アーネスト視点【婚礼式】
婚礼当日。
朝から、屋敷の中はいつもより慌ただしかった。俺の部屋にも早い時間から使用人が出入りし、礼装や靴、装飾品が次々と運び込まれてくる。
「こちらでよろしいでしょうか」
侍従が襟元を確認する。
「ああ」
答えて、鏡を見る。
黒を基調とした礼装に、銀糸の刺繍。普段の夜会で着るものより格式は高いが、余計な装飾は少ない。
婚礼用の礼装を決めたのは、ほとんど母上だった。
仕立て屋が何着分もの見本を持ってきたときも、俺は最初に出されたものを見て、
『これでいい』
と答えた。
すると母上は、露骨に嫌そうな顔をした。
『あなたね。自分の婚礼なのよ?』
『着られれば問題ない』
『そういう話をしているんじゃないの』
結局、母上と仕立て屋が相談し、今着ているものに決まった。
エリナの婚礼衣装については、何も聞かされていない。いや、正確には聞こうとしたことはある。
『どんなものになった』
そう尋ねた俺に、母上は嬉しそうに目を細めた。
『当日まで秘密よ』
それきりだった。
仕立て屋が何度も屋敷へ出入りしていることも、母上が随分楽しそうに準備していることも知っている。だが、完成した姿は一度も見ていない。
「……伯爵様?」
侍従の声に、我に返った。
「何だ」
「いえ。先ほどから同じ袖口を何度も触っておられますので」
見ると、確かに右の袖口へ指をかけていた。手を離す。
「問題ない」
「左様でございますか」
侍従はそれ以上何も言わなかった。
……緊張しているのか。そう考えて、眉を寄せる。
婚礼の儀式そのものに緊張しているわけではない。今さら何を落ち着かなくなっている。
そう思ったところで、母上の言葉が浮かんだ。
『当日まで秘密よ』
……あれか。
完成した婚礼衣装を、まだ見ていない。
どうやら、それが気になっているらしい。
「……行くか」
予定より少し早かったが、部屋を出た。
◆
礼拝堂の正面に立ち、扉が開くのを待つ。
背後には司祭。左右には父上と母上の縁者や、グラーフ家と付き合いのある貴族たち。それに、俺やエリナがこれまで関わってきた者たちが並んでいた。
……思った以上に集まったな。
父上と母上にも当然付き合いがある。グラーフ家の婚礼となれば、招かないわけにはいかない相手も多い。それだけでも十分な人数だった。
そこへ、エリナが招待したい者を挙げ始めた。
『……思ったより、私、呼びたい方が多いみたいです』
そう言って、少し照れたように笑っていた。
――お前らしいな。
エリナは、自分では気づいていないところで人との縁を増やしていく。
そのとき、礼拝堂の空気が変わった。話し声が止まり、俺は扉へ視線を向ける。
ゆっくりと、大きな扉が開いていく。外から明るい光が差し込んだ。
そして――。
息が止まった。
光の中に、婚礼衣装をまとったエリナが立っていた。
こちらを見たエリナと目が合う。エリナの足が、一瞬止まった。
……聞いていない。
婚礼衣装なのだから、こうなるのは当然だ。
母上が随分楽しそうに準備していたことも知っている。似合うものを選んだとも聞いた。
知っていた。知っていたはずなのに、実際に見るのとはまるで違った。
エリナが歩き出す。一人で、自分の足でこちらへ向かってくる。
その姿を見て、少しだけ口元が緩んだ。
――そうだな。
お前は、それでいい。
初めて会った頃のエリナは、夜会の壁際で小さくなっていた。家の仕事をしても、名は兄のもの。ずっと、家の影に隠れていた。
だから何度も言った。
自分で選べ。
自分の名でやれ。
あれから、随分経った。
目の前のエリナは今、自分で選んだ道の先へ、自分の足で歩いてくる。
一歩ずつ近づき、やがて俺の前まで来ると、少し強張った顔で見上げてきた。
手を差し出す。
その上に、エリナの手が重なった。冷たい。
「……緊張しているのか」
小声で尋ねると、エリナは俺の手を少し強く握り、眉尻を下げた。
「……してますよ」
今にも、これ以上言わないでくれと訴えそうな顔だった。
思わず口元が緩みかける。
そうか。俺もだ。
とは、言わなかった。
手を握ったことで、さっきまで妙に落ち着かなかった胸の内が少しだけ収まった。エリナも同じだったらしい。握った手から、力が抜けていく。
二人で司祭の前へ並ぶ。
「これより、お二人の婚礼の誓いを執り行います」
司祭の声が礼拝堂に響いた。
「アーネスト・グラーフ。これより先、生涯をともに歩み、喜びも苦しみも分かち合い、妻を大切にすることを誓いますか」
「誓う」
考える必要などなかった。
隣で、エリナが僅かに笑った気配がする。
……何だ。
司祭が今度はエリナを見る。
「エリナ・フォン・リュークハルト。これより先、生涯をともに歩み、喜びも苦しみも分かち合い、夫を大切にすることを誓いますか」
エリナが息を吸う。
「誓います」
白銀の指輪を手に取り、エリナの手を支えて、その指へゆっくりと通す。
指輪が収まる。
エリナは自分の手を見つめ、それから嬉しそうに笑った。
……また、そういう顔をする。
今度は、エリナが俺の指へ指輪を通す。指先はまだ少し震えていた。それでも、俺の手を支えながら最後まではめてくれた。
「お二人の誓いは、ここに結ばれました。これより先、互いを支え、ともに歩まれますように」
礼拝堂に拍手が広がった。
俺はエリナへ向き直り、ヴェールへ手を伸ばす。薄い布をゆっくりと持ち上げると、隠れていた顔がはっきりと見えた。
エリナが、不思議そうに俺を見る。
「あの……アーネスト様?」
言うつもりはなかった。少なくとも、こんな大勢が見ている前で言うつもりは。
気づけば、口から出ていた。
「……綺麗だ」
エリナが目を瞬く。見る間に頬が赤くなった。
「……こ、ここで仰るのですか?」
最後まで聞かなかった。
顔を寄せ、その唇へ口づける。
周囲から笑い声と拍手が聞こえた。
普段なら、こんな大勢の前で何をしていると思ったかもしれない。
知るか。
ようやく、ここまで来たのだから。
エリナの婚礼衣装について、作者のイメージに近いものをAIで作ってみました。
X(旧Twitter)に載せていますので、よかったら覗いてみてください。
https://x.com/serena_narou/status/2093818048994291979
※AI生成画像です。
「エリナは自分の中のイメージのままでいたい!」という方は、見ない方がよいかもしれません(笑)
あくまで作者のイメージの一例としてお楽しみください。




