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大神ナツメとアンジェリカ(4/8)

いろいろある

(ゴロツキA)「のろのろ歩くな!」

 また尻を蹴飛ばされる!

(ナツメ)「僕は人質だよ! ちょっとは優しくしてよ!」

(ゴロツキB)「口の減らねえ奴だ! 足の二三本切り落としてやろうか!」

(ナツメ)「足は三本も無いです!」

(ゴロツキB)「てめえ!」

(親分)「止めろ! 殺しちまったら意味がない」

 親分の一言でゴロツキたちの動きが止まる。

 感心した。

(ナツメ)「フィーカスさんって、結構良い人なんだね」

 親分改めフィーカスさんが顔を青くする。

(フィーカス)「な、何で俺の名前を知ってんだ!」

(ナツメ)「フィーカスさんだけじゃない。バルーンさん、ハボックさんも知ってる」

 ゴロツキA改めバルーン。

(バルーン)「お、俺の名前を知っているのか!」

 ゴロツキB改めハボック。

(ハボック)「お、親分! 逃げましょう! 顔が割れてる!」

(フィーカス)「うろたえるんじゃねえ!」

 フィーカスさんが震えながらも剣を突きつける!

(フィーカス)「異世界人が! 今は俺の方が強いんだぞ! 神の能力も持っている!」

(ナツメ)「怒りを持つ者、不満を持つ者が分かるアイテムだ。正直、アウグストゥスさんの力よりもずっと劣る。アウグストゥスさんたちが無視したくらいだからね」

(フィーカス)「お、お前! それすらも知っているのか!」

(ナツメ)「フィーカスさんが話してくれたよ。覚えていないだろうけど」

(フィーカス)「お、お前! 俺たちが洗脳されていた時に俺たちを知ったのか!」

(バルーン)「親分! 逃げましょう!」

(ハボック)「それかいっそ殺しちまいましょう! 金を受け取っても地の果てまで追われる!」

(フィーカス)「お前らは黙ってろ!」

 フィーカスさんは怒鳴ってバルーンさんたちを黙らせるとそっぽを向く。

(フィーカス)「そいつらに目隠しをしろ。そうすれば俺たちの居場所はばれない」

(バルーン)「に、逃げなくていいんですか! 今ならトルバノーネたちに殺されずに済む!」

(ハボック)「そ、それよりも殺しましょう! ヤバい!」

(フィーカス)「俺の言うことが聞けねえのか!」

 フィーカスさんが壁を殴ると壁にヒビが入る。それでみんな黙る。

(ナツメ)「あの時も力持ちだったけど、今はそれ以上に力持ちだね! やっぱり洗脳なんてしない方がいいんだろうな。その人の持ち味を殺す」

(フィーカス)「うるせえ! てめえら! さっさと目隠しして黙らせろ!」

 僕とアンジェリカさんは目隠しをされる。

(フィーカス)「連れてけ!」

 目隠しされて迷宮のような裏路地を歩き回る。

(アンジェリカ)「あんた何者!」

 ひそひそとアンジェリカさんの慌てた声が聞こえる。

(ナツメ)「ただの学生です」

(アンジェリカ)「がくせい~?」

(バルーン)「喋るな! 歩け!」

 僕たちは裏路地という迷宮をさ迷った。


(フィーカス)「ここで大人しくしてろ!」

 目隠しを外されて、背中を押されて簡易的な牢に入ると、ガシャンと牢が閉じる。

(ナツメ)「すっごい雑な牢や。なんていうか、この日のために急いで作りましたって感じ」

 牢屋というには哀れなほど粗末な作りだった。

 路地裏の袋小路に鉄格子を立てかけただけ。よじ登れない様に板で屋根を作っているけど、釘の打ち方が素人同然で簡単に持ち上げられそうだ。というかよく見るとどことも固定されていない。鍋の蓋のような感じだ。

 それどころか鉄格子の固定の仕方もぬるい。両側の壁に杭を打って、それで鉄格子を支えているだけ。極端なことを言うと地震対策に本棚を固定するような感じだ。溶接も何もされていない。持ち上げたら下から潜り抜けられてしまう。

 雑すぎ! 素人でも分かるほど幼稚な作りだ!

(フィーカス)「良いか! ナツメ様! じゃない! ナツメさんを見張ってろ!」

(バルーン)「お、俺がですか! 勘弁してください! まだ可愛い子供と女が居るんです!」

(ナツメ)「ハールちゃんとモリーンさんですね。確かにハールちゃんは可愛いし、モリーンさんも料理が美味しいです。何より、二人ともバルーンさんを愛してる」

 素直に言うと、バルーンさんが尻餅を付くほど後ずさる。

(バルーン)「お、親分! 勘弁してください! 早く逃げねえと殺される! 家族も!」

(フィーカス)「びびるんじゃねえ!」

(ハボック)「そうだ! ビビってんじゃねえ! 俺は寝るけどお前は寝るなよ!」

 ハボックさんがそそくさとボロ小屋に逃げ込む。

(親分)「良いか! ナツメ様、ナツメさんに傷を付けたら許さねえぞ!」

 親分も逃げる様にボロ小屋に逃げた。そしてそれに続き子分たちが続々とアジトに逃げ込む。

 一人残されたバルーンさんは真っ青になりながらも、凍り付く体をこちらに向けて、石のように固まった唇を精いっぱい動かす。

(バルーン)「て、てめえら逃げるなよ! つか、逃げてもいいけど、逃げるなら逃げるって言えよ!」

 えっと? つまり逃げたいって言えば逃げていいんですか?

(アンジェリカ)「ざけんな! 逃げますって言う人質が居るか!」

(バルーン)「な、なんだと! それならこっちにも考えがあるぞ!」

(アンジェリカ)「何だ!」

 バルーンさんが武器を捨てる。

(バルーン)「許してください! 何でもしますから!」

 うーん。やっぱりバルーンさんは頼りない。前に会った時もどこか後ろ向きだった。そして洗脳が解けた今はそれが顕著に出ている。

(アンジェリカ)「は?」

(バルーン)「いや、その、実は俺たちも本意じゃねえんだ!」

(アンジェリカ)「はっ! 私をひっ捕らえておいて何!」

(バルーン)「そ、そりゃ! あんたみたいな弱小貴族だったらこんなこと言わねえ!」

(アンジェリカ)「じゃ、弱小! あんた! 私たちエーテル国に喧嘩を売ったね!」

(バルーン)「エーテル国なんて何の役に立たなかったじゃねえか!」

 アンジェリカさんが言葉に詰まる。

(バルーン)「でもアウグストゥス様は違う! 黒き者どもを倒した! 大神ナツメ様が倒した! 倒すなんて無理だ! それくらい分かってる!」

(アンジェリカ)「な、何よ! やっぱりあんたらは根性なしね!」

(バルーン)「お前みたいな弱い奴を誰が恐れる! アウグストゥス様の手先のくせに!」

(アンジェリカ)「私たちはあの男の手先じゃない!」

(バルーン)「ふざけんな! 黒き者どもを倒したのは大神ナツメ様とアウグストゥス様だ! 何の役にも立たなかったのに! 今更出しゃばるな!」

 アンジェリカさんが口ごもる。

 バルーンさんは頭を抱える。

(バルーン)「とはいえ! あんたはエーテル国の王女だった! しかも大神ナツメ様と結婚するという話が聞こえた! だから金をちょろまかせば一生家族を楽にさせてやれると思ったのに! まさかこんなことになるなんて!」

 なんとまあ、いつの間にか僕とアンジェリカさんの婚約は確定していたようだ。

(アンジェリカ)「こ、このゴロツキが! 私を愚弄して生きていられると思うなよ!」

(バルーン)「あんたをバカにしたって誰も怒らねえのに?」

 顔を真っ赤にさせるアンジェリカさんと真っ青にさせるバルーンさん。致命的なほど考えがかみ合っていない気がする。

(ナツメ)「あの、二人とも押さえてください。あとバルーンさんはとりあえず休んだ方が良いです。顔色が真っ青ですから」

 バルーンさんは震えながら言う。

(バルーン)「そ、そんなこと言って逃げる気だろ?」

(ナツメ)「檻に入れられているんですよ? 逃げませんよ」

 にっこり笑う。

(バルーン)「そ、そうだな。逃げられないよな」

 少し落ち着くバルーンさん。

(ナツメ)「それよりも体調に気を付けた方が良いよ? 寝てないんじゃないの?」

(バルーン)「な、何で分かるんだ?」

(ナツメ)「何かそんな顔してたから。くまが出来てるし」

 にっこり笑い続けると、バルーンさんは軽くため息を吐いて気分を落ち着かせる。

(バルーン)「そ、そうか。実は緊張して寝付けなかったんだ」

(ナツメ)「少し眠ったら? 横になるだけでも変わると思うよ?」

 バルーンさんが悩む。

(ナツメ)「僕たちは牢屋の中ですし、安心して寝てください」

 微笑み続けると、バルーンさんが頷く。

(バルーン)「そ、そうか? じゃあ、少し横になってくる」

 バルーンさんもアジトに戻る。

(親分)「お前何で戻ってきた!」

(バルーン)「い、いえ! ナツメ様が逃げないって言いますから」

 わいのわいのアジトが賑やかになるけどすぐに収まる。そして見張りは居なくなった。

(ナツメ)「皆小心者なんだから、悪い事なんて止した方が良いのに」

 フィーカスさんたちは炊事部隊や輸送部隊に所属した。理由は、力が強かったから、手先が器用だったから、何より臆病だったから。洗脳されていても、怖がっているのが分かったほどだ。

 もしも洗脳されていなかったら、皆一目散に逃げていただろう。

 まあ、それを情けないと思ったら、殺されても文句は言えない。

 彼らの荷運び、食事で、飢え死にする人が居なかったんだから。

(ナツメ)「どちらかというと適材適所。つまりフィーカスさんたちに悪党は似合わないってことだ」

(アンジェリカ)「さっきから何をぶつぶつ言ってるの! さっさと逃げるわよ!」

 アンジェリカさんが鉄格子を引っ張る!

(アンジェリカ)「あいつらバカだね! こっち側につっかえ棒を用意してない!」

 グラグラと鉄格子と天井が揺れる!

(ナツメ)「待ってください!」

 このままだと天井か鉄格子が僕たちに直撃する!

(アンジェリカ)「なんだい! 私を信用しな! こんな鉄格子すぐに倒してやるし! あいつらもぶっ倒す!」

(ナツメ)「違います! このままだと天井が落ちてきます! 押しつぶされます!」

 パラパラと埃と木屑が頭に落ちる!

(アンジェリカ)「くっ! あいつら! こんな罠を!」

 罠じゃなくて不手際なんですけど?

(アンジェリカ)「安心しな! 私が守ってやるから!」

 ふんぞり返って地べたに座るアンジェリカさんがおかしくて、つい笑ってしまう。

(アンジェリカ)「何で笑ってんだ?」

(ナツメ)「いえ、ただ、アンジェリカさんがイメージと全然違ってて」

(アンジェリカ)「私のイメージ?」

(ナツメ)「もっとお淑やかな感じだったんですけど、カッコいいんですね。力強くて」

(アンジェリカ)「あったりまえ! 私はエーテル国の王女だよ。強くなくっちゃ、異世界人に勝てやしないよ!」

 ちょっと怯む。

 アンジェリカさんも、僕たちを悪く思ってる。

(アンジェリカ)「しっかし、あんたも大変だね。アウグストゥスに良いように使われるなんて」

(ナツメ)「使われる?」

(アンジェリカ)「隠さなくていいよ。あんたみたいな娘が支配者の訳が無い。大方、アウグストゥスが祭り上げただけ。あんたを無理やり組み伏せた。レイプみたいなもんさ」

 半分当たっているだけに何も言えない。だけど半分は外れているから文句を言いたい。

 祭り上げたのは事実だ。でもアウグストゥスさんに強要されたんじゃない。

 おじいちゃんの思いを託されたんだ!

(ナツメ)「僕のおじいちゃんの意思なんです」

 アンジェリカさんが眉を顰めてもにっこり笑う。

(ナツメ)「おじいちゃんが支配者になってくれって言ったから、思いを託したから、僕は支配者になりました」

 思いを伝えるために見つめると、アンジェリカさんは深いため息を吐く。

(アンジェリカ)「全く、あいつの洗脳は本当に厄介だね」

 全然伝わらなかった。

(アンジェリカ)「それにしても、寒くなってきたね」

 アンジェリカさんが僕に上着をかけてくれた。

 しかしそれでアンジェリカさんはシャツ一枚だ。メリハリの付いた体で釘付けになる。

(ナツメ)「ふ、服を着てください! 風邪引きますよ!」

(アンジェリカ)「大丈夫だ、へ、へっくし!」

 どんなに暖かくても路地裏のような日陰は夕暮れになるとすぐに冷える。

 そしてこのままだと上着を着ていても、僕もアンジェリカさんも風邪を引く。

(ナツメ)「バルーンさん! 毛布持ってきてくれませんか! あと食事も!」

 ドアがバンと開いてバルーンさんが駆け付けてくれる。

(バルーン)「はいはい! 何でしょうか?」

(ナツメ)「毛布と食事が欲しいんだ」

(バルーン)「えっ? やべ! 日が沈んでる! すいません! すぐに用意します!」

 どどどと走って、すぐに毛布を一枚だけ持ってきた。

(バルーン)「どうぞ! すぐにスープも持ってきます!」

 アンジェリカさんが口をポカンと開けているけどとりあえず置いておく。

(ナツメ)「いや、アンジェリカさんの分も持ってきてくれないかな? 毛布も食事も」

(バルーン)「えっ! こんな奴の!」

(アンジェリカ)「こ、こんな奴って何!」

 アンジェリカさんはバルーンさんに罵倒されてようやく目を覚ます。

(ナツメ)「お願いだから、持ってきてくれないかな?」

 お辞儀をするとバルーンさんが深々とお辞儀を返す。

(バルーン)「すぐに持ってきます!」

 バルーンさんが転びながら走る!

(ナツメ)「そんな慌てなくていいのに」

 正直心配で堪らない。

 こんなことならさっさとお金を渡しておくべきだった。

 僕の懐にはアウグストゥスさんが用意した金貨数十枚がある。これだけあればバルーンさんたちに良い暮らしをさせてあげられるのに。

(アンジェリカ)「あんた? 本当に何者なの?」

 アンジェリカさんが、なぜか怒ったような視線を向けてきた。

(ナツメ)「えっと? ただの学生です」

(アンジェリカ)「もう良いわ! 勝手にしなさい!」

 なぜか拗ねてしまった。

(ナツメ)「えっと? アンジェリカさん?」

(アンジェリカ)「話しかけないで! あんたはアウグストゥスに操られていない! あいつの仲間だ!」

 その通りなんだけど何で怒られているの?

(バルーン)「お持ちしました! あとパンも持ってきましたが、これは一個しかないんで、ナツメ様がお食べになってください」

(ナツメ)「いや、一個しか無かったらバルーンさんが食べてください。体力つけてください」

(バルーン)「ちょ! 勘弁してください! 食べたら殺されます!」

(ナツメ)「明日はハールちゃんの誕生日でしょ? 食べて体力をつけてください。風邪を引いたら台無しでしょ?」

 バルーンさんが諦めたようにガックリと肩を落とす。

(バルーン)「何でもお見通しなんですね」

 バルーンさんはそっとアジトへ戻って行った。

(ナツメ)「どうぞ」

 アンジェリカさんに毛布を差し出す。

 そっぽを向かれた。

(アンジェリカ)「異世界人の施しは受けない!」

 えぇー? さっきは仲良く出来そうだったのに、何があったの?

 やっぱり女の子の心は秋の空のように変わりやすい?

(ナツメ)「その、ここに置いておきますから」

(アンジェリカ)「ふん!」

 アンジェリカさんの近くに毛布を置くと、鼻を鳴らして威嚇される。

(ナツメ)「こりゃお見合い失敗だ」

 アウグストゥスさんに謝らなくちゃ。

(アンジェリカ)「あんた、賢いって言うかさかしいね」

 毛布を地面に敷いてスープを食べようとすると、アンジェリカさんがぎっと睨んでくる。

(アンジェリカ)「アウグストゥスに祭り上げられる。奴は権力を得やすくするため。あなたはアウグストゥスが得た権力を分けてもらうため。そして今はお姫様。私よりも偉いお姫様。虫も殺さないような顔して、実のところお腹は真っ黒。ほんと! 大っ嫌い!」

 アンジェリカさんが鉄格子に掴みかかる!

(ナツメ)「アンジェリカさん!」

(アンジェリカ)「心配しないで。ほら、天井でもろそうな部分があるでしょ。私はそこから出る。あんたに迷惑はかけないよ」

(ナツメ)「ダメだって! 鉄格子が倒れちゃう!」

(アンジェリカ)「うるさいわね! 私に指図しないで!」

 ガキンと鉄格子が倒れてきた!

(アンジェリカ)「なっ!」

(ナツメ)「言わんこっちゃない!」

 このままだと大けがする! 下手すると押しつぶされて死ぬ!

(ナツメ)「まだまだ使いこなせていないけど! 時よ! 減速しろ!」

 鉄格子の軋む音、アンジェリカさんの悲鳴がスロー再生したビデオのように間延びする。

(ナツメ)「そして、沖田さんが持ち込んだ、何でも切り裂く一刀両断を生み出す!」

 一刀両断が右手で具現化する!

(ナツメ)「はぁ!」

 そして鉄格子を切り裂く!

(ナツメ)「最後に! 身体強化! アンジェリカさんを受け止める!」

 アンジェリカさんを受け止めるとずっしりとした感触が全身に走る! 強化していなかったらそのまま押しつぶされていた。

 アンジェリカさんを抱きかかえて牢屋を出る。

(ナツメ)「時は戻る」

 能力を解除すると牢屋は屋根ごとぺしゃんこになった。

(アンジェリカ)「あ、あんた何者なの!」

 土埃の中、地面に降ろしたアンジェリカさんが目を見開いていた。

(ナツメ)「あの方の能力。僕の傍に居て、守ってくれている。だから僕も、不完全ながら使える」

(アンジェリカ)「あの方?」

(ナツメ)「支配者だった僕のお爺ちゃんを導いた真の英雄の能力。大神の力です」

(アンジェリカ)「あなた! 本当に大神なの!」

 ゆっくりと頷くと眩暈がして膝を着く。

(アンジェリカ)「あ、あんた! 鼻血出てるよ」

(ナツメ)「だ、大丈夫! エリクサーを飲めばすぐに収まるから」

 こめかみと体中が燃えるように熱いけど、エリクサーを飲むとすぐに静まる。

(アンジェリカ)「あんなにたくさん出ていた血が一瞬で止まるなんて」

(ナツメ)「凄いでしょ」

 笑いながら立ち上がる。

(バルーン)「な、ナツメ様! どうして外に!」

(ハボック)「や、やべえ! 剣を持ってやがる!」

(フィーカス)「どっから持ってきたんだ!」

 ぞろぞろとフィーカスさんたちの仲間が武器を構えて集結する。

(ナツメ)「えっと? 武器を捨てるから許してください」

(フィーカス)「動くな!」

(ハボック)「やべえぞやべえぞ!」

(バルーン)「動かないでください!」

(アンジェリカ)「不味いは! 逃げましょう!」

 あっちもこっちも大騒ぎだ。

(ナツメ)「大丈夫。トルバノーネさんが来たから」

 言うと同時にトルバノーネさんたちが踏み込んできた。

(トルバノーネ最高司令官)「動くなよてめえら!」

(フィーカス)「トルバノーネだ! お前ら行くぞ!」

 フィーカスさん、ハボックさん、そして臆病なバルーンさんまでも武器を構えてトルバノーネさんに突っ込む!

(トルバノーネ最高司令官)「何だてめえら! いい度胸じゃねえか!」

 トルバノーネさんたちが武器を構える!

(フィーカス)「俺を逮捕しろ!」

 フィーカスさんたちがトルバノーネさんたちの目前で武器を捨てて土下座する。

(ハボック)「俺たちを逮捕しろ! 降参する! だからあいつから守ってくれ!」

(バルーン)「ナツメ様! お願いだ! 自首する! だから俺たちを許してくれ!」

(トルバノーネ最高司令官)「……はぁ?」

(フィーカス)「お願いだ! 俺たちはただのゴロツキだ! ナツメ様にたてつこうなんて思っていない! ただのバカの妄想だ! もう目が覚めた! だから許してくれ!」

(トルバノーネ最高司令官)「ちょっと待てお前ら!」

(フィーカス)「待てるわけねえ!」

 やいのやいのとカーニバルよりも騒がしい。

(ナツメ)「トルバノーネさん。フィーカスさんたちは、僕に怒っていただけです」

(フィーカス)「な、ナツメ様!」

(バルーン)「お、俺たちは怒ってません!」

(ハボック)「こ、殺される! 助けてくれ! あんたら! 俺を逮捕してくれ! 守ってくれ! 囚人は! あんたらが裁くんだろ!」

(トルバノーネ最高司令官)「いい加減にしろよ!」

(ナツメ)「あの! 皆さん落ち着いてください!」

 懐から金貨の詰まった袋をフィーカスさんに渡す。

(ナツメ)「これで、僕を許してください」

 フィーカスさんたちが目を丸くし、まるで石のように固まる。

(トルバノーネ最高司令官)「ナツメ!」

(アンジェリカ)「何でこいつらに金を渡すの!」

(ナツメ)「少なからず、彼らから仕事を奪ったのは僕たちのせいです。僕たちが、何も伝えなかったから」

(トルバノーネ最高司令官)「どういう意味だ?」

 皆が首を傾げる。

 思い付きを言っただけなのに皆が首を傾げる。

 理由を言わないといけない。だからなぜ言ったのか考えてみる。

 彼らは何でゴロツキになった? 確かにその気配はあった。だけど何で彼らは金に困った? 

 結局、洗脳している間に訳が分からなくなったからだ。

 自分たちがどうやって生活していたのかも不明だ。

 夢から覚めたら、黒き者どもを倒して平和になりました。

 めでたしだけど、怖くて堪らない。

 その間、俺たちは何をしていたのか? 喧嘩をしたのか、誰かと仲良くなったのか、それすらも分からない。もしも記憶がある人に出会ったら、何を言われるか分からない。

 それが彼らの本音だ。

 あの事件で都市の形は変貌した。勤め先が存命か、僕には伝えられない。

(ナツメ)「理由は、僕たちがフィーカスさんたちを洗脳した。それだけです」

 フィーカスさんに金貨の詰まった袋を渡す。

(ナツメ)「これだけあれば、もうこんなことしないで済みますよね?」

(フィーカス)「……ああ、こんだけの金貨があったら俺たちは一生幸せだ!」

(ナツメ)「良かった。じゃあ、トルバノーネさんたちは退いてください。フィーカスさんたちの邪魔になります」

(トルバノーネ最高司令官)「何だと!」

(ナツメ)「お願いです。フィーカスさんたちは気に迷っただけですから」

 屋根からそっと沖田さんが下り立つとぼそぼそとトルバノーネさんたちに耳打ちする。皆が顔をしかめる。だけどこれは曲げてはいけないと思った。

(ナツメ)「大神の名においてお願いします。」

 沖田さんがぼそぼそとトルバノーネさんたちに耳打ちし終わると、トルバノーネさんたちが跪く。

(トルバノーネ最高司令官)「仰せのままに、大神ナツメ様」

 突然トルバノーネさんたちが跪く! 何で?

(トルバノーネ最高司令官)「おら! さっさと失せろ! ナツメが許したんだ!」

(フィーカス)「は、はい!」

 フィーカスさんたちは尻尾を巻いて逃げ出した。

(沖田)「さっさと戻ろうぜ」

 茫然とする間に沖田さんに肩を叩かれる。

(トルバノーネ最高司令官)「しばいにも飽きたし、何より服を着替えよう。……その服は二度と切るなよ!」

 トルバノーネさんにお姫様抱っこされる!

(ナツメ)「お、下ろしてください!」

(トルバノーネ最高司令官)「喧しい! 鼻血なんか出しやがって!」

 ぐしぐしと顔を拭われる!

(ナツメ)「アンジェリカさん!」

 アンジェリカさんが気になって叫ぶ。

 彼女はぼんやりと、沖田さんを見上げていた。

(トルバノーネ最高司令官)「行くぞ!」

 僕は彼女と沖田さんを置いて、城に戻った。


(沖田)「ちょいとは、自分の立場が分かっただろ」

 沖田はアンジェリカを見下ろす。アンジェリカは何も言わずに俯く。

(沖田)「ナツメに感謝しろ。本来ならばお前は極刑なんだからな」

 沖田はアンジェリカの元を去った。


(ハボック)「そ、それで! この金貨! どうします!」

(バルーン)「お、親分が多く取るのは構いませんが、限度はありますよ!」

(ハボック)「そうです! せめて、十分の一だ!」

(バルーン)「さ、さすがにそれは少ない! 二分の一だ!」

(ハボック)「多すぎだ!」

(フィーカス)「てめえら全員黙ってろ!」

 フィーカスは机を叩いてハボックたちを黙らせる。

(フィーカス)「この金はナツメ様に返す!」

 ハボックたちが白目を向く。

(ハボック)「血迷っちまったのですか!」

(バルーン)「俺には家族が居る! いくら何でも無理だ!」

(フィーカス)「うるせえ! 俺に考えがある!」

 フィーカスが身を乗り出すとハボックたちも身を乗り出す。

(フィーカス)「これはチャンスだ! 金儲けできる最高の時だ!」

(ハボック)「か、金儲け?」

(バルーン)「何を言っているんですか! バカな俺たちは欲を出すべきじゃない!」

(フィーカス)「聞け! 今日、ナツメ様に許してもらったばかりでなく、金を貰った! そこでこの金を持って跪いたらどうなる? あんたに服従しますって言ったらどうなる! 今は顔を覚えてもらっている! 絶対に! 俺たちを部下にしてくれるはずだ! 大神で最初の部下だ! そん時もらう給料はいくらになる!」

 ハボックたちが黙るとフィーカスは笑う。

(フィーカス)「これはチャンスだ! しがない俺たちの肩書に大神の名が乗る! 最高じゃねえか!」

(ハボック)「確かに! それなら女にもてる!」

(バルーン)「家族に良い暮らしをさせてあげられる!」

(コペルニクス)「足りない足りない! あなたたちは大神ナツメを侮っている」

 フィーカスたちが一緒のテーブルで酒を飲むコペルニクスに顔を向ける。

(フィーカス)「て、てめえ! いつの間に!」

 皆が武器を構える。

(コペルニクス)「バカ者! 武器を下ろせ!」

 コペルニクスの大声が部屋に響くと皆固まる。

(コペルニクス)「その金は、ナツメがお前たちに上げたものだ。つまり痛くも痒くもない金だ。それを返されてもお前たちを部下にしない。考えても見ろ? お前たちは、食いかけのスープを返されて喜ぶか?」

(フィーカス)「く、食いかけ?」

(ハボック)「金に手を付けていないぞ!」

(コペルニクス)「それでナツメが喜ぶかと聞いているのだ!」

 皆が押し黙る。

(バルーン)「確かに、俺たちが仲間になるって言っても、ナツメ様は喜ばない。俺たちより凄い奴はたくさん居るんだ」

(フィーカス)「だったら! また俺たちはゴロツキか!」

(ハボック)「でもバルーンの言う通りです! 俺たちみたいなちんけな奴仲間にしても意味がない! ナツメ様にはトルバノーネにアウグストゥスが居るんだ!」

 アジトががやがやと騒がしくなる。

(コペルニクス)「署名を集めなさい」

 その中でコペルニクスは叫ぶ。

(フィーカス)「しょ、署名?」

(コペルニクス)「つまり、ナツメに従うという証の署名です。軍はまだしも、市民たちの心はナツメも掌握し切れていない。だからその署名は金貨に勝る代物だ。あなた方は、まず、一万人の署名を集めなさい。それだけで、ナツメの部下に成れる」

(ハボック)「そ、それだけ? 名前を書いてもらえるだけで?」

(コペルニクス)「まだまだこの国の情勢は不安定です。市民の誰が味方かもわからない時です。その時に、一万人の味方! それも名前付き! ナツメは涙を流して喜びます。あなたを、大神帝国市民代表とするでしょう」

(バルーン)「大神帝国の市民代表! もしかして! 新生ローマ帝国の市民代表よりも偉いのか!」

(コペルニクス)「そりゃそうでしょ! 新生ローマ帝国は大神帝国の配下なんですよ!」

(ハボック)「でもよ? 市民代表なんて意味あるのか?」

(コペルニクス)「そうですね? 例えば、新生ローマ帝国よりも給料をくれと言えば、その十倍は貰えるでしょう」

(バルーン)「じゅじゅじゅ! 十倍!」

(コペルニクス)「月に、金貨1枚か2枚。もっとかも?」

(フィーカス)「つつつ、月に! 金貨!」

(コペルニクス)「それに、市民代表ということは、言い換えると国民の代表となる。大神の国民の代表とは? それは新生ローマ帝国の代表であり、新生フランス帝国の代表であり、新生ドイツ帝国の代表であり、新生ソビエト連邦の代表でもある。つまり、アウグストゥスと同格、いえ、上なんですよ! 地位が!」

(バルーン)「アウグストゥスよりも、偉い!」

 コペルニクスがわざとらしくため息を吐く。

(コペルニクス)「落ちている金を拾わない。理解に苦しみます! 今日あなた方十人が署名をすれば十人分、明日家族や知り合いに書いてもらえば二十人分、あなた方の知り合いや家族が働けば四十人分! さらにその方々が署名すれば八十人! 僅か10日で、その金貨七十枚以上の金を貰えるのに」

(フィーカス)「と、十日で」

(ハボック)「金貨」

(バルーン)「七十枚!」

(コペルニクス)「均等に分けたら一人金貨七枚。月に金貨一枚貰ったらたった七か月分。実に、勿体ない」

(フィーカス)「お前ら! すぐに名前を書け!」

(ハボック)「で、でも俺! 字が書けねえ!」

(コペルニクス)「私が教えます!」

(バルーン)「な、なあ! 俺の娘と女にも教えてくれ!」

(コペルニクス)「分かってます! ついでに私が最初の市民代表となります!」

(フィーカス)「何でもいい! 早く俺の名前を書いてくれ!」


(アウグストゥス)「コペルニクス。そっちの調子はどうだ?」

(コペルニクス)「平和そのものです。アンジェリカが逃げ出したトラブルはありましたが」

 コペルニクスは見張り塔の上からフィーカスたちの動きを見て笑う。

(アウグストゥス)「そうか。まあ、そんなこととは思っていた」

(コペルニクス)「分かっていたのですか?」

(アウグストゥス)「反感を持っていたのは分かったからな」

(コペルニクス)「ならばどうして婚約など?」

(アウグストゥス)「婚約の目的は、民にエーテル国と仲直りしました、だから皆のことは怒ってない、仲直りしましょうというパフォーマンスだ。だから、達成すれば良い。しかし保護されても痛手ではない。すでに、俺たちが支配者だ。別の手段で、仲良くなればいい」

(コペルニクス)「あなたも人が悪い」

(アウグストゥス)「事実だからな。それより、お前、何か余計なことをしなかったか?」

(コペルニクス)「余計なこと?」

(アウグストゥス)「お前の任務はナツメの様子を見る事。そして見たらすぐに俺たちのところに帰ることだ。なのにどうして騒がしい?」

(コペルニクス)「騒がしいのは、民が頑張っているからです。ナツメのために」

(アウグストゥス)「お前、何か余計なことをしたな?」

(コペルニクス)「まさか。通信切ります」

 コペルニクスは問答無用で通信を切る。

 そして目線がアンジェリカを捉える。

 彼女は一直線に、城へ戻っていた。

(コペルニクス)「神よ。我らに力を」

2016/10/30の時点でもう少し話数が必要と気づいたのでサブタイトルを変更します。

申し訳ありません。

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