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芳来、その名前聞き覚えはなかった。

日記に載ってたら聞き覚えはあるはずなのになぁ、と思ってペラペラと日記をめくる。

昔の日記のコピーを持ってきていたため、幼い頃に読んだきりだった内容も読み返していた。

生まれる前の、いや、芳来すら生まれる前であろう1冊目と2冊目の日記は読み終わっていた。

3冊目はだいぶ外国との公益もあって、文化の発展を感じる。

カタカナで外国発祥のものを表現し始めたのもこの年からだ。


「うーん、先人が薊兆に行ったのいつだって行ってたっけ?」


あいにく時期だけが思い出せず脳は消化不良でモヤモヤとしていた。

叫びたくなるのを抑えてまた1ページ1ページと捲っていく。

静かに唸っていると、部屋をノックする音が聞こえた。

こんな時間に部屋に入るなんて夜這いしかないだろう、総頭の中で悪態をつきながら扉を開いて後悔した。


「鐘醴さんかぁ…。」


最悪の想像をしてしまいため息をつく。


「こんな時間に人を招き入れる上で期待しているとか、恋仲の方がいらっしゃるのですかね?」

「いるわけ無いでしょう。夜這いだったら嫌だな、と思って開けたから最悪の想像しちゃってね。」


応答して開口早々、嫌味ったらしく文句を言ってくる鐘醴さんに応戦するように自分の口が動き出した。

頭より先に口が動くなんて、自分すごいななんてのんきなことを考えた。


「自分の護衛でなんてこと想像するんですか。まぁこの年齢ならそういうことに多感なのかもしれませんが。」


”この年齢ならそういうことに多感”

思わずピキッと私の神経に突っかかってきた。

腹が立ってしまうなんて私の負けだ。

しかし、言われたままなんてもっと嫌なので、必死に冷静を装って反論する。


「最悪な想像って言ったの聞こえなかった?護衛ならこんな周りに勘違いされる行動するべきではないと思うけど。プロ意識が足りないの?むしろそういうのに鈍い感じか」


見るからに焦ってしまった人の言い方になってしまう。

恥ずかしさで顔が火傷しそうだ。


「私かなりこの見た目のせいで襲われかけたんで危険性は分かってますよ。むしろ、雁蘭さんの見た目で夜中の来訪にホイホイ応じると危ないのでは?」

「何、私のこと襲うの?」


さらっと人の外見褒めるんだよなこの人、と急に冷静になる。

なんならそれを利用して文句言えるのでは、という思考が言葉として飛び出していた。


「襲いましょうか?」


予想外のカウンターにハッとする。

というか、思ったよりも鐘醴さんも余裕がないのかもしれない。


「は、_」


いや、私冷静を欠いては駄目だ。


「鐘醴さんは良いんですか?今私芳来さんについての資料探ししてたんですけど。そんなの置いてしたいんですか?」


思ったより強めの一撃が出た。

鐘醴さんが黙ってしまったのに気づき目を向けると、鐘醴さんは顔を真っ赤にしていた。


(え、何。意外と乙女?いや乙女ではあるか)


「鐘醴さん?」


もう一押し煽ってやろう、そう思って鐘醴さんの体に胸を押し付ける。

痴女煽りで鐘醴さんが復活するかもしれないし。


「…何やってるんですか?」


鐘醴さんが蚊の鳴くような声でようやく返事をした。


「ん?鐘醴さんが痴女煽りするかな〜って思って」

「性別というのをご存じない?言い合いの一環でも流石にそれは辞めたほうが身のためだと思いますが」


鐘醴さんがちょっと動揺してる。

この事実に熱くなる。

来た、もっと煽ってやろう。


「え、もしかして欲情した?」

「アホですか、するわけ無いでしょう。ほら、資料探し手伝いますよ。」


(おぉ〜〜!!また赤くなった、貴重だ!)


遊び心で呼び捨てをしてみようと思った。

なんてったって、今は私の護衛だから多少扱いがぞんざいでも許されるはずだ。


「ありがとう、鐘醴。」

「呼び捨てを許可した覚えはないんですが。」

「よく考えたら今は私の護衛だし、多少雑でも良いのかもと思って。」

「…お好きにどうぞ。」


あれ、もしかして割と何でも許される…?

そう不安になってきた。

でも考えていても仕方ない、そう思い4冊目を鐘醴さんに手渡す。


「これに芳来さんに関連するの見つけたら教えて。」


そう押し付けて3冊目の残りを読み進めた。

残りも4分の1しか残ってないためそこまで3冊目を読み終えるのに時間がかからないだろう。

と推測しているため、鐘醴さんの様子をチラチラと伺いながら作業をしていた。


3冊目を読み終えた頃、痺れを切らした鐘醴さんがこちらに反応した。


「…はぁ、何なんですか。」

「いや、どんな顔で読書するんだろうと思って。」

「腹が立ちますね。」


なんでもないように努めながら説明すると、鐘醴さんも当然のように答える。

ほんとに腹が立っているのだろうか。


「腹って立ったほうが負けなんだよね。」

「私を怒らせたいと?」


瞬間、周りの気圧が一気に高くなった気がした。

やらかしたな、と思うが時既に遅し。

寝っ転がっている私をぐるんと鐘醴さんの側に引き寄せられる。

両腕を拘束されて頭上でグググと力を入れられる。


「痛い痛い痛いッ!ごめんごめんほんと悪かったと思ってるッ!」


謝っても鐘醴さんの心には響かないようで、鐘醴さんも寝っ転がっていたのをさらに、半分起き上がって馬乗りになった。

鐘醴さんの全体重が私の腕に掛かって相当痛い。


(この人遠慮とかないのか??)


なんなら、鐘醴さんの膝が私の股の部分にのめり込んで擦れることで余計に痛みがある。

人の悲痛な痛いという叫び声にも痛みに悶える顔にも情状酌量を見出さずひたすら人を虐める鐘醴さんは悪魔だ。


「ひ、ぃ!ね、も、むり。いやっ、痛ぁ、ねぇッ」


流石に疲れてきて、全身が脱力し始める。


「うっ…、もー無理疲れた…」


疲労により抵抗する気もなくなり、脳がぼんやりと働き出す。

感じてるふりしてみよう、と悪戯心が働く。


「しょーらいさっ、ンン、あっ、あぁっ」


鐘醴さんの手が緩んだ。

気がそっちに持ってかれたのだろう。

組み敷かれていた状況から抜け出して起き上がる。


「ふふっ、騙されたね?」

「…鐘醴さん?」


返事がない鐘醴さんの様子を伺うが、まだ反応してくれない。

どこか青白い表情をしている。


「すみません」


ようやく鐘醴さんから出た言葉に困惑する。

何がなのか一切理解できなかった。


「え、ほんとに何。」

「誰かに聞かれ・・・いや、見られていたかもしれません。」


そう言われて血の気が引く。


「ねぇ鐘醴さん、ごめん。ほんとごめん。」

「別にいいです。取り敢えずあの無法者を追いますんで。」


鐘醴さんはそう言うと部屋を出ていった。

またとんでもない申し訳ないことをしてしまった。


そう後悔が残ってしばらく部屋の隅を眺めていた。

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