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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
五章

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第6話

数日後、夫人から返書が届いた。


『二か月分で構いません。

 無理をなさらず、次回に整えてくだされば十分です。』


責められてはいない。

ありがたい返事だった。


「……ありがたい……けど」


私は小さく肩を落とした。


倉庫に積んだ箱を思い出す。

二か月分、外した干し無花果。


見えてしまった粗を、

見なかったことにはできない。


「……どうしよう……」


規格外を溜め込めるほど、倉庫は広くない。

だからといって、廃棄は論外だった。


「……検品、厳しすぎたのかしら……」


帳面を開き、規格外に回した分の損を目で追う。

数字で見ると、なおさら胸が重くなった。


しばらくじっと帳面を見つめていたけれど、

私はやがて息を吐いた。


「そろそろ出かけないと……」


椅子から立ち上がる。


以前、水路協議の席で手土産に出した干し無花果を、

隣領の代官マルセルが摘まんで言ったのだ。


『うちもやっている』


その言葉が引っかかって、

私は仕分けの合間に書簡をしたためた。

乾燥工程と等級分けについて、視察を願いたいと。


昨日、その返答が届いた。


『来るなら早い方がいい。現場は隠さない』


私は深く息を吸い、

帳簿を閉じて部屋を出た。



馬車は昼前に隣領へ入った。


水路沿いの空気は、わずかに湿りを含んでいる。

乾いた風ばかりの自領とは違う匂いだった。


代官邸の前で馬車が止まると、

すぐにマルセルが姿を見せた。


「早いな」


「お時間をいただき、ありがとうございます」


「礼は不要だ。こっちだ」


案内されたのは、屋敷裏の乾燥場だった。


「見たいのはここだろう」


マルセルは棚を顎で示す。


布を掛けた木棚が並んでいる。

きちんとはしているけれど、隙なく揃っているわけではない。

割れた実も、端の籠に寄せられていた。


「湿度が違うと、割れが出る」


マルセルは一つ摘まみ、指で押した。


「触って判断だ。晴れが続けば三日、雨なら延ばす」


「基準は……」


「あるようで、ない」


肩をすくめる。


「だいたい三段に分ける。見た目だ」


「等級ごとに、きちんと分かれるのですか」


「混ざる。

 荒れた年は荒れた味になる」


「……それでは苦情が来るのでは……」


「来る。だが全部抱えるよりはましだ」


棚の端を軽く叩きながら、マルセルは言った。


「完璧な年などない」


風が布を揺らす。


私は割れた実を見た。

自分の倉庫に残した箱を思い出す。


「規格外は……」


「出る」


「では、どうされて」


「安くなるだけだ。

 基準を決めるのは良い」


マルセルがこちらを見る。


「だが、守れん日もある。

 全部を揃えようとすれば、倉が先に死ぬ」


その言葉に、私は少しだけ安心してしまった。

うちの領地が、ただ粗いだけなのではないかと不安だったから。


「見るなら好きに見ろ。隠すものはない」


私は棚の間を歩いた。


干してあるのは無花果だけではない。


薄く割いた林檎。

串に刺した杏。

半割りにした梨。


形は揃っていない。

端が欠けたものも、そのまま並んでいる。


「果物が手に入らない時期は?」


「去年の在庫を出す。足りなければ止める」


「止める……?」


「無いものは無い」


「ええ……」


「一年中、同じ量は出さない」


私は棚を見回した。


割れた実も、欠けたものも、

そのまま並んでいる。


「……全部を揃えなくても、売れるのですね」


「売れる。

 揃えようとすれば、どこかが赤になる」


「どちらに売っているのですか」


「市場だ」


「市場……」


その言葉に、私は顎に手を当てた。


「貴族向けとは別の売り先を持っているということですよね」


「そうだ」


うちの干し無花果は、高級嗜好品だ。

規格外を同じ名で市場に出せば、

品の値まで安く見られるかもしれない。


「……値が下がる……」


それは怖かった。


小さく息を吐く。



馬車に揺られながら、

私は窓の外を眺めていた。


「一度、市場にも見に行こうかしら……」


売る側の顔だけでは足りない。

買う側が、何を見て選ぶのかも知るべきだ。


……お父様、許してくださるかしら。


ふと、思い出す。


市場を歩いた日のこと。

隣にいた、背の高い影。


「……何を考えているの、私」


当分お会いできない、と書いたばかりだ。

こんなことで頼るわけにはいかない。


馬車が屋敷へ滑り込む。


扉が開き、冷たい空気が流れ込んだ。


執事が一礼する。


「お戻りでございます。お嬢様宛に書状が届いております」


その場で差し出された封を受け取る。


深い色の封蝋。


一瞬、胸が跳ねた。


けれど、差出人を確かめて私は目を瞬いた。


夫人からだった。


「干し無花果に何か問題が……」


ひやりとして、急いで封を切る。

紙を開き、目を走らせた。


「えっ……」


思わず声が漏れた。

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