夢はでっかくタワーマンション的な
気がつくと、パンダになっていた。
「うわぁ!」
鏡がないので顔の確認はできないが、この黒の手足と白い腹はまさしくパンダだ。しかしどうやらリアルアニマルではなく、毛がフカフカでぬいぐるみのようなボディだ。
普通に二足歩行できるし、声も出る。
「かわいいー、ミニパンダだ」
後ろから巨大なものに抱えられた。
「よ、夜井さん?」
この全身真っ白の男性はよろりの体の主人格、夜井誠一さんだ。
俺を胸に抱え、頬ずりしてくる。相対的に見て、俺は随分と縮んでしまったらしい。本当にぬいぐるみサイズだ。
「やぁ、パンダくん。久しぶり。会いたかったですよ」
「俺はあんまり会いたくなかったです。気安く触らないでくれますか」
「つ、つれない……ひどくないですか、え、パンダくんってそういう子ですか?」
悲しげに眉根を下げる夜井さん。大の大人がそんな情けない顔を晒さないでほしい。
「まったく、何をやっているのかしら」
ショックを受けている夜井さんの肩に、黒猫のぬいぐるみが乗っていた。その声はまさしく猫田さんだ。
「よろり先生のイメージを採用しているからこんな格好になっちゃうのよね」
「動物大好きってのもほどほどにしてほしいな……」
「あ、僕も動物は大好きです」
「聞いてません、夜井さん」
「え、本当に何なんですか? 僕の扱いが雑すぎませんか?」
夜井さんが涙ぐむのを横目に、俺は猫田さんに視線を向けた。
「ここはもう忠弥の夢の中なの?」
「いいえ。ここはよろり先生のホーム。夢を繋ぐ場所よ」
俺は改めて周りを見渡した。
円形の建物の最下層にいる。全体的に暗い。
すぐそばにある燭台に乗ったロウソクの炎が俺たちの周囲を照らしている。炎は生きているかのように蠢き、明滅を繰り返す。
中央は吹き抜けになっていて、天井は闇に埋め尽くされて見えない。壁面にはずらっと形の違う扉が並んでおり、それぞれ表札がついている。猫田さん曰く、これが一人一人の夢に繋がる扉らしい。
螺旋階段がぐるっと各階に続き、さながら塔のようだ。
「どんどん非常識になっていくなぁ。驚かなくなってきた俺もやばいけど」
「遠い目をしないで。さっさと行きましょう」
猫田さんとは反対側の夜井さんの肩に乗った。
燭台のロウソクを恐る恐る慎重に手に取り、夜井さんが階段を上り始める。
どうして夜井さんがここにいるのだろうと思ったが、移動手段として駆り出されたのだろう。
「そういえば、よろり先生は?」
「パンダくんにこんなしょうもないところで悪魔の姿を見せるの嫌だからって隠れてるわ」
「えー」
登場は派手に盛大にということだろうか。果てしなくてどうでもいい。
表札に注目していると、クラスメイトと思わしきものがたくさんあった。
狼の表札に、「大神蘭丸の食べられそうで食べられない夢」とか、
羊の表札に、「小牧羊子の枕が濡れる悲しい夢」とか、
タヌキの表札に「土屋哲人の空から落ちてビクってなる夢」とか、
ろくなタイトルがない。
「あ、響子ちゃんの……」
ウグイス色の鳥の表札には一言、「虚夢」と書いてあった。
すっごく気になる。けど怖い。
とりあえず今の時間は寝ていることが分かって安心した。
小熊さんの扉も見つけた。そこには、「小熊風鈴の恋煩う夢」とあった。
「えぇ!? 小熊さん好きな人いるの!?」
「うるさいわよ、パンダくん」
「だ、だって……」
クラスの情報通から彼氏はいないということは聞いていた。が、好きな人がいるという情報はまだ出回っていない。
「あ、ヤバい。俺の枕も濡れそう。誰だよ、羨ましいな、この野郎……」
パンダの姿だと悲しみが伝わらないかもしれないが、俺は相当落胆している。
「パンダくんって本当にアレよね」
「そうですね。アレですね」
猫田さんと夜井さんのひそひそ話に構う余裕もない。
「あれ、そういや、俺の扉は?」
「ありませんよ。パンダくんがこちらに来ることはできますけど、よろりがパンダくんの意識に行くことはできませんから」
この扉はあくまでも夢へ不法侵入するためのものらしい。
「そうなんですか。それは良かったけど、俺だけみんなの夢の内容なんとなく知っちゃって申し訳ないな。それに、みんなの夢によろりが行き来自由なのも心配……」
「そんなこと今気にしてもしょうがないでしょ。ほら、着いたわよ」
猫田さんが前足で示し、夜井さんが一つの扉の前で立ち止まる。
ネズミの形の表札に「井上ちゅーやのトラウマ過去夢~リバイバル中~」と書かれていた。
ああ、すまない、心の友よ。こんなことになってしまって。
「上映中はお静かにお願いします。もし他人の夢の中で暴れると、その人の人格に影響を及ぼす可能性がありますから」
夜井さんの言葉に俺は神妙な表情(やっぱりパンダの顔なのでいまいち伝わらないだろうが)で頷いた。
扉を開き、足を踏み入れた。
そこに広がっていたのは、懐かしい風景。
中学の体育館だ。
むせ返るほどの熱気、ボールが床を跳ねる音、光沢のある青いユニフォーム、湧き上がる声援と歓声。
俺はあまりの再現率に面喰った。
そしてコート内に井上忠弥の姿があった。現在よりも幼さの残る顔にボールを追う真剣な瞳が眩しい。
どんどん画面が切り替わっていき、やがて使われていない体育倉庫裏に行きつく。
あ、ヤバい。このシーンはダメだ。
中学一年生の秋、ある事件が起こった。




