396話
「呪われたスキルだと思ったかい」
本を受け取ったナルセーユが意地悪そうに笑う。
「いいえ。きちんと、自分のスキルと向かい合います」
「なるほど」
ナルセーユの目尻が下がる。
リゼの目に現れた”覚悟”が伝わったからだ。
「もう少し時間はあるかい?」
ナルセーユの視線がエミリネットとユーリに向けられる。
二人は視線を合わせると、同時に頷いた。
「では。少し違った視点で話をしようか。職業を交えた内容かな」
まだ出会ってからの時間は短いが、ナルセーユは感情に合わせるかのように口調も異なる。
まるで一人の人間に何人もの人格が宿っているように思えた。
「そうですね……エミリネット、魔術師が杖を持つ理由を言ってごらん」
「あっ、はい」
突然、指名されたエミリネットは学生の時のような返事をして、ナルセーユの質問に答える。
「まず、魔法による体への裂傷を防ぐこと。そして、杖に仕込まれた魔導石による魔法効果の向上。それと、対象者へ照準を定めるための道具……だと思います」
「はい、よくできました」
素っ気ない誉め言葉には、感情が乗っていない。
「ユーリ」
「はい」
「君も杖を使っているよね?」
「はい、使用しています」
ユーリは右手に持っていた杖を少し持ち上げ回転させて、ナルセーユに見せた。
「君は癒闘家という職業を知っているかい?」
「はい、知っています」
迷わず即答するユーリ。
リゼも最近知った……金狼のマリックの職業だ。
「その癒闘家は、回復魔法を使用するのに杖を使っているのかい?」
「いいえ、職業から考えても杖は使用していません」
「その通り。では、彼ら癒闘家が回復魔法を使う条件は?」
「普通に考えれば、杖を介さず体から直接魔法を発動させる……ですか?」
「昔と同じで、君は優秀だね」
望んだとおりの回答にナルセーユは機嫌が良いのか、少しだけ興奮した口調でつづけた。
「その時の魔法効果は、杖の有る無しで変わるのか? 答えは『否』だ。そもそも治癒師や、回復魔術師などに比べて、回復魔法の効果が同じではないからだ」
大げさに手を振り、三人しかいない観客に向かって演じる。
「エミリネット。魔術師の君も直接、魔法を発動することは出来るけどしない。それは、先ほどの体への裂傷を防ぐ要因が一番大きいだろう。では、ユーリ。君の場合はどうだ? 回復魔法では体への裂傷など心配する必要がない。遠くの相手に回復魔法を放つ必要もない。ではなぜ、杖を持つ」
人差し指で全員の顔をなぞるように差す。
「効果が違うからだ」
上目遣いで三人を見ると、満足そうに笑う。
回復魔術師や、治癒師は職業選択した段階で、多少なりとも回復魔法を使うことが出来る。
使用できる魔法を増やすには、鍛錬を積むか、ブックを購入するかだ。
「同じ回復魔法でも、似て非なる魔法だとは思わないかい。魔法というよりもジョブスキルの影響が大きい」
ナルセーユはそこで言葉を切り、三人の様子を静かに観察した。
わずかな沈黙――誰もすぐには答えない。
その反応に、彼は小さく満足げに頷いた。
「いいね。考えている顔だ」
軽く歩き出し、三人の周囲をゆっくりと回る。
「では、もう少し整理しようか」
指を一本、立てる。
「魔法は“現象”だ。炎が燃える、傷が塞がる――目に見える結果のことだね」
次に、もう一本指を立てる。
「対してスキルは“仕組み”だ。その現象に至るまでの過程を決めている」
エミリネットが小さく頷く。
「だから、同じ回復でも違いが出る……」
「その通り」
ナルセーユは即座に肯定すると、エミリネットの持つ杖へと視線を向けた。
「魔術師は杖を使う。魔力の流れを安定させ、変換を補助するためだ。いわば“外部の経路”を用意している」
次に、自分の腕を軽く叩く。
「一方で、肉体を主とする職業は“内部の経路”を使う。身体そのものが変換器になるわけだ」
ユーリが静かに言葉を継ぐ。
「だから接触が前提になったり、効果の性質が変わる……」
「理解が早いね」
ナルセーユはわずかに笑う。
そして、三人の目の前で足を止めた。
「重要なのはここからだ」
三人の視線が自然と集まる。
「多くの者は、“結果”だけを見ている」
静かな声だった。
「回復した、攻撃できた、失敗した――それだけだ」
エミリネットが少し考え込むように視線を落とす。
「でも本当は、その前に……そう、“どうやってそこに至ったか”だ。」
ナルセーユは言葉を止め、三人の反応をみる。
「同じ結果でも、過程が違えば再現性が変わる。安定性も、安全性も、すべて変わる。にもかかわらず、そこを見ない者が多い」
少しだけ、声に皮肉が混じる。
「だから“才能”だの“運”だのと曖昧な言葉で片付ける」
ユーリが苦笑する。
「耳が痛い話ですね」
「なに、珍しいことじゃない」
ナルセーユはあっさりと流す。
そして、少しだけ声を落とした。
「だがね――」
一歩、踏み出す。
「理解している者は、そうではない者と比べて圧倒的に強い」
言い切ったが、その言葉には確信があった。
「魔力が多い少ないではない。才能の有無でもない」
指先を軽く振る。
「“何をしているのか分かっているか”――それだけで差がつく」
リゼは黙って聞いていたが、その目は真剣だった。
「では、どうすればいいのか」
ナルセーユは、わずかに間を置く。
「難しいことは一つもない」
そう言って、ゆっくりと三人を見渡した。
「観察だ」
短く、はっきりと。
「魔法を使う瞬間、自分の中で何が起きているのかを見る。どこに負荷がかかり、どこで変換され、どこで結果になるのか」
エミリネットが小さく息を呑む。
「……そこまで意識したこと、ありません」
「だろうね」
ナルセーユはあっさりと頷く。
「だが、それをやるだけで変わる」
静かに、しかし強く言う。
「精度が上がる。無駄が減る。そして何より――再現できるようになる」
ユーリがゆっくりと頷いた。
「……確かに、それができれば戦い方も変わりますね」
「そういうことだ」
ナルセーユは満足げに笑う。
そして、ふっと力を抜いた。
「さて。講義はこのくらいにしておこうか」
空気がわずかに緩む。
「一度に詰め込みすぎても意味がない」
軽く手を振る。
「今日のところは、“結果ではなく過程を見る”――それだけ覚えておきなさい」
三人はそれぞれに頷いた。
一見、関係のない話のようにも思えるが、ナルセーユの話にのめり込んでいる自分がいることにリゼは気付く。
学習院に通っていなかったから、”学ぶ”ということに貪欲になっていた。
「さてさて……」
考え込むリゼを無視するかのように近づくと耳打ちする。
「私のスキルは”記憶力”に関係するものだ」
隣にいるエミリネットにも聞こえないくらいの小さな声。
エミリネットとユーリには、少し屈んだナルセーユがリゼの横を通り過ぎたように見えた。
三人の背後で振り返ったナルセーユは両手を叩く。
その音は部屋だけでなく廊下まで響いた。
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■リゼの能力値
『体力:四十八』
『魔力:三十三』
『力:三十三』
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:四十八』
『運:六十一』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
・ナルセーユに有効な情報を与える。期限:ナルセーユの牢獄に滞在している間。
・報酬:体力(三増加)、力(三増加)
■サブクエスト
■シークレットクエスト
■罰則
・闇属性魔法”ドレイン”の消去
・身体的成長速度停止。期限:一生涯
・恋愛感情の欠落。期限:一生涯




