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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
六章

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第4話

乾燥小屋の扉を開けると、甘い匂いがふわりと広がった。


棚いっぱいに並んだ林檎は、最初に並べた時よりも明らかに色が深くなっている。


私は一枚つまみ上げ、指先で軽く曲げてみる。

林檎は、ゆっくりとしなった。


「うん……いい感じね」


横で見ていた女が笑う。


「今まで干してたのより、きれいに乾いてますね」


「そうね。さて、重さを測ってみよう」


棚の端に置いておいた籠を引き寄せる。

乾燥前に測っておいた林檎と比べるため、秤に乗せる。


「……半分以下。乾燥は問題なさそう」


私は林檎を光にかざした。


「形は綺麗」


一口かじる。


横にいた男が興味深そうに覗き込む。


「どうです?」


私は小さく笑った。


「甘くて美味しい」


棚を見渡す。


女たちが顔を見合わせた。


「じゃあ……出すんですか?」


「そうね。お試しの二箱」


棚の端を指さす。


「見た目がいいものを優先して選んで」


「はい」


女たちは籠を持って棚の前に並んだ。


私は木箱を開けながら、

パン職人の話を思い出す。


「詰め方も揃えてくれる」


「詰め方ですか?」


「形が崩れちゃうから、重ねすぎないようにしてね」


しばらくして、箱がニつ並んだ。


「出荷ですね」


「ベルナー輸送商会に連絡を」


「はい」


男はすぐに走っていった。


箱を見ながら、私は小さく呟いた。


「気に入ってくれたらいいな」


指先で木箱を軽く叩いた。



翌日の午前、乾燥小屋の前に馬車が止まった。


木箱を並べていたところだった。


「お嬢様」


セバスが外を見て言う。


「ベルナー輸送商会です」


私は乾燥小屋から外へ出た。


荷馬車の横で、カイルが帽子を取る。


「お待たせしました」


私は小さく笑った。


「来てくれてありがとう。

定期便に間に合ってよかったわ」


木箱の横に置いていた籠を持ち上げる。


「よかったら、これ」


荷馬車の男たちを見る。


「試しに食べてみて」


カイルが一瞬きょとんとした。


「え、俺たちがですか?」


「ええ」


私は籠を差し出す。


「試験で作ったものなの」


「じゃあ……」


カイルが一枚つまむ。


指先で軽く曲げてみると、

林檎は柔らかくしなる。


そのまま口に入れた。

しばらく噛んでから、目を少し細めた。


「……甘いですね」


もう一枚見下ろす。


「砂糖、使ってないんですよね?」


「そうよ」


カイルは感心したように息を吐いた。


「これは……売れますよ」


私は思わず顔を上げた。


「えっ……本当?」


「ええ。道中で全部食べないように気をつけないと」


私はくすっと笑った。


「みんなで分けて食べてね」


カイルは頷いた。


「はい。ありがとうございます」


それから荷馬車を振り返る。


「よし、積みましょう」


男たちが木箱を持ち上げる。


一つ、一つと荷台に積まれていく。


私はその様子を、少しだけ離れて見ていた。


――ここから、本格的に始まる。



馬車を見送ったあと、私は屋敷へ戻った。


廊下の奥で兄の姿を見つけ、声をかける。


「お兄様」


兄は足を止め、こちらを見る。


「干し林檎を出荷しました」


「……そうか」


短く答える。


「お試しですけど、ニ箱」


兄は少しだけ眉を動かした。


「輸送は?」


「ベルナー輸送商会です。定期便で出せました」


「見積もりは取ったのか」


「はい、三つ。一番安いのがベルナー輸送商会でした。セバスにも確認してもらいました」


兄は一瞬だけ黙り、それから頷いた。


「それならいい」


私は小さく息をつく。


兄は少しだけ視線を落とす。


「売値は?」


「銀貨七・五枚くらいかと」


「輸送は」


「一箱で銀貨一枚です」


「利益は薄いな」


「無花果と比べたら……」


「赤を出すなよ」


「……はい」


私は少し迷ってから言った。


「お兄様」


兄がこちらを見る。


「実務者会、もう一度行ってもいいですか」


兄は少しだけ眉を動かした。


「まだ言うか。もう行くなと……」


「はい。ですが、取引先探しです」


兄はピクッと止まり、少し考える。


「……それなら構わない」


視線がこちらに向く。


「ただし、無駄な契約は結ぶなよ」


「はい……」


兄は歩き出した。


部屋に戻り、机の前に座る。

帳面を開く。


私は小さく息を吐いた。


「輸送……やっぱり高い」


王都で売れるのは嬉しい。

でも、運ぶたびに銀貨一枚消える。


もし、この周辺で売れれば――


「輸送は、いらないものね」


私は指先で帳面を軽く叩いた。


「うん、聞いてみよう」


実務者会には、商会の人も来ているはずだ。

王都以外の流通も、聞けるかもしれない。


私は立ち上がり、クローゼットへ向かった。


扉を開ける。


中には、あの日のドレスが掛かっていた。


私は少しだけ手を止める。


「……また会えるんだ」


胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かない。


けれど、すぐに小さく首を振った。


「仕事、仕事」


私はドレスの裾を整えながら、小さく呟いた。

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