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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
六章

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第5話

今回も、会場はグラーフ伯爵の屋敷だった。


受付を済ませ、中へ入る。


手には、小さな籠。

干し林檎をいくつか入れてきた。配って試してもらえればと思ったのだ。


……少しだけ、胸が落ち着かない。


けれど、もうこの会場に入るのも二度目だ。

足取りは、前よりずっと軽い。


室内を見回す。


「あれ……夫人は来ていない……?」


グラーフ伯爵もまだ見当たらない。


その時だった。


少し離れた場所から、

軽やかな声が聞こえてきた。


人が輪になっている。


――誰だろう。


何気なく視線を向けて、私は足を止めた。


「えっ……」


そこにいたのは、ヴィオラ・クラウゼンだった。


どうして……ここに……?


輪の中心で、ヴィオラが穏やかに微笑んでいる。


「やはり最近は、輸送のお話が多いのですね」


若い貴族の一人が頷いた。


「ええ。地方との価格差が大きくて」


「なるほど……」


ヴィオラはゆっくり頷く。


「流通の整備は、どの分野でも課題ですものね」


別の男が口を開く。


「クラウゼン嬢は、領地で何か関わっていらっしゃるのですか?」


ヴィオラは少し首を傾げて笑った。


「いえ、私はまだ勉強中ですわ」


そう言いながらも、視線は自然に相手へ向く。


「ただ、長期的に見れば

生産と流通の関係は、もっと密接になるのではないかと思いますの」


男たちが感心したように頷いた。


「確かに」


「それはありますね」


私は少し離れた場所で、その様子を見ていた。


「……すごい」


あんなに令嬢らしい令嬢なのに、

普通に会話している。


しかも――


みんな、感心しているみたい。


私は思わず、籠を抱え直した。


ふと、視線を感じた。

ヴィオラと目が合った。


胸が、どくんと鳴る。


けれどヴィオラは、

何事もなかったかのように会話を続ける。


「やはり、地方の産品は

もっと流通の工夫が必要ですわね」


男たちが頷く。


「ええ。輸送費がどうしても」


「ええ、そこが難しいところです」


ヴィオラは小さく頷き、

再び視線をこちらへ戻した。


「あら、エリナ様」


その一言で、

輪の中の視線が一斉にこちらへ向いた。


私は思わず足を止める。


ヴィオラは微笑んでいる。


「こちらにいらしていたのですね」


輪の中の男たちが、

興味深そうにこちらを見る。


「お知り合いですか?」


一人が尋ねると、

ヴィオラは軽く頷いた。


「ええ。少しだけ」


それから、やわらかな声で続ける。


「今日はどのようなご用件で?」


「……招待して頂いたので……」


私がそう言うと、

ヴィオラは穏やかに頷いた。


「そうでしたの」


それだけ言うと、

すぐに視線を輪の方へ戻す。


「皆様、ちょうど輸送のお話をしていたところですの」


「輸送ですか……」


「エリナ様はどう思われます?」


私は、口を開きかけた。


その瞬間だった。


「あ、そうですわ」


ヴィオラが先に声を上げる。


「地方から王都への輸送は、

どのくらい日数がかかるのです?」


男の一人が答える。


「だいたい十日前後ですね」


「やはりそうなのですね」


私は、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「北側の街道は最近混みますからね」


「ええ、護衛も増えています」


「積み替えがあると日数も伸びる」


話は自然に続いていく。


……入れない。


私は籠を、ぎゅっと抱え直した。


せっかく持ってきたのに。


そっと場所を移ろうとした、その時だった。


「エリナ様」


不意に呼び止められ、足が止まる。


「こちらにいらしてくださいな」


ヴィオラが、手を差し出す。


断る理由もなく、私は輪の端に立った。


「――それで、輸送の件ですけれど」


すぐに話題が戻る。


「特に雨季は厄介でしてね――」

「橋も古いところが多いですから――」


私は口を開く隙を探しが、

誰も、こちらを見ない。


動くに動けない。どうしよう……。


そう思ったときだった。


輪の中の一人が、ふとこちらを見た。


「……ん?」


私の手元の籠に視線が落ちる。


「それ、何ですか?」


突然話を振られて、

私は一瞬言葉に詰まった。


「え……?」


「甘くていい匂いがしますね。

お菓子ですか?」


男は少し笑った。


「僕、甘い物に目がなくて」


輪の中の視線が、

少しだけこちらへ向く。


私は小さく息を吸った。


「干し林檎です」


籠を少し持ち上げる。


「試験で作ったものなんです」


「干し林檎?」


別の男が眉を上げた。


「よかったらどうぞ」


「ありがとうございます」


男が一枚取る。


指先で軽く曲げてから、口に入れた。


しばらく噛んで、

少し目を細める。


「……甘いな」


「本当だ」


「うまい」


別の男も一枚取った。


「これ、悪くないですね」


「日持ちは?」


「条件が良ければ二週間ほど」


「どこに卸してるんです?」


「王都のパン工房です。

ただ、都まで送ると

一箱銀貨一枚かかるんです」


男たちが顔を見合わせた。


「……それは重いな」


「はい……だから、

近くで卸せる場所も探していて」


「これまでは?」


「領民向けに、

少量だけ作っていました。

でも今年から、

事業としてやってみようと思っていて」


男は少し考えるように顎に手を当てた。


「干し果物なら、

酒場とかでもいけそうだな」


「確かに。

つまみにちょうどいい」


私は少し驚いて、思わず聞き返した。


「酒場……ですか?」


「甘いものって、

意外と出すところあるんですよ」


「塩気の後に食べると

ちょうどいいんだ」


「なるほど……」


私は小さく頷いた。


考えたことがなかった。


その横で、

ヴィオラが干し林檎を一枚手に取った。


指先で軽く持ち上げて、

少しだけ眺める。


それから口に入れ、

ゆっくりと噛んだ。


「まあ、本当に甘いですわね」


視線が私へ向く。


「自然の甘みですの?」


「はい。乾燥させただけです」


ヴィオラは感心したように頷いた。


「それなら、気軽なお茶の席には合いそうですわね」


男たちが少し笑う。


「確かに」


「甘いもの好きな人は喜びそうだ」


ヴィオラは林檎を指先で軽く回す。


「保存が利くなら、

旅の途中で、手軽に摘まめるのは良さそうですわ」


「それはありそうですね」


男が頷く。


「素朴で、親しみやすいお味ですわね」


「あ、ありがとうございます……」


そう言ったときだった。


ふと視線を感じて顔を上げる。


少し離れた場所。


人の輪の向こうで、

グラーフ伯爵と目が合った。

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押し付けられた変人王子は最推しでした。支えた結果、彼を見捨てた令嬢が後悔しています

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