表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/49

第3話

夫人が、ふと思い出したように言った。


「そういえば前に、うちの職人がね。干しりんごもあれば試してみたいって」


それを聞いたのと、夏の干し無花果の収穫に向けた試験も兼ねて、乾燥棚の試験運用を始めることにした。


乾燥棚には、厚さを揃えて切った林檎が並んでいた。


「お嬢様、これ……切り方はこれでいいんですか?」


籠を抱えた女が首を傾げる。


私は棚を一つ見回してから頷いた。


「ええ。その厚さで揃えて」


「なんでです?」


「王都のパン職人が言っていたの。厚さが揃っていないと、生地に混ぜた時に焼き上がりがばらつくんですって」


女たちは顔を見合わせた。


「へえ……」


「私も言われるまで気づかなかったけど、厚さが違うと乾き方も変わるでしょう?」


「確かに」


棚の横で、男が腕を組む。


「じゃあ、ひっくり返すのはいつです?」


私は縄で印を付けた札を指さした。


「半日ごと」


「そんな細かく?」


「試験だからね」


私は棚の端に置かれた紙札を示した。

無作為に選んだ林檎のそばに、それぞれ重さを書いた札を添えてある。


「事前に無作為で選んだものに印を付けてあるの」


「無作為?」


「重さを測ってあるの。どのくらい水分が抜けたか、あとで比べるためよ」


男が感心したように唸る。


「なるほど……」


その横で、女たちが棚を見て笑った。


「しかしこれ、検品は女ばっかりですね」


私は肩をすくめた。


「座ってできるでしょう?」


私も前回の干し無花果の仕分けをしてわかったのだが、重い力仕事ではない代わりに、丁寧さはいる。


「見た目を揃えたり、傷を見たりするのは、こういう仕事に向いている人の方がいいでしょう?」


女たちは頷く。


「だから、働きたい女の人がいれば頼もうと思って。見た目で仕分けしてもらうの」


女の一人が、感心したように言った。


「それなら冬の間も仕事がありますね」


私は棚いっぱいの林檎を見渡した。


「そうね。思わぬ発見だったわ」


そして同時に、もう一つの問題も進めていた。


――輸送だ。


「え……」


私は帳面を見て、思わず声を上げた。


「王都行きの輸送って、こんなにかかるの?」


乾燥無花果を、セバスの手配で王都へ送った後のことだった。


執事のセバスが静かに頷く。


「王都へ向かう街道の商隊に乗せますから」


「……他の商品だと、輸送の方が高くなりそう」


「小口ですから」


「小口?」


「商会は荷をまとめて運びます。量が少ないと割高になるのです」


私は少し考えた。


「……他の商会は?」


「比較なさいますか」


「できるの?」


「ええ。王都へ荷を出している商会はいくつかございます」


私は帳面を閉じた。


「なら、見積もりを取らないと」


セバスはわずかに笑う。


「承知しました」



セバスに頼んで、王都へ荷を出している商会をいくつか当たってもらった。


見積もりを比べ、街道での評判も聞いた結果、

値段が極端に高くも安くもなく、荷扱いが丁寧だと評判の商会を一つ選んだ。


そして今日。


応接室の扉が開くと、男が立ち上がった。


二十歳前後だろうか。

日に焼けた顔に、少し乱れた茶色の髪。


商会の男というより、街道の空気をまとったような雰囲気だった。


――若い。


私は思わず瞬きをした。


その男も、私を見るなり一瞬だけ目を見開いた。

それから慌てて背筋を伸ばす。


「……失礼しました」


軽く頭を下げる。


「ベルナー輸送商会のカイル・ベルナーです」


私はその場で一礼した。


「リュークハルト家のエリナです」


「……お嬢様が?」


「はい」


カイルは慌てて首を振る。


「いえ、その……」


頭をかく。


「正直、旦那様か執事の方が出てくると思ってました」


セバスが後ろで静かに咳払いをする。


カイルは「あっ」と口を閉じた。


私は肩をすくめた。


「今回は私の仕事なの」


そう言うと、カイルは少しだけ目を細めた。


「……そうですか」


私は机の書類を指した。


「干し林檎を王都まで運んでほしいの。まずは試験で二箱」


カイルは一瞬だけ眉を動かした。


「二箱……ですか」


顎に手を当て、少し考える。


「王都までとなると、荷馬車一台分にはだいぶ足りませんね。

定期便に積む形なら運べますが……継続の荷でしょうか?」


「今回は試験用なの」


指を折る。


「干し林檎を二箱。契約が進めば、年間で五十箱ほどを見込んでいるわ」


「……五十箱」


計算するように、カイルの視線が書類へ落ちた。


「本番は夏なの」


私は紙の上を指でなぞる。


「無花果はほとんど乾燥に回すつもりだから、どのくらいの箱数になるかは……まだ計算中だけど」


カイルは腕を組んだ。


「なるほど……

試験荷なら、定期便の空きに積みましょう」


それから、少し笑う。


「もし本当に五十箱流れるなら――

うちとしても、悪くない荷です」


「ありがとう……

ちなみに――運送料はどのくらいになるの?」


カイルは書類を覗き込んだ。


「この大きさなら――

一箱、銀貨一枚くらいですね」


「銀貨一枚……」


私は小さく計算する。


一箱あたり、運送だけで銀貨一枚。

なら、箱代と人手を入れて銀貨三枚は見るべき。


王都で銀貨七・五枚で流せたとして――


う……運送費、高い。


私は顔を上げた。


「輸送中の破損は?」


カイルは少しだけ眉を上げた。


「責任の範囲、という意味でしょうか」


「ええ」


カイルは腕を組んだ。


「うちの定期便は基本的に積み替えなしです。

荷台も覆いますし、木箱ならまず問題は出ません」


少しだけ肩をすくめる。


「それでも、うちの過失で壊れた場合は弁償します」


「紛失は?」


「同じです。ただし――」


机の箱を指で軽く叩く。


「梱包が甘い場合は別です」


「木箱で送るわ」


「それなら問題ありません」


カイルは苦笑した。


「しかし、ここまで具体的に聞かれるとは思ってませんでした」


「そう?」


「ええ。

……これは確かに、お嬢様の仕事ですね」


私は小さく笑った。


「大切な荷なの。よろしくね」


「はい。お任せください」


セバスが一歩前に出る。


「では、出荷日が決まり次第ご連絡いたします」


「お願いします」


カイルは軽く頭を下げると、踵を返した。


応接室の扉が開き、閉まる。


廊下へ出た足音が、次第に遠ざかっていった。



屋敷の外へ出たところで、

カイルはふと足を止め、振り返った。


リュークハルト家の屋敷が、静かに建っている。


カイルは小さく肩をすくめた。


「……面白い仕事になりそうだな」


誰に聞かせるでもなく呟くと、

何も言わず馬車に乗り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ