【4】
混乱する私に、秋葉は「そういえば」と呟いた。
「この曲って、いろいろ噂あるよね」
「噂?」
私は首を傾げる。
「うん、歌詞が、胸を締め付けられるほど切ないんだけど……」
「あ、たしかにね」
「うん、それでね。諸説あるけど、面白い解釈では、自分の兄妹への、実の弟への、道ならぬ……でも、とても純粋な恋心を伝えたいっていう意味が込められてるっていうの」
「……兄妹への、実の弟への……恋……?」
私は瞬きした。
想いの届かない相手。届かない恋。
「驚くのは早い。噂はそれだけじゃないのよ」
楽しそうに秋葉は話した。
「実はね、この曲って、ある音楽会社に、いきなり届けられたものなんだって。歌い手も推薦人も匿名で、ただ、『とてもいい曲だから、気が向いたら世に出してください。権利関係に関しては、全てお譲りします』って、一筆添えられてね。それで、受け取った音楽会社が『天城まどか』って名前をつけて、売り出したらしいわ」
「……そんな」
私は言葉を失った。
「まあ、眉唾ではあるんだけどね。真実は、霧の中ってことかしら。でも、面白い話ではあるでしょ?」
「…………」
「遊馬?」
「……あ、うん」
――確かに『効率的なやり方』だ。
彼にそれと悟らせず、歌を届ける方法。答えは、木を隠すなら森の中ということだった。
『いや、彼女は歌手じゃないよ』
笹峯さんのその言葉が、リフレインしてきた。今はその意味がすとんと腑に落ちた。
そのとおりだ。彼女は、どんなに有名になり、どんなに売れたとしても、まったくもって歌手ではないんだ。
――だって、これは、この世界のたった一人の愛する人のためだけに歌われた、どこにでもいる少女の、私的なラブソングなのだから。
(……やっぱり笹峯さんも、少し変わってるのよね)
私はどうにも呆れた息を吐く。
「秋葉、もう一度リプレイして聴いてもいいかな?」
そう言って、私は秋葉から手渡されたリモコンのプレイボタンを、もう一度オンにした。
それは切なくて、苦しくて、透明で、綺麗で。
――とても良い、ラブ・ソングだ。
そういえば、秋葉が来てから頼もうと思っていたアップルパイを、まだ頼んでないことに気づく。ひとしきり切ない調べに身を委ねると、アップルパイを買いに売店まで行こうと思った。
このオープンテラスの、ミルクティーとアップルパイの組み合わせは絶品なのだ。
――――了