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こんばんはいただきます

 忠弥には短い文面で「大丈夫か」とメールを送った。

 返信は「おせっかい」の一言だけ。

 下手につつくと余計にこじれそうだ。俺は忠弥と猫田さんの和解交渉は長引きそうだな、と肩を落とす。


 とりあえず、今日の仕事に集中しよう。

 町の小さな洋食屋・モノクロ。

 両親が経営するレストランだ。ありがたいことに今夜も繁盛している。


「いらっしゃいませ!」

「オムライス・デミと海老フライ定食入ります!」

「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞ」


 店は狭いが、従業員が少ないので結構忙しい。俺も格安のアルバイト料で毎晩のように駆り出されている。ウェイターとしてだ。厨房には皿洗いの時しか入れてもらえない。


 八時を過ぎて閉店時間まで一時間を切った。この頃になるとだいぶ客足も減って楽ができる。そんな風に気を抜いていた罰が当たったのか(そんなことでいちいち罰を当てるほど神様も暇ではないと思うけど)、来客を告げるベルに振り返ったとき、俺は持っていたお盆を床に落とした。


「ご機嫌麗しゅう。店の手伝いとは結構結構」

「こんばんは。素敵なお店ね」


 よろりと猫田さんが私服でご来店だった。


「あ……あ……!」

 言葉にならない。

 俺の様子を不審に思ったのか、厨房から両親が顔を出す。


「パ、いえ、伴田くんのお父様とお母様ですか? 私、同じクラスの猫田ノエルと申します。いつもお世話になっております」


 猫田さんが見事な優等生挨拶で両親を悩殺した。


「私は彼女の親戚のものです。彼女がどうしてもここで一度食事をしたいというもので、連れてきた次第なのですが、まだ営業中でしょうか」


 よろりは悪ふざけとしか思えないほど丁寧にお辞儀をした。今夜も黒を基調としたファッションだが、いつものように違和感はない。担任のくせに名乗らないのは何故だ。いや、余計なことは考えないでおこう。アニマルクラスのことがバレるよりいい。


「まぁまぁまぁ! 学校のお友達? この子にこんな可愛いクラスメイトがいたとはねえ。……あんた、何やってるの。さっさと席にご案内なさい」


 母親に尻を叩かれてようやく意識を日本海溝から引き上げた俺は、営業スマイルを浮かべることもできずに一番奥の席へ二人を導いた。


「な、何しに来たの? 二人揃って」

「ふふ、お腹が減ったからに決まってるでしょ? 私、ミックスフライ定食ね。あなたは?」

「ふむ。このシェフの気まぐれメニューというものを食してみようか」


 また悪魔的な企みをしているのかな。

 それとも俺をからかうため?


 俺は平静を装って、二人が食事を終えるのを待った。いっそ何かされる前によろりの食事にだけでもタバスコを振りかけて先制攻撃を、と思ったが、変な因縁をつけられても困るのでやめた。

 ああ、俺の心はどんどん穢れていくなぁ。


「ごちそうさま。おいしかったわ」

「シェフが気まぐれで作ったとは思えん……謎だ」

 

 つつがなくお食事をおえ、二人は会計へ。

 意外にもお世辞か本音か区別がつかないくらいの感想と、よろりの手から普通に紙幣を受け取れたので俺は思わず面喰った。


「ありがとうございます。……で、本当に何の用ですか?」


 猫田さんが神妙な顔で俺を見る。


「今日の放課後のことでちょっと」

「ああ、忠弥のこと? まさか変な催眠術で仕返しを企んで」

「違うわよ」


 猫田さんはぶすっと拗ねたように頬を膨らませた。


「ネズミくん、かなり本気で怒ってたでしょ。別に彼に嫌われようが恨まれようがどうでもいいんだけどね。まぁ、八つ当たりしちゃった自覚はあるし……今回は私が大人になってあげてもいいかなって、そう思ったの」

「八つ当たり?」

「そこは気にしないでいいところよ、パンダくん」


 俺は唸る。


「えっと、つまり忠弥と仲直りしたいの?」

「仲直りというよりも、ただの謝罪ね。元から仲は悪かったんだから」


 なんと。

 猫田さん側から謝ろうとしてくれるとは思わなかった。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。


「俺が仲介すればいい? 忠弥を呼び出そうか?」

「違うぞ、パンダ」


 黙っていたよろりが、にやりと口の端を持ち上げた。


「この程度のことで我が主がネズミごときに頭を下げるなど、言語道断だ。いくら主がそうしたくても、我輩は簡単には納得できないぞ」

「はぁ……じゃあどうするんですか?」

「何故ネズミがあそこまで怒ったのか、理由を知る必要があるな。その上で改めて判断しよう」


 よろりに判断を任せたら、いい方向に転ぶはずもない。


「その判断基準は悪魔流ですか?」

「いや、一般常識に合わせてやる。ここは人間の世界だし、我輩は今教師だからな。……ただし、方法は夢を司る悪魔流だ」


 えっと、つまり、どういうことだ。


「大切なお友達に何をするのかって心配でしょ? だからパンダくんも来て。今夜、ネズミくんの夢の中で会いましょう」

「え?」

「大丈夫。ただ眠るだけでいい。入口は開けておくから、意志があれば来られるはずよ。あなたは普通の人間ではないんだから」


 猫田さんはおやすみなさいと手を振って、よろりとともに店から出ていった。

 夢の中で会う?

 恋人同士だったなら素敵な言葉だけど、この場合は……。

 あんまり好ましくないのは確かだった。

 夢から忠弥の心のトラウマを探るというのは確かによろりらしい手法だと言えるが、俺は賛成できなかった。

 そんなことをするくらいなら、話すのに。

 友達の秘密を勝手に他言するのは気が引けるけど、そんな非常識な力を遣って無理やり心の中に押し入るよりはずっとマシだ。


 だけどよろりの言葉に俺が賛成できないのと同じくらい、俺の提案によろりが同意するはずはなく、結局夢への潜入捜査は実施される。こうなったらせめてよろりが忠弥に変なことをしないように見張るべきだろう。


 閉店後、風呂に入って英語の予習を済ませた。そろそろ眠気もピークである。

 眠るだけでいいという猫田さんの言葉を鵜呑みにして、俺は不安と枕を抱き、深夜十二時頃夢の世界へと出発した。



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