12
「釉柳様、お連れしました。」
広い喫茶店のような場所につれられてきた。
「鐘醴殿、お疲れさまです。あ、帰らないで残っててください。」
鐘醴さんが引き返そうとしたのを止めると、店主に何やら話しかけ始めた。
すると、なにやら店主は頷いて道案内を始めた。
テーブル席の先の通路を少し進むと、重めの扉が出てきた。
見るからに、立入禁止のような扉だが店主は鍵を出して扉を開けると、更に進んでいき奥の部屋に案内した。
スチール製でアンティーク調な彫刻が彫られて、金属装飾が施されているので重厚感がある。
部屋の壁は見るからに分厚く、防音のある部屋に来る必要があったのだろう。
アンティークに揃えてある大きな机の周りを4つほどの椅子が囲んである。
その席に我々がつくと、店主は一度部屋を出ていった。
しかし、本題に入らずしばらくは喋らなかった。
「この店の甘味は非常に良質なんです。」
釉柳妃がようやくそう発した。
「えっと、そうなんですね。何か頼んだんですか?」
そう聞くと、鐘醴さんがため息をついた。
頭を抱えながら釉柳妃に小言を言った。
「釉柳様…。何度も言いますが、ある程度の事前説明がないと何もわかりません。」
「本日何か注文したのか知らされていません。知らなければ、本題に入っていいのかも分からない。」
「何より、連れていく予定の私にすら話の概要を伝えていない!」
大きく濁声で文句を言う姿は従者とは思えない。
(この人、遠慮とか尊敬とか知らない…?)
「鐘醴殿、ごめんなさいね。ただ、いくら防音といえどあまり叫ばないで。」
実は音が漏れていたのではないか、と疑うくらいちょうど鐘醴さんの文句が終わった瞬間、扉が開いた。
「おまたせしました。ご注文の品です。」
店主はその注文の品であると思われる甘味とお茶を机に置いていった。
「ありがとうございます。」
釉柳妃が礼を告げると、店主はそのまま部屋を出ていった。
釉柳妃は店主が完全に部屋を出ていったのを確認すると、此方に向き直って話し始めた。
「雁蘭殿、四葩と交流ができたそうですね?」
ふと軽い感じでそう聞かれて場が少し冷えた。
宮貴妃どうしの関係性を知らないので、咎められるのではと思わず背筋が凍る。
「はい…。」
「では、頼みたいことがあるのですが。」
勝手に話したことを許されて肩の力が抜ける。
「別に、犯罪者でもない限り、誰と仲が良くても問題ないですよ。」
釉柳妃に見透かされてクスクスと笑われて、恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じた。
視界の端で、鐘醴さんが肩を震わせて笑っているのが見えたので、威嚇した。
「た、頼みたいことってなんですか。」
少し照れ隠しに声が大きくなっていた。
「皇帝陛下から伺ったの。四葩で今、問題が起きているということらしいわ。」
そう話しながらうぐいす餅を手に取っている。
「新しく入った侍女が身元を詐称してるかもしれないの。昔に追放されていた元皇妙妃の芳来の諜報員という予測なの。」
一気に話すと手に取っていたうぐいす餅を口に放り込んだ。
早く食べたかったのか知らないが、少し説明が適当だった気がする。
皇妙妃ならば、宮貴妃の1つ上の位である。
それにしても…以前追放されていたならば、芳来という人は昔の日記に載っている可能性がある。
少し考え込んで、紙を取り出してメモを取る。
「なにか芳来の地元で今不正が起きていて、謀反の気配があるけど、具体的な尻尾は掴めてないの。」
「あ、雁蘭殿も食べていいのよ。」
そう言われたので、ガトーかぼちゃというものを頂く。
しっとりして滑らかで、甘みや牛乳ぽさがあるが、羊羹のような食感だ。
「芳来は昔、秋煬と共に謀反を企て、毒殺を仕組んだとして斧で斬首されたらしいわ。」
「だから、わざわざ諜報なんて…とも思うんですけどね。」
食べていて少し気分が落ち着いてきていたが、諜報という言葉に思わず落ち着かなくなった。
「わ、私が調べるんですか?」
食べていたものを飲み込んで恐る恐る聞くと、釉柳妃はその言葉を待ってたとばかりに喋りだした。
「うん、できればお願いしたいですね。私じゃ表立って動けないですもん。」
「貴方は入ったばかりだから怪しまれないし、何より人気者だからちょうどいいと思って。」
そう楽しそうに言われ表情が強張った。
何がちょうどいいのかはわからないが、諜報活動はしたくない。
「でも、私じゃ難しいのですみませんが…。」
そういうと、他にも切り札があるようで言い返された。
「貴方の護衛は鐘醴にしてもらうし、新しい柳の護衛も用意しちゃったの。」
「観察や外部調査だけでいいから。」
二度目はないという圧と、既に手配済みという事実に抵抗する無駄を理解するしかなかった。
動植物にある程度通じているのは人は少ないので、他の人に当たれということも出来ない。
そのため、反論を考えることすら諦めて、ぼんやりと頷いた。
「分かりました…。じゃあ、やれることはやってみます。」




