76.出発前の冬支度
ふみ。ふみ。ふみ。ふみ・・・
ふみ。ふみ。ふみ。ふみ・・・
目が覚めた私は、横向きに寝ているのに、胸を踏まれているという状態だった。
ヴィーちゃんや・・・朝から寝ぼけてお胸を踏み踏みするのはやめて・・・。
お向かいで寝ているヴィーちゃんはまだ夢の中だけど、この踏みグセは毎日のように繰り返されている。これはママが恋しいのか、それとも単にお腹が空いているのか。どっちだろう?
「みぁ・・・」
可愛い寝言に微笑んでいると、後ろから「またヴィオは・・・」とロアさんのご機嫌ナナメな声がした。うん、後ろを振り向かなくてもロアのご機嫌が分かるようになってしまった私よ・・・。
「おはよう、ロア」
「おはよう・・・」
片手でヴィーちゃんをぺいっと私から離すと、こんどは自分が後ろから抱きついてきた。
こら、ちょっ、やめて・・・、だから、私のメンタルを大事にして・・・!
ほんと、ヴィーちゃんもロアも、寝起きがよろしくない・・・っ!
うぅ、そんな事があって朝から妙に疲れた・・・。
反対に元気なのはホークさんとカナリアさんだ。窓の下を見ると、ちょうど仲睦まじい二人が見えた。
特にカナリアさんは朝から元気。羽を片方ずつバサァ、バサァっと広げて、首を曲げ伸ばしている。・・・ん?まさかあれ、鳥さんによくある求愛ダンスじゃないよね?
でもカナリアさんの動きはストレッチでもしているのか、おいっちに!と体操をしているようにも見えた。
ふと、日本での朝のラジオ体操を思い出す。
ラジオ体操、懐かしいなぁ・・・小学校の時は夏休みに毎日やってたっけ。お庭でやってみようかしら。
「最近ちょっと運動不足だし、体操でもしようかな・・・」
「・・・体操?」
「うん。あのね、以前私が住んでたところでは、朝6時になると近くの公園から音楽が流れて来てね、それに合わせて気ご近所さん達が集まって”ラジオ体操”っていうのをやってたんだ」
「音楽を聴きながら体操???」
うーん、ロアがちょっと理解できてないお顔をしている・・・。
やっぱり音楽に合わせて体操するって、この世界じゃ無いのかも。たしかにダンスとはちょっと違う動きだしね・・・これは一人でやったら変人扱いをされちゃうかもしれない。
・・・体操はお部屋で、一人の時にひっそりやろうかな・・・。
「それにしても、今日もいいお天気ね」
この国ではもうそろそろ本格的な冬になる。でも今日みたいに晴れていると、秋は過ぎたけど冬本番と言うにははまだ早い、そんな季節に思える。ベルナール領は本当に温暖な気候で過ごしやすい。
この国の冬であれば分厚いコートは必要が無さそうだけど、もっと寒い国だったらどうだろう? やっぱり毛皮とか着ちゃうのかしら。こっちの世界にはダウンコートは無さそうだし・・・。
でも毛皮というと、エスキモーの人が着るようなものをイメージしてしまう。
「確かにもっと北の方では毛皮が必須だろうね。雪が降る地域や、山の方では寒さがきびしいと思う」
その昔、ロアが見たことがある北方の商人は、ぶ厚い毛皮を着ていたそうだ。
北方大陸から商いでやってくる商人達は、真冬は雪で動けないので、春から夏の間だけグラニスタ王国にはるばる取引に来るのだとか。
この世界は電車や、それに近い乗り物はまだ無いみたいだから、馬車で移動するのかしら。それってものすごい距離で大変そう・・・。
そう言ったら、ロアが「いや、たぶん途中の拠点までは船で来てるよ」と言った・・・えっ、船?!
「北から海流に乗って、大船で集団でやってくるんだよ」
それって・・・それって・・・バイキングみたいな?! いや、商人であって海の荒くれ者っていう訳じゃないだろうけど・・・!
そうかぁ、船か・・・! わぁ、どんな船なんだろう。やっぱり帆船かな?
「じゃぁ船で世界中を回れたりもするの?」
「あー・・・それはちょっと難しいかも。北の方は冬になると氷で閉ざされちゃうし、南の方は海獣の縄張りだから、よく船が沈没するって」
船の旅は命がけって事ね・・・。
そういえば、王妃様が人魚さんの事を「南の海に住む幻の種族」って言ってたよね。セイレーンとも呼ばれていて、その美しい姿と歌声で船乗りを惑わすという・・。
それって海獣・・・いわゆるオットセイとか、アザラシとか・・・そういうのも含まれてるんじゃないだろうか。
この世界の動物や魔物は、私が知っている地球の同種よりもかなり大きいし、巨大オットセイとかだっているかもしれないよね。海も魔獣はいそうだし・・・。
もしかしたら人魚さんの麗しい唄声だけでなく、オットセイ達のボディアタックで沈む船だってあるかもしれない。
「そうだ、獣人の国の気候はここと同じくらいなのかな? 少しは冬支度をしておくべき?」
「そこまで変わらないと思うけど、獣人の国は南北の縦長になっているから、北の方だったらかなり寒いはずだよ」
・・・あれかな。日本みたいに北は北海道、南は沖縄くらいの差があったりするのかな?
「ヴィーちゃんの住む辺りはどうだろうね」
「うーん・・・今はその場所の見当すらつかないからね・・・」
エルフの国だと王宮は高い山の上にあるから、本来であれば寒いはずなんだけど、魔法ですべての建物が適温に保たれていたせいか、寒いイメージは無かった。
でも獣人の国は魔法を使わないと聞いてるし、一応準備はしておこう。
そういえば、獣人さんはモフモフな毛並みをお持ちだったりするから、寒さには強い種族が多いってロアが言ってたっけ。
でも猫は寒いのがダメなイメージがあるから、南の方に住んでたりするかな・・・? でも猫妖精さんと猫獣人さんは、色々と違うのかもしれないけど。
そんな事を考えていたら、タイムリーなことにメイドさんのアンナマリアの二人が冬服を持ってきてくれた。
前々からレティ様がオーダーしてくれていたらしく、内側がモコモコになっている、とても暖かそうなハーフコートだった。あとコートと同じ生地の帽子まで。
手持ちのダウンコートをこの異世界で着ると目立ってしまうと思っていたので、これは大助かりだ。このコートさえ着ていれば、中は何を着てもごまかせそう。
ロアは背が高くなっちゃったから、息子さんの使っていないワードローブから手直しをして用意をしてくれたらしく、同じモコモコのコートと帽子だった。そちらも有難く頂戴した。
その後の朝食の席で冬服のお礼を言うと、ルーカス様とレティ様から昨夜の美味しいディナーのお礼よ、と言われてしまい、お代は取ってもらえなかった。
いや、あのコート代金の対価に私の手料理なんて、まったくお値段に見合いませんが・・・!?
これは出発する前にまたケーキでも焼いて持って来なければ、と思うのだった。




