表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/49

第2話

馬車はゆるやかに減速し、やがて止まった。


王都中心部にほど近い通り。


三階建ての白い屋敷が視界に入る。


広い間口の石造り。

陽を弾く大きな窓。

磨き上げられた両開きの扉。 


門柱には季節の花が溢れ、

刈り込まれた植栽は庭師の手入れが行き届いている。


通りに並ぶ屋敷の中でも、

ひときわ目を引く造りだった。


――派手。


馬車を降り、干し無花果の包みを抱え直す。


「……仕事なら大胆よね私……」


通された廊下は明るく、甘い焼き菓子の香りが漂っていた。


応接間へ案内される。


扉が開く。


奥の席で、

夫人が優雅に立ち上がった。


「ようこそ」


「本日はお時間を――」


言いかけて、視界の端に黒が映る。

夫人の向かいに、アーネストが座っていた。


肘掛けに指を置き、こちらを見る。


「来たか」


夫人が穏やかに微笑む。


「折角の機会ですもの。別の視点もあった方がよろしいでしょう?」


「は、はい……」


声がわずかに上ずる。


促され、アーネストの隣に腰を下ろす。


隣の気配が近い。


侍女が紅茶を注ぎ、

淡い香りが立ちのぼる。


カップを持つ手を、意識して落ち着かせる。


「……美味しいです」


夫人は小さく微笑み、

卓上に置かれた無花果へ手を伸ばした。


「干し無花果だけれど――

甘みは十分。後味もきれいね」


「ありがとうございます」


「追加で送ってくれた分で、

職人にも試してもらいました」


背筋が伸びる。


「“糖度は申し分ない。だが水分にわずかな差がある”と」


指先に力が入る。


……やはり、指摘された。


息を吸う。


「乾きの揺れは、あります」


持参した包みを開き、卓上に置く。


「天候と保管中の通気で差が出やすく、

完全に揃えることは難しいです。


ただ、甘み自体は安定しております」


夫人が視線を落とす。


「ロットごとに乾きに差がありますので、

用途に合わせて選んでお渡しできます」


「最低保証量は」


アーネストの声だった。


視線が跳ねる。

用意していた紙を取り出す。


「こちらをご覧ください」


卓上に広げる。


「過去数年の収穫と乾燥量です。

天候も併記しております」


一角を指す。


「最低保証は、この線です。

不作年でも、ここまでは確保できます」


紙から目を上げたアーネストが言う。


「干ばつは」


「……最低保証は、不作年の実績で算出しております。

豊作年の余剰で均します」


夫人がカップを置く。


「堅実ね。

けれど……少ないわ」


「契約が進めば、乾燥小屋を増やす予定です。

小屋を増設した場合の推定量も試算してあります」


「資金は」


アーネストの視線が真っ直ぐ向けられる。


喉がひりつく。


「……正式に話が進むなら、

家と交渉いたします」


一瞬、視線が揺れる。


「取引を前提に交渉するのか」


「……これまでは、

収穫の余りを乾燥させて売るだけでしたので……」


「順が逆だ」


アーネストは淡々と言う。


「名義はどうなった」


「……まだ……」


「名義?」


夫人が首を傾げる。


アーネストが静かに言う。


「この令嬢は、

責任を負わずに実務を回している」


視線は逸らさない。


「だから、名を持てと助言した」


「あら、そうなの……」


夫人は静かに言った。


「名を持たないままでは、あなたが損をするわよ」


目を伏せる。


「……じゃあ、こうしましょう」


「え……」


夫人は穏やかに言った。


「名を持てたら、うちが最初の取引先になるわ」


紅茶の湯気が、ゆっくり揺れる。


「それまでは、試作として扱います。

正式契約は、あなたの名で」


「……ですが」


視線が落ちる。


「今の私には……

損失を一人で抱えられるだけの余力がありません」


指先が、わずかに白くなる。


そのとき。


「……前受で一部を確定させる手もある」


アーネストが言った。


「一定量を予約扱いにして、

代金の一部を先に払う。

それなら、初期の赤字は抑えられる」


アーネストの言葉に、目が熱くなる。


夫人が小さく首を傾げる。


「在庫はあるのよね?」


「……はい。今期分が、まだございます」


「どのくらい?」


「……三か月分ほどです」


夫人は頷いた。


「なら、まずはその分を買うわ」


紅茶を一口含む。


「名義が取れたら、本契約。

そのときに前受も考えましょう」


喉の奥が熱くなる。

けれど、息を整え、


「……ありがとうございます」


深く頭を下げる。

指先が、わずかに震えている。


一拍おいて、


夫人がくすりと笑った。


「あなたが助け舟を出すなんてね」


紅茶を置きながら、視線をアーネストへ向ける。


「初めてでは?」


アーネストは何も言わない。


ただ、視線だけが

私の前に置かれた書類へと落ちた。



廊下に出る。


足音が、石床に静かに返る。


「……先ほどは。

助言、ありがとうございました」


アーネストは歩みを止めない。


「礼は、名を持ってから言え」


「はい……」


胸の奥が、わずかに熱を持つ。


頬が緩むのを、

自分でも止められなかった。

五章二話の夫人視点を、

短編『選ばれない母娘の話』の後ろに書きました。

ネタバレになりますので、気になる方だけどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n0288lt/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ