第8話
街道沿いの店に置いた干し林檎は、思っていた以上によく売れた。
「え……本当ですか?」
思わず身を乗り出すと、店主は笑った。
「旅人は甘い物が好きなんですよ」
干し林檎を一枚つまみ、そのまま口へ放り込む。
「特に、歩いたあとにな」
私は思わず頷いた。
「追加で持ってきてもいいですか?」
「もちろん」
店主は気軽に答えると、指を一本立てた。
「ただし、次は量を増やしてください」
私は目を瞬いた。
「どのくらいでしょうか?」
「三箱くらい欲しいですね」
一瞬、言葉を失った。
頭の中ですぐに計算が始まる。
……林檎が足りない。
生の林檎として残しておく分も必要だし、全部を干し林檎に回すわけにはいかない。
そもそも、今干し林檎にしているのは規格外の林檎だ。それを超えて使い始めれば、売るはずだった林檎まで減ってしまう。
「……少し考えます」
そう答えて店を出た。
馬車に乗り込んでからも、頭の中は林檎のことでいっぱいだった。
「生のまま売る分も残さなきゃ駄目だし……どうしよう……」
屋敷へ戻ると、応接間にはちょうどカイルが来ていた。パン工房から預かった代金を届けに来てくれたらしい。
「ありがとうございます」
代金を受け取りながら礼を言うと、カイルはいつものように穏やかに笑った。
「何かありましたか」
「え?」
「少し困った顔をしていたので」
そんなに顔に出ていたのだろうか。
私は少し迷ってから口を開いた。
「街道の店で、もっと置きたいと言われたんです。ありがたい話なのですが……」
「よかったじゃないですか」
「ですが、林檎が足りなくて……これ以上、生の林檎を使うわけには……」
「ああ」
カイルは小さく頷き、少し考えてから言った。
「干し林檎なら、形は関係ないでしょう?」
「え? そうですけど……」
「途中の村で、規格外の林檎を買って積んできますよ」
「えっ……!」
そんな方法が――。
規格外の林檎を仕入れられるなら、干し林檎の量を増やせる。
今までは年間五十箱ほどが限界だと思っていた。でも、やり方次第では、ひと月で三十箱近くまで――。
そこまで増やせるかもしれない。
胸が一気に熱くなる。
「ありがとうございます!」
思わずそう言うと、カイルは少しだけ目を細めた。
「大したことではありませんよ」
それから肩をすくめる。
「どうせ帰りは空荷ですから。林檎を積んで戻れば、こちらも助かります」
「いえ、そんな方法、思いつかなかったので。本当にありがとうございます」
私が笑うと、カイルは一瞬だけ困ったように笑った。
私は受け取った代金の袋を開け、中から銀貨を一枚取り出して差し出す。
「これで、買えるだけ買ってきてもらえますか」
カイルは銀貨を受け取り、軽く頷いた。
「では、帰り道で声をかけてみましょう」
◆
私は銀貨袋を手にしたまま、廊下を歩いていた。
できるかもしれない。
干し林檎で、もっと市場を広げられるかもしれない。
そんなことを考えながら角を曲がったときだった。
「あら、エリナ」
姉だった。
私は足を止める。
「お姉様」
そこで、姉のドレスに目が留まった。
淡い青の絹に、細やかな刺繍を重ねた総レース。明らかに仕立てたばかりのものだった。
「それ……新しいドレス?」
姉は少しだけ笑った。
「ええ。最近仕立てたの」
……最近。
一瞬、昨夜見た収支の記録が頭をよぎる。
「……似合ってる」
そう言うと、姉は嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
そのまま機嫌よく去っていく。
廊下に残された私は、遠ざかる背中を見ながら呟いた。
「夜会で映えそう……」
――夜会。
ふと、あの夜を思い出す。
燭台の光に照らされた銀器。艶やかな肉料理。甘い香りの紅茶。
そして、ヴィオラ。
優雅に笑いながら、干し林檎を口にしていた。
『気軽なお茶の席には合いそうですわね』
「……あ、そっか」
思わず声が漏れた。
◆
庭園の石畳を渡る風はまだ冷たかったが、日差しはやわらかかった。
「グラーフ伯爵。先日はお時間をいただき、ありがとうございました」
ヴィオラが一礼する。
アーネストは短く頷いた。
「ああ」
「あのような場を拝見するのは初めてでしたの。とても興味深いものでしたわ」
「そうか」
「領地の話が、あれほど率直に交わされる場とは思いませんでした。社交界では、ああいう話題はあまり表に出ませんもの」
アーネストは花壇の方へ視線を向けたまま答えた。
「必要な場だからな」
「ええ。そう思います」
ヴィオラは頷き、少しだけ間を置いた。
「それに――女性があの場にいらしたことにも、少し驚きました」
アーネストの視線がわずかに戻る。
「珍しいか?」
「ええ。社交界ではあまり見かけませんもの」
アーネストは何も言わない。
「エリナ様は、伯爵がお招きになったのですか?」
「招待しただけだ」
「そうでしたの」
ヴィオラは軽く頷いた。
「実務の話を聞ける機会は貴重ですものね」
花壇へ目を向けながら続ける。
「領地を持つ家としては、無関心ではいられませんもの。……機会があるなら、なおさら」
アーネストは答えなかった。
ヴィオラは穏やかな笑みを崩さない。
「また見学だけでも、お許しいただけるかしら」
アーネストは一拍置いた。
「必要なら呼ぶ」
ヴィオラは小さく笑った。
「それは楽しみですわ」
そして、もう一度丁寧に礼をする。
「お時間を取らせてしまいましたね。また社交の場でお目にかかれますことを」
そう言って、ヴィオラは踵を返した。
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次回3月23日投稿します。




