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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十一章

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第4話

私は苦笑しながら答えた。


「まだ、そのようなお話はございません」


一瞬、空気が静かになった。


「……そうですか」


最初に尋ねた青年が、少し意味ありげに頷く。


「それは失礼を。ずいぶん落ち着いておられるので、てっきりもうお決まりかと」


「いえ……」


別の一人が、苦笑まじりに口を挟んだ。


「伯爵が実務の場にお連れになるのが珍しかったものですから、てっきり特別なお立場の方かと」


「そうでしたか……」


そう見えていたのだ、と思うと、胸の奥が少し苦しくなった。


私が静かに返すと、男は肩をすくめた。


「実際、そう見えます。実務の場に令嬢を連れてこられるのも珍しい」


「それに、現場の人の動きまで見ておられる」


別の青年が言った。


「机上の話だけなら、できる方はおります。けれど、ここまで考えられる令嬢は、そう多くないでしょう」


――そんなに珍しいものなの?


私は笑みを崩さないまま、膝のあたりで指先をそっと重ねる。


「ですが」


年長の一人が、グラスを傾けながらゆるやかに口を開いた。


「領地の話ができて、商いの流れにも触れている。しかも、この場で浮かない。……そういう方を頼もしく思う家は、少なくないでしょうな」


「そんな……買いかぶりすぎですわ」


「そんなことありません」


ルーカスが静かに言った。


「少なくとも、お話していて興味の尽きない方だとは分かりました」


少しだけ、言葉に詰まった。


褒められている、のだろう。

けれど、まっすぐ喜ぶには、どこか距離の測られる響きがあった。


「それは、光栄です」


私がそう返したところで、別の青年が身を乗り出しかけた。


「では、エリナ嬢は今後、ご縁談なども――」


そのときだった。


「そのあたりでやめておけ」


落ち着いた声が差し入れられた。


アーネストだった。


彼は変わらない顔で、私の少し横へ並ぶ。


「彼女は見定められるためにここにいるわけではない。今夜は実務者会の客人として呼んでいる」


輪の空気が、すっと引き締まった。


先ほどまで軽く笑っていた青年たちが、揃って姿勢を改める。

年長の男性も、グラスを下ろした。


「……失礼しました」


最初の青年が、苦笑しながら頭を下げた。


「つい興味を引かれてしまいまして」


「興味を持つのは結構だ」


アーネストは静かに返す。


「だが、本人の前でする話ではない」


私は思わず息を止めかけ、すぐに小さく整えた。


輪の中の男たちも、今度は素直に頷いている。


「おっしゃる通りです」


年長の一人が、場を和らげるように笑った。


「少々、話が先へ行きすぎましたな」


「……お気になさらないでください」


小さく答えた。


そうか。


家の娘としてではなく、私自身を見た時、こういうふうに映ることもあるのか。


「……少し、顔ぶれを変えよう」


そう言ってアーネストは、私に目配せした。


私は小さく一礼して、その場を離れる。


案内されたのは、先ほどの輪よりも人数の少ない一角だった。

年若い当主候補が二人、すでに家の差配に関わっているらしい男性が二人。

聞こえてくる内容は、今年の人足や街道の荷の流れについてだった。


「こちらはリュークハルト家のエリナ嬢だ」


アーネストがそう紹介すると、何人かが穏やかに会釈を返した。


「先ほどの話、興味深く聞いていた」


と、一人が言う。


「加工場の人の置き方について、もう少し伺っても?」


「私でよろしければ」


そう答えると、今度の相手は話の続きを待つ顔をしていた。


紹介がひと通り済むまでは、アーネストも私のそばにいた。


必要なところだけ言葉を添え、話が流れに乗ると、彼は半歩だけ後ろへ下がる。


そのまま別の相手に声をかけられ、自然な形で輪の外へ離れていった。


けれど、少し離れた場所で別の会話に応じながら、ときおりこちらへ視線を寄越しているのが分かった。



会が終わる頃には、広間の熱気も少しずつほどけていた。


挨拶を交わしながら人が引き、扉の近くでは外套を受け取る者たちが小さな列を作っている。


私も一礼してその場を辞そうとしたとき、後ろから低い声が届いた。


「エリナ嬢」


振り向くと、アーネストが数歩の距離まで来ていた。


「もう帰るのか」


「はい。遅くなる前にと思いまして……」


アーネストは短く頷いた。


「そうか」


それだけ言って、私の隣に並ぶ。


並んだまま玄関先まで歩く形になって、胸の奥が落ち着かなくなる。


……近い。


「さっきの輪、うまく切り返したな」


「……え?」


思わず顔を上げると、アーネストは前を向いたまま続けた。


「人手不足の話を、嘆きで終わらせなかった。配置の話に変えた」


胸の奥が、ふいに熱を持つ。


「……ありがとうございます」


そのときだった。


「エリナ嬢」


振り向くと、ルーカスがこちらへ歩み寄ってくる。


「本日はお越しくださって、ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


私が礼を返すと、ルーカスはやわらかく笑った。


「ところで、週末のご予定は?」


「え?」


「週末、この屋敷で仮面舞踏会を開くのです」


ルーカスの言葉に、私は思わず目を瞬いた。


「仮面舞踏会……ですか」


「ええ。若い方も多くお呼びする予定ですし、今夜よりはもう少し気楽な場になると思います」


ルーカスはやわらかく笑って続ける。


「もしご都合が合えば、ぜひ」


私は小さく息をのみ、言葉を探した。


仮面舞踏会――。


恋愛小説の中でしか見たことのない、華やかで、少しだけ秘密めいた響きだった。


「……私は――」


返事をしようとした、そのときだった。


「仮面舞踏会か」


低い声に、胸がひとつ跳ねる。


「ええ。グラーフ伯爵もぜひ」


「招待状は届いている」


アーネストはごく自然な口調で答えた。


「まだ返事はしていなかったが、顔は出すつもりだ」


――え。


参加なさるの……?


思わずそう口にしかけて、私は慌てて唇を閉じた。


「それは心強いですね。では、エリナ嬢もぜひ」


「……はい。ぜひ、伺いたいです」


「ありがとうございます。では、招待状はすぐにお送りしますね」


「よろしくお願いいたします」


ルーカスが一礼して離れていくのを見送りながら、私はそっと息をついた。


「……仮面舞踏会は、夜会と少し勝手が違う」


そう言って、アーネストは私へ顔を向ける。


「当日は少し早めに行く。着いたら声をかけろ」


どうして、こうも気にかけてくれるのだろう。


「……はい」


胸に鈍い痛みを感じながら、私はそっと目を伏せた。

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― 新着の感想 ―
 仮面舞踏会……後ろ暗い密輸品や凶器などの扱いに手を出し、顔を隠さないと表社会に出られない者達ばかりの集いではないと思いたいですな。  一度は噛まずに切り返したエリナさんも、答えにくい質問などの連続に…
仮面舞踏会ですって。ステキ!ちょっとドキドキしますね。でも、着ていくドレス?仮面もどうやって手に入れるのでしょうか?くだけたハロウィンパーティーで、100均で仮装小物を調達するようなわけにはいきません…
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