郷愁と希望
「移転の門、ああ・・・・そういえば聞いたことがある。ここに来たときにティターニアが・・・創世の巫女って・・あれ・・そうか、何処かで聞いた名前だと思った。アルティマイナって巫女の名前だ。」何で忘れていたんだろう・・。何か大切なことを想い出したと思ったのに、手から砂がこぼれ落ちるように流れだす記憶にもどかしい気持ちになる。
「ねえ、ミルハ。その創世の巫女について書いてある書物があれば私の部屋に運んでおいてもらえるかな?」
「ええ、了解いたしましたわ。でも桜華様、まだお体が本調子ではないのですから無理をなさらないでくださいね!ああ、そうですわ。王子にも桜華様がお目覚めになられたことを伝えませんと・・・それにしても少しは食欲が戻ったようでようございました。さあ、この藥湯を飲んでもう少し休んでいてくださいな。」
「わかった、じゃあ、さっきの件お願いね」
「はい。本当に桜華様は書物が好きでございますね」
「う~ん・・・・やっぱり血なのかなあ。うちの親がその道のオタ・・・いや、スペシャリストだからさ」元気にしてるかな・・・皆・・・お父さん暴走してないかなぁ・・・。懐かしい家族の顔を思い浮かべると望郷の念が沸いてくる。体が弱っていると尚そういう気持ちが膨らむのは仕方がないのかもしれない。
「参ったなあ・・・」ついこぼれ出た言葉にミルハが申し訳なさそうに目じりを下げた。
「桜華様・・・・あ、そうですわ、そういえば先ほどクロエ・メライナ様の使いがきまして、桜華様に面会したいと。ご病気中ですので、体調が落ち着いてからと申し上げましたが、何やら「チハヤ」に関する大切なお話しだと必ず伝えてくれと・・・。」
「えっ?!チハヤ・・・?どうして・・?会う・・・今すぐ会うって伝えて、ミルハ!」
「ええっ、桜華様?!落ち着いてください。そんなに興奮されてはまたお熱が上がってしまいます。それに、ご病気の状態でお会いするのはメライナ様にもご迷惑になります。せめて明日までお待ちくださいませ!」
「っつ、わかった・・・じゃあ、明日絶対にお会いするって伝えて!」
「はい、わかりましたから本当にお休みになってください。そうでないと明日も面会がかなわない可能性がありますよ。」何度も念を押しながら出て行ったミルハに少し申し訳なく思いながらも、桜華は何か確信めいたものを抱いていた。この世界に来てからティターニアを始め信頼できる幾人かにしか、弟、千早の名前を伝えたことはないし、彼らから千早の名前が漏れることはないと断言できる。ならば、どうしてクロエ様から千早の名前が出てきたのか・・メライナ家はたしか様々な呪術を取り扱う家だが何か関係があるのだろうか・・・。何にしろ、明日になれば判ることだ・・。
懐かしい家族の顔を思い浮かべながら、しばらくうとうととしていたが、また薬湯が効いてきたのか、数分後には安らかな寝息が聞こえてきた。
戻ってきたミルハは、桜華が寝ていることを確認し、そっと毛布を掛けなおすと明かりを消し部屋を出た。