ゼロの次の始まり
「雲を固めてデートなんて、素敵ですわね」
「気に入ってくれたようでよかったよ。女子寮はあの男爵令嬢が部屋で病死していたのが判明して、何かとバタついていたみたいだからね」
「そうですわね。朝食の席にいらっしゃらないので、フリッカ様が見に行ったらベッドの上で眠ったまま冷たくなっていたそうですから、苦しみはなかったと思いますが、お気の毒ですわね」
「うん、彼女の実家も、不慮の事故で全員亡くなったらしいし、不幸って重なるものだね」
「本当ですわね」
マリアナ様の実家の方は誰が手を下したかはわからないが、マリアナ様を殺したのは間違いなくナティコト様だろう。
マリアナ様の死に関しては、思ったよりもすんなりと生徒会が後始末をしてくれた。
もともとマリアナ様にあてがわれていた部屋は倉庫なので、今は元の倉庫としての役割に戻っている。
それでも、女子寮がなにかとバタバタしていたのは事実で、夏季休暇前のテストに影響が出た生徒もいたかもしれない。
「それにしても、こんな魔法習ったことがありませんのに、いつ覚えたのですか?」
「部活の先輩に教えてもらったんだ。寒くないように防風結界とかもちゃんと張ってるから安心してね」
「ふふ、お気遣いありがとうございます」
夏季休暇で普通なら実家に帰るのだが、そこは乙女ゲーム仕様になっているのか、わたくしとミッシェル様は、ミッシェル様の実家の領地に遊びに来ている。
広い森のあるこの領地、その中でもまるで避暑地のような場所にある館でひと夏を過ごすことになり、フュリーやヴィリアもこの場所が気に入ったと言っていた。
あの二人は、どうやらわたくしの魂が異世界のものであることに気が付いていたらしく、その上でわたくしと契約を結んだらしい。
面白そうだったから、という理由だったのには呆れたが、精霊の人生は長いので、一時の戯れの相手に選ばれたのかもしれない。
「それにしても、日の出を見に行こうなんてお誘いを受けるとは思いませんでしたわ」
「幼いころにここで過ごした時、部屋のベランダから見る朝焼けが綺麗だったんだ。メレディスにも見て欲しいなって思って」
「あら? それでしたらミッシェル様のお部屋にわたくしが行けばよかったのではありませんか?」
「その場合、朝に待ち合わせじゃなくて、夜から一緒に居て朝を迎える、を選択したくなるな」
「まあ」
ミッシェル様の言葉に思わず顔が赤くなってしまう。
学園に居た時に既にいたしているとはいえ、そんなに回数をこなしているわけではないので、未だに照れが勝ってしまう。
何度も愛していると言われて、優しく扱われると、なんだかどうしていいのかわからなくなってしまって、毎回意識を失ってしまうので、こんな日の出を見に行くデートの前にはしないほうがいいだろう。
日の出前の薄暗い中をミッシェル様の作ってくれた雲に乗って移動していく。
防風結界を張っていると言っているが、程よく風が吹き込んできて、この季節にしては涼しいので、ショールを羽織って来て正解だったと思う。
この辺はフュリー達の助言のおかげだろう。
「そういえば、朝ご飯は任せてって言われたから準備してないんだけど、もしかして手作り?」
「ええ、料理部で培った成果を見ていただきたくて」
「それは楽しみだな」
まあ、簡単な物しか作れなかったと言うか、キッチンメイドとコックがじっと見てくるから、失敗しないように簡単なもの以外に手を出せなかった。
火を使うものとか作ろうとした瞬間、声に出てない悲鳴を聞いた気がした。
確かに公爵令嬢が料理なんて、学園でもなければしないだろうけど、あんなに警戒しなくてもいいのではないだろうか。
ちゃんと料理部に通ってるし、前世では自炊してたし、大失敗はしないと思うんだけどな。
ミッシェル様の好物もちゃんと把握してるし……。
「学園に居る間はお互いに部活動などがありましたので、お部屋デート以外出来ませんでしたし、初めてわたくしの手料理を食べていただけますわね」
「楽しみだなぁ」
うきうきした声で返してくれるミッシェル様に、実はサンドイッチですとは言えない雰囲気を感じてしまう。
いや、ミッシェル様ならサンドイッチでも許してくれる……はず。
「ここら辺がいいかな?」
そう言ってミッシェル様が雲を止めたのは森の大樹の上。
たしかに見晴らしはいいけれど、なぜにここ?
「ほら、もうすぐ日が昇るよ」
言われて指を差された方を見ると、確かに空の色が変わり始めている。
前世では初詣とか言ったことはあるけど、今生では初めての体験だ。
徐々に昇ってくる太陽に合わせて空の色が変わっていき、幻想的なグラデーションを描き出していっている。
「美しいですわね」
「うん、すごくきれいだよ、メレディス」
「……ミッシェル様、日の出を見に来たのではありませんの?」
「日の出の光に照らし出されるメレディスをちゃんと堪能してるよ」
そう言うと、ミッシェル様はわたくしの肩を押して雲の上にそっと横たわらせて来る。
「ミッシェル様?」
「この高さなら、誰かに見られる心配はないよ」
「まさかとは思いますが、初めからこちらが目的でして?」
「どうだと思う?」
「わたくし、ミッシェル様に召し上がっていただきたくて、お料理頑張りましたのよ?」
「後でちゃんと食べるよ?」
「では、わたくしが気絶しない程度にしてくださいますか?」
「どうしようかな? でも、確かにメレディスの折角の手料理を一人で食べるのはもったいないかな」
ミッシェル様はそう言って笑うと、わたくしの上から体をどかして、わたくしが起き上がるのを手伝ってくれる。
どうやら食欲の方が勝ってくれたらしい。
「ちなみに、メニューは何かな?」
「……サンドイッチですわ」
「じゃあ、食べさせて欲しいな」
「わたくしが?」
「うん」
「ミッシェル様に?」
「うん」
「…………はぅっ」
ボフン、と音を立てたように顔が赤くなっていくのを感じる。
「ふふ、メレディスかわいい。愛してるよ」
「もうっ、からかってますの?」
「心の底からの本音だよ。メレディスは僕のこと、愛してくれてるんだよね?」
「ええ、もちろん愛していますわ」
そう言ったわたくしに、ミッシェル様は顔を近づけてキスをしてくれる。
「メレディスを守るためなら、僕はなんだってするよ」
「嬉しいですわ」
そのまま抱きしめられて、わたくしは目を閉じる。
「本当に、なんだってするよ」
ミッシェル様の声が僅かに低くなったように感じて首を傾げると、首筋にキスをされてそのまま再び雲の上に押し倒された。
「僕のルートはメレディスに対しては溺愛ルートだよ」
「え?」
小さな声過ぎて聴きとれなかった。
「愛してるって言っただけ」
「そうですの?」
「そうだよ」
その割にはなんだか長かったような気がするが、ミッシェル様がわたくしに嘘をつく必要もないし、そういうことにしておこう。
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