表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
十章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/81

【番外編】パン工房の夫人視点

話数のズレがあったため、急遽書き上げましたm(_ _)m


時系列としては、8章6話あたり。

エリナがパン工房夫人のお屋敷を訪問した日の、少し横道のお話になります。


シリアスな展開が続いておりますので、少しだけ息抜き回として楽しんでいただけましたら嬉しいです。

食事まで、まだ少し時間があった。


私はエリナ嬢を連れて、食堂へ向かう途中の廊下を折れた。


彼女は少し不思議そうにしていたけれど、何も言わずについてくる。


「食事まで、まだ少し時間があるでしょう」


そう言って扉を開けると、エリナ嬢が小さく息をのんだ。


通したのは、私の衣装部屋だった。


ずらりと並ぶ衣装棚。

淡い桃色、若草色、薄水色。


花びらを溶かしたような色合いのドレスやワンピースが幾重にも並び、帽子箱や手袋箱、引き出しにはリボンも収められている。


自分の衣装ながら、改めて見ると少し眩しいほどだった。


エリナ嬢は目を瞬かせている。


まあ、驚くのも無理はない。


どの衣装もやわらかく、可憐で、甘いものばかりだ。


私自身の趣味ではなく、夫の趣味である。


正確には、夫が私に似合うと信じて買い集めてきたものだ。


あの人は昔から、贈り物をすることにためらいがない。

若い頃の癖が抜けていないのかと思っていたけれど、最近になってようやく分かった。


たぶん、相手を飾るのが好きなのだ。


厄介な癖だわ、と思っていた。

けれど、今だけは少しだけ感謝してもいいかもしれない。


私は棚から一着を取り出し、くるりとエリナ嬢へ振り返った。


淡い花色のワンピース。

やわらかな布地に、繊細なレース。

見るからに優しい色合いだ。


それを彼女の肩先へ、そっと当てる。


「……やっぱり、このくらいの色は似合いそうね」


「え……」


エリナ嬢が目を丸くした。


「前は、選ぶ暇もなく服を押しつけてしまったでしょう。でも今日は時間があるもの」


くすりと笑うと、彼女はますます困ったような顔をする。


私はもう一着、今度は薄い若草色のものを取り出した。

胸元に当て、鏡越しに顔色を見る。


「これも悪くないわね。でも、あなたは花色の方が顔がやわらかく見えるわ」


「そんな、私には……」


「似合うと思うから言っているの」


さらりと返すと、エリナ嬢は言葉を失った。


控えめな子だ。


これが別の者なら、遠慮の形を取りながらも、目だけはぎらつかせていたかもしれない。


そういえば、昔にもあった。


私が着ていたドレスを見て、どういうつもりだったのか、

「そのドレスちょうだいよ!」

などと言った夫人がいた。


あれは本当に不快だった。


欲しいものを欲しいと言うのが悪いわけではない。

けれど、相手の持ち物を当然のように自分の方へ寄せようとする思考が、私は嫌いだった。


けれど、目の前のエリナ嬢は違う。


差し出されることに戸惑い、申し訳なさそうにしている。

似合うと言われても、すぐには受け取れない。


だからこそ、こちらが選びたくなる。


……あら。


これは、楽しい。


私はさらに別の一着へ手を伸ばした。


「とりあえず、着てみてちょうだい」


「えっ」


「着ないと分からないもの」


「そんな、申し訳ありません……」


「気にしなくていいのよ。うちの人がこういう色を好むものだから、気づけば似たような服が増えてしまってね」


花色のワンピースを、もう一度彼女へ当てる。


「昔ならまだしも、今の私が毎回こんな色を着るのも、少し違うでしょう」


「でも……」


「あなたには似合うわ」


エリナ嬢は、ぱちりと瞬きをした。


私はワンピースを彼女の腕に乗せる。


「食事の前の、ちょっとした暇つぶしにつきあってちょうだい」


「……はい」


小さく頷く彼女を見て、私は満足した。


「ええ、いい子ね。たぶん、とても似合うわ」


そう言うと、エリナ嬢はほんの少しだけ頬を染めた。


うん。


思ったより、楽しい。


夫よ。

あなたの貢ぎ癖が、こんなところで役に立つとは思わなかったわ。


私は内心でそっと夫に礼を言いながら、次のリボンを選んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ