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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
四章

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第5話

私は自室で、恋愛小説を読んでいた。


ぱたり。


「……よし」


本を閉じ、廊下へ出る。

姉の部屋の前で、息を整えた。


こんこん。


「だれ?」


「お姉様。今、よろしいかしら」


「いいわよ」


がちゃり、と少し大きめの音を立てて扉が開く。


部屋の中、姉は鏡台の前に座っていた。


髪はすでに整っていて、

仕上げの口紅を引くところらしい。


傍らには小箱を抱えた侍女が控え、

櫛や香の瓶が並んでいる。


姉は鏡越しに私を見た。


「どうしたの?」


「お姉様、次の夜会……私も行ってみたいの」


「え?」


姉が振り向いて、目を瞬かせる。


「どうして?」


「その……社会勉強、というか……」


「社会勉強?」


くす、と笑われた。


「そんなもの、あなたがしなくてもいいのよ」


胸の奥が、ちくりと痛む。

それでも、言った。


「……夜会で、他の領主の方とお話できるって聞いたから」


「あのね、エリナ」


姉は少し笑う。


「夜会ってね、空気に合わせるの。

それに乗れないと疲れるわよ」


指先で軽く胸元を整える。


「私みたいに振る舞える?」


「う……」


「できないでしょう?

 無理に背伸びしなくていいの。

 あなたは、そういうの向いていないわ」


喉がひりつく。

今までなら、笑って流していた。


でも――。


「そ、それに……」


姉がこちらを見た。


「私も……」


スカートを握りしめる。


「結婚……考えないと、いけないでしょう?」


姉の表情が、わずかに止まる。


「……あなたが?」


初めて、少しだけ真面目な目になる。


「うん……」


姉は小さく息を吐いた。


「まだ早いわよ。

 あなたは焦らなくていいの」


「……うう……」


言い返せない。

私は、うなずくしかなかった。



夜会当日。


玄関ホールには灯りが揺れていた。

姉が仕立てたばかりのドレスに身を包み、手袋を整える。


「行ってくるわ」


「いってらっしゃいませ」


姉が階段を降りる。

その足音のあとを、もう一つ、控えめな足音が続いた。


「……エリナ?」


振り返った姉の視線が止まる。


私は、あの日アーネストから贈られたドレスを着ていた。

一番最初にもらった、淡い色味のドレス。


「お願い。一度だけ」


声が震える。


「見るだけでいいの」


姉はしばらく黙って、私を見る。


「……本気なの?」


こくりと頷いた。


「結婚を考えるって、言ったでしょう」


姉は小さく息を吐いた。


「……馬車に乗りなさい」


すっと背を向ける。


「ただし、私の後ろから離れないこと。

勝手に話しかけないこと」


「……うん」


馬車の扉が閉まり、

がたん、と動き出す。


暗闇の中で、姉は静かだった。

私は膝の上で手を握りしめる。


恋愛小説では、

美しい令嬢は、

素敵な男性と恋に落ちていた。


……もし、姉が良縁を得るなら。


そっと、姉の横顔を見る。

灯りを受けて、頬がやわらかく光っている。


……大丈夫。


お姉様は綺麗だもの。


きっと――。



馬車はやがて、大きな石造りの門の前で止まった。


グランヴェル伯爵邸。


門扉には、双頭の鷹をあしらった家紋。

灯りが等間隔に並び、庭は昼のように明るい。


「わぁ……」


思わず、息が漏れる。


降り立つと敷石が真新しい。

噴水の水音まで整っている。


「エリナ」


姉に呼ばれ、慌てて後を追う。


門前で家名を告げると、使用人が深く一礼した。


「リュークハルト男爵家より、ご令嬢ご到着」


玄関扉が開く。


扉の向こうは眩い灯りに包まれていた。

足元の大理石が光を跳ね返し、壁の金縁の絵画が目に入る。

甘やかな香が、そっと喉に触れた。


息を呑む。

足音まで吸い込まれるような広さだ。


姉は迷いなく歩き、

私は半歩後ろをついていく。


大広間へ通されると、

音楽と笑い声が混ざり合っていた。


中央には主催のグランヴェル伯爵夫妻。


姉が滑らかに礼を執る。


「本日はお招きいただき光栄です」


伯爵夫人が微笑む。


「まあ、いつも華やかでいらっしゃるわね」


「恐れ入ります」


その横で、私は一歩進み出る。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


声がわずかに硬い。


伯爵夫人の視線が、初めて私に向いた。


「こちらは?」


「妹でございます」


「エリナと申します」


礼を執る。


伯爵夫人はわずかに頷いた。


「……あら、そう」


視線はすぐに姉へ戻る。


「今宵もお美しいわ。皆さまがお待ちよ」


「光栄です」


私は、無意識に半歩下がる。

伯爵夫人は、それ以上私を見なかった。


姉は礼を終えると数歩下がり、

主催夫妻の前は次の客のために空ける。


「こっちよ」


姉が小声で言い、広間の端へ移動する。


壁際にはすでに幾つかの輪ができていた。

楽団の音が少し遠くなる場所。


「リディア嬢、今宵もお美しい」


声がかかった。


振り向いた姉のまわりに、

すぐに数人の若い貴族が集まった。


「ありがとうございます」


「美しい装いですね。新しいお仕立てですか?」


姉がほほえむ。


「ええ、少しだけ直しましたの」


笑い声が弾む。


派手な色味の男が、ワイングラスを揺らしながら言う。


「近ごろは、どの家も動きが早い。

御家も何かご計画が?」


姉は笑みを崩さない。


「特別なことは何も」


別の男が口を挟む。


「そうですか。

いずれ良い知らせが聞けると期待しております」


「ふふ……ありがとうございます」


また、笑い声。


話題はすぐに次へ移る。


――そして、次に名が挙がったのは、別の令嬢だった。


私は、そのやりとりを聞きながら、少し首を傾げる。


お姉様の話は、それだけ?


御家のご予定。

良い知らせ。


どうして、そんなに家のことを聞くのだろう。


なぜか、手のひらに汗がにじんだ。

お読みいただきありがとうございます。


後宮×転生の長編連載『シウアルマ』も更新中です。

→ https://ncode.syosetu.com/n3082lp/

よければこちらもぜひ。

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― 新着の感想 ―
主人公の家族が揃いも揃って3人とも気持ち悪い、こんなのを押し付けてった母親も問題有りな人だったのかな。 主人公がもっと気持ち良く、労働搾取されていた人生から軌道修正するお話だとおもってた。それからバカ…
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