エピローグ
アスファリア騎士団からラグーンへ派遣される部隊は、二ヶ月に一度交代される。
次のラグーン駐屯へ、ユアンが向かうことになった。
「ニコラスがお前と話したいと言っているそうだが、会ったのか」
グレンは騎士団本部の一室に、ユアンを呼び出していた。
「あいつにあっても、俺にはない」
ユアンはにべもなく答える。
「何があった、彼と」
「別に何も。面倒なだけだ。あいつと話すのは」
グレンは見当をつける。ユアンとルイスがかつて口論したとき、たしかニコラスも一緒であったと聞いている。ニコラスはルイスと親しいとのことだ。
サラを巡ってのルイスとユアンのトラブルを、聖職者のニコラスは当然良くは思わないだろう。彼の実直な性格からして、ユアンの更生のために力を尽くそうとするに違いない。そう結論して、グレンは苦笑した。
「そう言うな。彼は純粋に、お前のことを思っているだけだろう」
「だからだよ」
ユアンはうんざりとした様子で息をつく。
「あいつには悪意がない。だから余計にたちが悪い。強烈なくらい意志が固い。あいつと話して、こっちの気力が続くわけがない」
ユアンの言いたいことも、わからないこともなかった。どこまでも真っ直ぐな人間に、屈折した想いの全てを、理解するのは難しいのかもしれない。
「たとえ結果が相容れないものだとしても、お前の心に何かのきっかけを生み出すこともあるかもしれない。信仰や、音楽と同じだ。他人という存在は」
「…………」
グレンの言いたいことを、ユアンはわかってくれただろうか。
ややしてユアンは、仕方がないとばかりに、小さく息をついた。
「いつか話す。気が向いたら」
ユアンの答えにグレンは小さく笑って頷いた。
そして話題を変え、改めてユアンを見る。
「駐屯地への赴任は二ヶ月だ。ユアン。二ヶ月後、お前は戻ってくるのか」
「……そのつもりだ。今のところは」
曖昧に答えるユアンに、グレンは真剣な眼差しを向ける。
「お前とは、一緒に騎士団で働きたいと思っている」
そこで言葉を切ると、グレンはかつてのルチカの言葉を思い出していた。言葉は、言わなければ伝わらないことの方が、多い。
「……だがお前には、お前が選んだ道を生きてもらいたいと思っている。私の希望や、父上の期待など関係ない。お前はお前の選択をすればいい。その時が来たら、私はお前の力になる」
グレンの言葉に、ユアンは小さく目を見開いた。
「そんな風に、思っていたのか……」
ユアンは目を閉じて、苦しそうに眉根を寄せた。
「気づいていなかった。俺は何も」
自らを責めるような口調。グレンは手を伸ばし、ユアンの前髪に触れた。
「何故お前が気にする。私が何も言わなかっただけのことだ」
「……俺を第二師団に、引き抜いてくれようとしたこともあった」
現在第四師団所属のユアンを、自らの所属にと騎士長に申し出たことがあった。当時、ユアンはラグーン行きを希望していた。グレンは自らとともに、ユアンをラグーンに連れていこうと思っていた。
「そうだな。あの時は、騎士長に断られてしまったが」
おそらく、ユアンの不安定さを、見抜いてのことだったのだろう。今になってわかる。その判断は間違っていなかったことが。
「俺は本当に、自分のことしか見えていなかった」
自らの思いを吐きだしたユアンに、グレンはユアンを抱擁した。そんな風にするのは、いったい何年ぶりだろう。
「覚えているか。初めて出会ったときのことを。お前は八歳で、私の半分ほどしか背丈がなかった」
「……永遠の別れのようなことは、やめてくれ」
ユアンの言葉に、グレンは笑う。
「お前が戻らないことも考えてのことだ」
「……戻ると言っただろ」
「今のところは、と言ったのはお前だ。私はいつでも覚悟している。ユアン、お前が道を選択するときがきたら、迷うことなく、背中を押せるように」
「…………」
グレンは抱擁を解く。
ユアンは顔を上げ、澱みのない眼差しを向けた。
「……行くよ」
「ああ、行ってこい」
凛とした背中を見送る。その瞬間、かつてのユリアスの姿が鮮明に思い出され、ユアンの後ろ姿と重なった。
グレンは思わず目を細めた。生き続ける。人の意志は。こうして誰かの記憶となりながら。
扉が閉まったのを確認してから、グレンは窓辺に寄った。季節が巡り、気温が低くなったせいか、空は高く澄みきっている。
そういえば間もなくユアンの誕生日だ。ラグーンに行っては、祝ってやることもできない。戻ってきたら、一緒に祝おう。クラネスと一緒に。
グレンは淡い空を見つめながら、微笑んでいた。
(了)




