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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
五章

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第1話

自室の机の前に座っている。


相変わらず、机の上には書類や帳面が積み上がっている。

姉からもらったガラスの置物は、紙の山に埋もれていた。


「名義だなんて……どうすれば……?」


きっと、お兄様もお父様も認めてくれない。


左の机には、五年後の支払いを計算し尽くした紙。

その隣には、乾燥無花果のまとめ。


乾燥率。

等級分け。

小屋の増設費。

人足の配置。


「……副産物を強化しても……」


間に合わない。


指先で紙をなぞる。


収穫量をすべて乾燥に回したとしても。

増やせるのは、ほんの一部。

人足を増やせば、利益は薄まる。


「……やる意味、あるのかな……」


胸の奥が重くなる。


しばらくして、深く息を吸う。


――いや。


少しでも増やさないと。


紙の束をまとめ、

机の端に新しい紙を置き、書き出す。


数行書いて、止まる。


「あの人も……知ってたんだ……」


家の状況を。


目をぎゅっと閉じる。


哀れまれたのだろうか。

値踏みされたのだろうか。


そう思うのに、それでも。

気にかけられたことが、嬉しい。


「……単純ね」


ゆっくり目を開け、小さく笑う。


視線がテーブルに置かれている包に移る。

結局、渡せなかった。


「次に会う時は……」


ペンを握り直し、

紙の上に、ペンを走らせた。



書類が出来上がり、読み直す。


深く息を吐き、ベルを鳴らす。


「セバスを」


しばらくして、扉が静かに開いた。


「お呼びでございますか」


差し出した書類を、彼は黙って受け取る。

視線だけで最後まで通し、ゆっくり閉じた。


「これを、わたしの名義で立てたいのだけれど。できるかしら」


「……可能でございます」


胸の奥が緩む。


「ただし――」


顔を上げる。


「その名を立てるには、当主様の承認と正式な決裁書が必要になります」


「お父様が認めれば、わたしでも名義を持てるの?」


「形式の上では」


「それなら……」


「名を持つということは、収益も損失も、お嬢様ご自身が負うという意味にございます」


「……損失も?」


「兄君の帳簿から切り離すということは、庇護もまた切り離すということ」


無意識に拳を握る。


「赤字になれば――お嬢様の名で責任をお取りいただきます」


唇を噛みしめる。


これまでも小さな損は出してきた。

だが、帳簿の最終責任は兄と父だった。


わたしは、実務を回すだけ。


握った手を緩める。


「――それでも、名を立てられますか」


机の引き出しに目をやる。

貯金はあるが、損失を賄える額ではない。


しばらく考え、顔を上げる。


「……まずは、兄に相談します」


セバスは静かに頷いた。


「それが順にございます」



書類を抱え、兄の部屋をノックする。


「なんだ」


「エリナです。今、よろしいでしょうか」


「入れ」


扉を開ける。


帳面と封書が机を埋めている。

兄は顔を上げない。


「なんだ? 忙しい」


「すみません……あの、わたし、新しい事業を思いついて」


ペンが止まる。


「事業?」


「はい。お兄様に、意見を伺いたくて」


ようやく視線が上がる。


「……見せろ」


書類を差し出す。


兄は受け取り、黙って目を走らせる。


「……乾燥無花果?」


部屋に、紙をめくる音だけが落ちる。

ページが止まる。


「副産物だろう」


「はい……ですが、お兄様も無花果は出荷が難しいと仰っていましたでしょう? 乾物に移行したほうが、品質を保てると思いまして……」


兄は目を落としたまま、ページをめくる。


「小屋を増やすのか」


「はい。費用はそんなかからずにすみますし」


「……なぜ今だ」


「え……」


「無花果は例年通り出荷している」


「ですが、傷みが多く――」


「それでも回っているだろ」


紙を机に置く。


「新しく手を広げる余裕はない」


「……少しでも、収入になればと……」


兄は表情を変えない。


「少しでは意味がない」  

 

スカートを握りしめる。


「……だけど……」


顔を上げる。


「五年後の支払いに、間に合わないのでは……?」


紙を押さえていた兄の指が、止まった。

ゆっくりと、顔が上がる。


「……何の話だ」


「穀倉の契約です。十五分の――」


「誰から聞いた」


「……お父様から……」


兄の視線が、ゆっくりと細くなる。


「五年後の満期まで、まだある」


「……でも、元本を支払える余裕はありません……」


兄は顔を上げた。


「……それは、お前が心配することではない。

 当主と、俺の領分だ」


「そんな……」


言葉が続かない。


兄はゆっくり椅子にもたれた。


「満期の話は、その時に考える」


「その時では、遅いのでは……」


「遅くない」


即答だった。


「五年ある。


 お前は実務をしていればいい」


机の上の書類を指で叩く。


「俺が判断する」


声が、わずかに低くなる。


「今は守る時だ。手を広げるな」



「失礼しました……」


扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


「……はぁ」


とりつく島もなかった。


自室に戻り、扉を閉める。


「名義の話なんて……」


テーブルの上の包みを見る。


綺麗に包装された干し無花果。


しばらく見つめてから、机の引き出しを開ける。


便箋を取り出し、ペンを走らせる。


宛名を書く前に、少しだけ迷う。


――それでも、書いた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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