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今回は少し長目です。
「オイコラ!」
誰かが僕を起こそうとしている。
薄目を開けてみると、部屋はまだ暗かった。
「……なんだよ……?」
「なんだよも糞もねぇ!さっさと起きろ!!」
「分かったから怒鳴るなよ……」
起き上がると、すぐ傍に昨夜の「少年」の顔があった。―――本当に息遣いが聞こえるほど近くに。
(……また夢か)
と思うと、すーっと「彼」の手が伸びてきて、僕の顔に触れた。
ヒヤッとしている。
「……朝にも言ったが……」
「彼」はニヤリと笑い、僕の頬を思いっきりつねった。
「イテ!!何すんだ!?」
「これで分かっただろ?」
「彼」は頬をさらにグイと引っ張り、表情を消した。
僕は体をのけぞらせ、その手から逃れた。
「彼」はまたニヤリと笑った。
「夢じゃねぇってな」
「……!」
僕は頬をさすりながら、呆然としていた。
(これ、マジで現実?)
「彼」は冷たく言った。
「で、本題だ」
「なぁ、ちょっとやり過ぎじゃないか?」
僕は口を尖らせた。
夢だろうとなかろうと、頬の痛みは尋常じゃなかった。
「あん?」
「軽くやる程度で十分「夢じゃない」って分かるだろ」
すると「彼」はこっちを馬鹿にしているように鼻を鳴らした。
「俺の怒りが少しこもっていたからな」
「怒り?」
「彼」が身を乗り出した。
「それが本題だ」
「は?」
暗闇の中でも、「彼」が睨みつけているのが感じ取れた。
「テメェ、なんで「一日」を無駄にした?」
「ハハ、今まで無駄じゃねぇ日なんてなかったけどな」
僕は笑ったが、向こうから笑い声は聞こえなかった。
その顔に外の明かりが当たったとき、「彼」がものすごく真面目な顔をしていたので驚いた。
「あ~……冗談なんすけど……」
「……お前さ、昨日の話覚えてるか?」
「え?あぁ、俺が後五日で死ぬとか何とか……」
「彼」が僕の胸倉を掴み、ぐっと顔を近づけた。
「しっかり覚えてんじゃねぇか!!」
「今!今、思い出したんだよ!」
「……信じてねぇな?」
目を覗き込まれて居心地が悪く、僕は顔を背けた。
「……まぁ」
「……別に信じなくていいけどな、お前の命は後四日でなくなる。これは事実だ」
僕は目をしばたいていた。
(いや、信じる奴、いないだろ)
「まぁ、俺も信じた奴は見た事ないが」
どうやら、考えてることが読まれているらしい。
「じゃあ、夢ってことにしといてよ。そんなこと信じたくもないし」
「そうなのか?」
「少年」が意外そうな顔をした。
僕はその答えに、まじまじと「彼」を見つめてしまったが、その意味することに気付き、思わず目を逸らした。
「……別に信じてもいいけどさ、二つ、聞いてもいいかな?」
なんでもないかのような声を出そうとしていたのだが、自分の声がとても奇妙に聞こえた。
しかし、「彼」には普通に聞こえたらしい。フンと鼻で笑った。
「……死因とその後、ってとこか?」
「はぁ?」
すると「彼」は眉をひそめ、手を離した。
「じゃあなんだ?何を聞きたい?」
「まずはあんたの名前だ」
「はぁ?」
「彼」は「何をほざいているんだ?」とでも言いたい表情をしていた。
「……なんで?」
「特に意味はないかな?」
向こうからあからさまな溜息が聞こえた。
「……適当に……「ネモ」とでも呼んでくれ」
「……潜水艦……「ノーチラス」だっけ?はどこ?」
ネモ、というのは「海底二万マイル」という小説に登場する人物の名前だ。
確か「Nobody」とかいう意味だったような……。
「……意味ぐらい知ってるだろ、この言葉の」
「まぁ一応」
ネモは「なら分かんだろ」と呟いた。
「じゃあ二つ目……「パンドラ」って知ってるか?」
「あん?あぁ、あれだろ?神から「絶対に開けてはいけない箱」を受け取った女だろ?ギリシャ神話だっけ?」
「……そう。そして、箱の中身は……」
ネモが頷いた。
「この世のありとあらゆる災厄……中身を知らなかったパンドラはその箱を開けてしまい、それが世界中に広まった……だろ?」
思ったとおり、ネモが知っているのはそこまでだった。
「……実は、それには続きがあるんだ」
「へぇ?」
ネモは興味を抱いたようだ。
「パンドラが急いで蓋を閉めたから、一つだけ、箱の中に残ったんだ」
「一つだけ?何が?」
「なんだと思う?」
ネモは一瞬考え込んだが、すぐに降参のポーズをとった。
「ダメだ。見当もつかない」
「……「未来の事が分かってしまう」という災厄さ」
ネモはハッと目を見開いた。
「だから人は希望を持って―――」
いつの間にか、ベッドの上に横たわり、目覚ましの音を聞いていた。
僕は大きく溜息をつき、頭の上あたりの時計を叩いてから、続きを呟いた。
「―――生きていくことが出来る」
僕は限りがあるはずの無限地獄に身を投じた。