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黒き者ども本隊決戦(2/2)

一段落


なお今回の話には簡易的な戦略図を本文に記載しています。

環境等で不具合が起きるかもしれません(執筆中とページで明らかに剥離が生じました)が、その場合はご容赦ください。


2016/10/14

環境によって図が想像以上に意味不明になってしまうため削除します。

(ハンニバル)「エーテル国軍はフラン砦方向の南に集結させろ。全軍だ! 洗脳された奴らも含めて!」

 ハンニバルさんは通信機で全軍に指示を飛ばす。

(トルバノーネ最高司令官)「待て! 相手は百万だぞ! 絶対にこっちを包囲してくる!」

(沖田)「洗脳兵たちを西、東、北に分散させよう!」

(ジャンヌ)「待ってください! 私たちが南に集中しますと信徒たちに指示を下すものが居りません」

(アウグストゥス)「ジャンヌの信徒たちはまだ凄まじい力を得ているから良いが、俺の支配下の奴らは普通の人間だぞ? 見破られれば突破されるぞ?」

(トルバノーネ最高司令官)「お前たちの洗脳はそこそこ融通が利く洗脳だ! 俺から見ても黒き首なし騎士程度なら数の利で抑えられる!」

(ジャンヌ)「ですが死者が! いくら戦争と言えど、勝筋があってもそれを指示する者が居なければ! 私たちの意思で従わせる命を裸に晒すなど!」

(アウグストゥス)「そもそも数の利で負けているんだろ!」

(ハンニバル)「お前ら全員喧しい! お前らの気持ちは分かるが南以外に集結させる余裕は無い! 黒き大騎士、黒き者どもの大将。奴がいる限り不測の事態などいくらでも起きる。逆に言えば、奴を倒せば国中に張り巡らせた罠が機能する! だからこそ奴を叩け! 奴を叩けばたとえ十倍の戦力差でも殲滅できる! だから皆あいつを殺せ! あの黒き大騎士こそ黒き者どもの英雄! だからこそ! 奴を殺せ!」

 ハンニバルさんたちのどよめきが通信機を通して分かる。

(トルバノーネ最高司令官)「バカ野郎! それで手薄なところを攻められたら死ぬぞ! 俺たちが伏兵を回す! それで東も西も北も大丈夫だ!」

(沖田)「俺も分裂した俺を南以外に回す!」

(ハンニバル)「ダメだ! 洗脳兵も含め全員南に集結させろ!」

(沖田)「相手は百万だぞ! いくら何でも回り込んでこられたらお終いだ!」

(ハンニバル)「俺を信用しろ! 違う! 今この場では信じろ! もしも分散すれば攻撃力が弱まる! 何度も言うが、俺たちの狙いは黒き大騎士! 奴さえ殺せば後はお前らが死んでいても洗脳兵で十分勝てる! だから俺の言うことを聞け!」

 混乱する皆に情報を提供する。

(ナツメ)「黒き者どもは南に集まっています! 一体も戦列から離れません! 正面突破する気です! ハンニバルさんの言う通りに動かないと!」

 いったん通信機が静かになる。そしてまた騒がしくなる。

(ハンニバル)「ナツメの言った通りだ! 早く南に集結しろ!」

(トルバノーネ最高司令官)「くそったれ! まさか正面突破を考えるとは!」

(沖田)「いくら何でも百万! あいつらずるすぎるだろ!」

(アウグスティヌス)「くそくそくそ! 百万? 百万! 冗談にしては面白くない!」

(ジャンヌ)「私たちの指示……ああもう! 洗脳では収集に時間が掛かる! 一斉に集めては押し合いになって最悪ドミノ倒しのようになって圧死者が出る!」

(ハンニバル)「トルバノーネ! お前らが洗脳兵を先導しろ!」

(トルバノーネ最高司令官)「全く! ただでさえ不満が溜まってるのにここで洗脳兵を先導させたら絶対に口聞いてくれないぞ!」

(ナツメ)「言い合いは終わってからにしましょうよ!」

(沖田)「その通りだ! 偵察していた俺からの通信が途絶えた! フラン砦方面だ!」

(ハンニバル)「南に展開していた自動人形どもが打ち倒されていく! 沖田に補充してもらった自動人形十万体が打ち倒されていく! 自動人形をすぐに引かせる! あいつらが来るぞ!」

 沖田さんが宮殿の窓を突き破って次々と出て行く風景を見届けた後、僕も南へ走った。


(ハンニバル)「射れ射れ! とにかく射り殺せ!」

 最前線に着くと自動人形たちが強靭な鉄の矢で黒き者どもを撃ち殺していた。

(ハンニバル)「黒き大騎士を狙うな! 狙うはその取り巻きだ!」

 とにかく数を減らそうと黒き者どもに鉄の矢を放つ。

(ナツメ)「多すぎる。まるで暗黒の大河だ」

 地平線の彼方まで、朝焼けを飲み込む暗黒が続いている。

 奴らは黙々と足並みをそろえて進んでくる。

 叫ばず、騒がず、一言も語らず、ただただ規則的な足音と地響きを鳴らして僕たちを殺しに来る。

 奴らは機械、または死という現象。奴らは何も考えず、ただただ僕たちを殺しに来る。

 彼らは黒き者ども。僕たちを殺すためだけに存在する化け物だ。

 そしてそれを先導するたった一人の大騎士。

 彼の足並みは落ち着いている。だから黒き者どもは落ち着いている。

 彼は黒き者どもに語る。

 効率的に殺せ。たった一人でも殺せ。無駄死にしても殺せ。

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

 それが俺たちの使命。ただ殺すことだけが俺たちの喜び。

 たとえたった一人しか殺せなくても喜ぼう。人を殺せた。

 たとえ殺されても喜ぼう。恐怖を与えられた。

 そして喜ぼう。人を殺せることを。

(トルバノーネ最高司令官)「ハンニバル! 何とか全軍所定の配置についたぞ!」

(ハンニバル)「よし! 後は作戦通りにやるだけだ!」

 ハンニバルさんの作戦は包囲殲滅。ただし対象は黒き大騎士のみ。それ以外の奴らは押し留める。

 上手くいけば黒き大騎士と黒き者どもを分断できる。

 しかし物量差がとんでもないのと横から茶々を入れてくる黒き首なし騎士の存在。

 ダヴィンチさんが深い谷を作り出してくれなかったら一瞬で皆殺しにされていた。

(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「黒き者どもが射程圏内に入った!」

(ハンニバル)「狙撃部隊は黒き首なし騎士だけを射殺せ。黒き者どもに気を取られるな。それ以外の兵士は黒き首なし騎士の侵入に備えろ。そしてトルバノーネたちエーテル国軍本体は手筈通り指示があるまで待機しろ」

(トルバノーネ最高司令官)「しかし、奴らどうやってこの谷を超える気だ? 黒き首なし騎士の背中にでも乗っかるのか?」

(ハンニバル)「どうせ最悪な手でこっちに来る! それより来たぞ!」

 黒き大騎士は谷の縁で止まるとじっとこっちを見る。

 そして剣を地面に突き刺す。そこから黒き液体が溢れ、谷を越えて黒き橋を作る!

(トルバノーネ最高司令官)「あいつ! 橋を作りやがった! しかもどんどん広がっていきやがる!」

 黒き橋はこちらにかかると大きくなっていく! 谷が塞がれる! 黒き者どもが流れ込んでくる!

(ハンニバル)「沖田! 奴を止めろ!」

(沖田)「分かってるよ!」

 沖田さんたちが一気に黒き大騎士に切りかかる! 黒き大騎士が突き刺した剣を抜いて防御する!

 橋は広がるのを止めた。

(ハンニバル)「作戦開始!」

(黒き大騎士)「■■■■■■■■!」

 ハンニバルさんと黒き大騎士の咆哮と同時に、戦争が始まった。

(ナツメ)「ハンニバルさん! 黒き者どもに弓兵部隊が居る!」

 大剣や大槍を持つ黒き者どもの後方に、大弓を構える黒き者どもが見えた!

 黒き者どもの弓兵部隊が矢を放った瞬間、城壁が爆発した!

(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「反則過ぎるだろ! 高が弓矢で城壁をぶっ壊すなんて!」

(ハンニバル)「こっちの自動人形が持つ鉄の矢と同等の破壊力を持ってやがるな。狙撃部隊! 歩兵部隊! 動揺するな! 黒き首なし騎士と黒き者どもに集中しろ! 弓兵部隊の処理は自動人形に任せろ!」

 沖田さんたちが黒き大騎士を引き付けるために特攻するが、一瞬にして切り裂かれた!

(沖田)「黒き大騎士の奴! 一振りで身体強化した10人の俺を殺したぞ! ナツメの言う通りあいつには能力が通じない!」

(ハンニバル)「他の黒き者どもも一緒だ! 前々から兆候はあっただろ!」

(沖田)「分かってるよ! ただ黒き大騎士が来てから顕著だ! 下手すると洗脳が解けるぞ!」

(ハンニバル)「だから洗脳兵は伏兵にした! トルバノーネ! 手筈通り黒き大騎士を中に呼び込む! 黒き者どもと分断する!」

(トルバノーネ最高司令官)「大丈夫なんだろうな! 奴らの圧力は相当だぞ!」

(ハンニバル)「黒き大騎士の力が突出して他の黒き者どもは着いてこれない! お前らが普段よりも十倍頑張ればできる!」

(トルバノーネ最高司令官)「たった十倍か! 最高だ! 十倍頑張れば二百五十万人だ!」

(ハンニバル)「楽勝に勝てるな! 期待しているよ! 沖田! 黒き大騎士を中へ導け! 最高級のもてなしをするぞ!」

(沖田)「俺が死にまくってるのに気楽に言うな!」

(ハンニバル)「そのための能力だ! バンバン死ね! 高が分身だ!」

(沖田)「皆俺なのによ!」

 沖田さんたちが黒き大騎士の攻撃を避けながら、いなしながら、時に殺されながら中へ導く。

(ハンニバル)「トルバノーネ! 自動人形の指揮権および全権限をお前に渡す! 俺はアウグストゥス、ジャンヌ、沖田と一緒に黒き大騎士を倒す! ジャンヌ! アウグストゥス! 聞こえたな!」

(ジャンヌ)「聞いています!」

(アウグストゥス)「苛立っているところだ。さっさと連れてこい!」

(ハンニバル)「楽しみにしとけ! 世界の命運を分ける最高の戦いだ!」

 ハンニバルさんも沖田さんと一緒に中へ走る。

(トルバノーネ最高司令官)「お前ら! 黒き首なし騎士と黒き者どもを絶対に通すな!」

(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「分かってる! おい自動人形! 黒き首なし騎士を優先しろ! このままじゃハンニバルたちの道を作っちまう!」

(トルバノーネ最高司令官)「ザック! お前の出番だ! 黒き者どもの弓兵部隊までの道を作れ!」

(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「おう! お前ら! ようやく出番だ!」

(トルバノーネ最高司令官)「アール! ザックが空けた風穴を維持しろ! 防御部隊の意地を見せてやれ!」

(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「ようやく仕事が来ましたね!」

(トルバノーネ最高司令官)「バーリ! ザックの突撃で戦線が乱れる! その隙に多くの黒き者どもを殺せ! 乱戦に強い白兵戦部隊の出番だ!」

(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「何体殺せるか競争だ!」

(トルバノーネ最高司令官)「キール! ザックたちが突撃するから戦線が薄くなるところが多数出る! 歩兵部隊隊長の出番だぞ?」

(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「馬鹿にしたな! この戦いが終わったら殺してやる! そして俺が最高司令官だ! もともと俺の方がお前よりも強いんだぞ!」

(トルバノーネ最高司令官)「飲み比べでも喧嘩でもいいから、一回でも勝ってから言え! 他の奴らはウォルが打ち漏らした黒き首なし騎士の対処をしろ! 想定より奴らの数が多い!」

(エーテル国軍汎用部隊隊長コスト)「汎用部隊は弓も無難に使えることを教えて上げます!」

(エーテル国軍輸送部隊隊長マール)「輸送で鍛えた機敏さを見せてやるよ!」

(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「熊も切り殺すナイフ捌きをお見せしましょう!」

(エーテル国軍諜報部隊隊長ニッキー)「暗殺術も扱う諜報部隊の恐ろしさを見せてやる!」

(トルバノーネ最高司令官)「気合ばっちしだ! ブラッド! ザックたちが突っ込んだら一緒に突っ込む! 何でもできる防衛部隊の力を見せるぞ!」

(エーテル国軍防衛部隊第一部隊隊長ブラッド)「ハイ! トルバノーネ防衛隊長!」

(トルバノーネ最高司令官)「今は最高司令官だ! さあ突っ込むぞ!」

 雄たけびと共に、血が戦場を濡らした。

(ナツメ)「ああ……僕はどうしたらいいんだ?」

 悲鳴と血、怒号と叫び、死体と兵士が混在する光景に身がすくむ。

 血が流れ、悲鳴が流れ、それでも未来へ突き進む戦いに僕は役に立てない。

 何かないかと考えても何もできない。それが怖くて仕方ない。

 何より死が怖くて仕方ない。自殺したのに。

(ナツメ)「そうだ! ねえ誰かさん! 助けて! あなたの奇跡で皆を助けて!」

 あなたの力なら何とかなる! あなたなら血の大地を収められる!

(ナツメ)「何で? 答えてくれないの?」

 誰かさんは現れなかった。ただ悲鳴と雄たけび、斬撃音、黒き弓矢が城壁を穿つ音、鉄矢が地面を穿つ音しか聞こえない。

(おじいちゃん)「いい加減にせんか!」

 ハッと顔を上げるとおじいちゃんが怒っていた!

(おじいちゃん)「全く、甘え癖が治っとらんぞ!」

 おじいちゃんは深くため息を吐くとゴツンと僕の頭を叩く。

(お爺ちゃん)「どうしてあの人に頼り切る! お前はたった一人のためにありがとうと言ってもらうために頑張るんじゃろ! ならどうして立ち上がらない! 今は立ち上がる時じゃ! このままだと、誰も彼も死んでしまう! ありがとうと言ってもらうこともできなくなる!」

(ナツメ)「おじいちゃん! 僕だってそうしたい! 立ちたい! でも僕には力がない! 何もできない!」

(おじいちゃん)「お前は、何もできないから助けられない。そう言われて、納得できたか?」

 おじいちゃん!

(おじいちゃん)「納得できなかった! そうじゃ! 金で解決できること、命以外で解決できること、命がかかっていないことならそれで十分の理由じゃ。じゃが、今は命がかかっている」

(ナツメ)「おじいちゃん……ごめんなさい」

 僕は、おじいちゃんの言葉で勇気が出た。

 僕は、何もできなくても、何かしたかった。それが無意味でも。

 ただ、それを応援してほしかった。頑張れ! そう言ってほしかった。

 おじいちゃんの温かい手が僕の頭を撫でる。

(おじいちゃん)「苦しいのは分かる。今のお前が成すことは、金を稼ぐことよりも難しい。やり続けるのは、大人でも難しい。じゃから、挫けるのは恥じゃない。それどころか、立ち上がれないことも恥じゃない。皆躓き、時には引き起こしてもらわないといけない時が来る。むしろ、一人だけで立ち上がれると言う奴は嘘つきじゃ。もしも一人だけで立ち上がれると思う奴は、他人を見ない自己中じゃ。皆皆、助け合って、支え合って生きている。時にそれがうっとおしく感じるじゃろ。頭に来るときもあるじゃろ。それも恥じゃない。全部全部恥じゃない。じゃが、恥ずかしいと思ったら立ち上がれ。そして、誰かを引き起こせるくらい強い人間に成れ。それが、お前の目標じゃろ?」

 おじいちゃん! 別れたくなくて抱き付く!

(ナツメ)「おじいちゃん……僕と一緒に居て? 僕、おじいちゃんが居ないとダメなんだ」

 おじいちゃんの手が、僕の髪を撫でる。

(おじいちゃん)「ナツメ。辛いじゃろうが、兵士たちを見ろ」

 時が止まった世界で、戦う兵士、血の舞う戦場を見る。

(おじいちゃん)「あの人たち一人一人が、お前のために戦っとる」

(ナツメ)「僕のために?」

 おじいちゃんにギュッと抱きしめられる。

(おじいちゃん)「あの人たちは、世のため、人のため、家族のため、そして皆のために戦っとる。皆じゃ。そこにはお前も居る。お前はもう、一人じゃない。守ってくれる人が居る。じゃから、その人のために、何もできなくても、一緒に戦うべきじゃ」

 おじいちゃんの体が半透明になっていく。

(ナツメ)「おじいちゃん! 行かないで! 僕と一緒に居て!」

(おじいちゃん)「今回は特別じゃ。もうそろそろ、次に行く世界に着く。そうなったら、そう何度もこうはならんじゃろ」

(ナツメ)「おじいちゃん……」

(おじいちゃん)「泣くな! 運が良ければ、ちょいと幽体離脱してお前と会えるかもしれん! それに、お前の傍には、あの人が居る」

 誰かが僕の肩を叩く。

 おじいちゃんが誰かに深々と頭を下げる。

(おじいちゃん)「手のかかる子じゃ。でも、ワシの可愛い子供じゃ。じゃから、よろしくお願いいたします。せめてこの世界では、幸せにしてください」

 おじいちゃんの姿が消えた。

(ナツメ)「お願いです。あなたの名前を教えてください」

 僕は誰かを信頼したかった。だから名前を知りたかった。

 誰かは困ったような顔をすると、ぼそぼそと、初めて言葉を発してくれた。

(ナツメ)「あなた様が! あの!」

 誰かが大慌てで僕の口を塞ぎ、苦笑いをする。

(ナツメ)「分かりました。ありがとうございます」

 神様は苦笑いしながら、姿を消した。

 時が動き出し、耳を劈く音が響く。

(ナツメ)「本当にありがとうございます」

 僕は頭を下げて、沖田さんたちの元に向かった。

 何かできるかもしれない。その僅かな可能性を信じて。


 沖田さんたちの元に着くと、黒き大騎士の強烈な振り下ろしを沖田さんが受け止めていた。

(沖田)「な、何物も切り裂く一刀両断にヒビが!」

 沖田さんが両断される!

(沖田)「くそったれ! 俺も無限じゃねえぞ!」

 沖田さんたちがフォーメーションを組んで黒き大騎士に襲い掛かる!

(黒き大騎士)「■■■■■■■■!」

 黒き大騎士の一振りで沖田さんたちが両断される!

(アウグストゥス)「どんだけ殺されてんだ? 新選組も名ばかりか?」

(沖田)「うるせえ! だったらてめえが突っ込め!」

(アウグストゥス)「腕と足が千切れた奴に言う言葉か!」

 アウグストゥスさんが右足と右腕をくっつけようと頑張る。

(アウグストゥス)「たく! 不老不死だから失血死しないが! 腕と足が無くちゃ意味がねえ! ジャンヌ! さっさと治せ!」

(ジャンヌ)「うるさい! こっちだって痛いんですから静かにしなさい!」

 ジャンヌさんが脇腹の深い傷にこびり付く黒き液体をナイフで切り取る!

(ジャンヌ)「くっ! この液体が私たちの能力を封じる! これを切り取らなくては!」

(ハンニバル)「沖田! ジャンヌたちが元気出すまで持ちこたえろ!」

(沖田)「分かってるよこのでくの坊たちが! それよりお前も手伝え!」

(ハンニバル)「出血死寸前の俺によく言えるな!」

 ハンニバルさんはエリクサーを飲む。

(ハンニバル)「くそったれ! やっぱり治らん!」

 ハンニバルさんは内臓まで達する深手を押さえながら悪態を吐く。

(ナツメ)「何ができる?」

 考えろ! 何かしたいのなら考えろ!

(ナツメ)「昔とは違う! 僕は今! 何かしたいんだ! 気休めでも何でもいい!」

(黒き大騎士)「■■■■■■■■!」

 黒き大騎士が沖田さんたちを一刀両断する!

(沖田)「俺が受け止める!」

 黒き大騎士を止めるために沖田さんたちが一斉攻撃をかける!

(ジャンヌ)「さあ! 治しますから覚悟してください!」

(アウグストゥス)「死と同じ苦痛を味合わないための能力なのに、死ぬほどの苦痛を味わうとはな!」

 アウグストゥスさんが歯を食いしばるとジャンヌさんがナイフでアウグストゥスさんを覆う黒き切口を切り取る!

(アウグストゥス)「くそったれ! 何が全能の能力だ! 穴だらけじゃねえか!」

(ジャンヌ)「だから私たちが呼ばれたんです!」

 ジャンヌさんが傷口を切り取る中、アウグストゥスさんは歯を食いしばる!

(沖田)「くそったれ! どうやって勝てばいいんだ!」

 沖田さんたちは手に入れたアイテムと能力をフル活用して黒き大騎士に立ち向かう! だけどすべて通じない! 鎧ですべての刃が防がれる!

(ハンニバル)「あいつに能力が通じないのは分かっていただろ!」

(沖田)「全部知ってるよ!」

 何とか頑張っても状況は不利になるばかり! 何も突破口が無い! このままではトルバノーネさんたちが打ち破れ、最悪の展開になる!

(ナツメ)「ん?」

 少し違和感を感じた。黒き大騎士は、沖田さんを薙ぎ払った後、周囲を見渡したような気がした? 潜む沖田さんを警戒している?

 思いをはせた瞬間、黒き大騎士は瞬く間もなく沖田さんたちと間合いを詰め、黒き大剣を振り下ろす!

(沖田)「くそったれ! 最高の一撃だ!」

 沖田さんが一撃を受け止める! だけど耐え切れずに剣ごと真っ二つになる!

(沖田)「いなさなくちゃ死ぬのに! 早すぎる!」

 沖田さんたちはアウグストゥスさんたちを守るためにあの手この手を使って黒き大騎士の行方を阻む。

(アウグストゥス)「治った! ハンニバルを治せ! ジャンヌ!」

(ジャンヌ)「言われなくても!」

 ジャンヌさんはアウグストゥスさんを治すと一目散にハンニバルさんの元へ駆け寄る。

(ハンニバル)「止めろ! 俺は戦力にならん! 俺に構う暇があるなら奴を殺せ!」

 血の泡を吐きながらも鬼気迫る形相でハンニバルさんが言うと、ジャンヌさんは苦悶の表情で黒き大騎士に体を向ける。

(ジャンヌ)「死ななないでくださいね!」

 ジャンヌさんはもう一度ハンニバルさんの様子を見て安否を気遣うと、沖田さんたちに叫んだ。

(ジャンヌ)「沖田! 退きなさい!」

 ジャンヌさんの体からレンガも焼き溶かす青き炎が迸る!

(沖田)「やれ! 俺ごと焼き殺せ!」

(ジャンヌ)「沖田! 正気ですか!」

(沖田)「俺はまだたくさん居る! さっさとしろ!」

(ジャンヌ)「くっ! 神よ! お許しください!」

 すべてを焼き尽くす青き炎が黒き大騎士を包む! 沖田さんも!

(黒き大騎士)「■■■■■■■■!」

 沖田さんたちが炭化する! なのに黒き大騎士は黒き大剣の一振りで青き炎を払った! 傷一つ負った様子がない!

(沖田)「勘弁してくれよ? 分裂できるからって、死んだ記憶は一つになるときに味わっちまうんだぜ?」

(ジャンヌ)「か、勝てない!」

(アウグストゥス)「弱気になってる場合じゃねえぞ!」

(ハンニバル)「トルバノーネから戦線が崩壊したと連絡があった! 黒き首なし騎士がなだれ込んでくる! 奥へ黒き大騎士を呼び込め!」

 沖田さんたちが黒き大騎士に攻撃を仕掛ける間にハンニバルさんたちは奥へ逃げ込む!

(沖田)「こっちに来い! この化け物!」

 黒き大騎士が首を動かす?

(ナツメ)「誰かを探している?」

 先ほどから思っていたが、黒き大騎士の爪は甘い。分裂する沖田さんはともかく、同じくらいに厄介なハンニバルさんたちを狙わない。それ以外に狙いがある? そう思うくらい。

(沖田)「こっちへ来いよ!」

 沖田さんの連撃を受けると黒き大騎士は悠然と誘いに乗る。

(ナツメ)「誰かを探しているんだ!」

 沖田さんたちを追いながらもなお首をキョロキョロ動かす黒き大騎士を見て確信する!

 奴の狙いは沖田さんたち英雄以外の誰か! 沖田さんたちはあくまでもついでだ!

(ナツメ)「何で僕をあの時狙った?」

 皆が殺された世界線、黒き大騎士は有り余る兵を僕に向けた。僕よりも厄介な貴族の私兵等は残っているのに?

(ナツメ)「あいつらは! あなた様を狙っている!」

 言うと誰か様が頷いた。

(ナツメ)「こっちだ! こっちへ来い!」

 僕は急いで黒き大騎士に石を投げつける! 黒き大騎士は気にした様子もなく沖田さんたちへ歩む。

(沖田)「止めろ! 大人しく引っ込んでろ! お前じゃ無理だ!」

(ジャンヌ)「気持ちは分かりますが止めなさい!」

(アウグストゥス)「貴様が頑張るのはこの戦いが終わってからだ! 今は引っ込んでろ!」

(ハンニバル)「邪魔をするな! トルバノーネたちが崩れた! すぐに黒き首なし騎士たちが来る!」

 黒き大騎士は沖田さんたちの心配を他所に寡黙に進む。

(ナツメ)「僕は大神ナツメ! お前が狙う大神ナツメだ!」

 時が止まる! 沖田さんもジャンヌさんもアウグストゥスさんもハンニバルさんも動かなくなる! だけど黒き大騎士だけがこちらへ向く!

(ナツメ)「お前たちの狙いは、おじいちゃんが、僕を守ってくれとお願いしたこの人だ! あの時、皆を殺した後、僕を狙ったと思ったけど違う! 本当は僕の傍に居るこの人を狙っていた!」

 黒き大騎士が黒き大剣を振りかぶる!

(ナツメ)「来い! 僕は! お前を倒すために来た! そのために! おじいちゃんと出会った!」

 黒き大騎士が地面を踏み抜いて突撃する!

(ナツメ)「僕は力がない! 死んでもいいと思っていた! だけど今は違う! 死にたくない! 皆にありがとうと言って生きていきたい!」

 いつの間にか剣を持っていた! 振り向くと誰か様が頷く! 頷き返す!

(ナツメ)「僕はもう埃じゃない! 無意味な存在じゃない! たとえ無意味でも、意味を作り出す! 僕が生きているという意味を作り出す! そのために、皆が必要だ! 僕はたった一人にありがとうと言ってもらいたい! そのためにここに居る!」

(黒き大騎士)「■■■■■■■■!」

 黒き大騎士が剣を振り上げる!

 同時に剣を黒き大騎士の胸元へ放つ!

(ナツメ)「僕は! この人に! 誰か様にありがとうと言ってもらえるように! 沖田さんにジャンヌさん! アウグストゥスさんにハンニバルさんにありがとうと言ってもらえるために! トルバノーネたちにありがとうと言ってもらえるために頑張る!」

 さらに時が止まる! 黒き大騎士の動きが止まる!

(ナツメ)「僕は大神ナツメ! 自殺した弱い人間! だけどこの世界で強くなる! 皆と幸せになる! だから! お前らは邪魔だ!」

 剣が、黒き大騎士の胸元を貫いた。

 静寂と共に、時が動き出した。

(沖田)「な、なにが起きた?」

(ジャンヌ)「ナツメが黒き大騎士を倒した?」

(ハンニバル)「あの野郎! 俺よりも奥の手持っているじゃねえか!」

(アウグスティヌス)「これだ! これが俺の望んだ世界だ! ナツメ! お前を必ずローマ皇帝にする!」

(黒き大騎士)「■■■■■■■■!」

 皆が叫ぶと同時に、黒き大騎士も叫んだ!

(黒き大騎士)「タノシイナ!」

 胸から、口元から黒い血を溢れさせながら黒き大騎士が笑う!

(黒き大騎士)「コロシモ! コロサレルノモ! スベテゴラク! タダノマツリ!」

 黒き大騎士が、大剣を再度振りかぶる!

(黒き大騎士)「タノシカッタゾ! エイユウ!」

 沖田さんの一閃が、黒き大騎士の首元を走ると、黒き大騎士の頭は無残に地に落ちた。

(黒き大騎士)「アリガトウ……エイユウ」

 黒き大騎士は一言残して、塵も残さず、消えて行った。

(ハンニバル)「黒き者どもが統率を乱した」

 そしてハンニバルさんが力なく、地面にへたばりながらも、勝利を告げた。

(ハンニバル)「百万の軍勢がそこはかとなく消えて行っているようだ。俺の予想通り、黒き大騎士が居なくなって存在を保てなくなった。あとは、収まるのを待つだけだ。勝つのを待つだけだ」

 ホッとするハンニバルさんを置いておいて、腰の抜けた僕にジャンヌさんとアウグストゥスさんが近寄る

(ジャンヌ)「ナツメ。本当にありがとうございます」

(アウグストゥス)「よくやった。褒美に俺の帝王学を教えてやる。それまで、ぐっすり休め」

(沖田)「全く! 最後の最後で! 美味しいところ持っていかれた!」

 傷だらけの沖田さんを見ると、グッとガッツポーズしていた。

(沖田)「カッコいいぜ! ナツメ! 本当にありがとよ!」

(ハンニバル)「何はともあれ、これで作戦終了だ。ありがとよ、ナツメ」

 ハンニバルさんの発言が終わるとトルバノーネさんたちの勝利の雄たけびが通信機から聞こえた。

 そして、誰か様が僕の頭を撫でて、去って行った。


 僕は、自殺する前に、誰かに頑張ったと、よくやったと言ってほしかった。

 何より僕に、その言葉を告げたかった。

 でもできなかった。

 誰も何も言わず、僕も自分を恥じて言えなかった。

 社会不適合者、努力が足りない、頭が足りない、才能が足りない、怠けている。僕が何もできなかった理由はいくらでも見つけられた。だから僕は何も言えなかった。

 たった一言のありがとうも、言われなかった。

 だから僕は自殺した。

 誰にも、僕すらも、ありがとうと言ってもらえない僕など、必要ないと実感したから。

(ナツメ)「ありがとうございます……」

 だけど今は違う! 僕は自分に! そして他人にありがとうと言ってもらえるようになった!

 おじいちゃんが初めてだった! でも僕は、自分の耳がおかしくなったとも思うようにしていた! 僕みたいなやつが? だって、おじいちゃんに、それは違うって何度も言って欲しかったから! それも今ここで、消えた。

 おじいちゃんは本心から、僕に、ありがとうと言ってくれた! たった一言で! それを表してくれていた!

(ナツメ)「ありがとうございます……」

 初めは沖田さん、次にジャンヌさん、アウグストゥスさん、ハンニバルさん、そしておじいちゃんとの出会い。

(ナツメ)「神様! 本当に! ありがとうございます!」

 出会いが無ければ僕は死んでいた。何もできなかった。たとえ神様の様に凄い人が傍に居ても何もできなかった。ただ見ているだけだった。

(ナツメ)「本当に! ありがとうございます!」

 僕は本心からありがとうと言っていた。上辺じゃない。

 言いたかった。

 ただそれだけだ。

(ナツメ)「そうだよ、前の世界は前の世界だ。だから、一緒にがんばろ?」

 ようやく僕は、今の僕を許せた。

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