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2.婚約しません


名もわからぬ花々が咲き乱れるここは、招待客に見せるための王城の庭だ。

月明りに照らされて、風に揺れる花々を幻想的にさせていた。


軽い迷路のように入り組んだその庭に、アリシアは一人で入り込んでいった。


護衛をつけないまま、一人で居られるのは、アリア妃が数日前に言った通り、誰にも気に留めていないからだ。

なにはともあれ、何故、アリシアが庭に入り込んだかというと、公爵の子息であるエヴァンに会うため。


建国祭のあるこの日、王城ではパーティーが開かれる。

そのパーティーで、最初のダンスは婚約者か、婚約者に近しい者と踊ることになっていた。

通常だったら、アリシアはエヴァンと踊ることになっていただろう。


しかし、先日決めたように、婚約をするつもりはない。

ならば、最初のダンスは踊らないし、誰とも踊らないと決めている。


パーティーで最初のダンスを断ってしまえば、エヴァンが恥を掻くことになる。

そうなれば、公爵家が黙っていないだろうという考えから、パーティーが始まる前に伝えておこうとしたのだ。

アリア妃とアリシアの元に所属している数少ない侍女に、エヴァンに庭にくるように伝えるようにとお願いしている。


少し歩いていれば、人影が見えた。

自分より先に、エヴァンがついてしまったのだろうか。とアリシアは呼びかける。


「エヴァン? あ……」


近づきながらそうすれば、エヴァンとは違う人物が立っていたことに気づく。

その人物は、こちらを何を考えているかわからない表情で見詰めてきた。


「すみません。人違いでした」


謝って、一定の距離を置くことにした。

なぜならば、ここに来る人と言ったら、人混みに酔った人か、パーティーが苦手な人が逃げ込んでくることが多い。

そして、アリシアは後者なのかもしれないと思った。


(あの人。すごくかっこいい人だわ。きっと)


月明りだけが頼りだが、雰囲気だけでも醸し出される美丈夫感はどうしたら出てくるのだろう。

一瞬見た顔は整っており、程よい長さに切り揃えられた黒髪に赤色に輝く瞳、すらりとした手足。


この人とパーティーで最初のダンスを踊るために、どれほどの女性達が躍起になることやら。


(私には関係ないけど)


壁の花ならぬ、王族席の花になることに決めているアリシアには関係ないことだ。


「アリシア王女様」


待ち人来たれり。

庭の入り口方面から来たのは、公爵家の子息であるエヴァンだった。

明らかに面倒くさいです。という顔はしていないが、胡散臭い微笑みをたたえている。


茶色の髪に同じ茶色の瞳。

そこまでは、平凡と言えるだろうが、甘く優しそうな整った顔があるものだから、さすが公爵家の子息と言ったところか。


前世を見る前では、見分けられなかったかもしれないその笑顔に、アリシアは負けじと微笑んで見せた。

わざと、胡散臭いそれにして。

胡散臭く笑われたことの、ちょっとした意趣返しだ。


すると、おや。というようにエヴァンは片眉を少しぴくっと動かした。


気づいたのね。とアリシアは、今度はクスリと笑ってからエヴァンに話し掛けだす。


「エヴァン。よく来てくださいました」

「それで、御用とは?」

「単刀直入に言います。わたくし、あなたとは婚約しないわ」

「……え?」

「だから今後、最初のダンスはあなたと踊りません」


困惑した相手に、畳み掛けるように告げた。


「それあどういう……」

「アリシア様。パーティーがはじまります」


エヴァンの言葉を遮り、さっと現れたのは、エヴァンに伝言を頼んだ侍女だった。

この侍女は、過去に密偵か何かをやっていたに違いないというほど、神出鬼没な時がある。

今回も気配がなく、ぬっと影から出てきたのだ。


内心、驚きながらもアリシアは平静を装って頷く。


「ええ。わかったわ。アンナ」


その密偵か何かのような侍女は、アンナと言った。

そんなアンナに手を差し出され、迷うことなく手を取る。

城へと向かいかけて、ふと後ろを振り返った。

そして、満面の微笑みを相手に贈る。


「エヴァン。私の言いたいことは、言いました。今後は、心の無いお手紙も、訪問もしなくて良いですよ」


「では」と今度こそ振り返ることなく、アリシアはアンナと城へと向かっていった。






だから、気づかなかった。


「……面白い」


そう呟いて面白いおもちゃを見つけた。というように嗤った人物がいることを。


「アリシア王女……」


そして、取り残されたエヴァンが、遠ざかっていくアリシアの後ろ背に、どんな目で見ていたかも。




◆ ◆ ◆




アリシアは、王族とごく一部のみが通ることを許されている廊下を進む。


進む先、目的地である場所には、十数人の人物達がすでに到着していた。

にわかに緊張が漂っていて、アンナが居なければ、逃げ出したかもしれない。

いや。実際には、逃げ出さない。

というより、逃げ出すことはできないのだが……。


「最後の到着が、王女様だとはな」


ぼそっと聞こえた従者らしき者の陰口を無視して、十数人の目の前で止まり、アリシアはにこやかに笑う。

そして、スカートを両手で掴み、足を交差して膝を折る。


「到着が最後になり、申し訳ございませんでした。王妃様並びに側妃様。そして、王子様方」


見事なカーテシー――挨拶――だったが、何も返事がない。


(本当に、誰も気に留めていないのね)


倒れるまで必死になっていた頃が馬鹿馬鹿しくなるほど、無反応だった。

ただ一人を除いて。


「アリシアどこに行っていたの?」


母親のアリア妃だ。

氷の中にいるような、そんな感覚から抜け出すことができたアリシアは微笑で、問いかけに答える。


「お母様。申し訳ございませんでした。例の件で、エヴァンと話しておりました」

「そうなのね。わかったわ」


アリア妃が微笑んで、アリシアの頭を撫でた。


(ん?)


何か視線を感じて見てみると、末っ子の第四王子が幼い金色の瞳をこちらに向けていた。

確か、第四王子は八歳だったはずだ。

母親譲りだろう紫掛かったシルバーの髪の下には、これまた母親譲りの顔立ちをしている。

それを向けた第四王子がおっとりとした雰囲気なので、アリシアは自然と微笑んだ。


すると、第四王子は一瞬固まったのち、顔を真っ赤にさせて顔を逸らした。


(かわいいわね……)


ほんわかした気持ちになったアリシアだったが、はたっと思う所に至って、「あッ……」小さな声を出してしまう。

自身の家族は、冷めきっていると思っていて考えてもみなかったが、自分だって冷めきっていたのじゃないのか?

その考えに、至ったからだ。

なぜなら、一度も弟に笑顔を向けたことがないと気づいたから。


(なんで、気づかなかったの……?)


自分だって、その一因だったのだ。

アリシアは、顔からさっと熱がひけていくのを感じた。

それに気づいたのは、目の前にいるアリア妃だった。


「どうしたの? アリシア?」

「お母様。何でもありません」

「そう? それなら良いけれど……。けど――」


アリア妃がまた何か言おうとした時だ。


「陛下がいらっしゃいました」


スッとアンナが、アリシアとアリア妃に短く告げた。

アリシアが来た方向と正反対の方向を見やれば、そこには、黒い髪に金色の瞳を持つ美丈夫がこちらに向かってくるところだった。

舞踏会の入り口を塞いでいた一行は、入り口と反対の壁へ背を向け、カーテシーやボウ・アンド・スクレープ――軽くお辞儀をし、右手を胸元で掲げ、片脚を後ろに引く――を完璧にして見せた。


「輝かしき、オリハルト王国に栄光あれ」


そう正妃が朗々と言葉を紡げば、アリシアを含む他の家族や従者達は「栄光あれ」と言った。


(こんな時だけ、息がぴったりなのよね……)


先ほどの考えに心がざわついている中、アリシアは息ぴったりな家族をさらに複雑な思いを重ねる。


「栄光あれ」


声だけで圧を感じる。

それが合図だったかのように、皆、挨拶を解いた。

舞踏会をしている広間に続く入り口――大きな扉が開くからだ。


「太陽のごとく我らの王!」


舞踏会から聞こえた声が合図で、重厚な扉が開く。

それに臆さず、王はその先へと足を運んで行った。

それに、正妃が続き、その息子の第一王子、次に第二王子を産んだ側妃が続き――と王位継承権のある順に、舞踏会をしている広間へと歩みを進めて行った。


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