第3話 本当のヒーロー
治療から数日が経ち、瓦礫の隅に建てられた野外医療施設は仮初の平穏を保っていた。
テントの中の寝台の上で眠る傷だらけの男の傍では、少年と母親が静かに寄り添い、彼の安否を見守る。
ミラーガイは心配半分、暇潰し半分で立ち寄ると、少年に頼まれて、ミラーガイ節全開に改変した童話を読み聞かせた。
オオカミを撃退するために3匹の子豚が次々と家を建てるも、すぐに壊される。
最後に3番目の弟がレンガの家を建築し、ここまでは通常通りなのだが……
「怒ったオオカミはAmaz◯nで購入した戦車で、レンガの家を砲撃しました。しかし3兄弟は無事でした。何故なら地下シェルターに避難していたからです。めでたし、めでたし」
「あれ、そんなお話だったっけ?」
「結局は武力とリスク管理が重要って教訓だな。次も俺流童話、なんか話してやろうか?」
「お兄ちゃんの話、へんなの〜」
現代の社会風刺や危険、それにミラーガイの価値観を混ぜた絵本のような物語に、少年は頬を緩めた。
少年の安堵した姿につられて、神妙な面持ちをしていた両親も笑い始める。
それは災害の悲劇の渦中にある彼らが、自らの不幸を忘れられる瞬間だった。
「あれぇ? 僕が知ってるのとは、だいぶ違うな〜。でも、この子の相手してくれて助かるよ。君は今も昔も、僕のヒーローだ」
友人の一言にミラーガイは鼻を鳴らし
「そんな柄じゃないっての。お前、俺のこと美化しすぎだぜ? 過去を綺麗にしたがるのは、爺婆になってからにしろよ」
そう返して否定したが、嘘や虚飾のない言葉が胸に刺さる。
彼の中の自分と、世間から見た自分には、大きな乖離があるだろう。
それでも彼には皮肉屋で、冷淡で、そんな人間に成り下がった自分もヒーローなのだろうか、と。
「ハハッ、そうかもね」
眉尻を下げた困ったような笑みは、興味を持った母親と少年の視線を集めた。
すると男は苦笑しながら、過去を語り出して
「君にはただの小さな親切かもしれないけど……あのとき助けてもらわなかったら、俺は今ここにいない。あの頃、誰も俺を人間として扱わなかった。君以外は」
普段なら持て余すような褒め言葉。
しかし場の空気を壊すのが惜しく、ミラーガイは言葉を飲み込む。
それから数時間。
息子と妻が配給の長蛇の列に並んでいる間、彼はミラーガイに
「ちょっと頼めるかな? 瓦礫の下に仕事道具があるから取ってきてくれないか。帰ってきたら息子にも手伝わせるから」
「ああ、構わねぇけど」
了承したミラーガイが男と談笑して暇を潰し、一切れのパンを手にした少年に用件を伝えた。
少年は千切って父親に手渡そうとするも
「動いてないから、あんまり食べる気にならないな。食べ盛りなんだから、自分で食べな」
と、穏やかに微笑してみせた。
食うにも必死の掃き溜めで生きてきた自分や彼のような人間は、空腹の辛さは身に染みている。
よほどこの子を大事に思っているのだろう。
それを眺めていた母親は自分の分を、旦那に握らせて
「倒れでもされたら困るんだから」
と、彼をやんわりと叱咤する。
妻の茶髪には苦労を重ねたのを物語るかのごとく、白髪が混じっていた。
血色も悪く、決して身綺麗とはいえない女性だ。
しかしその凛とした心根が、幾度も旦那の励みになったであろうことは、容易に想像がついた。
心温まる助け合いを邪魔しないよう黙っていたが
〝使えそうなモノがあるか探して〟
そう促されると、少年はミラーガイと一緒に倒壊した建物に向かい、残骸をくまなく漁った。
瓦礫を投げ飛ばしていくと、大きな工具箱とノートPCを見つけ出す。
中身はバールやドライバー、電気ドリル、そして金槌等、ごく普通の道具が詰められ、特段おかしな点は見受けられない。
だが彼の目に留まったのは、それだけではなかった。
黒いゴミ袋のように異様に膨らんだ怪しげなカバンの内部には、解錠に使用するピッキングツール、QRリーダーのシール……胸の奥で嫌な予感が形を成していく。
夜が更けて少年と母親が寝静まった頃合いを見計らって、ミラーガイは頼まれた品々と彼が欲していたであろう道具を放り投げた。
「掃き溜めで育って、まともに授業も受けられなかった俺たちが、ルミナシティで生きる手段なんて限られてるからな……ま、そういうこったな」
無言で荷物を受け取った彼が苦笑して
「ヒーローにこんなものを見られるなんて……軽蔑したかい?」
尋ねられたミラーガイは視線を宙に投げ
「別に俺ぁ、ヒーローじゃねぇさ。正義だの悪だのってのは、善良に見せかけたい金持ちや暇人が勝手に定義する、自己満のラベルだろうよ。んなこと気にしても、現実の前には無価値だしな」
あっけらかんと言い放った。
「俺だって盗みの10や100、平気でやってきたしな。ここは誰もが真っ当に生きられる世界か? 違うよな。だからそんな正しさなんて押しつけられても、どうでもいいっつうのよ」
そういって椅子に腰を下ろす。
ミラーガイの細まった力強い眼差しに、青年は
「生きるために仕方なく、なんて言い訳になるけど……罪は罪だからね。逃げてるだけだよ」
彼の言葉にミラーガイは肩を竦め、唇の端を吊り上げる。
その顔からは呆れたような、信じられないような、様々な感情が読み取れた。
「真面目だな、オマエ……でもな、世間の連中や企業、医者なんて他人の弱みや不幸に乗じて、あくどい方法で金を吸い上げても、何の痛痒も感じちゃいねぇよ。罪悪感なんて他人に押しつけるだけで、テメーはこれっぽっちも反省なんざしねぇ」
そして彼は、煙草の火をつけるような気安さで続けた。
「この件は黙っておいてやるよ。世間からみりゃ、どうしようもない悪党なのは確かさ。でもな、このガキと嫁にとっては、それでもたったひとりの父親で、俺なんかよりよっぽど―――本当のヒーロー―――だ」
この時ばかりはミラーガイも刺々しさを、柔らかい真綿で包む。
普段は愛想笑いすらしない不器用な笑みに、男は思わず顔を伏せて声を殺した。
ぽたり、ぽたりと布団に雫が垂れ落ちると
「ちょっとばかし困難に遭ったりしたくらいでベソかいたり、へこたれるヒーローなんざ、欠片も魅力ねぇだろ。しっかり治して、自力で立って、ちゃんと守りてぇモン守れよ。ヒーロー」
「……ああ、そうだね。ありがとう……」
星を仰ぐことすらできなかった街で生まれ育った2人が空を見上げると、彼らを照らすように瞬いている。
人が密集して方々から声や音が響き、さらに夜の暗闇が、男の強がりを掻き消した。




