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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
二章

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第3話

……どうしよう。


立っているだけでいいと言われても、本当に立っているだけでいいのか分からない。


そう思っていた、そのとき。


「あれ? この間の夜会で、会いましたよね」


不意に声をかけられ、顔を上げた。


目の前に立っていたのは、落ち着いた色合いの服を着た男性だった。


「あ、えっと……」


「ほら、あのとき。倉庫の修繕と備蓄の話をしてた」


思い出した。ヴァルクレイン伯爵と話していた輪にいた一人だ。


「ああ……」


男性は私の反応を見て、少しだけ目を細めた。


「もう一回、聞かせてもらえません? あの続き」


私は一瞬だけ迷ってから、小さく頷いた。


「……はい」


「じゃあ、こっち」


言われるまま、男性のあとを歩く。振り返ると、兄と姉も少し遅れてついてきていた。


向かった先では、兄と年の近そうな男性たちが、数人集まって話している。どの顔にも見覚えはない。そして、女性の姿はなかった。


私たちが近づくと、会話が途切れた。一斉に視線を向けられ、思わず背筋が伸びる。


「へえ。倉庫の修繕費を積み立てるって、この子がそんなことを言ってたのか?」


笑い混じりの声が飛ぶ。


「領地経営してるのか?」


「それとも、爵位を継ぐ予定?」


矢継ぎ早に問われ、私は思わず口を閉じた。


答えようと口を開く。その前に、兄が一歩前へ出た。


「いや、違います。領地の管理は、私が担当しています。妹は、継承者ではありません」


一瞬、輪の空気が止まる。


「……ああ」


誰かが曖昧に相槌を打った。


「じゃあ、あなたの領地では倉庫をどう管理しているんです?」


問われて、兄は一瞬言葉に詰まった。


「……必要に応じて、修繕しています。老朽化の程度を見て……」


そこまで言って、言葉が続かない。


「……まあ」


「そうだよな」


私を連れてきた男性が、グラスを差し出した。


「――で、君の考えは?」


不意に話を振られ、私ははっと顔を上げる。


「え……」


グラスを受け取り、透明な液体を見つめながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「過去の修繕費を、何年分か洗い出して……平均を出します。それを基準にして、毎年一定額を積み立てています」


男性たちが、少しだけ身を乗り出した。


「ほう」


「突発的な修繕が出ても、その年の予算を全部使い切らずに済みますし……」


「……なるほど」


誰かが低く唸った。


私は飲み物を一口飲み、ひと息ついて続ける。


「大規模な建て替えが必要になる前に、資材や契約の準備もできます。一度に直すより、段階的に手を入れた方が、倉庫自体も止めずに済みますから」


今度は、曖昧な相槌は返ってこなかった。


その場にいる全員が、私の話を聞いている。


「じゃあ、これはどうしてる?」


「湿気が強い倉は?」


「香料と一緒に置く場合は?」


次々と質問が飛んできた。


「実際の数値を見ないと……」


「倉の用途を分けられるなら、ですけど」


「それなら、先に棚の位置を――」


私は考えながら答えていく。分からないことは、分からないと正直に言った。その上で、こうしてみたらどうだろう、と自分なりの考えを話す。


誰かが「それはうちと似てるな」と言い、別の誰かが「いや、こっちは逆で」と続ける。話は、自然に広がっていった。


――楽しい。


仕事の話を、こんなふうに誰かとしたことがあっただろうか。


話し相手は皆、私より年上の男性ばかりなのに、真剣に聞いてくれる。問いを投げかけてくれる。


同じように仕事をしている人たちと、こうして話すことが、こんなにも楽しいなんて。


笑い声が混じり、杯が置かれ、また手に取られる。いつの間にか、輪の人数は増えていた。


――あれ。


そう思ったのは、喉の渇きを覚えたからだ。


私はようやく周囲を見回した。


兄の姿は、少し離れたところにあった。輪の中の会話を追うように、時折頷いている。


けれど、話を振られることはない。


姉は壁際に立ち、こちらを見ていた。


「それで、その場合は――」


声をかけられ、意識がまた会話へ戻る。


「あ、はい。その場合でしたら……」


答えながら、ふと視線を上げた。


少し離れたところに、案内してくれた男の姿があった。誰かと話していたようなのに、なぜかこちらを見ている。


一瞬、目が合った気がした。


私は小さく首を傾げる。


けれど、すぐに別の声が飛んできた。


「さっきの積み立ての話だけど――」


「あ、はい」


私はまた、会話の輪へ向き直った。

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― 新着の感想 ―
 姉、完全に空気化し、手柄横取りしようと軽率に割って入った兄は早々にボロが出て、静かに一蹴ときましたか。  エリナさんが一人、てきぱき話してる中、周りが嘲笑や冷笑するでもなく、罵声や乱闘による刀や拳が…
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