ったような西洋人形。
世界中の穢れなき物を詰め込んで作り上げたと言われてもおかしくない、それほどまでの美貌だった。
明里や瑞葉とも違う、人形染みた美少女。
それが雅堂 凪咲。一年C組に所属する、理央と同学年の女子だった。
「…………」
理央からの視線を受けつつも、凪咲はまるで気に留めていない。
静謐なる空気を纏い、銀色の瞳を手元の本へ落としている。
紙のブックカバーで隠されているが故に、その表紙は窺えないが、難解な小説や古代の詩編を嗜んでいてもおかしくない雰囲気だった。
まともな精神性の持ち主ならば、その雰囲気に圧されて声をかけるのを躊躇ってしまうだろう。
「読書中にごめんね? その、君が雅堂凪咲……だよね?」
ただし、理央は決意と覚悟を持ってこの場に立っていた。
謝罪する。
友達である馬鹿――もとい、明里の罪を少しでも雪ぐ。
そのつもりで図書室までやって来ていたのだ。
なので、凪咲に声をかけた瞬間、図書室中から殺気を受けようとも気にしない。他の利用者たちから『ああん!? テメェ、凪咲さんに何の用だ、おお!?』と声なき罵倒を受けようとも、無視してみせる。
今、何より大事なのは謝罪であるが故に。
「ちょっと謝りたいことがあって……ここだと周りの迷惑になるから、廊下まで移動しても良いかな?」
愛想笑いを浮かべながら、ある意味図々しい言葉。
けれども、図々しくとも言葉を紡がなければ理央の謝罪は始まらない。
申し訳なく思いつつも、理央は凪咲の反応を待つ。
「…………」
凪咲はしばしの無言の後、ぱたんと本を閉じてから立ち上がった。
「わかった」
短く、簡潔な了承の言葉だった。
同時に、今まで図書室中から突き刺さっていた殺意が霧散する。
どうやら、彼らは凪咲の意志を最大限に尊重すると決めたらしい。
「ありがとう、雅堂さん」
ひとまず安堵しつつ、理央は凪咲と共に廊下へと向かうことになった。
人の目が集まりにくく、けれども余計な心配を抱かせないような場所の廊下。
そこはすぐ傍に職員室がある廊下だった。それで居て、話し声が職員室に届かない程度には距離がある。まさしく、今の理央にとっては絶好の場所。
「まず、名乗るのが遅れてごめん。僕は一年A組の霧崎理央。近々、文芸部を立ち上げようとしている面子の一人で――つまりは、あの馬鹿もとい龍宮寺明里の関係者です」
だからこそ、余計な会話を挟むことなく、理央は即座に頭を下げた。
「…………」
「この度は、あの馬鹿の無作法を謝罪しに来ました。いや、本当にあの馬鹿がしつこくてごめんなさい。もう二度と、君に迷惑はかけないようにこちらでも対処しますので……今回は本当に申し訳ありませんでした」
誠心誠意、申し訳ないという気持ちを込めた謝罪だった。
痛々しい沈黙が降って来ようとも、頭を上げない。凪咲が何かリアクションを起こすまで、深々下げた頭をそのままにするつもりだった。
一時期は菓子折りなども持っていた方がいいか? などと考えた理央であるが、結局は気持ち。申し訳なく思う気持ち。謝罪への誠意。そういう物が肝心であると思い直し、このような形での謝罪となったらしい。
「頭を上げて、霧崎」
そして、理央の誠意は凪咲へと伝わったらしい。
「龍宮寺のことは嫌いだけど、霧崎の謝罪は受け取った」
凪咲は無表情ながらも、霧崎を見つめて確かに応えた。
ただそれだけのことで、理央は胸の中にあった重みが消えていくような気分だった。
「…………ありがとう」
「霧崎は悪くない。それじゃあ、そういうことで」
淡々とした口調で、けれどもそこに薄情さは感じられず。
清涼感すら抱かせるような言葉の後、凪咲は踵を返していった。
気風がいいとはこういうことか、と理央は感心しながらその背中を見送って。
「…………ん?」
ふと、足元に転がる二つのサイコロを見つけた。
六面のサイコロが二つ。
どちらも、赤い目を出して廊下の上に鎮座している。
「ファンブルか」
TRPGゲーマーの性として、思わず口に出してからふと気づく。
何のためのサイコロかわからないが、もしかしたらこれは凪咲の物かもしれない。ならば、一応は声をかけておこうと視線を戻して――――気づくと、目の前に凪咲が立っていた。
「…………」
背中ではなく、正面からじっと理央を見据えて。
しばらくの沈黙の後、ぽつりと呟く。
「固定値は?」
「正義」
ほぼ反射的な回答だった。
理央がTRPGゲーマーであるが故に、凪咲の呟きを即座に拾ってしまったのである。
そして、その反応は凪咲にとっては良いものだったらしい。
「妖怪」
「いちたりない」
「ロールプレイは?」
「ダイスを振ってから」
幾度かのやり取りの後、凪咲は無言で手を差し伸べる。
その手を取ることを、理央は一瞬も躊躇わなかった。
「「戦友よ」」
こうして、奇妙な偶然の下、二人のTRPGゲーマーは出会ったのだった。




