第4話 首輪付きのペット
おびただしい数の摩天楼が聳え立つ、ルミナシティ第3地区。
世界の最先端をいく科学の粋を極めた先進的な大企業と、その組織に属する社員や経営者の暮らす場所。
ここにいるのは家柄、家系図、さらには職業の持続可能性をAIによって約束された、成金ではない真のエリートだけだ。
街では実験的に自然との調和をコンセプトに、屋外の屋根や外壁に草木が繁茂した緑園都市を、居住者は〝先進的〟だという。
しかし彼らからみれば平凡なルミナシティの下層、中流に、その試みは
「金持ちの考えは、よくわからん」
と一蹴されていた。
スーツを着た人々が行き交う中、外部から緑地管理を任された業者が汗を拭い、治安維持のヒーローは不審人物に目を光らせる。
そのなかでひときわ高層のビルには、正義の名を掲げる組織本部が存在していた。
室内には机に座った組織の幹部たちに、白髪に左手の義手、右脚の義足が特徴的な青年―――ジョン・スミスが報告を行う真っ最中だった。
「では、ルミナシティ8番地区についてのご報告を。《ホープレス》の怪人や破壊活動で、壊滅的な被害を受けたようで、市民の死傷者数は概算で2000人以上。組織内のヒーローは3名が死亡。14名が重傷を負い、現在は治療中とのことです」
ジョン・スミスは努めて無表情を装い、淡々と事実を伝え終えた。
破壊工作は極めて大胆で、大企業の傘下にない企業ビルを狙って同時多発的に行われた。
彼はそれ以上は何も言わずに幹部に向けて、眉を寄せた。
まるで民衆への、ひいては組織の仲間を追悼する一言を懇願するように。
暫く重苦しい沈黙が続き、ついには耐えきれず
「―――皆様はこの件を、どうお考えでしょうか?」
と、彼は訊ねた。
それに対して上座にいた1人の幹部である《ラージェスティス》創立以来、影から組織を牛耳ってきた古参メンバーは吐き捨てるように
「そんな数字の多寡は、どうでもよい。ルミナシティの特権階級の皆様と、我々を支援していただくスポンサーのグリーロス様筆頭の大企業……そして彼らの関連企業。それ以外の命に、一切の価値などないのだよ。ずいぶん目つきが険しいが、何か不満でもあるのかね。ジョンくん?」
まるで氷のような冷気を帯びた言葉の温度。
無言で頷き、その幹部に同調する他の面々。
ジョンは驚きのあまり瞳を見開いて、神妙な面持ちを浮かべるも、すぐにその場を後にした。
ドアを音を立てぬよう閉めた瞬間、背後で誰かが笑ったような気がした。
無機質な廊下を歩きながらトイレに向かう。
個室に入った彼は、左手で壁を思いきり叩いた。
(2000人と仲間の命がただの数字だと? ふざけるな、それが平和のために戦った彼らへの言葉か?)
怒りを発散しなければ、気が済まなかった。
義手や義足では感じられない痛みだけが、ただ彼に理性を取り戻させた。
壁に寄りかかると、ふと先日交わした言葉が脳裏をよぎる。
―――ミラーガイ、ダンプシティ出身の皮肉屋の無頼漢。
しかしながらその言葉には、どこか真っ直ぐなほどの情熱が宿していた。
「おまえらのその〝崇高な正義の心〟とやらも、結局は金持ちやスポンサーの連中に向けた、善人気取りにすぎない。タダでは助けない正義の味方様……ハハッ、最高のジョークだ。かなわねぇよ」
聞き流したはずだった台詞が、今頃になって胸の奥で鈍く疼く。
次いでジョンの記憶に、彼を犬に揶揄した光景が蘇った。
「……ああ、首輪付きのペットさ。自由も、正義もない、ただ命令に忠実な……これが本当に〝ヒーロー〟なのか……」
ジョン・スミスは名家の嫡男として生を受けた。
頭脳明晰かつ環境にも恵まれて、物心ついた頃から英才教育を施されてきた。
平凡な人間とは違う人生を送るのが、幼少期から確約されていた。
欲しいものがあれば玩具でも、ゲームでも、知識を得る古書でも、どんなものでも手に入った。
人々が長年蓄積してきた知識を吸収し、家の名に恥じぬエリートとして、彼は暮らしてきた。
ただ1つ、彼には他の子供と違う点があった。
―――先天性四肢欠損症。
左腕と右脚は関節から先が、生まれつき存在しなかった。
幼少期は幾度も手術を繰り返し、やがて彼の不足した部分は高性能の義肢によって補われる。
肉体の電気信号を感知して、本来は自由に動かせない義手の指は、何ら問題なく掴む動作を行える代物だ。
冷たく、硬く、人の感触を知ることはできぬ、仮初の肉体。
しかし人々が思い描くほどの苦労は、彼は経験しなかった。
誰がみても〝かわいそうな弱者〟の彼は、常に憐れみを向けられた。
多くの善意に触れて育った。
掃き溜めで暮らし、幼い頃から人や環境に蔑まれて、自己を守る術を学ばざるを得なかったミラーガイとは対照的に、ジョンは人の温かさに何度も救われた。
そうして助けられてきた少年は、いつしか強く願うようになった。
「いつか自分は助ける側になりたい。正義の味方として、悪を討ちたい」
と。
そんな気持ちは歳月を経る度に膨らみ、いつしか特撮やアメコミのヒーローに心を奪われていた。
コウモリのマスクを被った、正義のスーパーヒーロー。
国を背負った大義の象徴。
鋼鉄の戦士、緑の体躯をした巨人。
力を得た経緯は違えど、ガラスケースに飾られた彼らは、自らの守りたいもののために力を奮っていた。
そしてその姿にジョンは共感し、彼らのようになるのだと願った。
大切なフィギュアを日々眺め、埃を落とし、布で丁寧に磨く日々を過ごしていると、その夢はある日、思わぬ形で現実となった。
機械の腕や脚ではない左手や右脚で物に触れると、義肢が変形するという、特殊な能力が発現したのだ。
その異能を手に入れたジョンはそれ以来、ヒーローを目指して訓練し、物語の英雄に一歩づつ近づいた。
念願は成就し、今では
〝正義は名声のためにあってはならない〟
という理念の名の元に、名を捨てて《ラージェスティス》の一員として働き続ける毎日を送っている。
―――だがしかし理想の世界は脆くも崩れ、憧れの英雄はそこにはいなかった。
ジョン・スミスが守るのは民衆ではなく、上層部の意志とスポンサーの財産のみだ。
かつて憧れたヒーローたちは命令に盲目的に従って、意志も持たず動くことなどなかった。
たとえ秩序の檻に囚われていても、自らの信念を守り抜いた。
だからこそ、生き様に心が震えた。
だが自分はどうだ?
……命令を待ち、吠えるだけの首輪付きの飼い犬。
ヒーローではなく、物言わぬ歯車として治安維持に貢献する、ただのペットに過ぎなかった。




