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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
六章

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第8話

街道沿いの店に置いた干し林檎は、

思った以上によく売れた。


「え……本当ですか?」


思わず身を乗り出すと、

店主は笑った。


「旅人は甘い物が好きなんですよ」


干し林檎をひとつつまみ、

口に放り込む。


「特に、歩いたあとにな」


私は思わず頷いた。


「追加で持ってきてもいいですか?」


「もちろん」


店主は気軽に言って、

それから指を一本立てた。


「ただし」


「え?」


「次は量を増やしてください」


私は目を瞬いた。


「量、ですか?」


「三箱くらい欲しいですね」


私は一瞬、言葉を失う。


三箱。


頭の中で、すぐに計算が走った。


……林檎が足りない。


生の林檎として置いておく分も必要だし、

全部を干し林檎に回すわけにはいかない。


そもそも、今干し林檎にしているのは規格外の林檎だ。

それを超えて使い始めたら、

売るはずの林檎まで減ってしまう。


「……少し考えます」


そう答えて店を出る。


馬車に乗り込んでも、

頭の中は林檎のことでいっぱいだった。


「生のまま売る分も残さなきゃ駄目だし……

どうしよう……」


屋敷に戻ると、

応接間には、ちょうどカイルが来ていた。

パン工房の代金を届けに来ていたらしい。


「ありがとうございます」


受け取りながら礼を言うと、

カイルはいつものように穏やかに笑った。


「何かありましたか」


「え?」


「少し困った顔をしていたので」


そんなに顔に出ていたのだろうか。

私は少し迷ってから口を開いた。


「今、林檎が足りなくて……」


「足りない?」


「街道の店で、もっと置きたいと言われたんです。

でも、生の林檎として置く分もありますし……」


「ああ」


カイルは小さく頷いた。

それから少し考えて言う。


「干し林檎なら、形は関係ないでしょう」


「え? そうですけど……」


カイルは穏やかに言った。


「途中の村で、規格外の林檎を積んできますよ」


「えっ……!」


そんな方法が――


規格外の林檎が入るなら、

干し林檎の量を増やせる。


今まで年に五十箱ほどが限界だったのに、

やり方次第では、

ひと月で三十箱近く――


そこまで、増やせるかもしれない。


「……!」


胸が一気に熱くなる。


「ありがとうございます!」


思わずそう言うと、

カイルは少しだけ目を細めた。


「大したことではありませんよ」


そして肩をすくめた。


「どうせ帰りは空荷ですから。

林檎を積んで戻れば、

こちらも助かります」


「いえ、思いつかなかったので。本当にありがとうございます」


私がそう言って微笑むと、

カイルは一瞬だけ困ったように笑った。


それから受け取った代金の袋を開け、

中から銀貨を一枚取り出して、カイルへ差し出した。


「これで、買えるだけ買ってきてもらえますか」


カイルは銀貨を受け取り、

軽く頷く。


「では、帰り道で声をかけてみましょう」



私は銀貨袋を握ったまま、

思わず足取りが軽くなる。


できるかもしれない。


干し林檎で、

もっと市場を広げられるかもしれない。


そんなことを考えながら廊下を曲がったときだった。


「あら、エリナ」


姉だった。


私は思わず足を止める。


「お姉様」


そこで、気づく。


姉のドレス。


淡い青の絹に、

細やかな刺繍を重ねた総レース。


明らかに仕立てたばかりのものだった。


「それ……新しいドレス?」


姉は少しだけ笑った。


「ええ。最近仕立てたの」


……最近。


私は一瞬、昨夜見た収支記録を思い出す。


「……似合ってる」


そう言うと、姉は嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


姉はそのまま機嫌よく去っていく。


廊下に残されて、

私はふと首をかしげた。


「夜会で映えそう……」


――夜会。


ふと、あの夜を思い出す。


燭台の光に照らされた銀器、

艶やかな肉料理、

甘い香りの紅茶。


そして、ヴィオラ。


優雅に笑って、

干し林檎を見ていた。


『お茶菓子にも合いそうですわね』


「……あ、そっか」


思わず、声が漏れた。



庭園の石畳を渡る風はまだ冷たいが、日差しはやわらかかった。


「グラーフ伯爵。先日はお時間をいただき、ありがとうございました」


ヴィオラは静かに一礼した。


アーネストは短く頷いた。


「ああ」


「あのような場を拝見するのは、初めてでしたの。

とても興味深いものでしたわ」


「そうか」


「領地の話が、あれほど率直に交わされる場とは思いませんでした。

社交界では、ああいう話題はあまり表に出ませんもの」


アーネストは視線を外したまま言った。


「必要な場だからな」


「ええ。そう思います」


ヴィオラは穏やかに頷く。


「それに――」


少しだけ間を置いた。


「女性があの場にいらしたのも、少し驚きました」


アーネストの視線が、わずかに戻る。


「珍しいか?」


「ええ、社交界ではあまり見かけませんもの」


アーネストは黙る。


「伯爵が招かれたのですか?」


「招待しただけだ」


「そうでしたの」


ヴィオラは軽く頷いた。


「実務の話を聞ける機会は貴重ですものね」


扇の先で花壇を軽く指す。


「領地を持つ家としては、無関心ではいられませんもの。

……機会があるなら、なおさら」


アーネストは視線を向けない。


ヴィオラは続ける。


「また見学だけでも、お許しいただけるかしら」


アーネストは一拍だけ置いた。


「必要なら呼ぶ」


ヴィオラは小さく笑った。


「それは楽しみですわ」


そして、もう一度丁寧に礼をする。


「お時間を取らせてしまいましたね」


背筋を伸ばしたまま、静かに言った。


「また社交の場でお目にかかれますことを」


そう言って、ヴィオラは踵を返した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマや感想・評価など頂けたら、励みになります!


次回3月23日投稿します。

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