第1話「模擬戦」
「――行くぞ、ニコラス」
父、ヴィル・ローウェルの声が、庭に静かに響いた。
久しぶりに帰ってきたミレット村の実家。木造の柵に囲まれた裏庭は、幼い頃から数え切れないほど剣を振った、思い出深い場所だ。土の匂いも、遠くで鳴く鳥の声も、あの頃のままだった。
「もちろん。手加減はしないでくれよ、父さん」
ニコラスはそう言って、腰の剣を抜いた。学園を卒業してから半年。冒険者としての活動にも、ようやく慣れてきた頃だった。実家に顔を出したのも、久々に家族の顔が見たかったのと――何より、父と一度、本気で剣を交えてみたかったからだ。
「ふっ……大きな口を叩くようになったな」
ヴィルは苦笑しながらも、構えを取った。その所作には、かつて名を馳せた冒険者としての風格が滲んでいる。優しく穏やかな性格の父だが、剣を握れば別人のように鋭くなる。それをニコラスはよく知っていた。
「始め!」
庭の隅で見守っていた母、エレーナの合図とともに、二人は同時に地を蹴った。
最初の一合は、真っ向からの打ち合いだった。剣と剣がぶつかり合う甲高い音が響き、火花が散る。ニコラスは押し込まれかけた体勢を、すんと沈み込むようにいなし、そのまま横に回り込んだ。
(相変わらず重い一撃だ……)
前世の記憶を持つニコラスにとって、剣術とは長年かけて積み上げてきた技術の結晶だった。子供の頃は無邪気に振り回していただけの剣も、今では体の一部のように馴染んでいる。
だが、次の瞬間だった。
ニコラスは剣を振るいながら、無意識のうちに足元に魔法陣を展開し、加速の魔法を発動させていた。同時に、もう片方の手で小さな障壁を張り、父の追撃を防ぐ。さらにその隙に、剣の軌道を変える補助魔法を織り交ぜ、変則的な角度から斬りかかった。
「なっ――」
ヴィルの動きが、明らかに乱れた。
一つの動作の中に、複数の異なる魔法とスキルが、当たり前のように織り込まれている。しかもそれが、まるで呼吸をするかのように自然に連携していた。
(剣術、加速魔法、障壁魔法、軌道操作……いや、待て)
ヴィルは防戦に回りながら、頭の中で必死に数え始めていた。
自分と妻、エレーナのスキル数は、それぞれ五つ。それは、この国で確認されている人間の限界に限りなく近い数字だった。だからこそ、二人は「元有名冒険者」と呼ばれるまでになれたのだ。
だが、目の前の息子が繰り出す技の数々は――どう数えても、五つでは収まらない。
「くっ……!」
ヴィルは弾かれるようにして後退し、剣を下ろした。息が上がっている。まだ本気を出し切ってすらいなかったはずなのに、まるで全力を尽くしたあとのような疲労感があった。
「父さん? どうしたんだ、急に――」
ニコラスが心配そうに駆け寄る。その顔は、いつもと変わらない、少し幼さの残る笑顔だった。本人には、自分が何か特別なことをしているという自覚は、まるでない。
ヴィルは剣を握ったまま、荒い息を整えながら、まじまじと息子の顔を見つめた。
「お前……今、いくつのスキルを使った?」
「え? ……えっと」
ニコラスは、指を折りながら数え始める。加速魔法、障壁魔法、軌道操作、それから――そこでふと、自分の指が右手の五本を超えていることに気づいた。
「あれ……」
ミレット村の穏やかな昼下がりに、父の驚愕した声が響いた。
「六つ以上だ……いや、まだあるかもしれん……こんな数、聞いたことがない」
その言葉に、ニコラス自身が誰よりも驚いていた。
自分では、ただ「使いたい」と思った技術を、当たり前のように使ってきただけだった。前世で三十年以上生きた記憶と、この世界で積み重ねてきた十六年の修練。その二つが混ざり合い、いつの間にか、誰も辿り着いたことのない領域に足を踏み入れていたことに――ニコラスは、この瞬間まで、まったく気づいていなかった。
(第2話へ続く)




