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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
五章

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第4話

投稿遅れてすみません。

兄は誓約書へ目を通した。


乾燥物部門を、

家の本帳から切り離すための決裁書だ。


兄は静かに署名し、言った。


「金は情を見ないぞ」


淡々と言い、ペンを置く。


「赤が出れば、お前の責任だ。家の看板は守るが、尻拭いはしない」


「……はい」


そうして乾燥物部門は正式に分離された。


専用帳簿を開き、

初回三箱分の契約も書面化する。


代金の一部が入金されたとき、

ようやく――“自分の事業になった”のだと実感した。


だが、本当の始まりはそこからだった。



まず必要になったのは、品質の仕分けだった。


夫人の工場の職人と話し合い、

事前に基準は決めていた。


大きさ、乾き具合、割ったときの中心の状態。


だが、実際に納品分のロットを並べてみると、

差は予想よりずっと大きかった。


「……試験では、問題なかったのに」


何より厄介だったのは、

同じ箱の中でさえ、乾きの度合いが揃っていないことだった。


「……こんなに違うの」


一つ摘まむ。


爪を立てずにそっと割ると、

中心がわずかに柔らかかった。


「これじゃあ、駄目だわ……」


本番の量を前にして初めて、

乾燥の揺れがはっきりと姿を見せた。


私は眉を寄せ、さらに籠の中を見た。


そしてもう一つ、

見過ごせない違和感に気づく。


「……大きさまで、揃っていない」


人足を呼び、選別をやり直させる。

だが、目利きにも差が出る。


「これは二級だ」

「いえ、まだ使えるわ」

「それは硬すぎる」


「……基準を、もう一段厳しくするわ」


最初だからこそ、

甘い基準で納めるわけにはいかない。


「まず大きさで分けて。それから乾き具合を見るわ」


人足たちは顔を見合わせたが、

私は構わず続けた。


「表だけ見て決めないで。迷うものは割って、中まで確認してちょうだい」


手間は増える。

だが、ここで曖昧にすれば次はない。


そのとき。


「お嬢様」


背後から、静かな声がした。


振り返ると、

セバスが立っていた。


「本日の夕食は、町の穀物仲買人がいらっしゃるとのこと。

お嬢様も同席を、と」


手元の無花果を見る。


まだ、半分も終わっていない。


「……今、なの?」


「はい。お着替えのお時間を考えますと」


小さく息を吐く。


「分かったわ……」


従業員に向き直る。


「一区切りつけます。残りは明朝、基準を改めてやり直します」


箱を閉じる。



食事を終え、自室へ戻る。


机の上には、報告書。


農地の収量速報。

倉庫在庫の棚卸結果。

人足賃金の支払一覧。


数字を突き合わせる。


「……在庫数が合わない」


一枚めくる。


「前月繰越と……計算がずれている」


赤で修正を書き込む。


次の封書。


納屋屋根の補修見積。

馬車車軸の交換費。


「やだ……今月、修繕が三件も重なっているじゃない……」


さらに、封蝋付きの招待状、

子爵夫人主催の季節の茶会だ。


「欠席……できないよね……」


筆を取り、返書を書く。


形式通りの言葉を並べながら、

頭の奥では歩留まりを計算している。


水分率。

廃棄率。

三か月分の確保量。


事業は始まった。


だが、家の仕事も、

令嬢としての義務も止まらない。



翌日。


廊下を歩く兄の背に声をかける。


「お兄様……」


「なんだ」


兄は振り返らず応えた。


「干し無花果の分別に手間取っていて……

報告書の処理を、半分ほど――」


兄の足が止まる。


「半分?」


ゆっくりと視線が向く。


「何のために分けた。雑務も含めて、お前の事業だ」


言葉が詰まる。


「人手が足りないなら雇え」


「え……でも……」


「金の計算も、人の使い方も

全部お前の仕事だ」


それだけ言って、兄は歩き出した。


廊下に、足音だけが残る。


――人を雇う。


まだ判定に個人差がある。

基準も完全ではない。


そんな状態で、

私が現場を離れる?


「……できない」


廊下に立ち尽くしたまま、

乾燥棚の匂いを思い出していた。



アーネスト邸の応接室。


予定になかった来客、

父と母が並んで座っている。


嫌な予感しかしない。


父が口を開く。


「クラウゼン家の令嬢だ。

 血筋も申し分ない」


――また家か。


目を伏せる。


「家のため、か。

俺のためではないな」


父は咳払いを一つ。


「……それにだな」


腕を組む。


「隣のオルデン家、

また孫を抱いて自慢してきた」


母が小さく笑う。


「三人目ですって」


父は眉を寄せる。


「うちはいつだ、と言われた」


視線が向く。


「いつだ」


母がにこりとする。


「ね? そろそろ落ち着いてもいい頃でしょう?

 わたくしも孫の顔が見たいわ」


「……」


――家も、血も、孫も。


俺は道具か。


「家の張り合いで子を作る気はない」


母は肩をすくめる。


「張り合いじゃないわよ。

純粋な願望」


父がぼそりと。


「……まあ、孫は可愛いらしいぞ」


沈黙が落ちる。


「あら、そういえば」


母が紅茶を置く。


「来週、お茶会があるの」


父が眉をひそめる。


「お茶会?」


「クラウゼン家の令嬢もいらっしゃるのよ」


空気が止まる。


「……母上?」


「ごめんなさいね。日取り、決めてしまったの」


父が顔を上げる。


「いつの間にだ」


「昨日」


母が微笑む。


「とても可愛らしい方なのよ。

一度くらい会っても罰は当たらないでしょう?」


しばらく黙ったが、

短く息を吐く。


「承知した」


立ち上がる。


「日時と場所を」


それだけ言って、部屋を出た。

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― 新着の感想 ―
やっぱ兄貴実務やってねえじゃねえか・・・いややれよ次期当主ってさんざん言うなら
え、兄 より好みしてるの?マジでゴミくず。 自分に優しくて他人に厳しいって身近にも本当に居るけど笑ホントにクズよ。 兄不幸になりますように。祈
兄を一回蹴りたい…笑
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