第10話 卓上遊戯
TRPG。
テーブルトーク・ロールプレイングゲーム。
それは物凄く大雑把に言えば、ルールのあるごっこ遊びである。
ゲームマスターと呼ばれるシナリオ進行役と、プレイヤーと呼ばれる参加者たちが『物語の登場人物』を演じながら進めていくゲームである。
この時、遊びに使うルールは多種多様だ。
例えば、剣と魔法のファンタジー。
例えば、怪異が蠢くホラー。
例えば、異能が溢れる現代バトルアクション。
その他、巨大ロボットを動かしたり、あるいは恋愛シミュレーションのようなルールも存在する。コンピューターゲームに様々なジャンルがあるように、TRPGのルール――世界観や『システム』もまた、人間の想像力の分だけ多種多様なジャンルが存在するのだ。
基本的に、ゲームマスターも含めた参加者は、このシステムに則ってゲームを進めていく。
そして、TRPGがコンピューターゲームと異なっているのは、対応の柔軟さにある。
ゲームのシナリオを制作し、NPCを動かすのはゲームマスター。つまり、実在の人間だ。時間と心の余裕がある限り、ゲームマスターはプレイヤーたちの提案に付き合ってくれるだろう。当初のシナリオに無い攻略方法も、面白ければ採用してくれるかもしれない。NPCも定型文を繰り返すだけではなく、何か有力な情報を与えてくれるかもしれない。
また、ゲームのキャラクターを演じ、動かすのは実際の人間であるプレイヤーだ。
予め用意された文章や選択肢ではなく、プレイヤー自身が考えた言葉が物語に影響を及ぼすのだ。
何か冴えたアイディアと周囲の納得があれば、シナリオの都合で死んでいくはずだったボスキャラクターでさえ、仲間にすることができるかもしれない。
自由と柔軟さ。
それこそがTRPGに於ける最大の楽しみであるとも言えるだろう。
けれども、多すぎる自由はゲームを破綻させる。
柔軟過ぎれば、何もまとまらずに単なる口喧嘩になってしまう。
故に、TRPGにはルールとシステム――そして、サイコロが存在するのだ。
サイコロ。
乱数発生装置。
一つの偶然。
TRPGの参加者たちは、これを用いて判定を行う。
自らが演じるキャラクターの行動、その成否を問う。
基本的に、この結果についてプレイヤーはもちろん、ゲームマスターですら覆すことはできない。
そう、TRPGゲーマーにとってはサイコロとは一種の神であり、妖怪であり、祝福や理不尽の象徴だったりするのだ。
キャラクターを演じ、サイコロを振り、言葉を用いて物語を作っていく。
この楽しみに魅了される者は少なくない。オンライン上では今でも、様々な物語が紡がれ、サイコロの音が響いているだろう。
だが、オフライン――現実でTRPGを遊べる者は少ない。
オンライン上では多くの仲間を集うことはできるだろうが、それでも現実でTRPGを遊ぶ仲間を集めることは難しい。
TRPGは黎明期よりも遥かに知名度は上がったが、それでもまだまだ他の娯楽に比べればマイナーと呼んでも仕方がないものなのだ。故に、現実で仲間を集めるのは本当に難しい。
特に、様々な娯楽がある都会ではなく、地方の街では至難だ。
まるで人が集まらないし、そもそもTRPGを知っている者が少ない。TRPGを知っている者が居たとしても、実際に遊んでいる者はもっと少ない。
だからこそ、奇跡なのだ。
TRPGゲーマーが二人、それも学生同士が現実で出会うことが。
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「霧崎、放課後ファンタズムの新作リプレイは読んだ?」
「もちろん。有名な作家陣がプレイヤーとして参加するセッションだからね。是が非でも手に入れたくて、隣町の本屋まで発売日に足を延ばしたよ」
「気持ちはわかる。電子書籍もあるけれど、私は紙の本が好き。可能な限り紙の本で読みたいと思う」
「同感だね。ただ、電子書籍やWEB上で読むからこそ真価を発揮する作品があるのも事実だけれど」
「ああ、音楽と映像を織り交ぜたリプレイも確かにあった。ブラックドラゴンは、あの企画が一度きりで終わったのは惜しい」
「もう一回ぐらいあの世界観とクオリティでやって欲しい企画だよね……というか、同じ学校の人とブラックドラゴンの話ができるとは思っていなかったよ、僕」
「それは私も」
「思った以上に戦友というか、趣味が被っている?」
「かもしれない…………ちなみに、霧崎は『卓上暮らし』っていう四コマ漫画――」
「女子高校生が主人公でTRPGを題材とした奴でしょ? 全巻持っているよ」
「流石、戦友」
「冗談で言ったのに、割と戦友レベルでの趣味の合致でびっくりだねぇ」
理央は凪咲との出会いに、柄にもなくはしゃいでいた。
女装モードの時以外は、基本的に冷静沈着な常識人であろうとしている理央であるが、この時ばかりは露骨に浮足立っていた。
「霧崎はオンラインセッションの経験は?」
「んー、中学時代から始めたから、まだ合計で…………百回とちょっとぐらい? とはいえ、主にゲームマスターだけど」
「なるほど。思ったよりも少ないと思ったら、ゲームマスター専門の人」
「いや、別に専門じゃなくて、シナリオを書けるのが僕だけだったから必然と優先的に卓を回すようになったというか」
「ほう、シナリオを自作するゲームマスター」
「あ、なんか既視感」
凪咲と共に街中を歩いていても、まるで周囲の嫉妬に気づかない。
通行中の安全に関わること以外、完全に雑音はシャットアウトしていた。
全ては、奇跡的な出会いを遂げた戦友との会話を楽しむために。
「私、やってみたい」
「僕のオリジナルのシナリオで?」
「そう、貴方のオリジナルのシナリオで」
「…………一対一のシナリオは『黄昏探検隊』の奴しか無いし、まだテストプレイは済ませてないシナリオなんだけど?」
「ならば、テストプレイをこれから済ませよう」
「これからって?」
「霧崎、今から予定は空いている?」
「今からって…………今から!? いや、空いているけどさぁ!」
「大丈夫、場所は確保する」
「んー、だったらまぁ、長くても三時間以内に終わる予定のシナリオだから、できなくもないか?」
そう、今の理央は明らかに迂闊だった。
いつもならば働くはずの理性のブレーキが鈍り、凪咲の誘いにまんまと乗ってしまったのである。
「到着、ここでやろう」
「…………あの雅堂さん?」
「凪咲でいい。私も理央と呼ぶ」
「じゃあ、凪咲」
「なぁに?」
「ひょっとして、ここは君のお家でしょうか?」
「そうだけど?」
その結果が、凪咲の自宅訪問だった。
入学してから通算、三度目になる異性の自宅訪問だった。
「さぁ、早く入って。時間がもったいない」
凪咲の自宅は、地方の田舎には珍しい高層マンションの一室である。
それも結構な広さとグレードの高さが窺える一室だ。一般市民としての価値観を持つ理央としては、異性の自宅という要素を除いても立ち入りにくい。
だからこそ、理央はここでようやく、己の正気を取り戻しつつあった。
「あの、凪咲。流石に出会ったばかりの男子を自宅に上げるのはどうかと思う」
「安心して、母さんは仕事の打ち合わせで帰りが遅い。うちは防音もしっかりしているから声を張り上げても何も問題ない」
「うーん、別の意味で問題が浮上してきちゃったぞぉ?」
確かに、凪咲とは趣味が合う。
初対面であるはずなのに、数年来の戦友のように馬が合う。
しかし、だからと言っていきなり自宅に上がり込むのはおかしい。家主である凪咲が許可していても、引くべき一線というものがあるはずだ。
ここは一つ冷静に、上手く凪咲を説得しようと理央は言葉を紡ごうとして。
「理央」
「あ、はい」
「余計なことは考えないで」
「いや、余計な事って――」
「私はしたい。人生初のオフラインセッションを、貴方と一緒に」
銀色の眼差しに胸を射貫かれた。
本気だった。
凪咲は本気でオフラインセッションをすること以外は考えていない。
生粋のTRPGゲーマーとしての――否、TRPG馬鹿としての言葉だった。
「貴方は、違うの?」
「――――っ!」
そして理央もまた、TRPGに関しては馬鹿と呼んでも差し支えがないほどにのめり込んでいる人間である。
「まったく、君に教えられてしまったね。そうとも、外聞や常識なんて――僕らの念願に比べれば、些事に過ぎない!」
「よくぞ言った、戦友」
「ああ、目が覚めた気分だよ、戦友」
馬鹿二人は玄関前で拳を突き合わせると、そのまま意気揚々と中へ乗り込んで行った。
結論から言えば、理央と凪咲のオフラインセッションは大成功だった。
黄昏探検隊。
それは数あるTRPGのシステムの中でも、現代怪異譚を楽しむためのものである。
基本的にはホラーシナリオを回すのに適したシステムであるが、ゲームマスター次第ではコミカルなギャグテイスト、人外とのエモーショナルな恋愛模様などと、幅広い楽しみ方ができるだろう。
そして、理央が作り上げたシナリオは王道的な人外との交流譚だった。
鬼の血を引く存在であることを隠して過ごす少女と、それを追う退魔組織。
街で巻き起こされる奇怪な連続殺人事件。
プレイヤーは一つの街を舞台に起こる事件の真相を追い求め、やがて決断を迫られる。
――――人は鬼と共に過ごせるのか?
この答えを求めるためのシナリオであり、プレイヤーにどれだけこの問いかけに真剣に付き合ってもらえるかが肝心だった。
「『俺には君が普通の女の子に見えるよ。当たり前に泣いて、傷ついて! 強がっている癖に、寂しがり屋の女の子に見える!』」
無論、歴戦のTRPGゲーマーである凪咲はその意図を上手く汲み取った。
プレイヤーキャラクターには、王道的なボーイミーツガールを演出するために、如何にもな熱血タイプの男子高校生としてメイキング。
普段の無表情は何だったの? と疑問に思うほど表情をころころと変えながら、暑苦しくも優しいキャラクターをロールプレイ。
見事に、このシナリオの『主人公』として物語をけん引していくプレイングをしていた。
「『…………いいのかなぁ? 私、鬼なのに、貴方と一緒に居てもいいのかなぁ?』」
プレイヤーである凪咲が乗り気になれば、当然の如く理央のテンションも上がる。
ゲームマスターという人種は、自らが作ったシナリオにのめり込んで貰えるほど歓喜し、自らもまたロールプレイに没頭していくタイプが多い。
理央は元々男性にしては高めの声を、女装のために会得した発声方法で実に『らしい』声へと変換。見事、シナリオヒロインとして最後まで演じ切って見せたのだ。
結果、凪咲はめでたくシナリオを大団円でクリア。
文句なしのハッピーエンドを迎えたセッションはプレイヤーもゲームマスターも関係なく、どちらも清々しい気分だ。
当然、凪咲と理央も同じ気持ちである。
「セッション終わりのオレンジジュースは格別」
「同感。命をそのまま飲み込んでいるみたいな味がするよね?」
「する、超する。私たちは間違いなく、生きていくために必要な栄養分を補給している」
「そして、オレンジジュースの合間に食べるジャンキーなお菓子がまた最高」
「しょっぱい味と甘い味のコンビネーションは、まさしく無限」
凪咲と理央は、過酷な戦いを終えた兵士のようにソファーに体を沈めていた。
白熱したオフラインセッションで消費した熱量を補うため、ジュースとお菓子を補給する手は止まらない。夕食前だというのに、美容に気を遣う理央ですら、今は一時の快楽と達成感に身を委ねていた。
だからこそ、ついつい二人とも忘れていてしまったのだろう。
――――がちゃり、と玄関のドアが開く音。
「ふぅ、ごめんねぇ、ナギ。ちょっと打ち合わせが白熱しちゃって! 今から、夕飯を作るからちょっと待ってて…………って、あれ? 靴が一つ多い?」
玄関から響く女性の声。
これらが意味することを、TRPGに熱中しすぎていた馬鹿二人は即座に思い至った。
「ええと、凪咲。誰かと一緒に居るの?」
凪咲の母親が帰って来たのだと。




