第3話
夫人が、ふと思い出したように言った。
「そういえば前に、うちの職人がね。干しりんごもあれば試してみたいって」
それを聞いたのと、夏の干し無花果の収穫に向けた試験も兼ねて、乾燥棚の試験運用を始めることにした。
乾燥棚には、厚さを揃えて切った林檎が並んでいた。
「お嬢様、これ……切り方はこれでいいんですか?」
籠を抱えた女が首を傾げる。
私は棚を一つ見回してから頷いた。
「ええ。その厚さで揃えて」
「なんでです?」
「王都のパン職人が言っていたの。厚さが揃っていないと、生地に混ぜた時に焼き上がりがばらつくんですって」
女たちは顔を見合わせた。
「へえ……」
「私も言われるまで気づかなかったけど、厚さが違うと乾き方も変わるでしょう?」
「確かに」
棚の横で、男が腕を組む。
「じゃあ、ひっくり返すのはいつです?」
私は縄で印を付けた札を指さした。
「半日ごと」
「そんな細かく?」
「試験だからね」
私は棚の端に置かれた紙札を示した。
無作為に選んだ林檎のそばに、それぞれ重さを書いた札を添えてある。
「事前に無作為で選んだものに印を付けてあるの」
「無作為?」
「重さを測ってあるの。どのくらい水分が抜けたか、あとで比べるためよ」
男が感心したように唸る。
「なるほど……」
その横で、女たちが棚を見て笑った。
「しかしこれ、検品は女ばっかりですね」
私は肩をすくめた。
「座ってできるでしょう?」
私も前回の干し無花果の仕分けをしてわかったのだが、重い力仕事ではない代わりに、丁寧さはいる。
「見た目を揃えたり、傷を見たりするのは、こういう仕事に向いている人の方がいいでしょう?」
女たちは頷く。
「だから、働きたい女の人がいれば頼もうと思って。見た目で仕分けしてもらうの」
女の一人が、感心したように言った。
「それなら冬の間も仕事がありますね」
私は棚いっぱいの林檎を見渡した。
「そうね。思わぬ発見だったわ」
そして同時に、もう一つの問題も進めていた。
――輸送だ。
「え……」
私は帳面を見て、思わず声を上げた。
「王都行きの輸送って、こんなにかかるの?」
乾燥無花果を、セバスの手配で王都へ送った後のことだった。
執事のセバスが静かに頷く。
「王都へ向かう街道の商隊に乗せますから」
「……他の商品だと、輸送の方が高くなりそう」
「小口ですから」
「小口?」
「商会は荷をまとめて運びます。量が少ないと割高になるのです」
私は少し考えた。
「……他の商会は?」
「比較なさいますか」
「できるの?」
「ええ。王都へ荷を出している商会はいくつかございます」
私は帳面を閉じた。
「なら、見積もりを取らないと」
セバスはわずかに笑う。
「承知しました」
◆
セバスに頼んで、王都へ荷を出している商会をいくつか当たってもらった。
見積もりを比べ、街道での評判も聞いた結果、
値段が極端に高くも安くもなく、荷扱いが丁寧だと評判の商会を一つ選んだ。
そして今日。
応接室の扉が開くと、男が立ち上がった。
二十歳前後だろうか。
日に焼けた顔に、少し乱れた茶色の髪。
商会の男というより、街道の空気をまとったような雰囲気だった。
――若い。
私は思わず瞬きをした。
その男も、私を見るなり一瞬だけ目を見開いた。
それから慌てて背筋を伸ばす。
「……失礼しました」
軽く頭を下げる。
「ベルナー輸送商会のカイル・ベルナーです」
私はその場で一礼した。
「リュークハルト家のエリナです」
「……お嬢様が?」
「はい」
カイルは慌てて首を振る。
「いえ、その……」
頭をかく。
「正直、旦那様か執事の方が出てくると思ってました」
セバスが後ろで静かに咳払いをする。
カイルは「あっ」と口を閉じた。
私は肩をすくめた。
「今回は私の仕事なの」
そう言うと、カイルは少しだけ目を細めた。
「……そうですか」
私は机の書類を指した。
「干し林檎を王都まで運んでほしいの。まずは試験で二箱」
カイルは一瞬だけ眉を動かした。
「二箱……ですか」
顎に手を当て、少し考える。
「王都までとなると、荷馬車一台分にはだいぶ足りませんね。
定期便に積む形なら運べますが……継続の荷でしょうか?」
「今回は試験用なの」
指を折る。
「干し林檎を二箱。契約が進めば、年間で五十箱ほどを見込んでいるわ」
「……五十箱」
計算するように、カイルの視線が書類へ落ちた。
「本番は夏なの」
私は紙の上を指でなぞる。
「無花果はほとんど乾燥に回すつもりだから、どのくらいの箱数になるかは……まだ計算中だけど」
カイルは腕を組んだ。
「なるほど……
試験荷なら、定期便の空きに積みましょう」
それから、少し笑う。
「もし本当に五十箱流れるなら――
うちとしても、悪くない荷です」
「ありがとう……
ちなみに――運送料はどのくらいになるの?」
カイルは書類を覗き込んだ。
「この大きさなら――
一箱、銀貨一枚くらいですね」
「銀貨一枚……」
私は小さく計算する。
一箱あたり、運送だけで銀貨一枚。
なら、箱代と人手を入れて銀貨三枚は見るべき。
王都で銀貨七・五枚で流せたとして――
う……運送費、高い。
私は顔を上げた。
「輸送中の破損は?」
カイルは少しだけ眉を上げた。
「責任の範囲、という意味でしょうか」
「ええ」
カイルは腕を組んだ。
「うちの定期便は基本的に積み替えなしです。
荷台も覆いますし、木箱ならまず問題は出ません」
少しだけ肩をすくめる。
「それでも、うちの過失で壊れた場合は弁償します」
「紛失は?」
「同じです。ただし――」
机の箱を指で軽く叩く。
「梱包が甘い場合は別です」
「木箱で送るわ」
「それなら問題ありません」
カイルは苦笑した。
「しかし、ここまで具体的に聞かれるとは思ってませんでした」
「そう?」
「ええ。
……これは確かに、お嬢様の仕事ですね」
私は小さく笑った。
「大切な荷なの。よろしくね」
「はい。お任せください」
セバスが一歩前に出る。
「では、出荷日が決まり次第ご連絡いたします」
「お願いします」
カイルは軽く頭を下げると、踵を返した。
応接室の扉が開き、閉まる。
廊下へ出た足音が、次第に遠ざかっていった。
◆
屋敷の外へ出たところで、
カイルはふと足を止め、振り返った。
リュークハルト家の屋敷が、静かに建っている。
カイルは小さく肩をすくめた。
「……面白い仕事になりそうだな」
誰に聞かせるでもなく呟くと、
何も言わず馬車に乗り込んだ。




