六、秘密の友情
「山神様っ!」
美夜は洞窟に向かい明るく呼びかけた。
「美夜か?」
山神の弾んだ声が洞窟に響く。
「美夜様、またこんなにたくさんの果物を」
ミサが微笑みながら美夜から果物のかごを受け取った。
「山神様に食べてほしくて」
「どうぞこちらへ」
山神は美夜を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「よく来たな、美夜」
「山神様、おいしい果物いっぱい捕れたから持ってきたんだよ」
ミサは山神の側に果物のかごを置いた。
「ありがとう、ミサ。アサも、二人とも入り口に戻っていてよいぞ」
「ですが―……」
「戻れと言っているんだ」
山神に逆らうわけにもいかず、双子は少し戸惑いながらも洞窟の入り口に戻った。
「美夜、また話を聞かせておくれ」
二人の少女は並んで敷物の上に座った。
「うん!あのね、山神様―……」
「おい、約束を忘れたのか?」
「あ……でも」
「大丈夫だ、アサもミサも入り口に戻っている」
「…………うん」
「2人の時は?」
「紫苑、って呼ぶんだよね?」
「ああ、名で呼んでおくれ」
山神は柔らかな笑顔を美夜にむける。
「アサもミサは何度言っても呼んではくれぬ」
はぁ、とため息と共に肩を落とした。
「時々、己の名を失いそうで怖くなるんだ」
視線を下に落として呟く。
「紫苑!美夜は呼ぶよ」
美夜は山神の手を取り笑顔で名を呼んだ。山神の、鹿の少女としての名を。
「美夜……」
「ねぇ紫苑聞いて。今日はねっ」
美夜は自分の出来事を話し始めた。村のこと、新しい遊びのこと、兄のこと。
それを山神、紫苑は楽しそうに耳を傾け聞いていた。
「美夜はすごいな、何でも知っている」
「そんなこと無いよ。すごいのは紫苑だよ。
この山の全てを見ているでしょ?」
「正しくは見ているのではない、感じるのだ。
個々の生命の灯をな」
「美夜のパパとママが死んだときも、紫苑が教えてくれたからすぐ見つけて埋葬できたんだよね」
「―……人は、命の連鎖を無視する存在だ」
紫苑は小さな拳を力いっぱい握りしめた。
「ごめん!暗いお話になっちゃったね!」
美夜は慌てて笑顔を作った。
美夜の父親と母親は数年前、人間の狩人に打たれて命を落とした。
その狩人は残酷にも、両親の美しい金色の毛皮だけを剥ぎ取り、その身をまた山に捨てていったのだ。
「でもね紫苑、美夜には大好きなお兄ちゃんもいるし、お兄ちゃんのお友達も狐の集落の人たちもいるでしょ。
それに紫苑もいるから、寂しくなんかないんだよ」
美夜はふわりと紫苑に微笑んだ。
「美夜は優しさに恵まれいるな。とても羨ましい―… 私はここでいつも1人だ。
こうして美夜が訪ねてくれることが唯一の楽しみだ」
「紫苑―……」
紫苑は天井を見上げた。高く上まで続いているが、空の光が入ることのない岩の塊。
美夜は紫苑の様子を隣から伺っていた。不意に紫苑が口を開く。
「―……私は、ここを抜け出したい。 そして美夜のように、山や村を駆けて遊びたい」
「でも…紫苑が、山神がいなくなったらみんなが……」
「分かっておる!ここから出ることは許されない」
紫苑は美夜に笑いかけた。けれど、その笑顔は悲しみに溢れていて、
美夜はただ切ない瞳で見つめ返す事しかできなかった。
「分かっておる。でも、それでもいつか―……」
「いつか一緒に、山で遊ぼう!」
二人は顔を合わせて微笑み合う。
そして、互いの右手の小指を絡めててぎゅっと力を込めた。
「約束だ」
「約束だよ」
二人の少女の無邪気な笑い声が、洞窟いっぱいに響き渡った。