397話
「今日はここまでです」
ナルセーユが静かに告げると、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
講義を終えた彼の表情は、どこか満ち足りている。
まるで長く離れていた場所に戻り、久しぶりに“教師”という役割を楽しんだ――そんな余韻が滲んでいた。
ゆっくりと視線が動き、リゼの目と合う。
「あなたなら、いつでも歓迎しますよ」
その言葉は軽い調子だったが、先ほどまでの内容を踏まえれば、単なる社交辞令ではないことが分かる。
――その瞬間、リゼの視界に『メインクエスト達成』が現れた。
リゼは、わずかに目を細めるが、表情には出さない。
「ナルセーユ先生。それは無理ですよ」
間を置かず、ユーリが現実的な声を返した。
「でも、申請すれば――」
「無理です」
食い気味に遮る。
少しだけ肩をすくめながら、ナルセーユは苦笑した。
「まぁ、そうだろうね」
分かっていた答えだった。
それでも一応は口にしてみた――冗談のような軽い言葉だった。
「スキルなど、所詮は自分次第だ」
ナルセーユは机に軽く腰を預け、腕を組む。
「分かりやすく言えば、健康管理と同じだ。気にしていれば、太ることもないし、体調が悪くなることもない。だが暴飲暴食を繰り返せば、体は素直に応える」
淡々とした口調だが、言葉には重みがある。
「昔の本にはね、失敗例や破綻の話が多く載っている」
ちらりと、部屋中の本へ視線を向ける。
「成功談ばかり並べても、面白くないからだ。そう、読む者にとっても、記録を残す者にとってもね」
皮肉めいた笑み。
それが彼なりの“現実”だった。
しかしその言葉は、リゼの胸の上を滑るように通り過ぎていく。
意味は分かる。だが――自分に向けられたものとしては、まだ受け止めきれない。
一方で、エミリネットとユーリは違った。
(……ああ、そういうこと)
(遠回しだけど、ちゃんと励ましてるのね)
二人は視線を交わし、小さく頷き合う。
――後でフォローしよう、と暗黙の了解が成立していた。
「私もすべてのスキルを知っているわけではないがね」
ナルセーユは続ける。
「君たちが思っている以上に、扱いにくいスキルはいくらでもある。それこそ“呪われている”としか思えないものもね。そして――誰にも理解されないまま消えていったものも、少なくないはずだ」
その言葉のあと、しばしの沈黙。
ナルセーユはゆっくりと部屋を見渡す。
壁一面の本棚に、ぎっしりと詰まった書物。
ここにあるのは、ただの知識ではない。
一つ一つが、誰かの試行錯誤であり、選択であり、積み重ねてきた時間だ。
(……無駄にはしていないさ)
誰に向けるでもなく、心の中で呟く。
それから、いつもの調子に戻るように軽く息を吐いた。
「私の方から会いに行くことはできないが――君たちなら来られるだろう」
背を向けたまま言う。
「だから、遠慮はいらない。また来るといい」
少しだけ間を置く。
「次は、もう少し踏み込んだ話をしよう」
振り返らずに手を軽く上げる。
それが、彼なりの“歓迎”だった。
「ありがとうございました」
三人は揃って頭を下げる。
そのまま部屋を出ようとした――その時。
「――二人とも」
背中越しに、声が飛んできた。
引き止められたかのように足が止まる。
「この冒険者……リゼのスキルは、知っていたのだろう?」
振り返ると、ナルセーユはすでに机に向かっていた。
本を開きながら、何気ない調子で問いかけている。
エミリネットとユーリは、顔を見合わせ――静かに頷いた。
「では、自分たちのスキルは話したのかい?」
淡々とした声。
だがその内容は、はっきりとした“指摘”だった。
礼儀としての、対等性。
聞くのであれば、差し出すべきものもある。
リゼは、その意味を理解する。
(……あの時の耳打ちは、これだったんだ)
胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
だが、それ以上の言葉は続かなかった。
ナルセーユはすでに視線を本に落とし、ページをめくっている。
会話は終わった、ということだった。
ユーリが静かに扉を閉め、施錠すると”カチッ”と、小さな音が響いた。
廊下に出ても、三人はすぐには言葉を発しなかった。
やがて――
「……なんだか、頭がいっぱいね」
エミリネットがぽつりと呟く。
額に手を当て、少しだけ困ったように笑った。
「でも、変わっていなかったわね」
ユーリも苦笑する。
「ええ。学生時代を思い出したわ」
懐かしさと、少しの疲労が混じった声だった。
そして、自然とリゼを見る。
「どう思った?」
問いは優しい。
急かすものではない。
リゼは少しだけ考え、ゆっくりと口を開いた。
「……今まで、何も見ていなかったんだと思います。ただ使って、結果だけ見ていた」
一度、息を吸う。
「でも……これからは、ちゃんと向き合います」
静かだが、芯のある声。
ユーリは小さく頷き、エミリネットも柔らかく微笑んだ。
「いいと思うわ」
「ええ。それで十分よ」
短い言葉だったが、そこには確かな肯定があった。
少し歩いたところで、エミリネットがふと足を止める。
「――そうだ、さっきの話だけど」
くるりと振り返り、リゼの前に立つ。
それに合わせて、ユーリも足を止めた。
「私のスキルは“魔法詠唱短縮(極)”よ」
「私は“神聖(極)”」
二人は、ためらいなく告げる。
リゼは一瞬、言葉を失った。
意味は完全には理解できない。
だが、それが“軽く話していいものではない”ことだけは分かる。
反射的に、頭が下がる。
「……すみません」
絞り出すような声だった。
自分がリアムの質問に答えたことで、二人にも同じことをさせてしまった。
その事実が、胸に重くのしかかる。
「謝ることはないわ」
エミリネットはすぐに言った。
「そうよ。私たちも、いずれ話すつもりだったしね」
ユーリも続く。
二人とも、穏やかに笑っていた。
その表情に、作り物の気配はない。
「それに――」
エミリネットが少しだけ肩をすくめる。
「スキルって、変わるのよ。時間と経験でね」
「だから、今の形がすべてじゃない」
ユーリが補足する。
その言葉は、どこか実感を伴っていた。
「だから、大丈夫よ」
「ええ。ナルセーユ先生の言葉を借りるなら――」
少しだけ悪戯っぽく笑って、
「“試練をどう扱うか”って話ね」
リゼは、ゆっくりと顔を上げる。
二人の表情を見て、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
「……ありがとうございます」
素直な言葉だった。
三人は再び歩き出す。
先ほどと同じ廊下、同じはずの景色。
けれど――今はどこか、違って見えた。
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■リゼの能力値
『体力:五十一』 (増加三)
『魔力:三十三』
『力:三十六』 (増加三)
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:四十八』
『運:六十一』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
■サブクエスト
■シークレットクエスト
■罰則
・闇属性魔法”ドレイン”の消去
・身体的成長速度停止。期限:一生涯
・恋愛感情の欠落。期限:一生涯




