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とおりあめ。


晴れているのに雨が降る。

そんな『狐の嫁入り』と呼ばれる天候のことを、皆さんは果たしてご存知だろうか。


はるか昔。

遠い遠い昔、人々がある時、空が澄み渡り青く晴れているのに何故か雨が降っている空の状態を見て、「こりゃおったまげたなぁ。狐に化かされているみたいでねぇかぁ!」や「嫁行く狐が悲しくって泣いているんかもなぁ」などと何の脈絡もなくそう口にしたことから、晴れているのに雨が降ると言う天候の現象、天気雨の事を『狐の嫁入り』とそう呼ぶようになったらしい。


勿論。

話題の主たる狐達の間で、『狐の嫁入り』等という言葉はその時広く知れ渡ってなどはいなかった。知っていたとしてもそれは数えるぐらい少数で、何故そこで狐の名前が出て来るんだ?と不思議がっていた程度で、特に気にも止めていなかった。

何故なら自分達は人間達をそんな化かし方などはしていなかったのだから。


だけどこの『狐の嫁入り』はあながち『嘘』ということでも実はなかったりする。


何故なら、確かに狐の『嫁入り時』には必ずと言っていいほど雨が降るからだ。

空は青く晴れ渡り太陽が出ている。だけどどこからか雨が降ってくる。狐達の間でもそれは昔から不思議な光景とされていた。


何故嫁入り時に天気雨が降るのか。


ただの自然現象。

突発的偶発。

神様のいたずら。

狐の中には雨男雨女が多い。

狐の誰かの仕業。

狐の存在自体が『雨』に限りなく関係がある。


『怪異』。


何故嫁入り時にだけ天気雨が降るのか。実際にそれについて研究している狐もいる。

だがその者の検討虚しく、未だその謎は謎のまま解明されてはいない。


晴れているのに雨が降る。

そんな天気雨を見ると、「あぁ今日も何処かの狐が嫁入りしたんだな」とそんな事を思うのもしばしばだった。


そしてあの日の『狐の嫁入り』の日。


二郎。

俺の弟は嫁入りから逃げて来た。












「二郎、いいかげんに帰らないか?嫁入りから逃げて来るだなんて母上や父上が泣くぞ」


第一高校高等部『保健室』。

本棚の上で狐の姿のまま二郎はむすっとした表情で俺を一瞥し「嫌だ」とだけ言った。

生まれ育った狐の姿のままの二郎。前に見た時よりも少し毛の色が濃くなったか。

二郎はじっと一点を見つめたまま口を開く。


「夫婦っていうのは好きなやつとなるものだ。嫁、ってのは好きなやつになってもらうものだ。俺は嫁入りでやってきた狐は好きなやつじゃないから嫁になんて出来ない。それを母上も父上も勝手に先々進めて……」

「二郎のためにやってくれたことだろう?」


二郎ももう大人になった狐。

先の未来を考えて結婚させようとするのは親としては当然の心理だ。


「兄貴はいいじゃないかっ、嫁入りがある前にこうやって人間達の住む世界に来れたんだから!」


二郎は歯を剥き出しにしてこっちを見、俺を怒鳴り付けた。


「兄貴がそうやってここにいるから、俺におはちが回って来たんだからなっ!俺だって兄貴と同じようにここに来たかったっていうのに……」


最後は尻すぼみになりながら二郎は顔を曇らせた。尻尾が垂れる。二郎の気持ちも分かるから、俺はすぐには何も言えずに黙り混むしかなかった。


二郎は昔から人間達の住む世界にあこがれの様なものを持っていた。いつの頃からか「絶対に人間達の世界に住むっ!」と宣言までしていたくらいに。

だけど兄である俺が二郎のその願いと同じように先に人間達の世界でこうやって住んでしまっているためか、両親は二郎には狐の世界で住んで欲しいと思うようになってしまったのだ。

だからだろう。


二郎を無視し両親は嫁入りを強行した。


「……悪いと思ってるよ。だからこうやって匿ってやってるんだろう?」


俺のツケが二郎に回っている。

それが分かるから「帰れ」と強くは言えないのだ。


「だけど二郎。二郎がここにいること、多分そう長くは隠し通せはしないんだぞ?それに、いくら好きじゃないからって一応嫁として来た人に対して逃げるだなんて行為はとても失礼なことだ。俺も一緒に行ってやるから一度戻らないか?」

「嫌だ」

「…………」


がんとして二郎は拒否した。


「戻ったら絶対結婚させられるに決まってるんだ。そうしたら俺はここには二度と来られない」

「二度とって……」


そんなことはないぞ、と言おうとしたがその前に二郎が口を開く。


「俺は絶対に戻らない!俺はここでっ……」


そこまで言って、二郎は口を継ぐんだ。

そんな二郎の態度に俺は言葉をぶつける。


「二郎、お前昔からそうだったけど、どうしてそんなにこの人間世界にこだわるんだ?」


小さな頃から。

そのために化けも昔からよく練習していた。だけど、そんな二郎を端から見ていた俺の方が化けは上手くなってしまったのだ。だからこうしてここにいる。その点でも俺は二郎に対して少し引け目を持っていたりするのだが。


「何だっていいだろっ、別に!」


二郎は俺の言葉にそう言い捨て、窓から飛び出して行ってしまった。


「…………」


何故そうまでしてこの人間世界にこだわるのか。本来の狐の世界ではなく、人間世界で生活したい。そんな二郎の思い。

その二郎の思いの理由になっている事柄を、俺も両親も知らない。二郎は教えてはくれなかったから。

だけど嫌な予感はしていた。

二郎が狐の世界ではなく人間の世界にこだわる理由。


できれば、俺の思い違いであって欲しいと願っている。

そして、両親も多分薄々は感ずいているのかもしれない。嫌な予感だけはしているのかもしれない。だから二郎の嫁入りを強行した。

人間の世界に行かせないために。



人間の世界。

俺達狐が人間世界で生活することは、熟練した狐ならそう難しいことではない。


ようはバレなければいいだけの話だからだ。

だけど二郎が『ここ』にいたいと願う気持ちは、多分、ここで生活したい、とか人間を観察したい、だとか修行の一貫で、だとかのそういったありふれた理由なんかではないのだ。



だから。




「吉津音せんせー」


そう言って保健室の扉をがらりと開けて一人の生徒が入ってくる。眠たいのか目を手で擦りながらふらふらとした足取りで中へと進んでくる。


「如月さん…、またですか」

「またです。寝ます。おやすみなさい」


ぺこりとお辞儀をしたその女性徒はベッドまで一直線に歩みを進めた。


「ちょっ、何で僕の許可も無く一気に寝る方向に進んでるんですかっ!毎回毎回、いいかげんここを私用化するのは止めて下さい!如月さんだけのベッドじゃないんですよっ?」

「えっ、私のためのベッドですけど」

「違ぁぁっ!!」


女生徒は「ではではおやすみなさい」と言って俺を放置したままベッドの仕切りであるカーテンをシャッ!と閉めてしまった。


「…………」


人の話など一切聞いていないこの女生徒はたびたびここにやって来る。はぁ、と俺はため息を吐く。

生徒一人に対してもこの様で、二郎に対してもあの有り様。



俺もまだまだ勉強不足の修行不足。



カーテンの引かれたベッドを見る。多分彼女は既に眠りの中だろう。


「……はぁ」


俺はもう一度だけ息を吐いた。



そんなたびたび来る女生徒。

その女性徒を二郎が好きになることなど。

誰が予想できただろうか。




《エピローグなのにプロローグ》


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