【番外編】パン工房の夫人視点
話数のズレがあったため、急遽書き上げましたm(_ _)m
時系列としては、8章6話あたり。
エリナがパン工房夫人のお屋敷を訪問した日の、少し横道のお話になります。
シリアスな展開が続いておりますので、少しだけ息抜き回として楽しんでいただけましたら嬉しいです。
食事まで、まだ少し時間があった。
私はエリナ嬢を連れて、食堂へ向かう途中の廊下を折れた。
彼女は少し不思議そうにしていたけれど、何も言わずについてくる。
「食事まで、まだ少し時間があるでしょう」
そう言って扉を開けると、エリナ嬢が小さく息をのんだ。
通したのは、私の衣装部屋だった。
ずらりと並ぶ衣装棚。
淡い桃色、若草色、薄水色。
花びらを溶かしたような色合いのドレスやワンピースが幾重にも並び、帽子箱や手袋箱、引き出しにはリボンも収められている。
自分の衣装ながら、改めて見ると少し眩しいほどだった。
エリナ嬢は目を瞬かせている。
まあ、驚くのも無理はない。
どの衣装もやわらかく、可憐で、甘いものばかりだ。
私自身の趣味ではなく、夫の趣味である。
正確には、夫が私に似合うと信じて買い集めてきたものだ。
あの人は昔から、贈り物をすることにためらいがない。
若い頃の癖が抜けていないのかと思っていたけれど、最近になってようやく分かった。
たぶん、相手を飾るのが好きなのだ。
厄介な癖だわ、と思っていた。
けれど、今だけは少しだけ感謝してもいいかもしれない。
私は棚から一着を取り出し、くるりとエリナ嬢へ振り返った。
淡い花色のワンピース。
やわらかな布地に、繊細なレース。
見るからに優しい色合いだ。
それを彼女の肩先へ、そっと当てる。
「……やっぱり、このくらいの色は似合いそうね」
「え……」
エリナ嬢が目を丸くした。
「前は、選ぶ暇もなく服を押しつけてしまったでしょう。でも今日は時間があるもの」
くすりと笑うと、彼女はますます困ったような顔をする。
私はもう一着、今度は薄い若草色のものを取り出した。
胸元に当て、鏡越しに顔色を見る。
「これも悪くないわね。でも、あなたは花色の方が顔がやわらかく見えるわ」
「そんな、私には……」
「似合うと思うから言っているの」
さらりと返すと、エリナ嬢は言葉を失った。
控えめな子だ。
これが別の者なら、遠慮の形を取りながらも、目だけはぎらつかせていたかもしれない。
そういえば、昔にもあった。
私が着ていたドレスを見て、どういうつもりだったのか、
「そのドレスちょうだいよ!」
などと言った夫人がいた。
あれは本当に不快だった。
欲しいものを欲しいと言うのが悪いわけではない。
けれど、相手の持ち物を当然のように自分の方へ寄せようとする思考が、私は嫌いだった。
けれど、目の前のエリナ嬢は違う。
差し出されることに戸惑い、申し訳なさそうにしている。
似合うと言われても、すぐには受け取れない。
だからこそ、こちらが選びたくなる。
……あら。
これは、楽しい。
私はさらに別の一着へ手を伸ばした。
「とりあえず、着てみてちょうだい」
「えっ」
「着ないと分からないもの」
「そんな、申し訳ありません……」
「気にしなくていいのよ。うちの人がこういう色を好むものだから、気づけば似たような服が増えてしまってね」
花色のワンピースを、もう一度彼女へ当てる。
「昔ならまだしも、今の私が毎回こんな色を着るのも、少し違うでしょう」
「でも……」
「あなたには似合うわ」
エリナ嬢は、ぱちりと瞬きをした。
私はワンピースを彼女の腕に乗せる。
「食事の前の、ちょっとした暇つぶしにつきあってちょうだい」
「……はい」
小さく頷く彼女を見て、私は満足した。
「ええ、いい子ね。たぶん、とても似合うわ」
そう言うと、エリナ嬢はほんの少しだけ頬を染めた。
うん。
思ったより、楽しい。
夫よ。
あなたの貢ぎ癖が、こんなところで役に立つとは思わなかったわ。
私は内心でそっと夫に礼を言いながら、次のリボンを選んだ。




