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若草山三千桜  作者: 義雄
3/3

オムライスと釈迦と僕

 腹いせにしっかり火を通した卵をのっけたオムライスを手渡し、兄さんを部屋に追い払う。

 柳生さんの分はふわふわとろとろだ。

 僕の分は失敗して少し固い上に、形が崩れてしまった。

 スプーンも麦茶もあるし、ケチャップは好みに個人差があるから机の上において準備は終わりっ。


「ご飯出来たよー」

「ッ!?」


 シュパッ!

 そんな空気を切りさけそうな音が聞こえた。

 柳生さんはこちらに背を向けて、何かを抱きしめるみたいにしている。


「どしたの?」

「な、なんでもない!」


 亀のように丸まっているけど、置いていくのも変な話だ。


「ご飯出来たから食べよう」

「わかった」

「いや、早く行こうよ」

「少ししたらいく」

「冷めちゃうよ」

「冷めない」


 何をもって冷めないと彼女は言うのだろうか。

 僕はよくわからない。

 柳生さんにも子どもっぽいところがあるんだなぁ、と少しほっこりした。


「じゃ、先降りてるから早く来て」

「ああ」


 お母さんみたいなことを言ってドアを閉める。そして。


「なんてねっ!」


 勢いよく開く!

 柳生さんは本棚に漫画を戻そうとして固まっていた。


「あ……」

「ああ、『釈迦に届け』か。いいよねそれ」


 変に丸まってるからもっと何かあると思ったのに、残念だ。

 でも少女漫画を読む柳生さんっていうのはちょっと新鮮。


「早く降りてきてねー」


 ダイニングについてすぐ、彼女も気まずそうな顔でやってきて席に着いた。


「えっと、ありがとう。いただきます」

「どうぞ召し上がれ。僕もいただきますっと」


 ちょっぴり冷めているけれど、中々イケる。

 程よい酸味とサッと火を通して歯ごたえが残っているタマネギのコントラスト。

 そして小さく切った鶏肉の旨味!

 うん、偉そうに言ってるけどホントはそこまで詳しくない。

 ただ、オムライスは卵よりもチキンライスの出来こそが大事だと悟った。

 やはり人間見た目より中身、料理もそれに通じるに違いない。


「料理、上手いんだな。美味しいよ」

「ありがとう。母さんがずいぶん前に亡くなったから慣れたのかも」

「母上はどちらへ?」

「常世の国。今も週一で電話しるよ」


 母さんは僕が二歳のころに亡くなったらしい。

 二歳児の記憶なんてあやふやなもので、母親の顔なんて写真のものしか記憶にない。

 付き合いのあったかの子の家族もよくしてくれたし、片親の不幸なんてほとんど感じなかったと思う。

 それに善人かつ神道系だった母は、常世の国の住人になったのだ。

 エジソンさんの発明した天国電話で、いつでも連絡をとることができる。一昨日も「ワタツミ様が~」と無駄話をしていた。


「それよりさ」

「ん?」

「柳生さんって少女漫画好きなの?」

「んンッ!?」

「へ? とりあえずお茶飲んでお茶!」


 僕の質問に、なぜか柳生さんはむせた。

 お茶を飲む彼女を正面から見守っていると、ホントにお母さんみたいな気分だ。


「大丈夫?」

「あ、ああ。心配かけた」

「で、好きなの?」

「……」


 ぷいっと顔を逸らすのがまた子どもっぽい。

 思わず声をあげて笑ってしまう。


「柳生さんってそんな顔もするんだね。今日はホント誘ってよかったや」


 友人の新たな一面を発見するのは楽しい。

 それがこれまで親しくなかった友ならなおさらだ。


「……実家はアレだから、剣術ものしか置いてなかったんだ。その中に少女漫画も少しだけあって、だから興味があった」

「ああ、なるほど」


 確かに柳生家なら剣術ものはトンデモ漫画だろうとなんだろうと取り揃えているだろう。


「でも『釈迦に届け』はちょっと特殊だよ?」

「いや、それでも少し共感できた」

「マジか……」


 作者がお釈迦様にお供えした時苦笑されたという、いわくつきの漫画なのに。

 歴史改変ものが好きなんだろうか。


「主人公が見た目から誤解されているというのが、ちょっとな」

「?」


 『釈迦に届け』の主人公は中身がピュアなのに見た目超暗い。

 キラッキラに美化されて「徳から出来てる」と言われるお釈迦様に憧れるストーリーだけど、彼女とはちょっと結びつかない。


「私も誤解されやすいからな」


 ああ、あの出来事のことだろうか。


 彼女は口数がさほど多くないうえ、良くも悪くも率直な言い方を好む。

 だが女子というのは持って回った言い方をするのが大半で、会話もそういう風に迂回した意味合いでとることがままある。

 それがすれ違いやら勘違いを生んで、一時柳生さんは孤立していた。

 名家に生まれ、容姿に優れ、文武両道ということがやっかみを買ったというのもあるだろう。


 その問題は去年の冬ごろ解決した。

 何故か、例によってかの子が状況をブレイクしたから。

 アイツは生粋のトラブルメイカーというか、物事を荒らして好転させる才能に溢れすぎているや。


 その日、遅刻したかの子が寝そべっていた土蜘蛛の腹を踏んで、それに気づかず学校に到着。

 生徒を護るため、柳生さんが怒った土蜘蛛とガチンコバトルを繰り広げたのだ。

 土蜘蛛なんて、円卓の騎士だとか三国志の武将だとか源頼光だとか、英雄クラスじゃないと討滅できない。それも霊験あらたかな武器をもたせた上でだ。

 なのに、彼女はあろうことか竹弓とジュラルミンの矢で追い払うことに成功した。

 奈良県警の騎鹿機動隊に通報するまでに九分、たったそれだけで片をつけてしまう武神のような凄まじさ。

 あの時の柳生さんは本当に凄かった、ハリウッド映画から出演のオファーが来たくらい。

 以来「今代の柳生を怒らせるな」という不文律が校内どころか日本国内にでき、彼女は日本の番長みたいな存在になった。

 次期近畿守護職の座も内定して将来も安泰だ。

 ついでにかの子はその日おじさんにこっぴどく怒られたとか。


 とにかく、柳生さんの勇姿に心打たれた女子陣は和解し、高校は平和になったそうな。

 ちなみに僕は柳生さんがハブられているとは知らず部活で普通に話しかけていた。

 そんな友だちも多くないし、クラスが違うと案外情報が入ってこなかったりする。

 まぁ今は何事もないから終わりよければすべてよし、ってヤツだ。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」


 パンと手をあわせて食後のあいさつ。

 考えながらも口と手は動いていて、お互いお皿の上は綺麗になっていた。

 時間はもう一時になるころ、洗いものは水につけて帰ってから洗うことにしよう。


「ちょっと兄さんに言ってくるから先行ってて」

「ああ」


 ぱたぱたと小走りで兄さんの部屋へ、ドアの外から声をかければ充分だろう。


「兄さん、騎鹿隊行進友達と見に行ってくるから」

「あいよー」


 少し眠そうな声が聞こえた。

 きっとこの後も寝るに違いない、鍵をかけておかねば。


 玄関に戻ると、柳生さんが待っていてくれた。


「先行ってて、って言ったのに」

「気にするな。一人より二人という言葉もある」


 美少女のくせに男前なことを言ってくれる。

 くっ、惚れちゃいそうだぜ。なんてバカなことを考えながら二人、石畳の道を歩く。

 道すがらかの子にメールを送ってタケミカズチ様が出てくる場所の確認は忘れない。


「夕方から天気崩れるって言ってたけど、そんな様子はないね」

「そうなのか。傘を持ってこればよかったな」

「帰りにウチの傘貸すよ。鬼火の中歩くのもアレだし」

「ありがとう」


 まあどこから雲が来るんだ、というくらい空は爽やか。

 鬼雲は発生が急だからなんともいえないんだけど、行進には一切差し支えがなさそうだ。


「お、返信来たか」

『おとんが言うには春日大社の南門。本殿までいったらあかんで└┴(* ̄ー ̄)┴┘』


 角つき顔文字は流行らないって言ってるのに、頑固者め。


「春日大社の南門にタケミカズチ様来られるって。時間あるけど行進見に行く?」


 南の方に目をやれば、屋根の合間からは飛び回る騎鹿がゴマ粒みたいに小さく見えた。

 スムーズに飛んでるからアレはベテランさんだろう。

 行進自体はもうはじまっているみたいだ。


「そうだな、折角だし見に行こう」


 こくんと彼女も頷いたので道をひたすら西へ行く。

 今からなら三条通の入り口で遭遇できるはず。

 周りは西進する地元民と観光客でごった返していて、いつもの奈良らしくない。

 背が高かったり金髪だったりと海外からのお客さんも多い。

 きっと昨日の埴輪祭りからの騎鹿隊行進コンボで観光していくに違いない。

 くそぅ、奈良県税収アップのためお金を落としていきやがれ。


 とにかく背の低い柳生さんは完全に埋もれていて、手をつながないとはぐれてしまいそうだった。


「柳生さん! 手!!」

「手?」


 人波を縫って近づいた僕の声に、彼女は自分の手を不思議そうに見つめた。

 説明するのも面倒だからその手をとってずんずん歩く。

 彼女よりも僕は背が高いし、たまには人を引っ張っていくのも悪くない。

 握った手は僕のよりも少し硬かった。

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