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黒き者ども本隊決戦(1/2)

前夜

次は総力戦

 深い谷でエーテル国を囲んで1月、以前の結末での決戦の日が来た。

(ナツメ)「来ないね」

(トルバノーネ最高司令官)「明らかに警戒しているな」

 1月経ったけど黒き者どもは攻めてこない。谷の向こう側でウロウロしているだけだ。

(ハンニバル)「谷を超えられる黒き首なし騎士が集まるのを待っているだけだ」

 ハンニバルさんが双眼鏡を覗きながら言う。

(ナツメ)「でも、万が一外れたら兵糧攻めにあっちゃうんじゃ」

(トルバノーネ最高司令官)「自分で攻めてくるって言っただろ。自信持て!」

(ナツメ)「だって! ずっと向こう側でこっちの様子を見てるんだよ! 気持ち悪いよ!」

(ハンニバル)「予想以上に俺たちが万全だから躊躇しているんだろう。何せ向こうの首なし騎士の数はせいぜい一万。二十五万だ」

(トルバノーネ最高司令官)「2週間くらい前なら無駄死にの黒き者ども含めて100体でも突っ込んできたのにな」

(ハンニバル)「少しは脳のある奴が出てきたようだ」

 ハンニバルさんと一緒にじっと谷の向こう側でこちらを観察する黒き首なし騎士たちを見つめる。以前は黒き者どもも混じって観察してきたけど、今は1体も居ないし、無残に突っ込んでくる奴も居ない。

(沖田)「ハンニバル、谷をぐるっと見てきたが、よじ登ってくる黒き者どもは居なかったぞ」

(ハンニバル)「ありがとう。黒き巨人は?」

(沖田)「1体だけ居た。また前みたいに大岩を投げつけてきたから蹴り返してやったよ」

(ハンニバル)「1体だけか」

(沖田)「たった1体だけだ。退屈で仕方ねえ」

 刀を抜くとぶんぶんと振り回す。口調は明るいけど言葉遣いと目つきから苛立ちを感じる。

(沖田)「また見回りに行ってくる」

(ハンニバル)「無茶をするなよ」

(沖田)「たまには無茶したいぜ」

 沖田さんが走り去るとため息が出る。

(ナツメ)「大丈夫かな?」

(ハンニバル)「動き回ったほうが気がまぎれる。まだまだ若い証拠だ」

(ナツメ)「ハンニバルさんも若いよ?」

(ハンニバル)「若返ったからな。いつの間にか二十代だ」

(ナツメ)「いつの間にか?」

(ハンニバル)「あの娘が気を利かせたのだろう。あいつは俺たちが心の奥で望む願望を叶える能力もくれた。ただ、そういうのに限って、強力だが諸刃の剣となっちまうんだが」

 ハンニバルさんは目線を谷の向こう側に戻す。

(ハンニバル)「黒き者どもだけじゃなく、黒き巨人も減っている。いい傾向だ」

(ナツメ)「いい傾向なの?」

(ハンニバル)「黒き首なし騎士の対策に集中できるからな。トルバノーネ、黒き首なし騎士用の陣を取ってくれ」

(トルバノーネ最高司令官)「良いだろう」

(ハンニバル)「弓兵の人数や配置、休憩時間等すべてこれまで通りお前たちに任せる。ただ、できるだけ休ませてくれ。そろそろ疲れが出るころだ」

(トルバノーネ最高司令官)「分かっている。俺たちは敗れたとはいえ戦慣れしている。皆自己管理等もしっかりできるし、どこが狙われそうかもこの1月で把握した。だから俺たちの心配はするな。それよりアウグストゥスにジャンヌ、沖田をフォローしてやれ」

(ハンニバル)「ありがとう」

 ハンニバルさんが走り出すとトルバノーネさんに背中を叩かれる。

(トルバノーネ最高司令官)「お前も行ってハンニバルをフォローしてやれ。さすがに疲れてくる頃だ」

 トルバノーネさんがハンニバルさんの背中を心配そうに見つめながら言う。

(ナツメ)「分かりました。行ってきます」

 僕はそれに従い、ハンニバルさんの後を追った。


(アウグストゥス)「いったい何時になったら奴らはこっちに来る! もう1月経ったぞ!」

 エーテル城の玉座に行くなり、玉座で貧乏ゆすりをするアウグストゥスさんに怒鳴られる。

(ハンニバル)「向こうは警戒している。おそらくあと1月もしないうちに突っ込んでくる」

(アウグストゥス)「1月! それまで俺は人形遊びを続けなくちゃいけないのか!」

 ワインを持ってきた侍女を目で帰らせるとさらに激昂を上げる。

(アウグストゥス)「いったい何時まで洗脳を続けさせる! さすがに飽きてきたぞ!」

(ハンニバル)「アウグストゥス、気持ちは分かるが落ち着いてくれ」

(アウグストゥス)「落ち着け! 俺の思った通りにしか動かない人形を周りに置いて落ち着け! 退屈の極みだ! 最初は楽しかったが三日もすれば飽きる! 美人と同じだ! 女を抱いてみたがどいつもこいつも俺が凄いと言うだけだ! 違うだろ? そこはもっと、具体的に褒めるべきだ! しかも俺が望む以上の誉め言葉で! 俺が我を忘れるほどの美しい言葉と仕草で股を開くべきだ! なのに新生ローマ帝国バンザイ! 新生ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス様バンザイしか言わない! そんなことすでに分かっている! それよりも欲しいのは! もっと具体的なバンザイだ! 例えば水路を作ってくれてありがとう! 宮殿を建ててくれてありがとう! 土地を広げてくれてありがとう! 国を豊かにしてくれてありがとう! 友達を増やしてくれてありがとう! 労働力を増やしてくれてありがとう! 素晴らしい政策を考えてくれてありがとうだ! 俺はイエスマンが欲しい! だが洗脳した人形など欲しくない! 良いか! 俺はイエスマンを作りたいんだ! 俺ならたとえ俺に反感を持つ者も、俺より頭がいい者も全員イエスマンにさせる! 俺の凄さを実感する! 俺は実感させたいんだ! 俺がアウグストゥスと理解させたいんだ! こいつらは理解していない! ただ台本を読み上げているだけだ! 何時も何時も!」

 言い切るとアウグストゥスさんはぐったりと玉座で項垂れる。

(ハンニバル)「少し眠ったほうが良い。ここ1月起きっぱなしだろ?」

 アウグストゥスさんは項垂れながら首を振る。

(アウグストゥス)「意識が無くなると洗脳が解ける可能性がある。心配するな。ナツメが用意したエリクサーがある。眠らなくても大丈夫だ」

 アウグストゥスさんは立ち上がると顔を撫でる。

(アウグストゥス)「怒鳴ったりして悪かった。牢獄へ戻るから、もう行ってくれ」

(ナツメ)「また牢獄に行くんですか? たまには自室で休んだ方が」

(アウグストゥス)「自室だとまた侍女に死ねと八つ当たりしてしまうかもしれない。そしてまた1万の自殺者を出す」

 1週間前に、アウグストゥスさんは苛立ちから侍女に死ねと言ってしまった。ワインの注ぎ方が気に入らなかったという言いがかりだったけど、アウグストゥスさんも本心じゃなったはずだ。たとえ思っても、すぐに忘れるような小さな八つ当たりだった。だけどそこからが悲惨だった。

 アウグストゥスさんの洗脳は伝染する。

 死ねと命じられた侍女が次々と他の洗脳された人たちを洗脳した。結果、1万人の自殺者を出してしまった。もしもトルバノーネさんたちが止めなければもっと被害は増えていただろう。

 幸いというか、おじいちゃんが暮れた箱から出てきた洗脳を防ぐアイテムとエリクサー、そしてハンニバルさんが居たおかげで被害は1万人で済んだ。

 洗脳を防ぐアイテムでトルバノーネさんたちは止めることができたし、エリクサーには洗脳を解く効果もあった。何よりハンニバルさんが洗脳された者の位置を割り出してくれたことが大きかった。

 それでも1万人が死んでしまった。

 アウグストゥスさんは後悔し、牢獄に住むようになり、滅多に顔を出さなくなった。時折玉座に来るけどそれはハンニバルさんが報告に来るときに限定している。

 だからハンニバルさんが去るとずっと1人で牢獄で身を隠す。

 これ以上死者を出さないように。

 何より、自分を罰する様に。

(アウグストゥス)「俺は己を罰してなどいない。ただ、未来を見据えた上での行動だ。あの屑どもを殺しつくしたらすぐに玉座でふんぞり返る」

 アウグストゥスさんが僕たちの横を通り過ぎる時に呟く。

 それがとても悲しくて、僕は元気づけたくて仕方なかった。

(ナツメ)「お風呂に入りませんか? 1週間前から入っていないでしょ? 久しぶりに皆で」

 アウグストゥスさんが立ち止まる。

(アウグストゥス)「1週間? そんなに入ってないのか?」

 時間の間隔を忘れている。1日中起きているから当然なのかもしれない。

(ナツメ)「そうです! ですから、たまにはお風呂に入りましょう。ほら! 1月前は嫌がるジャンヌさんを無理やりお風呂場に連れて行ったじゃないですか! あの時みたいに!」

 アウグストゥスさんが失笑する。

(アウグストゥス)「あの時はジャンヌに顔を蹴飛ばされたぞ?」

(ナツメ)「でも誘ってみるくらいはいいじゃないですか!」

 アウグストゥスさんは楽しそうに笑う。

(アウグストゥス)「そうだな。久々に風呂に入ろう」

(ナツメ)「はい! その時はワインとおつまみ用意します!」

 ぐしゃりとアウグストゥスさんの手が僕の頭を撫でる。

(アウグストゥス)「お前は本当に良い子だ。実を言うと、私はお前を後継者にしても良いと考えているのだぞ? だから、この大陸の支配者と自覚させた」

(ナツメ)「その話、1週間前に聞きました!」

 アウグストゥスさんが顔をしかめる。

(アウグストゥス)「そういうときは! 驚いて跪く! 次からそうしろ!」

(ナツメ)「はい!」

(アウグストゥス)「全く! 声だけは理想のイエスマンだ!」

 バタンとアウグストゥスさんが出て行くとハンニバルさんが頭を撫でてくる。

(ハンニバル「ありがとよ。正直、俺だとあいつの荒んだ心を癒せない。そして、ジャンヌも、沖田も」

(ナツメ)「ハンニバルさん……」

(ハンニバル)「俺はどうしても理詰めになる。だがこんな極限状態で理詰めは通用しない。当然だ。その理が本当に正しいか、証明する時は、数万の死体が積みあがる時だからな」

 ハンニバルさんの声には後悔と無念が伝わってくる。

 ハンニバルさんは理詰めで軍を従えた人だ。

 それは戦歴とカリスマによって支えられたものだ。

 でも今は違う。

 僕たちは黒き者どもに煮え湯を飲ませられ続けた。

 ハンニバルさんは黒き者どもの大軍を実質一人で退け続けた戦歴がある。

 でもそれもカリスマも、黒き者どもを恐れる極限状態の人には無価値だった。

 言い方は悪いが、ハンニバルさんは、周りから見れば、非難するに値する人だった。

 でもこの戦いで変わる。この戦いが過ぎれば変わる。

 だって今なお、黒き者どもによる戦死者を出していない。

 トルバノーネさんたちやアウグストゥスさん、ジャンヌさん、沖田さんが居たおかげもある。でも指示を出したのはハンニバルさん。そして、今も頑張って皆を纏めようとしているのもハンニバルさんだ。

 ハンニバルさんはずい分と変わったと思う。

 理詰めから、人に歩み寄るようになり、心も詰めようとしている。

 それでも理解されないハンニバルさんが悲しかった。

 アウグストゥスさんもジャンヌさんも沖田さんもトルバノーネさんたちも理解しようとしている。だけど焦っている。その時非難のはけ口を買って出るのはハンニバルさんだ。

 ハンニバルさんだって、文句の一つも言いたいだろうに、ぐっと耐えている。

 その姿は、本当に悲しくも、力強く、誇らしい英雄の姿だった。

(ナツメ)「お風呂に入りましょう。そしてアウグストゥスさんたちと一緒にお酒を飲みましょう」

 ハンニバルさんがくんくんと服の臭いを嗅ぐ。

(ハンニバル)「そうだな。2月ぶりの風呂を味わうか。ついでに洗濯もするか」

(ナツメ)「お風呂に入る前にまず体を念入りに洗って垢を落としてください。洗濯は僕がしますから脱衣所のハンニバルさん専用の籠に入れておいてください。あと着替えは僕が用意しますから黙ってそれに着替えてください」

(ハンニバル)「何怒ってんだ?」

(ナツメ)「呆れているだけです」

 無駄話もそこそこにジャンヌさんの部屋の前に立つ。

(ナツメ)「失礼します。ジャンヌさん? ナツメとハンニバルさんです。お時間よろしいですか?」

(ジャンヌ)「大丈夫です。入ってください」

 ノックすると返事があったのでそっと中に入る。

(ナツメ)「ジャンヌさん、お祈りですか?」

(ジャンヌ)「ええ。心が休まります」

(ナツメ)「その、この1月ずっとその体勢じゃないんですか?」

(ジャンヌ)「いえいえ、この姿勢が一番楽なんです」

 ジャンヌさんは十字架を握りしめて、跪いてひたすら祈っていた。ここ1月、ジャンヌさんはひたすら祈っていた。祈るのを止めたのは、僕たちと一緒にお風呂に入った1週間前のその時だけ。そしてお風呂から上がってすぐにまた祈る。

 ジャンヌさんもアウグストゥスさんと同じように、一睡もしていない。

(ハンニバル)「お前の能力はハンニバル以上に協力だ。これまで1度も能力は解けなかった。気絶した時も。少しは休んだらどうだ?」

 能力とは洗脳のことだけど、ハンニバルさんは遠慮して遠まわしに伝えた。それでもジャンヌさんにとって非常に嫌な言葉なのだろう。体ががくがくと震え始めた。

(ジャンヌ)「この力は神に仇名す力です! 祈り続けなければ、いつ天罰が下るか! いえ! 天罰が下るのは良い! それを望みます! ですが今はダメなのです! ですから祈らなければならないのです!」

 ハンニバルさんが言葉を無くす。

 ジャンヌさんは僕たちの中で一番頑固だ。特に自責の念を抱いてしまうと狂乱状態になる。

 しかし慰めてもダメだ。だって、ジャンヌさんを慰める役目は神様だ。僕たちの言葉など、神様に比べてどれほどちっぽけなものか。

 だから僕はジャンヌさんと共に祈る。

 僕たちは仲間だ。

 だからジャンヌさんの罪を僕たちも背負う。

(ナツメ)「ハンニバルさん。僕の言葉を復唱してくれませんか?」

 ハンニバルさんはため息を吐く。

(ハンニバル)「拙いし、1週間ぶりだが一生懸命祈らせてもらうよ」

 ジャンヌさんの前に回り込んで、震える両手を両手で包み込むと祈る。

(ナツメ)「天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。

     み国が来ますように。

     みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。

     わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

     わたしたちの罪をお許しください。

     わたしたちも人をゆるします。

     わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください」

(ナツメの祈りが終わる)

(ナツメ)「僕たちは仲間です。友です。クリスチャンです! だから1人で悩まないでください。悔やまないでください。僕たちも一緒に、悩み、悔やませてください」

(ジャンヌ)「ナツメ……」

 ジャンヌさんの手の震えが小さくなる。

(ジャンヌ)「ですが私の罪は大きいです。魔女と呼ばれても当然なほどに」

(ナツメ)「ジャンヌさん……」

(ジャンヌ)「ありがとうございます。ですがこれは私の罪です。あなたたちまで裁かれることはない。いえ、神はあなたたちを裁きません。あなたたちのような良い人を、神が罪深き私と一緒に裁くなど」

(ハンニバル)「ジャンヌ、己惚れるのもいい加減にしろよ?」

 ハンニバルさんを見ると静かにしろと、しっと唇に人差し指を当てていた。

(ハンニバル)「この作戦は俺が立案した。そして皆が賛同した。つまりお前が洗脳した責任は立案者の俺であり、それに賛同した全員ということになる」

(ジャンヌ)「い、いえ、あなたたちの判断は当然のことです。私はエーテル教を説き伏せることも何もできなかった。ただ操ることしか出来なかった。紛れもなく私の罪です」

(ハンニバル)「それで俺たちは助かってる! お前が洗脳したおかげで俺の作戦は上手くいっている! それなのに全部お前の責任か!」

(ジャンヌ)「は、話を逸らさないでください!」

(ハンニバル)「話を逸らしているのはお前だ!」

 ハンニバルさんはあぐらをかくとどっかりと、堂々と語る。

(ハンニバル)「本題の前に回り道をする。お前、戦争ってもんは誰の責任だ?」

(ジャンヌ)「せ、戦争の責任?」

(ハンニバル)「そうよ。俺自身全く考えたこと無かったが、この際一緒に考えてみようか」

(ジャンヌ)「考えるも何も……そんなこと答えられません!」

(ハンニバル)「そうだ! 答えられない! だが無理やり俺は答える! 戦争ってもんは、俺たちが悪いんだ」

(ジャンヌ)「私たちが?」

(ハンニバル)「例えば、俺はローマと戦った。あの時カルタゴ全員がローマと戦争しないと言ったら戦争なんぞ起きなかった。それはローマも同じだ」

(ジャンヌ)「そ、それは詭弁です!」

(ハンニバル)「しかしな? フランスの王様を決めようなんて馬鹿げた争いが無ければ、お前の小麦畑も焼かれずに済んだ」

(ジャンヌ)「そ、それは時代です! あの時はそうするしかなかっただけです!」

(ハンニバル)「そうだ! そうするしかなかった。それは現状にも言える事だろ?」

(ジャンヌ)「違います! あの時の私と今の私では持っている力が違います! あの時はただの旗持ちでした! ですが今は信徒を操れるほどの力を持っています!」

(ハンニバル)「なるほど。確かにお前は数万の信徒を操れる」

(ジャンヌ)「信徒ではありません! ただの民です! 私はそれを踏みにじった」

(ハンニバル)「しかし俺たちはそれで助かっている」

(ジャンヌ)「ですからそれはあなたたちではなく、そうすることしか出来なかった私に責任があるのです!」

(ハンニバル)「それが己惚れなんだよ!」

 ジャンヌさんが口をパクパクさせる。

(ジャンヌ)「己惚れとは何ですか!」

(ハンニバル)「ならば聞くぞ! お前はこの戦いが済んだら神に裁かれるのか?」

(ジャンヌ)「神はそれを望みます!」

(ハンニバル)「この戦いが済んでも世界中に黒き者どもが居る! そいつらを無視して死ぬ気か!」

(ジャンヌ)「ち、違います! 私よりも素晴らしいクリスチャンが現れます! ナツメやあなたのような人が!」

(ハンニバル)「洗脳術はお前の能力だろ!」

(ジャンヌ)「こんな忌むべき力など必要ありません!」

(ハンニバル)「今は必要なんだよ! 黒き者どものせいで!」

(ジャンヌ)「く、黒き者どもの……」

(ハンニバル)「お前一人が死んだくらいで責任が取れると思っているのか! 戦争は数千数万数千万の人が死ぬんだぞ!」

 ハンニバルさんはジャンヌさんが怯んだ隙に攻め入る。

(ハンニバル)「お前みたいな小娘が火あぶりにされたくらいで戦争が済むと思うか? 憎しみが終わると思うか?」

(ジャンヌ)「な、なな、ななな! 何が言いたいのですか!」

(ハンニバル)「お前が処刑されたのはお前のせいじゃない。だが民のせいでもない。王族のせいでも神のせいでもない。ただ、その時代に生きる全員が悪かった」

(ジャンヌ)「しかし! その……私が火あぶりにされたのは! 民に罪はありません! ですが権力争いという悪がありました! ですが私は許しました!」

(ハンニバル)「ならば許すのは権力だけじゃなく、火あぶりの時に居た民も、命じた奴も、指示した奴も、助けようとも間に合わなかった奴も、見捨てた奴も、望んだ奴も、お前が考えるすべての人と、お前も考えられないすべての人間だ」

 ジャンヌさんの震えは止まっていた。そして瞳に力強さが戻っていた。

 ギュッと両手を握りしめると、ジャンヌさんは僕にニッコリ笑いかけてハンニバルさんを見る。

 ハンニバルさんの答えを聞くために。

(ジャンヌ)「もはや主に助けを求めません。あなたは私個人に戦いを挑んだ。ならば主に祈ってはダメです。なぜならば私は私の罪を許していただくために祈る。主を思うために祈る。ですがあなたは私でなく主を責めている! 私のような小娘が祈るようなと馬鹿にしている! ならば私はそれに弁解しなくてはならない! 私は主に祈る! あなたに負けて祈るようでは、主があなたに負けたと道理となる! だから私は弁解する! 私の罪は私だと!」

 ジャンヌさんの手を離すとジャンヌさんは立ち上がる。そしてハンニバルさんも立ち上がる。

(ハンニバル)「少しばかり、楽しくなってきたよ」

(ジャンヌ)「私は楽しくありません。ですが怒りを覚えました。あなたは私を通して神を侮辱する! 高が小娘ごときを見下した程度で、神を見下した気になっている!」

(ハンニバル)「事実だ! クリスチャン! お前が主に祈るたびに俺は主を見下す!」

(ジャンヌ)「ありがとうございます、ハンニバル! あなたのおかげで目が覚めました! 私は主に祈っていなかった! ただ自分を慰めていただけだ!」

(ハンニバル)「聞かせてもらうぞ! 主の言葉を! そして認めされる! 俺の考えを!」

 ハンニバルさんが咳払いする。

(ハンニバル)「まず俺から言おう。お前の自責の念は正しい」

(ジャンヌ)「以前の私ならばぐさりと来ますね」

(ハンニバル)「今のお前は?」

(ジャンヌ)「ぐさりと来ます。ですが以前よりもあなたの顔を見て言えます」

(ハンニバル)「言ってみろ」

(ジャンヌ)「私の自責の念は正しいとか間違っているとかいう問題ではありません。ただ、私がエーテル国民を操った。キリスト教の教えを伝えて操ってしまった。それが最大の罪です」

(ハンニバル)「確かにキリスト教を伝えられるのはお前だけだ。反論に難しい返答だ。だから言う。お前の力は俺たちに必要だ。そしてお前の罪のおかげで助かっている。分かるな?」

(ジャンヌ)「以前の私なら反論しますが、認めます。あなたたちに罪はない。ですがそれによってあなたたちを助けられている。あなたたちに罪があると認められません。ですが事実は認めます」

(ハンニバル)「俺たちの罪は認められない。その言葉に反論する。だから黙って聞いてくれるか?」

(ジャンヌ)「認めます。それであなたたちに理があれば、私が愚かであったことも」

(ハンニバル)「ならば反論してもらおう。お前は、たった一人が責任を負うだけで、戦争というものが許されると思うか?」

(ジャンヌ)「たとえば?」

(ハンニバル)「俺はローマと戦った。俺に罪はあるか? スキピオに罪はあるか?」

(ジャンヌ)「ずるい人ですね」

(ハンニバル)「だからこそ言う。お前の火刑は、お前の責か?」

(ジャンヌ)「そうですね……ここで私が悪いと言いたいですが、それは逃げでしょう。誰も悪くはありません! あなたも悪くありません! スキピオも! 誰も悪くありません!」

(ハンニバル)「ならば誰が悪い!」

(ジャンヌ)「先の問いと矛盾しますが、すべての人が悪い! ローマ国民が反対すれば、カルタゴ国民が反対すれば戦争は起こらなかった! フランスの権力争いが無ければ私は火刑にならなかった! 私にもっと力があれば兵士は死なずに済んだ! すべて! 私たちが悪いのです」

(ハンニバル)「宗教に詳しくないが、俺たちに罪があるとすれば、それが戦争だ」

(ジャンヌ)「認めたく無い言葉です」

(ハンニバル)「だが少しは分かるだろ? 戦争はたった一人が死んで丸く収まる物じゃない。たった一人が責任を負って終わることじゃない。たとえ表面上終わっても、なんらかの罰が来る。それが圧政か何かは知らない。だが皆が止めろと言えばそうならなかった。そしてそれは向こうも同じだ。勝者にも恨みという罰が来る。それを良しとしようと理不尽と思おうと全く無意味だ。なぜなら、それが、お前と俺たちが背負う罪なのだ」

(ジャンヌ)「言いすぎです。声の届かぬも者も居る。その者が責められるなど主の意思ではない。ですが、それを助けられないことは、紛れもなく私たちの罪でしょう」

(ハンニバル)「ならば声の届かぬ者を助けるのが俺たちの役目だ。そしてそれはこの世界に住む全員に当てはまる! 黒き者どもを殺しつくす。もしもそれをせずに倒れるのならば、それこそが真の罪だ。違うか? 俺はクリスチャンではないが、神は、今この場でお前を裁くことはしない。すべてが済んでからだ。それが済んでから、改めて己の罪を悔いろ。その時は、俺たちも一緒に祈ってやる」

 ジャンヌさんが苦笑した。

(ジャンヌ)「私の罪は私の罪。ですが、背負ってくれるのならば、私はありがたく手を取ります。そして同時に、あなたの罪を背負います。一緒に、償ってください」

 ハンニバルさんがにっかり笑う。

(ハンニバル)「なら、握手しようか」

 ハンニバルさんが手を差し出す。

 ジャンヌさんはそっぽを向く。

(ハンニバル)「お前? この状況で握手しないの?」

(ジャンヌ)「その……今まで我慢してきましたけど臭いが……せめて香水をつけてください」

 ゴホゴホと鼻と口を覆うジャンヌさんを見て、ハンニバルさんは自分の袖の臭いを嗅ぐ。

(ハンニバル)「香しい良い匂いじゃねえか?」

(ナツメ)「次は沖田さんのところに行きましょう。あ、そうだ! ジャンヌさん! 一緒にお風呂入りましょう! 今度は1週間前みたいになりませんから」

(ハンニバル)「だいたいてめえ今の言葉1週間前にも言ったぞ! どんだけ鳥頭なんだ?」

 鼻くそほじり始めるハンニバルさん。

(ナツメ)「ハンニバルさんちょっと黙ってください」

 とりあえず裏拳を一発かまして部屋を出る。

(ナツメ)「とにかく! 皆で気晴らししましょう!」

 ジャンヌさんはニッコリ笑う。

(ジャンヌ)「ナツメ……本当にありがとうございます」

(ハンニバル)「俺に礼はねえのかよ!」

(ジャンヌ)「あなたはとりかく風呂に入りなさい。そして溺死しなさい。口パクで主の祈りを捧げたことは絶対に許しません!」

(ハンニバル)「何怒ってんだお前? というかナツメ? 鼻から指が抜けねえ? 根元までぶっ刺さってんだけど?」

(ナツメ)「沖田さんのところへ行きましょう。僕が引っ張っていきますから」

 ズルズルとハンニバルさんを引きづって、沖田さんの部屋に行った。


(沖田)「ナツメ! 久しぶりだな!」

(沖田)「何言ってんだ! さっき会っただろ!」

(沖田)「俺は1月ぶりだぞ!」

(沖田)「よお! また一緒に風呂入ろうぜ!」

(沖田)「洗濯物溜まってんだ! 悪いけど洗ってくれ」

(沖田)「さっき干しただろ?」

(ナツメ)「えっと、すいません! 一人ずつ喋ってください!」

 沖田さんの部屋に行くと沖田さんだらけだった。

(沖田)「ふー! 良い湯だった」

(沖田)「何で着替えがねえんだよ? フルチンでいなきゃならねえのか?」

(沖田)「チンがねえだろ」

(沖田)「しっかしこんだけの俺が集まると蒸し暑いな」

(沖田)「くっそ暑い」

(沖田)「また風呂入らねえといけねえじゃねえか!」

(ナツメ)「ごめんなさい、沖田さん。一斉に脱がないでください!」

 分身ではなく本物を生み出せる沖田さんの部屋はカオスだった。

 沖田さんは凄く綺麗な女性(転生前は男性だったけど)だから無防備な体を見ると嫌でも体が熱くなる。

(沖田)「んなこと言ったって暑いから仕方ねえだろ」

(沖田)「服も無いし」

(沖田)「そろそろ元に戻る頃合いかな?」

(沖田)「やだよ! また誰が俺か分からなくなっちまう」

(沖田)「もうこのままでいいんじゃね?」

(沖田)「それにしても風呂の時間はまだかな? もう上がって来いよ」

(沖田)「あつい! あつい! 我慢できねえ!」

(ナツメ)「だから脱がないでくださいって!」

 ハーレムだけど心臓が痛くて仕方ない! というか鼻血が出そう。

(ハンニバル)「そろそろ一人に戻ったほうが良い。情報をまとめ上げた方がお前のためだし、何より混乱してしまう。俺たちも一緒に」

(沖田)「混乱?」

(ハンニバル)「見張り兵が何度もお前たちから報告を受ける。それは良い。見回りを頼んだのは俺だからな。だが同じ人物が数分おきに違うことを言うと混乱してしまう」

(沖田)「そんなの分かってたことだろ?」

(ハンニバル)「確かに報告はその通りだ。しかしお前、自分自身を統一できていないだろ? 生み出した自分、悪く言えば分身の行動や言動を把握していない。だから、お前なんて知らないとか、約束なんてしてないとか、約束しただろとかもめ事を起こす」

(沖田)「だ、だから、それを何とかするのがお前の役目で」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「そうだそうだ!」」」」」」」」」」」」」」」」

(ハンニバル)「何より、お前たちのおかげで衣類も食料も風呂も寝どこも一人分の一千倍はかかっている」

(沖田)「何だよ! そんなの覚悟していたことだろ!」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「そうだそうだ!」」」」」」」」」」」」」」」」

(ハンニバル)「俺がお前に求めたのは単体軍隊、ワンマンアーミーだ。お前の能力ならお前一人で千人分の仕事ができる。だがそれで千人分の負担が合ったら意味ないだろ!」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「それも覚悟の上だろ!」」」」」」」」」」」」」」」」

(ナツメ)「えっと、別に沖田さんが沢山居ても問題ないですし、そんなうるさく言わなくてもいいんじゃないですか?」

(ハンニバル)「こいつのおかげで予定よりも千人分の食料に寝床! 衣服が消費されているんだぞ! 別に武器や鎧なら文句ない! だがそれ以外の物まで消費されたら俺の計画が狂うだろ!」

(ナツメ)「まあまあ、沖田さんが増えて見張りの人も休息できる時間が多くなったって聞きますし、抑えて抑えて」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「ナツメ!」」」」」」」」」」」」」」」」

 沖田さんたちにもみくちゃにされる! 鼻血が!

(沖田)「お前本当に良い女だな!」

(沖田)「キスしてやろうか!」

(沖田)「そろそろ風呂入るか!」

(沖田)「俺が巨人を倒した話たっぷり聞かせてやるよ!」

(沖田)「なあなあ! お前が作った飴玉ないのか! また食いてえ!」

(沖田)「ハンニバル! お前くさいから出て行け!」

(ハンニバル)「一斉に喋るんじゃねえ! 何言っているのか分からねえだろ! あと俺を臭いと沖田は表出ろ。そこのお前だよお前! この臭いは男の臭いだ! 香ばしい香りだ!」

(沖田)「気持ちわり」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「風呂入ろうぜ!」」」」」」」」」」」」」」」」

 ドドドドドっと担ぎ上げられて運ばれる。

(ナツメ)「沖田さん! 服着てください! あと僕は男です!」

(沖田)「こまけえこたいいんだよ!」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「いいんだよ!」」」」」」」」」」」」」」」」

(ハンニバル)「おい! 俺を無視するな! というか俺はお前を説教しに来たんだぞ! 嗜好品を嗜むな! 少なくとも他人よりも十倍消費するのは止めろ! 嗜みたかったら1人に戻れ!」

(沖田)「こまけえこたいいんだよ!」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「いいんだよ!」」」」」」」」」」」」」」」」

(ナツメ)「全然細かくない気がする!」

 そして脱衣所でひん剥かれる。

(ナツメ)「自分で脱ぎますから!」

(沖田)「何怖がってんだ!」

(沖田)「女同士だから遠慮するな!」

(沖田)「俺たちは男だぞ!」

(沖田)「こまけえこたいいんだよ!」

(沖田)「久々の女だ!」

(ナツメ)「僕は男です!」

 湯船に使う。良いお湯だ。

(沖田)「お前本当に男だったんだな!」

(沖田)「女だと思ったけどな!」

(沖田)「女じゃなければ抱いてやったのによ!」

(沖田)「俺は女だぞ! 馬鹿ことしたもんだ!」

(ナツメ)「あの、離れてくれませんか?」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「どうして?」」」」」」」」」」」」」」」」

(ナツメ)「鼻血が止まらないんです!」

 眩暈がする。熱気もある。目を開ければ見た事も無い世界が広がっている。だから目を閉じる。だから離れて欲しい。柔らかい肌の感触がすると気が狂いそうだから!

(沖田)「どうした? 何か顔が赤いぜ?」

(ナツメ)「沖田さんは女でしょ! 少しは恥じらいを持ってください!」

(沖田)「恥じらいもくそも俺は男だからな」

(ナツメ)「今は女の子でしょ! 僕だって男なんですから!」

 正直、女の子に興味なんて無かった。嫌われていると分かっていたから。

 でもここに来て、ジャンヌさんと沖田さんに出会った。

 二人は僕を友達と、仲間として接してくれる。

 そうすると、ホッとすると同時に突然欲が出てきた。

 もっと仲良くなりたい。友達以上に、仲間以上に。

 そしてその思いはとても怖く感じた。

 今僕は目を開けたら、その思いに突き動かされて、とんでもないことをしてしまう。

(沖田)「馬鹿かお前? 俺は沖田総司だぞ? 誰が俺に興奮するんだ?」

(ナツメ)「僕が居るでしょ! いくら何でもバカにし過ぎです!」

 言うと浴室に声が響き渡り、そして次に耳が痛くなるほどシンと静まり返る。

(ナツメ)「ご、ごめんなさい! 僕もうあがります!」

 自分が嫌いで仕方なくなる。もしかして、僕はこれが原因で嫌われたのか?

(沖田)「待てよ。目を瞑ったまま走るとたんこぶができるぜ」

 湯船から上がろうとすると沖田さんに抑えられる。

(沖田)「しばらく目を瞑ってろ。別に目を開けててもいいけどな」

 ザブンと沖田さんが立ち上がる。

(沖田)「真面目な話だ。そろそろ分身は止めようぜ」

(沖田)「「「「「「「「「「「「「「「「嫌だなーでもしょうがねえか」」」」」」」」」」」」」」」」

 ざぶざぶと沖田さんたちが湯ぶねを歩く。

(沖田)「ナツメ。やっぱし目を開けてくれ」

(ナツメ)「えっ?」

(沖田)「目を開けろ。そして俺を見ろ。そして、それでも興奮できるか教えてくれ」

 目を開けろ? 見てよいの? みたくない。僕は沖田さんを傷つけたくない。

(沖田)「目を開けてくれ。そうしないと俺はお前が大嫌いになっちまうぞ?」

 嫌いになると言葉を聞いて身がすくみ、恐る恐る目を開ける。沖田さんたちが手を取り合っていた。

(沖田)「正直に言うが、目に良いもんじゃねえぞ」

 沖田さんのような美少女の裸体を見れるなどと喜べなかった。苦悶の表情で目を逸らしたかった。

(沖田)「俺は経験から、黒き者どもを倒すには人数が必要だと思った。だがしかし、まさか分身を作り出せる能力をもらい受けるとは思わなかった! ちっとも嬉しくねえ! 確かに戦いには便利だ! だがそれよりも仲間が欲しかった! 新選組と同じ! それ以上に熱くなれる仲間が! 自分を増やしてもちっとも面白くねえ! 俺は俺一人! 沖田総司は一人で十分だ!」

 どろどろに沖田さんたちが溶ける。そして溶けた肉片が集まり、一つの沖田さんに戻る。

(沖田)「これでもまだ興奮できるか? 俺を襲う気になるか?」

 僕は沖田さんの顔を見られなくて俯く。

 惨い。感想はそれだけだった。

 一つに戻るのに体を溶かす必要がある。多大なる苦痛と覚悟を持たなくてはならない。

 何より、己が増えたという状況をどうやって受け入れるのか。

 誰が本当の沖田さんなのか? 誰にも分らない。

 いや、僕が考えても沖田さんの辛さは分からない。

 ただ苦悶の表情を見るのが嫌だった。

(沖田)「お前は良い奴だ。初めて女が良い奴に惹かれる理由が分かった」

 沖田さんが隣に座る。

(沖田)「おっぱい触ってみるか?」

(ナツメ)「沖田さん!」

(沖田)「怒るなって。俺も触って欲しいと思ってんだぜ」

(ナツメ)「はぁ?」

(沖田)「言っただろ? 俺はお前が気に入った」

(ナツメ)「言ってませんよ?」

(沖田)「言ってませんよ? なら今言う。俺はお前が気に入った! ちょいと、遊んでみるか?」

(ナツメ)「だから! 怒りますよ!」

(沖田)「俺が遊んでみたかったから言っただけだ。気にするな」

(ナツメ)「あ、遊ぶ?」

(沖田)「興奮する男をあしらうのは楽しいってことだ」

(ナツメ)「いい加減にしてください!」

(沖田)「まあまあ、酒でも飲んで落ち着こうぜ」

 沖田さんは事前に用意していたお酒を飲む。ご丁寧にお盆を湯船に浮かせる意気な姿で。

(沖田)「俺が言えるのはただ一つ。お前が俺を好きになってくれて嬉しかった。それだけだ」

(ナツメ)「嬉しかった?」

(沖田)「嫌いな女を抱きたいと思う男なんていやしねえ。男が抱きたいと思った奴は、どんなに誤魔化しても好きな奴だ。男だった俺だから分かる」

 にっかりと笑われると何も言えなくなる。

(沖田)「しっかし、お前は俺が好きなのかー。男に惚れられるのは初めてじゃないが、さすがに戸惑うぜ」

(ナツメ)「えっと? どういうことです?」

(沖田)「新選組に居たときは男しか居なかったからよく惚れられた。まあ全部下半身の迷いごとだけどな」

(ナツメ)「えーと?」

(沖田)「つまり、意外とホモ友達が多かったって話だ」

(ナツメ)「ほ、ホモ友達ですか?」

 笑うべきところなのか?

(沖田)「お前もそんな気の迷いだと思ったんだけどなー。そうかそうか。俺に惚れたか」

(ナツメ)「沖田さん!」

(沖田)「気にするなって。俺も初めての経験だ」

 沖田さんは流し目で、微笑を浮かべる。

(沖田)「女ってこんな気持ちなのか? 初めてだな」

 沖田さんの仕草にくぎ付けになっていた。

 長めの黒髪をかき分ける。たったそれだけで、絹の様に柔らかい肌を流れる滴が、湯ぶねを見つめる目が、濡れた唇が、光り輝いて見えた。

(沖田)「隣に来いよ」

 その申し出は、すごく嬉しかった。

 僕も傍に行きたかったから。

(ナツメ)「良いんですか?」

 沖田さんは涼やかな微笑を浮かべる。

(沖田)「良いんだよ。それに、俺はお前が好きだからな」

 立ちくらみで気絶しそうだった。

(ナツメ)「じゃあ、お邪魔します」

 怒らせないように静かに近づく。

 どれくらいまで近づいて大丈夫なのだろう? そんなことで冷静になる。

 肌がくっつくほど近づくのはあり得ない。それに手が届くほど近寄られるのも怖い。

 少し離れたところに座るのが礼儀だ。

(沖田)「何で一メートルも離れているんだ? 俺が嫌いなのか?」

 怒られた。

(ナツメ)「いえ、でもこれ以上近づくのは……」

(沖田)「隣に来いったら隣に来いよ。何怖がってんだ?」

 沖田さんが僕の隣に座って肩を組んできた!

(沖田)「これが隣だ。分かったか?」

 いろいろ当たってます!

(ナツメ)「お、沖田さん! その、離れてください」

(沖田)「お前は俺が好きで俺もお前が好きだ。なら良いだろ?」

(ナツメ)「す、好きですけど、その、手紙を書いたり遊んだりしてお互いを分かり合いながら歩み寄る過程が必要です。いきなり一緒にお風呂なんて」

(沖田)「古風だな。いつの時代の人間だ?」

 何かムカつく言い方。

(ナツメ)「少なくとも平成生まれです。沖田さんよりずっと未来の人間です」

(沖田)「なんだなんだ! 未来は過去にタイムスリップしてんのか!」

(ナツメ)「タイムスリップとかよく知ってますね。少なくとも昭和に入ってからの言葉だと思ってました」

(沖田)「そりゃあの娘に色々未来の事とか聞いたからな」

 何を聞いたのか興味がわいた。

(ナツメ)「何を聞いたんですか?」

 沖田さんが大笑いする。

(沖田)「お前は本当に可愛いな! ころころと興味が変わる!」

(ナツメ)「な、何で笑うんですか!」

(沖田)「普通だったら話もそこそこに女を襲うものだ! なのにそれもしないで女の話を聞こうとするとは!」

 恥ずかしくて堪らない。

(沖田)「怒るな怒るな」

 沖田さんがギュッと抱きしめてきた!

(沖田)「惚れた腫れた切った張った。そんな難しいこと考えることねえ。お前は俺を女と見ていて、俺は初めて男として見た。それだけの話だろ?」

(ナツメ)「ですからその」

(沖田)「難しく考えすぎだ。それならそれでそういう心構えで接すれば良い。だろ?」

(ナツメ)「ですからその」

(沖田)「全く! 話が進まねえ! なら、お前はそう思ってろ。俺はそう思う」

(ナツメ)「どう思っているんですか?」

(沖田)「モテたかったらそれくらい考えろ」

 キュッとお酒を飲み干すと沖田さんはため息を吐く。

(沖田)「なあ、俺たちは勝てると思うか?」

(ナツメ)「えっ?」

 突然の問いに言葉を失う。

(沖田)「アウグストゥスもジャンヌも極限状態だ。それにハンニバルもトルバノーネも」

(ナツメ)「ハンニバルさんにトルバノーネさんも?」

(沖田)「洗脳。勝てても必ず暴動が起きる。アウグストゥスもジャンヌもそれが嫌で神経をすり減らしている。だが、今だって暴動は起きる」

(ナツメ)「今も?」

(沖田)「結局、今戦線を維持できているのはトルバノーネたちが率いるエーテル国軍だ。そりゃ、洗脳された奴らも役に立つ。だが、機敏な動き、臨機応変な動きができない。悪く言うと、ハンニバルたちがミスったらそれで終わりだ。ほら、黒き者どもが穴を掘って攻め込んできたことがあっただろ」

(ナツメ)「あの時は、大騒ぎしましたね」

(沖田)「2週間くらい前の出来事だ。あいつらが穴を掘って攻め込んできた時は驚いたな!」

(ナツメ)「ハンニバルさんとダヴィンチさんのおかげで安全だと思ったときの出来事でしたからね」

(沖田)「そん時に迅速に動いたのがトルバノーネたちエーテル国軍だ! 洗脳された奴らは率先して戦ってくれるが、報告連絡相談ができねえ。俗にいうホウレンソウだ!」

(ナツメ)「そんな楽しそうに言うことですか?」

(沖田)「笑うしかねえだろ。あの時の戦いで、侵入してきた黒き者どもはたった百体。なのに洗脳された奴らは千人死んだ。トルバノーネたちが居なければもっと死んでいただろう」

(ナツメ)「それは分かります。僕もあの時は驚きました」

(沖田)「だろ? そしてそのエーテル国軍に亀裂が入っている。それをトルバノーネたちが押さえている」

(ナツメ)「……洗脳された人を見て、エーテル国軍の人も嫌になった」

(沖田)「トルバノーネたちのおかげで纏まっている。事前に説明して了承を得た。だが機械的に戦う奴らを見て気持ちのいいはずがねえ。洗脳された奴らは悲鳴を上げない。軍には最適だが、兵士には悪夢だ。人間味がねえ。そしてそうしたのは俺たちだ。黒き者どもを倒すって大義名分があっても、気持ち悪いのは仕方がない」

(ナツメ)「アウグストゥスさんももジャンヌさんもやりたくてやった訳じゃないんですけどね」

(沖田)「難しいところだ。それに、黒き者どもに囲まれる閉鎖空間。じりじりと肌を焦がす緊張感。酒を飲んでも感じる胃の痛み。僅かな音で目を覚ます敏感な耳。目を瞑っても瞼に焼き付く黒き者ども。これらが組み合わさって凄まじいほど精神力を奪っていく」

(ナツメ)「皆イライラしてますね」

(沖田)「ここは破裂する風船だ。ハンニバルとトルバノーネたちはそれを必死に抑え込んでいる」

 沖田さんがグッと肩を寄せてくる。

(沖田)「あと1月もしたら俺たちは負ける。俺は思っている」

(ナツメ)「そんなバカな!」

(沖田)「こんな苛立った状況だとバカなこととも言い切れない。俺たちは、負けられない。そして、勝っても苦難が続く。嫌にならねえか?」

(ナツメ)「気持ちは分かりますけど」

(沖田)「それに、お前は戦う術を持たない。バカとか言うにはあまりにも無責任じゃねえか?」

 沖田さんの言葉にドキリとする。

 沖田さんは少し離れるとぼんやりと天井を見上げる。

 元気づけるための言葉は時に人を傷つける。

 テレビで聞く言葉はどれも僕の心を抉った。

 僕が嬉しかったのは、一緒に居てくれたこと、一緒に祈ってくれたこと、一緒に悲しんでくれたことだ。

 でもふと思う。僕の考えは、人に嫌われたくないだけの言葉なんじゃないか?

(ナツメ)「ごめんなさい。でも皆大丈夫です。沖田さんもハンニバルさんもトルバノーネさんもジャンヌさんもアウグストゥスさんも」

 だからこそ、手を握って祈るしかない。

 嫌われてもいい。僕はたった一人のための英雄になろうと決めた。

 だから、僕は祈る。

 それが沖田さんの重荷を和らげる術だと思うから。

(沖田)「だから、俺はお前が好きなんだ」

 沖田さんが抱き付いて来て、キスをした。

 何が起きたのか分からなかった。

 ただ、唇がジンジンと熱かった。

(沖田)「意地悪いって悪かったな」

 沖田さんは何事もなかったかのようにお酒を飲む。

 ただ、ほんのり顔が赤かった気がした。

(アウグストゥス)「なんだなんだ? 迎えに来ないと思っていたら沖田としっぽりやっていやがったか?」

 アウグストゥスさんがガラガラと浴室のドアを開けて参上した!

(ナツメ)「あ、アウグストゥスさん! これは! その」

(アウグストゥス)「やるのは構わねえが、一言断り、酒くらいは用意しておけ。わざわざ俺が用意する羽目になったんだぞ?」

 アウグストゥスさんはお湯で濡らしたタオルで体を拭く。

(アウグストゥス)「酷い垢だな。ローマじゃ考えられねえぜ」

 アウグストゥスさんは嫌な顔をすると石鹸をタオルに付けてごしごしと体を洗う。そして垢を落としきると湯船につかる。

(アウグストゥス)「良い湯だ」

(沖田)「そうだな。できれば温泉が良かったんだが」

(アウグストゥス)「温泉か。日本は夢のような国だな。今すぐにでも乗り込んで支配するか?」

(沖田)「その時は俺たちは顔パスで通してくれ」

 二人は欠伸をしながら顎先を湯船に沈める。

(ハンニバル)「おいおい、湯に顔を沈めるなんて、お前ら入水自殺したいのか?」

 いつの間にかハンニバルさんがタオル片手に僕たちを怪訝な目で見ていた。

(アウグストゥス)「全身を湯につけ、熱を貰う。これが風呂のだいご味だ」

(ハンニバル)「そんな下らねえことやってねえでさっさと上がれよ。体は洗ったんだろ?」

(沖田)「風呂ってのは体を洗うためにあるもんじゃねえ。楽しむためにあるもんだ」

(ハンニバル)「お前らの考えは理解できないな」

 ハンニバルさんがタオル片手に湯船に入ろうとする。

(アウグストゥス)「入る前に垢を念入りに落とせ」

(ハンニバル)「何言ってんだお前?」

 ハンニバルさんがちゃぽりと足を湯船に入れる。

 ぶわりと嫌なものが湯船に広がる!

(アウグストゥス)「まずは体洗って出直してこい!」

 アウグストゥスさんがハンニバルさんの顔面にパンチを叩き込んで湯船からたたき出す。

(沖田)「ナツメ! 早く垢を湯船から出すぞ!」

(ナツメ)「は、はい!」

(沖田)「ひー! えんがちょえんがちょ!」

 沖田さんにアウグストゥスさんと一緒に急いで湯船から垢を出す。

(ハンニバル)「何で俺が怒られてんだ?」

 ハンニバルさんは僕たちを他所にぶつぶつ文句を言いながら体を洗う。

(アウグストゥス)「新生ローマ帝国を作ったら国民全員風呂に入る前に体を洗うことを義務付ける様にしよう。というか必ず一日一回入ることを義務付ける!」

(沖田)「そのためにまずは水道とかお湯のインフラ整備してくれ」

 アウグストゥスさんと沖田さんがため息を吐く。

 文化の違いは根深い。

(ハンニバル)「垢を落としきったから入るぞ。全く、湯船につかるくらいでどうしてこんな面倒なことを?」

 ハンニバルさんはぶつぶつ言いながらも湯船につかる。

(沖田)「気持ちいいだろ?」

 ハンニバルさんは顔をしかめる。

(ハンニバル)「お前らは湯に体を浸しただけで気持ちよくなれるのか? どんな脳みそしているんだ?」

(アウグストゥス)「お前とは二度と入らない」

 不機嫌な空気に居たたまれなくなる。

(ナツメ)「えーと、僕お酒とおつまみ持ってきます」

 そそくさとお風呂から上がり、とりあえず体を拭いて、お酒とおつまみを取りに行く。

 そしてお酒とおつまみをお盆に乗せるとため息が出る。

(ナツメ)「ちぐはぐだな」

 ハンニバルさんの行動は褒められたものじゃない。でも体を洗った。なのに不機嫌な空気になった。笑って流せる余裕がないのだろう。

(ナツメ)「どうしよう?」

 元気になってもらうにはどうすればいいんだろう? 肩を揉んだりすればいいのかな? でもそれは意味がない気がする。

 そもそも元気がないのは皆だ。皆に元気になってもらうには?

(ナツメ)「えっ?」

 自室を通りがかる途中、突然、僕の隣に誰かが居た。誰かはため息を吐いて苦笑していた。

(ナツメ)「どうしたんですか?」

 聞いてみるけど、誰かはいつものように答えない。ただ頭を撫でてくるだけだ。

(ナツメ)「落ち着けってことですか?」

 聞いてみるけど、誰かはいつものように答えない。ただ頭を撫でてくるだけだ。

 でもそれがとても気持ち良い。

(ナツメ)「あなたはいったい誰なんですか?」

 おじいちゃんが紹介してくれた誰か。名前は知らない。顔も、どんな角度でも影が差して見えない。声も聞こえない。でも笑っていること、怒っていること、悲しんでいること、心配していることは分かる。

 阿吽の呼吸を超越したような感じ。何も言わなくても伝わる。そんな感じ。

(ナツメ)「飴?」

 誰かがそう言った気がした。

 そう言えば、僕はこのひと月、飴玉を作っていた。誰かに作ってみなさいと提案されたから作った。

 はじめは失敗ばかりだったけど、最近は食べられるものになった。

(ナツメ)「飴をおつまみに?」

 僕が聞くと誰かは微笑みを残して消えた。

(ナツメ)「凄い人だけど、何で消えちゃうんだろ?」

 無口な人でも優しい人だってことは分かるし、僕を守ろうとしているのも分かる。尊敬に値する人だ。ただ、だからこそハンニバルさんたちに会ってほしいと思う。

 僕を助けるより皆を助けた方がずっといい。

(ナツメ)「おじいちゃんは、誰かの言うことを聞いて成功したって言ってたけど、それくらい凄い人だったら僕なんかに構ってちゃいけないんじゃ?」

 とたんにゴツンと頭を殴られた気がした。振り向くと後ろで誰かが怒っていた。

(ナツメ)「何で殴るんですか? 僕が思ったことがそんなにダメなんですか」

 誰かはじっと僕を叱りつける様に睨み付ける。顔は見えないのにそう思えた。

 そして口も開いていないのに何が言いたいのか分かる。

(ナツメ)「別に、おじいちゃんの悪口を言ったわけじゃありません。あなたには感謝しています」

 ぎっと睨まれる。

(ナツメ)「僕はあなたに守られなければならない弱い奴だ。だから皆よりも優先して僕の傍に居る。おじいちゃんがあなたによろしくお願いしますと言った。だから僕は守られている。分かっています」

 お辞儀をすると誰かはぷんすか怒りながら消えた。

 勝手な人だと思う。でも僕が殴られたのは僕が悪い。

(ナツメ)「飴、持っていこう」

 何の意味があるかは分からない。そもそもおじいちゃんが残してくれた箱から飴玉なんて沢山手に入る。でも、持っていこう。

 たぶん、意味がある。


(アウグストゥス)「湯船にタオルを入れるな! 全裸で入れ!」

(ジャンヌ)「あなたはどうして私を苛立たせるのですか!」

(アウグストゥス)「今度ばかりはお前が悪いぞ!」

(ジャンヌ)「女の肌を剥くのが好きとは噂通りの男ですね!」

(アウグストゥス)「マナー位神様に教えてもらっていないのか?」

(ナツメ)「何してるんですかあなたたちは?」

 浴室に戻るとアウグストゥスさんとジャンヌさんが言い争っていた。

(沖田)「タオルを湯船に入れるなって主張と肌を見せるなどあり得ないって主張でぶつかってる」

(ナツメ)「あー」

 頭が痛い。それにアウグストゥスさんは女の人と一緒にお風呂に入るなんて慣れっこだ。対してジャンヌさんは男に裸を見せるなんてあり得ない文化だ。

 どうしよう?

(ハンニバル)「ばばんばばんばんばん! ばばんがばんばんばん!」

 ハンニバルさんは鼻歌歌っていて役に立たないし。というかお風呂嫌いじゃなかったんですか?

(沖田)「まあ、気にしないで酒飲もうぜ」

 沖田さんは興味がないし。

 どうしよう?

(ナツメ)「と、とりあえず、お酒とおつまみ用意しましたから、落ち着いてください」

 二人の間に割って入るとアウグストゥスさんがため息を吐いて折れる。

(アウグストゥス)「次は許さんぞ」

(ジャンヌ)「次はありませんから」

 険悪すぎる! 一週間前も棘があった気がするけど今日は特に!

(ハンニバル)「お前ら落ち着け。ナツメが言うあの時だが、そんな感じじゃねえだろ? ゆっくり風呂に浸かって、酒飲んで笑い合おうぜ」

 ハンニバルさんの言葉で思い出す。今日は僕が警告した日だ。

 苛立つのも当然だ。

(アウグストゥス)「全く、気が晴れねえ」

 アウグストゥスさんがザブンと湯ぶねに戻る。

(ジャンヌ)「いつまで続くのでしょうか?」

 ジャンヌさんもザブンと湯ぶねに入る。

 そこから無言になった。

 ハンニバルさんのおかげでとげとげしい空気は無くなった。だけどその分空気が重くなった。

(沖田)「全く。能力使うのもきついんだぜ」

(ハンニバル)「正直に言うが、あまり俺を責めないでくれよ? 悪いのはあいつら何だから」

(ジャンヌ)「分かっています。ですがこうしている間にも民は苦しんでいます」

(アウグストゥス)「止めよう。言っても仕方のない話だ」

 皆顎まで湯船につかって、眠るように天井へ顔を向ける。

 疲労困憊だ。

(ナツメ)「えっと、お酒もおつまみをありますから!」

 皆にお酒とおつまみを渡す。

(沖田)「ありがとよ」

 沖田さんは大あくびを一つ。

(アウグストゥス)「チーズか。贅沢は言えんが果物が欲しい」

 アウグストゥスさんは不満げにおつまみを齧る。

(ジャンヌ)「ありがとうございます。ただ、お気持ちだけで結構ですから」

 ジャンヌさんは遠慮する。

(ハンニバル)「ありがとよ。そこに置いといてくれ」

 ハンニバルさんは無関心。

 皆の反応は今一つ。

 そして会話も無くぼんやりと、ただ漫然と時が流れる。

 居たたまれない雰囲気で自室に戻りたくなる。

 正直、皆でお風呂に入れば気晴らしになると楽観していた。

 でも間違いだった。気晴らしも何も、ただ空気が重くなっただけだ。

 ポンポンと頭を撫でられる。振り返ると誰かの励ます様な目と見合った。

 シンと耳が痛くなるほど静まり返ったので周りを見る。

 湯船の水面も、熱気も、天井から滴った水滴も、沖田さんもジャンヌさんもアウグストゥスさんもハンニバルさんも止まっていた。

 時が止まっていた。

 僕がもう一度誰かに顔を向けると、誰かはギュッと抱きしめて、僕の頭を撫でてくれた。

 すごい安心感だった。

 時を止めた理由も何もかも気にならない。

 ただ、傍に居てくれる人が居る。

 それが本当に心強かった。

(ナツメ)「おじいちゃん?」

 ふと、おじいちゃんの事を思い出した。

(沖田)「どうしたんだ? ぼんやり突っ立って?」

 気づくと誰かは消えていて、時が動き出していた。

(ナツメ)「僕が作った飴のことを思い出して」

(沖田)「飴?」

(ナツメ)「これですこれです!」

 沖田さんに飴玉を渡す。

(沖田)「これお前が作ったのか?」

(ナツメ)「皆と違って暇でしたから」

(沖田)「ふーん。まあ、お前が何を作ってもいいけどな」

 沖田さんが何気なく飴玉を頬張る。

(沖田)「これ梅か!」

 沖田さんの顔がさえわたる。

(ナツメ)「沖田さんが用意してくれた食料の中に余った梅がありましたから。誰も食べないみたいようだったのでくすねちゃいました」

(沖田)「何でもいい何でもいい!」

 沖田さんは飴をごりごりかみ砕くとお酒を飲み干し、また飴を頬張る。

(沖田)「この甘酸っぱい風味! いっつも肉とかパンとか主菜で酒飲んでたからな! やっぱ酒飲むなら梅干しとかお新香だ! 次は飴じゃなくて、たくあんとかキュウリとかのお新香作ってくれ!」

(ナツメ)「じゃあ次は糠味噌作ってみます」

(沖田)「良いな良いな! おいハンニバル! お前も食えよ! 美味いぜ!」

 ハンニバルさんが眠い目を擦って起き上がる。

(ハンニバル)「高が飴玉だろ? そんなに喜ぶか?」

 ハンニバルさんが沖田さんの飴玉に手を伸ばす。

(ナツメ)「ハンニバルさん。沖田さんの飴玉を食べる前にこっちの飴玉を食べてください」

 ハンニバルさんの手に飴玉を置く。

(ハンニバル)「なんだこれ?」

(ナツメ)「沖田さんのは日本人向けですから。いきなり食べるよりもそっちを先に食べてみてください」

(沖田)「なんだ? 俺たち四人分の飴玉があるのか?」

(ナツメ)「そうです。ですからまずは僕が渡した飴玉を食べてください。それが終わったら回してもいいです」

(アウグストゥス)「まるで料理長だな」

 アウグストゥスさんも起き上がって手を差し出してきた。

(ジャンヌ)「飴玉ですか? そう言えば全く食べたことありませんでした」

 ジャンヌさんも起き上がり微笑む。

(ナツメ)「どうぞ」

 3人にそれぞれ専用の飴玉を手渡す。

(ハンニバル)「ふむ……レモンか?」

(ナツメ)「舐めながら強いお酒を飲むと良いと思います」

(ハンニバル)「酒を飲んだことのないお前がどうしてわかるんだか?」

 ハンニバルさんはグッと胸が焼けつくほどのお酒を飲み込む。

(ハンニバル)「ほう! きっつい酒なのにアルコールの風味が緩和した!」

(ナツメ)「本で読んだんですけど、テキーラってお酒を飲むときは、テキーラを一気飲みした後にレモンを齧るみたいなんです。そんな感じになるように作ってみました」

(ハンニバル)「なるほどなるほど。よく見ると飴玉の中に液体が詰まっているな」

 ハンニバルさんは再度酒を飲むと今度はバリバリと飴玉をかみ砕く。

(ハンニバル)「これは面白い! かみ砕いた瞬間アルコールが消えた!」

(アウグストゥス)「こっちはまた違う。べったりと口に残る味だ。甘味ではない。どちらかというと肉類に近いか?」

(ナツメ)「飴玉用に改良した脂を混ぜてみました。単体だと脂っこくて嫌ですけどお酒には合うと思います」

(アウグストゥス)「どうして酒飲みでないお前がそんなこと分かるんだ?」

 アウグストゥスさんは笑いながらもう一度飴を頬張る。

(アウグストゥス)「甘さは控えめ、鼻を突くような風味も無し。ただ舐めれば舐めるほど脂身の味がする。まるで豚か牛の脂身を頬張っているみたいだ」

 グッとアウグストゥスさんはワインを飲み込む。

(アウグストゥス)「しかし、脂身を口に含むような不快感は無い。脂のうま味だけを食べているような感覚。お前の世界にはこんな素晴らしい飴玉があるのか?」

(ナツメ)「たぶんあると思います」

(アウグストゥス)「なるほどなるほど! 未来はやはり良いな!」

(ジャンヌ)「私もお1つ頂戴します」

 どうぞどうぞと微笑むとジャンヌさんもパクりと頬張る。

(ジャンヌ)「ほんのりとした甘みですね? 砂糖でも果物でもない。鼻に突く風味も無い。何となく、物足りない甘味。ちょっと苦みも?」

(ナツメ)「麦から甘味が取り出せるかなって思って」

(ジャンヌ)「麦?」

(ナツメ)「ほら、小麦粉で作るパンとか甘いでしょ。小麦粉は貴重だからもっと安価でたくさんある麦で何とかできないかなって」

(ジャンヌ)「麦? 飴玉にはふさわしくない材料と思いますが?」

 ジャンヌさんはバリバリと飴玉をかみ砕いて、ワインと一緒に飲み込む。

(ジャンヌ)「不思議な味ですね。正直、泣いてしまいそうです」

 グルメレポーターには絶対に成れないと、ジャンヌさんの笑顔を見て笑ってしまった。

(沖田)「お前のも食わせろよ」

 がさがさと沖田さんが3人の飴玉を漁る。

(アウグスティヌス)「お前! 漁るならお前の飴をまずは寄こせ!」

(ハンニバル)「んー? アウグスティヌスの飴玉の味はいまいちだな。ジャンヌの飴玉も酒に合わないし、沖田のはぎりぎり合格だが、やっぱりこの酒には俺の飴が合う!」

(ジャンヌ)「アウグスティヌス、沖田、ハンニバル、そして私! どの飴玉もとても美味しいです!」

(アウグスティヌス)「どれもこれも中々の味だ。食前食後食中と分ければ宴にも出せる」

(沖田)「お新香ない? あと日本酒」

 4人は僕が作った飴玉を次々に食べていく。高が飴玉なのに。4人の顔に張りが戻った。

 それは僕の思い込みなのかもしれない。でも、だからこそ僕は、嬉しいと思うべきだ。

 たくさん食べてもらっているのに謙遜しては、絶対に味気ない。

(ナツメ)「今まで本当にありがとうございます」

 きっとお礼を言うのが、一番良い。

(ナツメ)「その、すごくつらい思いをしてまで僕を助けてくれている。本当にありがとうございます。その飴は、ささやかな御礼です!」

(アウグスティヌス)「ハハハハハハハハハ!」

 笑われた。

(沖田)「ナツメ! いきなりどうした!」

(ジャンヌ)「ごめんなさい! 突然頭を下げられるとどうして良いのか分からなくて」

(ハンニバル)「気にするなって! 突然頭を下げるのはナツメの得意技だろ!」

(アウグスティヌス)「不機嫌な時は仏頂面なのにすぐに表情を変えるからな!」

 あの、怒って良いですか?

(沖田)「ああ面白かった!」

(アウグストゥス)「久々に笑えたぜ」

(ハンニバル)「そろそろ寝ようぜ。明日に響く」

(ジャンヌ)「そうですね。私たちには明日がありますから」

 4人は満足した様に湯船から上がる。

 勝手な人だ。僕の思いを笑うだなんて。

 でもやっぱり、元気になってくれて嬉しい。

(ナツメ)「明日からも、よろしくお願いいたします」

 4人が立ち止まる。

(沖田)「また明日な!」

(アウグストゥス)「改まって礼を言うな。これを乗り越えたらむしろお前が辛くなるんだからな。だから体を壊さないように、ゆっくり休め」

(ジャンヌ)「今日の飴玉、本当に美味しかったです。ありがとうございます」

(ハンニバル)「大丈夫、勝てる勝てる。だからお前も寝ろ。勝利のために」

 明るく、強い背中を見て、ホッとした。

(ナツメ)「お休みなさい!」

 勝てる! 何があっても!


(ナツメ)「乾いた風。明日も天気が良いと良いな」

 窓を開けると月明かりと星空に乾いた風が身を包む。

 頑張ろう。

 まだまだ不安はある。だけどそれに飲まれてはいけない。

 相手は黒き者ども。戦えば被害は大きい。

 でもそのための準備を皆してきた。

 役に立たない僕がそれを疑ってどうする?

 皆努力した。だから、僕は元気に、明日も起きるべきだ!

(ナツメ)「お休みなさい!」

 ごろんとベッドに横になって目を瞑る。

 すると誰かが僕の頭を眠るまで撫でてくれる。

 おじいちゃんが死んだあの日から、毎日。

(ナツメ)「ありがとうございます」

 にっかりと、誰かが笑ったような気がした。

 次は、兵士や民のために飴玉を作ろう。もっとたくさん食べてもらおう。

 そして、笑顔になってもらおう。

 それが僕の目標だった。

 たった一人のための英雄に成る。その努力をしなくてはならない。

 今まで出来ていなかった。だから今度こそ、皆に飴玉を渡そう。

(ナツメ)「ブラッドさんに渡そう。濃い味が好きだから、塩っ気が強い飴を作ろう」

 楽しみが、目標が、一つできた。

 頭を撫でられる感触、そして目標が見えると、僕はすっと眠れた。


(ナツメ)「はっ!」

 誰かが僕の傍から離れた! 消えたのではない! 離れた!

 ドアを見ると開け放されていた! 急いで飛び出す!

 足音が聞こえる! 屋上だ!

 屋上に行く! 誰かがフラン砦の方向を見つめていた!

(ナツメ)「どうしたんですか!」

 誰かは何も言わずに、双眼鏡を手渡す。それを手に取って覗いてみると、悲鳴が飛び出した。

(ナツメ)「く、黒き大騎士! ハンニバルさんたちを殺した黒き者どもの大将!」

 エーテル国から数十キロ離れたフラン砦に黒き大騎士が立っていた。そして彼が大剣を掲げると、その後ろに無数の黒き者ども、黒き首なし騎士、黒き巨人が生まれた!

 その数は! 百万に上る!

(ナツメ)「ハンニバルさん! 黒き者どもが攻めてくる! 数は百万! フラン砦!」

 通信機に叫ぶと、警報がエーテル国を包んだ!

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