エーテル国軍で雑用の日々(10/10)
次回、黒き者ども本隊と戦います。
黒き者どもに情けない勝ち方をした翌日、ハンニバルさんが駐屯地の会議室に皆を集める。
(ハンニバル)「昨日はご苦労だった。とはいえ、あんな勝ち方をして欲求不満が溜まっているようだな」
(トルバノーネ最高司令官)「当たり前だ! あんな勝ち方したら、死闘を繰り広げた俺たちはあいつら以上のバカってことになる!」(ダヴィンチ)「分かってる? バカじゃねえの?」
スマホをいじくりまわすダヴィンチさんが言うと一同は黙る。
(ダヴィンチ)「確かにあいつらがバカだと分かった。でもだからって昔々の君たちがそれを実現できたか? 答えは否だ。だってあの深い谷を作ったのも、数百を超える檻を作ったのも僕だ。ハヌーンとハンニバルと君たちだけであれが作れたの?」
(コペルニクス)「ダヴィンチ。イラつくんじゃない」
(ダヴィンチ)「イラつくに決まってるだろ? 今回勝利に導いたのは僕の力だ。それにコペルニクスの力だ。色々言いたいことはあるだろうけど、どうして僕たちに感謝の一言も無いの? あっけなく終わったけど、あっけなく終わらせることができたのは間違いなく僕たちなのに? それともエーテル国軍が全盛期なら一瞬で深さ百メートル、幅五十メートルの谷が作れるの? 数十メートルの正方形の檻が作れるの?」
すっとハンニバルさんが頭を下げる。
(ハンニバル)「済まない。浮足立ってお前に礼を言うのを失念していた。許せ」
ギロリとダヴィンチさんがトルバノーネさんたちにアウグストゥスさんたちを睨むと、僕も含めて頭を下げる。
(ダヴィンチ)「許すよ。君たちの気持ちは分かるし、役に立ててうれしい」
ごそごそとまたコペルニクスさんの鞄の中に入る。
(ダヴィンチ)「何か用があったら呼んで。あとコペルニクス、十万円課金したから建て替えよろしく」
(コペルニクス)「お前は何時も一言多い!」
(ダヴィンチ)「はは! じゃあ皆、黒き者どもを倒したら一緒に僕が考えたゲームしよう。きっと楽しいよ」
ダヴィンチさんが鞄に収まるとコペルニクスさんも鞄を抱えて部屋を出る。
(コペルニクス)「私もダヴィンチも作戦を考えることは苦手です。何かありましたら連絡をください」
ニッコリと笑ってコペルニクスさんは去った。
(トルバノーネ最高司令官)「変わりもんだな」
(ハンニバル)「それだけ俺たちを信じてくれているのさ」
ハンニバルさんが地図を広げた。
(ハンニバル)「こっからはマジな話だ。これから1ヵ月の作戦を話す」
(ナツメ)「1月ですか?」
(ハンニバル)「お前の話から、黒き者どもが本格的に闘争を挑むのは1月と推測できる。なぜなら奴らの作戦は、大量の黒き者どもに意識を集中させて少数の黒き者どもで背後を刺す。単純ながらも黒き者どもの物量と圧力を考えると最高の作戦だ。しかしながら未だに実行されていない以上、あいつらが組織的な行動を起こすのにあと1月は必要だってことだ。だからその間に奴らを迎え撃つ態勢を整える」
(沖田)「具体的にどうするんだ?」
(ハンニバル)「エーテル国を陸の孤島にする」
(ジャンヌ)「まさか! あの深い谷でこの国を覆うのですか!」
(アウグストゥス)「効果は認めるが不可能だ」
(ハンニバル)「何が? ダヴィンチの能力を使えば可能だぞ」
(アウグストゥス)「分かっている。問題はこちらの飯等の問題だ。陸の孤島とはつまり孤立することだ。この国の人口は50万人。周辺の貴族領も含めると約400万人だ。そいつらを食わせるには自給自足だけでは無理だぞ」
(ハンニバル)「50万人も必要ない。5万人居れば十分黒き者どもと戦える」
(沖田)「ん? ん? ん? それって45万人を国から追い出すってことか?」
(ハンニバル)「周辺の貴族領に送り込めばいいだけの話だ」
(ジャンヌ)「あの、私はあなたの言っていることがいまいち理解できないのですが?」
(ハンニバル)「手順は簡単だ。まず戦うのに必要なエーテル国民を選別する。外れたものは貴族領に行かせる。それと並行してエーテル国を陸の孤島にする。そして選ばれた者で黒き者どもを迎え撃つ」
(アウグストゥス)「すまない、もう一遍言ってくれ」
(ハンニバル)「手順は理解できただろ? ならその通りにすればいい」
(トルバノーネ最高司令官)「要するにてめえは45万人を見殺しにするってことだな!」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「それどころか周辺の貴族とそれに従事する領民も見捨てる」
(ハンニバル)「見捨てる訳じゃない。黒き者どもを駆逐するため少しばかり我慢してもらうだけだ」
(ジャンヌ)「反対です! 確かに私たちは安全ですが見捨てた人たちはどうなるのです!」
(ハンニバル)「見捨てるとかそういう意味じゃない! あいつらに勝つためにやることだ! あいつらに勝
(アウグストゥス)「しかし事実だ。現実を受け止める必要があるぞ」
(トルバノーネ最高司令官)「分かってるよ!」
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「まあ、とにかく、これで勝筋は見えた。それを喜びましょう」
(トルバノーネ最高司令官)「分かってるよ!」
てばすぐに元に戻る!」
(沖田)「それとこれとは話が別だ! 俺たちはこの世界を守るために来た! なのにこの世界の住人を見捨ててどうする!」
会議は途中から貶し合いに変わった。劣勢なのはハンニバルさんだ。彼の決断は皆から顰蹙を買った。
僕たちはどうするべきだろうか? ハンニバルさんの策は確かに効果がある。それは皆が否定しないことからも明らかだ。でもデメリットが凄まじい。陸の孤島にするということは外界からの連携を断つこととに他ならない。食料も武器も自給自足。だけどそれが何時まで続くのか? それに黒き者どもから身を守れるけど、逆に言えば攻勢に出ることもできない。
ここからハンニバルさんの策の不安点は1つ。黒き者どもが攻勢にでなければ、待たれればこっちがじり貧になって自滅する。
(ナツメ)「たぶん、黒き者どもは1月したらこっちに攻め込むよ。あの深い谷も飛び越えて」
(アウグストゥス)「お前ら静かにしろ。ナツメが喋っている」
アウグストゥスさんの一喝で皆僕を見る。
(ナツメ)「僕はハンニバルさんの策に賛成です。僕たちの目的は黒き者どもを倒し、この世界を平和にすることですから」
(トルバノーネ最高司令官)「ナツメ。気持ちは分かるがそれとこれとは話が別だ」
(アウグストゥス)「トルバノーネ。黙っていろ」
(トルバノーネ最高司令官)「アウグストゥス?」
(アウグストゥス)「良く聞いてやれ。ナツメは俺たちを説得しようとしている。ならば最後まで話を聞くべきだ。そしてその後、いくらでも反論しろ。それが会議において一番大切なこと。今この場でわあわあ喚き立てても何も進まない。何せ俺たちは、ただ単にハンニバルに別の策を考えてくれとごねているだけなのだから」
アウグストゥスさんは落ち着いた様子で椅子に腰を沈めて僕と向き合う。
(アウグストゥス)「しかしだ、ナツメ。このように無為な会議と化したのは間違いなくハンニバルの責任だ。こいつは俺たちを説得することができなかった。それは立案する者として最低限の仕事もできなかったことを意味する。この意味、分かるか?」
ハンニバルさんをチラリと見ると、ハンニバルさんは静かに頷く。
(ハンニバル)「昔っから俺は人を説得するってのが苦手だった。結果を見せれば大丈夫だと妄信していた。そして今、そのつけが回ってきた。俺の作戦にはこいつらの協力が必要不可欠だ。だがそれを伝えることが出来ない。だがお前なら、できるかもしれない。だから、言ってくれ」
(ナツメ)「分かりました」
アウグストゥスさんは僕が向き合うと静かに、微笑を浮かべながら頷く。
(アウグストゥス)「トルバノーネ、ジャンヌ、沖田。もしもここで俺が納得したら、反対しないと誓うか?」
(沖田)「誓うもくそも俺が納得できればいいよ」
(ジャンヌ)「ナツメ……その、私は正直、あなたが異を唱えたことに戸惑っています。ですが、私はハンニバル以上の策を考え出すことは出来ません。ですから、賛成する根拠を教えてください。もしも正しければ何も言いませんし、間違っていても、さらなる作戦を考え出せるかもしれません」
(トルバノーネ最高司令官)「俺たちは最終的にはハンニバルたちに従う。だがここは俺たちの国だ。だから見捨てることに賛成できない。何よりナツメ、お前には兵士としての経験が無い。だから俺たちは納得できないと思う。だがそれでも話してくれ。なぜ、ハンニバルの肩を持つ?」
(アウグストゥス)「話は纏まった。さて、ナツメ、まずは私たちの言い分から聞いてもらうぞ」
(ナツメ)「分かりました」
アウグストゥスさんは足を組んで楽しそうに笑った。
(アウグストゥス)「まず、黒き者どもを打ち倒すのが目的というお前の言い分は認める。しかしだ。それは目的としては間違っている」
(ナツメ)「間違っている?」
(アウグストゥス)「私たちの目的は、黒き者どもを倒し、この世界を幸せにすることだ。そうだろ、トルバノーネ? 沖田? ジャンヌ?」
(トルバノーネ最高司令官)「ん? ああ、そうだ。俺たちの役目はこの国を守って民を幸せにすることだ」
(沖田)「ん? ……まあそうだろうな」
(ジャンヌ)「民が居ての国です。間違いも何も目的をはき違えてはいけません」
上手いと思う。一瞬でトルバノーネさんたちにジャンヌさん、沖田さんを味方につけた。
確かにアウグストゥスさんの言い分は納得できる。
でもそれでは前に進まない。
説き伏せる必要がある。
(ナツメ)「違います。僕たちの目的は黒き者どもを倒し、世界を救うことです。民を救うことでは無い。なぜなら、民を幸せにするのはこの世界の人たち。僕たちはどうあがいても異世界人です。この世界の住民の幸せはこの世界の住民が見つけるべきだ」
(アウグストゥス)「ほう! つまり見捨てるのだな!」
(ナツメ)「話を逸らすのは止めてください」
アウグストゥスさんは僕が語気を強めると嬉しそうに頷く。
僕はとにかくアウグストゥスさんに飲み込まれない様に矢次に言葉を続ける。
(ナツメ)「あなたが言う幸せとは新生ローマ帝国を設立すること、ジャンヌさんの幸せはキリスト教を普及させること、沖田さんの幸せは新選組を作ること。それがこの国の幸せにつながると思っている。違いますか?」
(アウグストゥス)「話がすり替わっているぞ?」
(ナツメ)「すり替えているのはあなたです。いや、たとえあなたの言うことが正しくても黒き者どもを倒さなければ道は無いと感じているでしょう? だから一番先に黒き者どもを倒すことを考えないと」
(ジャンヌ)「ですが、それでは民を見殺しにすることに」
(アウグストゥス)「ジャンヌ。それは違う。ハンニバルもナツメも民を見殺しにするなど一言も口にしていない」
(ジャンヌ)「ですが、ここを追い立てられた民はどうなるのです?」
(アウグストゥス)「そう、それがまず一つ目の不安要素だ。どう反論する?」
(ナツメ)「あいつらは周辺の貴族領を襲いません」
(アウグストゥス)「なぜかな? そう言い切れる根拠は」
(ナツメ)「簡単です。襲うならもっと早く襲っているはずです。これは自明の理ではないでしょうか?」
ジャンヌさんが口を噤む。
周辺の貴族領を襲うならもっと早く襲う。なのに襲わない。ここから導き出せる答えは一つだけだ。
(ナツメ)「大量の黒き者どもでハンニバルさんたちを足止めしつつ、少数の黒き者どもで背後を刺す。確かに合理的です。ですが、それを行う意味はあるのでしょうか? 民を殺すだけなら、ハンニバルさんたちを放っておいてそっちに兵を回すべきだ。だいたい大量の黒き者どもをハンニバルさんたちに何度もぶつける必要はあるのでしょうか? 1月後に黒き者どもはハンニバルさんも認める強力な作戦を実行します。だったらその一回で十分なはず。なのにハンニバルさんたちが来てからというもの、何度も何度も同じことの繰り返しです。戦力の逐次投入なんて愚の骨頂です。なのに数か月以上も同じことの繰り返しですよ?」
(アウグストゥス)「なるほど、トルバノーネたち、この問いに答えられるか?」
(トルバノーネ最高司令官)「黒き者どもの知将はハンニバルたちを恐れている。だから無理やりにでも殺したくて無茶をしている。ナツメが言いたいことは分かったし、納得できた」
キールさんたちも黙って頷く。
(アウグストゥス)「皆納得したようだが、答えを言ってくれ」
(ナツメ)「トルバノーネさんたちが言ったことと同じです。黒き者どもはハンニバルさんたちを殺すことに固執している。だから必ずこちらに来る」
(アウグストゥス)「中々に納得できる結論だ。しかし、まだまだ懸念事項がある。そうだろ、沖田」
(沖田)「あ? ああ。この作戦は簡単に言うと罠を張って待つことだ。今までの黒き者どもなら罠だろうとお構いなしに突っ込んでくるが、知将はそんなことしないだろ?」
(ジャンヌ)「そうですね。見えずらい落とし穴などなら未だしも、今回は深い谷でエーテル国を囲む。明らかに何かあると警戒されてしまいます」
(アウグストゥス)「だろうな。万が一待たれると自然と兵糧攻めにあう。そうするといずれこちらがじり貧になる。トルバノーネ、キール、ザック、ウォル、バーリ、コスト、アール、マール、ニッキー。君たちはどう思う?」
(トルバノーネ最高司令官)「どう思うも何もそう思うよ」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「バカな俺たちでもさすがに見え見えの罠には警戒する」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「立てこもる敵の排除の仕方は兵糧攻めが一番でしょう。特に今回の作戦ではそれが顕著に分かる」
トルバノーネさんたちが頷くとアウグストゥスさんはじっとこちらを見つめる。
(アウグストゥス)「この問題は無視するにはあまりにも大きい問題だ。これはどう答える?」
(ナツメ)「兵糧攻めの対処なら、ジャンヌさんの小麦畑を使えばいい」
ジャンヌさんがハッとするとトルバノーネさんたちは考えを整理するかのように目線を落とす。
(ナツメ)「ジャンヌさんの小麦畑は1月に一度、必ずたくさんの小麦が取れる。それにブドウ園もある。それを使えば兵糧攻めには十分対処できる。それにコペルニクスさんも居る。コペルニクスさんの鞄にはたくさんの荷物を入れられる。決戦となる1月後までたくさんの食料と武器を集められる! お金ならアウグストゥスさんもハンニバルさんも持ってる! それを駆使すれば!」
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「食料等の置き場所もコペルニクスさんの力を使えば解決できますね」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「それにあの人は風よりも早く動ける。そして何でも収納できる鞄。上手くすれば数年立てこもっても平気なくらいの武器と食料、それに衣類や治療用具も用意できる」
(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「後はどの程度我慢すればいいのか、つまり期間ですね。一月後か一年後か」
(トルバノーネ最高司令官)「そこを考えてもしょうがない。この作戦は必ず相手が突っ込むことを前提としているからな」
(アウグストゥス)「そして相手は必ず突っ込んでくる。あとは突っ込んでくる期日が心配だ。皆もそう思うだろ?」
アウグストゥスさんが深刻な表情で叫ぶと一同は少し考えた後に頷く。
アウグストゥスさんはこの会議の手綱を握っている。明らかに何かを企んでいるが僕は何もできない。
嫌な予感がするけど、アウグストゥスさんの含みのある優し気な笑みに従うしかない。
(アウグストゥス)「立てこもるにしても永遠は無理だ。そしてこちらから攻勢に出ることもできない。こちらはどのくらい我慢すればいい?」
(ナツメ)「半年も経たないうちにあいつらは責めてきます」
(アウグストゥス)「なぜそう思う?」
(ナツメ)「だって普通に考えれば半年も籠城していてまだ元気なんて考えないでしょ? それに待てば待つほどこちらも準備を整えられる」
(アウグストゥス)「どのような準備、と問うのはバカだな。それは俺たちが考えることだ」
(ナツメ)「相手もこちらが凄まじい能力を持っていると知っています。また相手はこちらの能力が無効化されることを知っています。躊躇する必要がありません」
(アウグストゥス)「確かにナツメの話だと小娘の力は通じない。そしてこれまでの不毛な消耗戦はすべて、こちらの能力を確かめ、それが確かに無効化できる確証を得るための茶番だと考えられる。お前たちはどうだ?」
(トルバノーネ最高司令官)「どうもこうも、俺たちにはその作戦しかねえんだ」
(ハンニバル)「俺は一切異論をはさまない。これしか勝筋が無いと確信している」
(沖田)「ならもう決まりで良いんじゃねえか?」
(ジャンヌ)「そう、ですね。悔しいですが、他に案も浮かびません」
(アウグストゥス)「なら賛成する、と、私は言えない」
アウグストゥスさんが言うと皆眉を顰める。せっかく纏まったのにどうして?
(アウグストゥス)「話の腰を折って済まない。だがこの計画を実行するに辺りもう一つ考えなければならないことがある。どのように民を納得させるかだ」
僕も含めて皆渋い顔になる。
この計画には少なくとも5万人の力が必要で、45万人には出て行ってもらわないといけない。
だけど出て行ってくださいと言っても簡単には納得してもらえない。
それどころか暴動が起きる可能性がある。
(アウグストゥス)「俺たちは納得した。だが民はどうか? この作戦はどうしても民の力が居る。そうなるとこれまで話し合ったことをまた説明する必要がある。そして説明しても納得されない。安住の地を離れろと言われていい顔をする奴など居ない。どう説得する?」
(ナツメ)「それはその……」
(アウグストゥス)「どうすれば良いと思う? 俺はエーテル国の政治を掌握したがそれでも民を納得させることはできない。エーテル国は民に信頼されていない。飯が食えて寝床を保証されていたから従っていたまで。それを覆すのならば奴らは反逆する」
(ナツメ)「その、じっくり話し合って理解してもらう他に」
(アウグストゥス)「1月後にあいつらが襲ってくるとなると、今日中に理解してもらいたいが、できるかな?」
何も言えない。
(アウグストゥス)「身内で盛り上がっても周囲の理解が無ければただの独りよがりの偽善者集団だ。大概の人間は偽善者を嫌うくせに、知らず知らずのうちに偽善者になっていることを理解しようともしない。そしてなぜ自分が嫌われるのか理解しようともしない」
(ナツメ)「何が言いたいんです?」
(アウグストゥス)「善意だろうが周りから理解されなければただのバカだと言っている。どうする? 理解しない国民をバカと嘲笑うか? 悪いがそんな暇はないぞ?」
(トルバノーネ最高司令官)「いい加減にしろ! 何でナツメが悪いような雰囲気なんだ!」
(ジャンヌ)「そうです! その言葉は私たちにも降りかかる! あなたとて例外ではないのです!」
(アウグストゥス)「その通りだ。だからナツメに聞いている。ナツメなら何とかできるからな」
(ナツメ)「僕なら?」
(アウグストゥス)「そうだ。おじいちゃんから受け継いだお前なら」
ハッとする。僕はおじいちゃんからある地位を受け継いだ。
アウグストゥスさんはその地位に納まれと言っている。
何の意味があるのか分からない。でもそれに収まれ、そうすれば何とかすると言っている。
正直僕はおじいちゃんから譲り受けた地位が怖い。
周りから正気じゃないと笑われるのも怖いけど、それ以上に、認められた時、僕は地位に見合う働きができるだろうか?
(アウグストゥス)「どうした? お前なら、エーテル国、引いてはエーテル国民も黙らせることができるぞ?」
(ナツメ)「本当にそう思っていますか?」
(アウグストゥス)「そう思っている。だからこそ、君に自覚してもらいたい。君はこの大陸の支配者だと」
(トルバノーネ最高司令官)「さっきから何言ってんだ?」
トルバノーネさんたちが首を傾げてもアウグストゥスさんの目つきは変わらない。
言うだけならタダだ。言っても僕は支配者じゃないし、そうとも認められない。
でも言ってアウグストゥスさんが満足するなら言うべきだ。
(ナツメ)「僕はこの大陸の支配者であった、大神ツヨシの後継者です。この大陸で最初の英雄の後継者です」
トルバノーネさんたちが何を言っているのかと口を半開きにさせる。
でももう押し通すしかない。
(ナツメ)「僕はアウグストゥスさんを支持します。何があっても。エーテル国に命じろと言われれば命じます。あなたの計画に乗ります」
(アウグストゥス)「そう言ってもらえると心強い」
アウグストゥスさんは朗らかに、勝ち誇るかのように右手を差し出す。
(アウグストゥス)「おじいちゃんの手紙を出しなさい」
(ナツメ)「今は持っていません。自室の箱にしまっています」
(アウグストゥス)「だが取り出すことはできる。君が持っているハンドバッグから取り出せる」
背中が冷たい。黒き者どもと対峙するのとは別種の恐ろしさだ。
僕が持っているハンドバッグはあの不思議な箱から出てきた物だ。目覚まし時計と同じく、普段は財布と言った物を持ち運ぶ普通のバッグとして使っていた。
でももしかすると、あの不思議な箱と同じような性質を持つかもしれない。
僕が、皆が必要とする物が自然と出てくる、摩訶不思議な能力を。
(ナツメ)「探してみます」
バッグに手を入れる。そして悲鳴を上げそうになる。
確かに封筒があった。入れた覚えなど一切ないのに。
(ナツメ)「あなたはどこまで知っているのですか?」
(アウグストゥス)「少なくとも、お前が私たちより強力な能力を持っていることは知っている」
心を読まれることがこれほど怖いとは思わなかった。もはやブラフも策略も意味はない。
そしてアウグストゥスさんの思考能力、経験。僕が変に考えても鼻で笑われるのが落ちだ。
(ナツメ)「これがおじいちゃんから受け取った遺言です」
僕はアウグストゥスさんを信じる覚悟を決める。
アウグストゥスさんが何を企もうとも僕たちと敵対する道は選ばない。
ただ僕たちに理解して欲しいだけだ。
自分の、新生ローマ帝国の設立を。
アウグストゥスさんは遺言を受け取ると丁寧に封を破り、トルバノーネさんたちに手渡す。
(アウグストゥス)「トルバノーネ。これを見てみろ」
トルバノーネさんは意味が分からぬというようなやる気のない顔で遺言を見る。そして目の色が変わる。
(トルバノーネ最高司令官)「この内容、本当か? 正直、老害の戯言と受け取るしかないが」
(アウグストゥス)「封筒の印鑑を見てみろ」
トルバノーネさんはそれを受け取ると、ふむと言ってキールさんたちに回す。
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「これは、本物だな」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「こいつは? どっかで見た記憶があるな」
(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「国家を収めるものが、大陸の支配者に誓う約束事だ。そしてこれは本物。つまりナツメは大陸の支配者、俺たちの真の王だ」
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「国家が設立し、大陸の支配者も姿を消しましたから名前だけと言えば名前だけ。ですがそれでも絶大な効力を持つ。この大陸の国家は元々大陸の支配者に命じられて国を作ったとも言われていますから、大陸の支配者からの命令は絶対です」
(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「何より、エーテル国に新生ドイツ帝国、新生ソビエト連邦の署名もあります。これを見るからに、この大陸で一番の力を持つ新生ドイツ帝国と新生ソビエト連邦がナツメを支配者と認めていることに他なりません。そしてこのエーテル国も、ナツメが王と認めています」
(トルバノーネ最高司令官)「それ以上に驚きなのが、ナツメ! お前男だったのか!」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「そう! それが一番驚きだ! こんな可愛いのに、女の子の服が似合うのに男!」
(エーテル国軍諜報部隊隊長ニッキー)「人体の神秘だな」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「トルバノーネ! お前男に惚れちまったのか!」
(トルバノーネ最高司令官)「結果そう成っちまっただけだ! でも見てみろ! この可愛い顔! 女としか考えられねえ!」
(アウグストゥス)「お前ら静かにしろ!」
わちゃわちゃと騒ぐトルバノーネさんたちをアウグストゥスさんは一喝する。
(アウグストゥス)「さて、トルバノーネたちよ、ナツメはハンニバルが考えた作戦を決行する構えだ。答えは?」
トルバノーネさんたちは失笑する。
(トルバノーネ最高司令官)「どうするもこうするも、王様の決定に俺たちが逆らえるかよ」
(ナツメ)「お、王様! 僕が!」
(トルバノーネ最高司令官)「おうとも!」
トルバノーネさんはどんと剣で床を叩く!
(トルバノーネ最高司令官)「あのくだらねえ王様にもうんざりしていたところだ! そこに真の王様が現れた! なら俺たちが従うのはナツメ! お前だ!」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「あの裸の王様だと俺たちは何時まで経っても無視されたままだし」
(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「それに、あなたが王と言われても納得できます。あなたはとてもお優しいお方だ」
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「それに私たちの事も良く知っている。ならば不満はありません」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「それに、これは本物なんだろ! なら文句なんてありゃしねえ!」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「あの封書は紛れもなく本物。そしてお前は王。存分に使ってもらいたい」
トルバノーネさんたちが一斉に頭を下げる!
(ナツメ)「ちょ、ちょっと待ってください!」
(アウグストゥス)「何を待つ必要がある? トルバノーネたちはお前を王と認めた。それなのに、責務を反故するか?」
(ナツメ)「責務?」
(アウグストゥス)「王となったものの責任だ。お前が望む望まないに関係なく、責任は降りかかる。だが安心しろ。俺たちが助ける。心配するな。俺たちは望まぬ責務を負わされる王様を助ける心構えがある。沖田! そうだろ?」
(沖田)「何か良く分かんねえけど、とにかく、お前さんが王様でも文句はねえ。それに、徳川家も意外と望まないのに将軍になっちまった将軍も居る。そん時助けたのが家臣だ! まあ、これ以上話がややこしくなるのも嫌だし、とりあえず王様になっちまえよ」
沖田さんが高らかに笑う。
(ハンニバル)「今のエーテル国では俺たちの案を認めない。どうか、頼む」
ハンニバルさんが慇懃に頭を下げる。
(ジャンヌ)「その、私もお手伝いします! だから今は黒き者どもを倒しましょう!」
反対する人が居ない。それどころか望む人が居る。
僕はいよいよ、逃れられなくなった。
(ナツメ)「分かりました。ですから皆さん、僕を助けてください」
(アウグストゥス)「ここで言質を取りたい。私はこれから酷いことをする。それでも私を責めないな?」
アウグストゥスさんが言いたいことはもう分かっている。
彼は、エーテル国民を洗脳するつもりだ。働きアリの様に使うつもりだ。
でも僕はそれに何も言えない。
黒き者どもを滅ぼす作戦を遂行するためにはアウグストゥスさんの力が必要だ。
(ナツメ)「あなたは、人を操る能力を持っている」
(アウグストゥス)「強力な暗示だ。死ねと言えば死ぬほど強力な」
トルバノーネさんたちにジャンヌさんも驚くけど僕は無視して頭を下げる。
(ナツメ)「僕にどのようなことができるか分かりません。でも僕はアウグストゥスさんを信じます。だから、何が起きてもアウグストゥスさんに従います。だから、助けてください」
(アウグストゥス)「良し! トルバノーネ、何か反論はあるか?」
(トルバノーネ最高司令官)「ねえよ。だからさっさと動け」
(アウグストゥス)「ジャンヌ、沖田、ハンニバル。お前たちは反論があるか?」
(ハンニバル)「俺にある訳が無いだろ?」
(沖田)「もうどうでもいいからあいつら殺そうぜ!」
(ジャンヌ)「人を操る。私は納得できません。ですが、ここで意地を張っても仕方ありません。ですから約束してください。攻め入る黒き者どもを倒したら、この作戦が終了したら必ず洗脳を解くと」
(アウグストゥス)「分かっている。今回の出来事は特例だ。私だって洗脳なんて使いたくない。私の目的は、ここに新生ローマ帝国を設立することだからな!」
アウグストゥスさんは立ち上がると長身から僕を見下す。
(アウグストゥス)「今回は特例で洗脳するがことが済めばすぐに解く。しかしその時暴動が起きるだろう。念のために聞くが、その時、お前は私の言うことを聞くんだな?」
(ナツメ)「どんな役に立てるか分かりませんが、聞きます。何度も言わせないでください」
(アウグストゥス)「それが聞けて安心したよ」
アウグストゥスさんは速足で立ち去る。
これ以上僕たちを挑発しないためだ。
(ジャンヌ)「申し訳ありませんが、私も失礼させていただきます。エーテル教を説得しなくてはいけませんから」
(ハンニバル)「俺も失礼させてもらう」
(沖田)「俺もやること思い出したから行くぜ」
一斉にジャンヌさんたちが出て行った。
(トルバノーネ最高司令官)「中々に癖のある連中だな」
トルバノーネさんが僕の隣に座るとため息を吐く。
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「最後の最後で俺に従わねえと後悔するぞと言って来やがった」
(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「しかしながらそこまでのプロセスは見事でしたね」
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「いつの間にか作戦を実行することが正義と、私たち全員の心を一つにする。そして最後に無理難題を持ち上げる」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「それを解決するには俺の力が必要だから従え」
(エーテル国軍諜報部隊隊長ニッキー)「だがそれは事実だ。ただそれをすんなり受け入れさせたんだから、世界最高の民主的独裁者の名にふさわしい手腕だ」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「だがナツメをだしに俺たちを言いなりにさせようって魂胆が気に食わねえ!」
(ナツメ)「ぼ、僕を!」
(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「あいつが欲しかったのは俺たちが従うという言質だ。それを得るためにお前が真の王とばらした」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「俺たちは腐ってもエーテル国軍、もしもエーテル国が反対すれば俺たちも賛同できない。変な見栄と思われるだろうがそういうもんだ」
(エーテル国軍汎用部隊隊長コスト)「何より、新生ローマ帝国を作るためにエーテル国を滅ぼすことを認めろと暗に示した。私たちとすれば納得できませんが、ナツメがアウグストゥスを認めると言ったのだから何もできません」
(ナツメ)「僕はそんなつもりじゃ!」
(トルバノーネ最高司令官)「だがそうなっちまった。あいつは酷いことをすると言った。そして暴動が起きたときに避難するなと言った。奴は間違いなく、その時の暴動に紛れてエーテル国を潰し、新生ローマ帝国を建国する。そしてその時、俺たちに邪魔をするなと言った。ナツメを通して」
(ナツメ)「そんな! 僕にそんな権限なんて!」
(トルバノーネ最高司令官)「そんな難しく考えるなって!」
トルバノーネさんは膝の上に僕を乗せるとぐしぐしと頭を撫でてきた。
(トルバノーネ最高司令官)「俺らはあいつらの力が必要だと思っている。そして今のエーテル国じゃそれは無理。だから洗脳する。嫌だが仕方ない。そして未来のためにエーテル国をぶっ潰す。嫌だが仕方ない」
(ナツメ)「し、仕方ないで済ませられるんですか!」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「つったってな。今のエーテル国だと結局同じことの繰り返しだ。何かことがあるたびに洗脳して何だかんだ。そんなこと繰り返すなんて時間の無駄だ」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「それにアウグストゥスたちは俺たちの腕を買ってる。なら文句はねえ!」
(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「何より俺たちは今のエーテル国にうんざりしている。だから守りたくねえ」
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「そしてちょうどいいところに新しい王様が現れた。ならもう文句ねえ」
(ナツメ)「王様って僕ですか! 僕はそんな力ない!」
(トルバノーネ最高司令官)「うるせえ奴だ! 諦めて俺たちの王様に成れ」
ギュッとトルバノーネさんに後ろから抱きしめられると不安が溶けるように消えていく。
(トルバノーネ最高司令官)「お前は良い王様に成れる。お前と一緒に暮らしてきた俺たちが保証する。お前は優しい奴だ。だから力は弱くても気にするな。俺たちが戦う。迷うことがあっても気にするな。俺たちも一緒に悩む。悔やむことがあっても気にするな。俺たちも一緒に悔やむ。そして、もしも、残酷なことを命じなくてはならなくても気にするな。お前の罪は全部、俺たちが背負う。俺たち軍隊は、そのために居るんだからな」
(ナツメ)「トルバノーネさん」
トルバノーネさんはグッと頭を撫でると立ち上がり、声を張り上げる。
(トルバノーネ最高司令官)「さあ! 野郎ども! アウグストゥスたちに良いようにされないように動くぞ! まずは俺たちの軍隊の人数を元の十万人に戻す! 退役した奴ら! そして友人たちに声をかけまくれ! 俺たちの理解者をアウグストゥスたちに盗られるな!」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「アウグストゥスたちと競争だな!」
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「今この場で軍を増やさなくてはエーテル国民の洗脳が溶けた後もハンニバルたちに主導権を奪われてしまいます」
(エーテル国軍諜報部隊隊長ニッキー)「じゃあ行くか!」
キールさんたちも一斉に駆け出した。
(ナツメ)「トルバノーネさん」
(トルバノーネ最高司令官)「そう不安がるな。お前は俺の女だ。絶対に守る。だから安心しろ」
その言葉は凄く嬉しかった。
(ナツメ)「ありがとう」
(トルバノーネ最高司令官)「じゃあ俺たちも行くぜ!」
トルバノーネさんにお姫様抱っこされて会議室を出る。
(ナツメ)「あの、すごく空気が読めない発言だと思うでしょうが、僕男ですよ?」
(トルバノーネ最高司令官)「なーに! 俺はお前のことを女だと思ってる! だから気にするな!」
何かがおかしい。
アウグストゥスは血まみれの剣から赤い廊下の絨毯に血を滴らせながらエーテル城を歩く。
(侍女A)「あ、アウグストゥス様! 何がありましたのですか!」
部屋を出てきた侍女Aがアウグストゥスを見るなり叫ぶと、アウグストゥスの瞳が赤く光る。
(アウグストゥス)「私の命令は絶対だ」
侍女Aの瞳も赤く光る。
(侍女A)「アウグストゥス様の命令は絶対です」
侍女Aは人形の様に大人しくなる。
(アウグストゥス)「他の奴らにも伝えろ」
侍女Aは脱兎のごとく走り出す。
(侍女B)「きゃあ! ああアウグストゥス様! これはいったい!」
別の部屋から現れた侍女Bが悲鳴を上げる。
侍女Aは侍女Bの肩を掴み、赤い瞳を光らせる。
(侍女A)「アウグストゥス様の命令は絶対です」
侍女Bの瞳が赤く光る。
(侍女B)「アウグストゥス様の命令は絶対です」
アウグストゥスの洗脳は、伝染する。
能力名、独裁権限。
(アウグストゥス)「大臣。そこに居るんだろ? 隠れていないで出てきなさい」
廊下の影に身を顰める大臣はガタガタ震えながら剣を握りしめる。
(大臣)「なぜ乱心された! 私たちはあなたの言いなりだった!」
(アウグストゥス)「それは違う。君たちは俺の洗脳が通じない。つまり言いなりにならない」
(大臣)「そんな! そんなことをしなくても私たちは従う!」
(アウグストゥス)「ならば私がこの国を潰し、新生ローマ帝国を建国すると言っても従えるかな?」
(大臣)「え!」
(アウグストゥス)「出来ないだろ? だから殺すのだよ」
(大臣)「バカな! 狂っている!」
(アウグストゥス)「新生ローマ帝国初代皇帝を罵倒するとは無礼な奴だ」
大臣の背後から一斉に侍女たちが襲い掛かる。皆目が赤かった。
(大臣)「お、お前たち! 何をする!」
(侍女A)「アウグストゥス様の命令は絶対です」
(侍女B)「アウグストゥス様の命令は絶対です」
(侍女C)「アウグストゥス様の命令は絶対です」
(大臣)「洗脳! いやでもこの人数を!」
大臣の後方、そしてアウグストゥスの後方には赤い目をした侍女に兵士が居た。
(アウグストゥス)「私の洗脳は伝染する。たった一人洗脳すると、洗脳された者を通じてまた一人洗脳される。それを繰り返すと、一人が二人、二人が四人、四人が八人、八人が十六人と二乗して増えていく。もうここは私の城だ」
アウグストゥスは大臣の首元からネックレスをもぎ取る。
(アウグストゥス)「しかしながら洗脳防止のアイテムを身に付けた者は無理。つまり君たち大臣格。だから私は君たちを殺している。君たちを生かしておくと背後から暗殺される可能性があるからな」
大臣が歯をガチガチ鳴らす。
(大臣)「い、今なら私を洗脳できる。洗脳しろ。洗脳してくれ! 受け入れる! だから助けてくれ!」
アウグストゥスは剣を大臣の喉元に突き付ける。
(アウグストゥス)「ローマ帝国初代皇帝の私に意見するのか?」
大臣の悲鳴が廊下に響いた。
事が済むとアウグストゥスはコロシアムの玉座に座る。その目前には数万を超える赤い瞳をしたエーテル国民が規律正しく並んでいる。
アウグストゥスが微笑むと、女も、男も、子供も、老人も声高々に叫ぶ。
(エーテル国民)「新生ローマ帝国バンザイ! 新生ローマ帝国バンザイ! 新生ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス様バンザイ!」
(アウグストゥス)「壮観だ。本来は洗脳などしないでこの光景が見たかったが……しかし、いずれそうなる」
侍女が近づくと何も言わずにワインを持ってくる。
(アウグストゥス)「しかしながら、この強力な能力は思わず溺れてしまいたくなるほど甘美だ。この能力は洗脳であるが、君が考える以上に最高な代物だ。洗脳された者は私が喜ぶことを考えて実行する。何も言わずともワインを持ってくる。命じなくてもコロシアムに集まる。命じなくても私の名を賛美する。羨ましいだろ、ブルーネ王」
玉座から荒縄で拘束されるブルーネ王を見下す。
(ブルーネ王)「わ、わ、私にこんな光景を見せて、なな、何を望む!」
(アウグストゥス)「自慢したかっただけだ。あと、君に仕返しをしたかった。あれほどの仕打ちと屈辱を受けたのだから少しは許してくれるだろ?」
(ブルーネ王)「た、頼む! 妻と子供だけは助けてくれ!」
(アウグストゥス)「何だか俺が悪役みたいだな」
ブルーネ王の隣で震える王女と王妃を見て笑う。
(アウグストゥス)「お前は気を見て殺すが娘どもは殺さない。俺の言うことを聞けばな」
ブルーネ王に気を取られている隙に王妃が隠し持っていたナイフでアウグストゥスの喉元を突き刺す!
(王妃)「死ね! この化け物!」
(アウグストゥス)「活発な女だ。犯したくなったよ」
血を口から滴らせながらもアウグストゥスは笑い、王妃の手を握りしめる。
王妃が声にならない悲鳴を上げると、アウグストゥスはナイフを引き抜き、塞がっていく傷口を見せつける。
(アウグストゥス)「私は不老不死でもある。理解できただろ?」
王妃が狂ったように泣きながら頷くとアウグストゥスは手を離す。
(アウグストゥス)「王妃と王女には利用価値がある。私に従ってくれるな?」
王妃が何度も何度も壊れた人形の様に頷くと、アウグストゥスは未だに新生ローマ帝国と己を賛美するエーテル国民に目を移す。
(エーテル国民)「新生ローマ帝国バンザイ! 新生ローマ帝国バンザイ! 新生ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス様バンザイ!」
(アウグストゥス)「フハハハハハハハハ!」
アウグストゥスの邪悪な笑い声が、エーテル国を包んだ。
一方ジャンヌはエーテル教会に来ていた。
(ジャンヌ)「お祈り中失礼します」
約数千人のエーテル教の信徒が祈りを捧げる中、ジャンヌはずかずかと割り込む。
(エーテル教大司教A)「突然なんだ! 無礼だぞ!」
(ジャンヌ)「誠に申し訳ありません。ですがもう一刻の余地もないのです。単刀直入に言いますが、私の小麦畑とブドウ園を返してください」
(エーテル教大司教B)「馬鹿らしい! そんなことを言いに祈りを邪魔したのか!」
(エーテル教大司教C)「その話はとっくに済んでいる! 話し合う余地など無い!」
(ジャンヌ)「そうでしたか」
ジャンヌは十字架を両手で握りしめ、懺悔する様に跪く。
(ジャンヌ)「主よ。愚かなるジャンヌをお許しください」
エーテル教の信徒たちの瞳が青く染まる。
そしてピタリと雑音が止む。
(エーテル教大司教A)「これは! 洗脳か!」
(エーテル教大司教B)「魔女め! ついに本性を現したな!」
(エーテル教大司教C)「馬鹿なことをしたな! 殺してやる!」
エーテル教大司教Cが杖をかざす。
(エーテル教大司教C)「目覚めよ信徒! そして異教徒を八つ裂きにしろ!」
杖が光り、教会が眩しく煌めく。
それだけだった。
信徒たちの瞳は未だに青いままだった。
(エーテル教大司教D)「ど、どうなっている! 洗脳が解けていない!」
(ジャンヌ)「あなたたちはミスを犯した。それは、信徒の心に耳を傾けなかったこと。彼らはあなた方に不満を持っていた。あなたたちの態度、教会の制度、お金の問題。あなたたちは隠せていたと思っていたようですが、信徒たちは気づいていた。だから彼らは私に同情してくれた。だから彼らは、私が送った十字架を身に付けてくれた!」
信徒たちの胸には、青白く光り続ける十字架が輝いていた。
(ジャンヌ)「十字架を身に付けた者を操れる、教皇権限! 恐れ多い名前なのに! 操るという悪しき能力! 私の恥部! 私の罪の象徴!」
(エーテル教大司教A)「化け物が!」
大司教たちが一斉に銃を抜いて発砲する。
そして信徒たちが発射された弾丸を叩き落とす。
(エーテル教大司教B)「な、なにが起きた!」
(エーテル教大司教C)「ば、バカな! 弾丸が叩き落とされた!」
(エーテル教大司教D)「そんなバカな! ただの弾丸とはいえ、なぜ信徒たちが!」
(ジャンヌ)「もう一つの能力! 操った者を強化する狂信者! 黒き者どもと渡り合えるほど操った者を強化する! しかし反動は絶大! 悪くすれば死んでしまう忌むべき能力! 悪魔の技!」
(エーテル教大司教A)「ま、待て! 助けてくれ!」
(ジャンヌ)「私は今日! 魔女となってしまった! 主は私を許さない! だから私はお前たちが許せない! お前たちが私の話に耳を傾けてくれれば!」
ジャンヌの体から青い炎が放たれる。
(エーテル教大司教B)「助けてくれ!」
(ジャンヌ)「私は魔女にならなかったのに!」
ジャンヌから放たれた青い炎が、大司教たちを一瞬で炭に変えた。
(ジャンヌ)「青い炎、信徒を操る……すべて私が身を焼かれた時に、一瞬だけ望んでしまった罪。主よ、私をお許しください」
ジャンヌは青い炎で身を焦がしながら神に祈った。
沖田は平原を歩きながら夜月を見上げる。
(沖田)「しっかしあっついなー。帰ったら風呂入り直しだ」
沖田は朝方の会議とは違い、新選組の衣装から浴衣に着替えている。
(沖田)「徳川は無くなるしエーテル国は無くなるしそもそもエーテル国からは冷遇されてたし。しかも女になっちまったし。運の悪さと馬鹿さ加減なら天下一だな」
そしてポツンと立っている家の前に来ると、ため息を吐く。
(沖田)「おまけに人切り。しょうがねえと言いたいが、ほんと、バカだよな」
コンコンコンと沖田がノックすると老人が顔を出す。
(老人)「どちらさんだい?」
(沖田)「沖田総司ってもんだ。以前あんたの息子であるエーテル国近衛兵隊長マンディルの世話になっていた」
(老人)「マンディル! 沖田! か、帰れ! 息子を殺した奴の顔など見たくもない!」
(沖田)「俺は殺してねえし、マンディルは死んで当然の屑だった」
(老人)「うるさい! 失せろ!」
老人が戸を強引に閉じようとするが、沖田はその前に戸を無理やり開いて中に押し入る。
(老婆)「なんだいなんだい!」
(女)「あなたは!」
(沖田)「突然の訪問で済まない。ただ俺はあんたたちが持つアイテムを貰いに来ただけだ」
(老人)「なんじゃと!」
(沖田)「さすがにそこにある電気ポットや外の自家発電所は持って行かない。しかし銃や剣は預かる。盾も鎧も装飾品類もすべて」
(老人)「寝ぼけた事言ってんじゃねえぞ!」
老人がショットガンを沖田の顔面にくっつける。
(沖田)「そのショットガンはアイテムだな。引き金を引くと弾丸が飛び出す。そしてその弾丸は必ず敵の頭部を粉砕する。呪いみたいな能力を持った奴だ」
(老人)「それが分かったら出て行け!」
スラリと老人の胴体を閃光が走る。そして沖田が剣を鞘に納めると老人の体がずるりと落ちた。
(沖田)「悪いが、アイテムを持っている奴に手加減はできねえ」
(老婆)「あああああんた~! 許さない! 殺してやる!」
老婆は手直に飾ってある小さな人形数体を掴んで床に投げつける。人形は見る見ると大きくなり、どこからともなく剣を出現させて構える。
(沖田)「ハンニバルの自動人形と同種のアイテムか」
一体が切りかかってくると沖田は同じく剣で受け止める。沖田の足元が凹みクレーターと化す。
(沖田)「すげえ力だ!」
残りの数体が一斉に沖田に襲い掛かる。
そして真っ二つになった。
(老婆)「あ、あんた! 兄妹が居たのかい!」
変な驚き方である。しかし無理は無い。
自動人形たちを壊したのは、複数の沖田総司であったから。
(沖田)「分身の術みたいなもんかな? ただ思考も技術も全部俺と同じ。正直この能力を発動させると誰が本当の俺なのか自分でもわからなくなっちまう」
能力名、多勢に無勢。
己の分身、いや同一人物を作り出す能力。
この能力は、本物の沖田総司を作り出す。だから作り出した大本の沖田総司が死んでも問題ない。なぜなら、出現した沖田総司は全員本物なのだから。
(沖田)「新選組の基本は、大勢で少数の敵を取り囲んでぶっ殺す。その戦い方が、俺の願望となった。剣豪が聞いてあきれるぜ」
数人の沖田が同時に老婆に剣を向ける。
(沖田)「「「「「「殺したくない。だから人形から手を離せ」」」」」」
老婆は頭がおかしくなったかのように奇声を張り上げながら、再び人形に手を伸ばす。
老婆の心臓に沖田の剣が突き刺さると、老婆は動かなくなった。
(沖田)「もう止めろ。殺したくねえ」
沖田は包丁を向ける女にため息を吐く。
(女)「私の夫を殺しておいて! 家族を殺しておいて何を言っているの!」
(沖田)「悪いが、俺に落ち度はない。そう言わせてもらう」
女はプルプルと沖田たちの冷たい目を睨むと、奇声を張り上げて、己の喉に包丁を突き刺した。
(女)「呪ってやるわ!」
そして女は絶命した。
(沖田)「八つ当たりだと思うんだけどな」
沖田は隣に居る沖田、つまり自分に命じる。
(沖田)「こいつらを埋葬してくれ。俺は次の場所に走る」
(沖田)「気を付けろよ」
(沖田)「アイテムを運ぶのは俺に任せろ」
(沖田)「しっかしほんっとこの能力は不便だな。気味が悪くて仕方ねえ」
(沖田)「言っても仕方ねえだろ」
沖田たちは闇夜を走った。
満天の星空の下でハンニバルは欠伸をする。
(ハンニバル)「どうやら、皆動き出したようだ」
(ダヴィンチ)「ふーん。ようやくハンニバルが望んだ能力を使いだしたんだ」
(コペルニクス)「全く、アウグストゥスもジャンヌも沖田も初めから使っていればすぐに黒き者どもを倒しつくせたでしょうに」
(ハンニバル)「あいつらの気持ちは分かる。だから今は何も言わずに作業に取り掛かろう」
(ダヴィンチ)「もうできたよ」
ダヴィンチは自身が描いた風景画を叩く。するとみるみると地形が変形し、深い谷が風景画の通りに刻まれる。
(ハンニバル)「お前に会えてよかったよ」
(ダヴィンチ)「わーいって感じ。とりあえず二十万人が暮らせるくらいの領土を確保するんでしょ?」
(ハンニバル)「もうちょっと多くていい。兵士は総勢25万人になるからな」
(ダヴィンチ)「良く分かるね」
(ハンニバル)「多分な」
(ダヴィンチ)「まあいいや。とにかく地図のとおり囲むよ」
(ハンニバル)「よろしく頼む」
ハンニバルはコペルニクスに近寄る。
(ハンニバル)「そろそろアウグストゥスとの約束の時間だ。手筈通り頼む」
(コペルニクス)「食料等の調達ですね。任せてください」
(ハンニバル)「恩に着る」
ハンニバルはエーテル城へ歩き出す。
(コペルニクス)「あなたはもしかして、未来が見えるのではないですか?」
ハンニバルが足を止める。
(コペルニクス)「そして、ナツメが1月後の死から戻ったように、死に戻りもできるのでは?」
ハンニバルがコペルニクスに振り返る。
(ハンニバル)「突然どうした?」
(コペルニクス)「いえ。ただ、アウグストゥスたちが奥の手を隠し持っていたように、あなたも隠し持っているのではないかと思って」
(ハンニバル)「そりゃあ説明し切れないほど能力は持っている。念には念を入れて」
(コペルニクス)「つまり未来予知も死に戻りもできると?」
(ハンニバル)「どうした? なぜそんな発想を突然するんだ?」
(コペルニクス)「あなたが黒き者どもに攻勢に出なかったからですよ」
(ハンニバル)「それはあの時の状況がそうだっただけだ」
(コペルニクス)「そうですか? 大量の自動人形を展開し、少数で後方から刺す。黒き者どもの作戦ですがそれはあなたにもできた。なのにどうして実行しなかったんです?」
(ハンニバル)「成功しないと分かっていたからだ。戦力差で」
(コペルニクス)「そこが不思議です。どうしてあなたは戦力差があると言い切れたのですか? 本当は試したのでしょ? 死に戻りで」
(ハンニバル)「考えすぎだ。俺は英雄とは名ばかりのハンニバル・バルカだったってことだ」
(コペルニクス)「まだあります。あなたはエーテル国軍を説得しに来た際に、嫌に簡単にナツメの言葉を信じ、バカらしい作戦を決行した。本当は、分っていたんじゃないですか? 絶対に作戦は成功し、それによって今回の作戦が実行されると」
(ハンニバル)「どうしたんだ? なぜそこまで警戒する」
(コペルニクス)「私はあなたの真意が知りたいだけです。あなたは何のためにここに居るのです?」
(ハンニバル)「突然だな。答えればこれ以上詮索しないか?」
コペルニクスが頷くとハンニバルはため息を吐く。
(ハンニバル)「完璧なる軍事国家だ」
(コペルニクス)「軍事国家」
(ハンニバル)「国や国民は軍の維持、拡大に全力を尽くす。全員が軍のことだけを考える。そうすれば、突発的なことが起きても、国民を総動員するだけでかたがつく。なぜならば、国民全員が軍人だから。それが俺の理想だ」
(コペルニクス)「それでは経済が成り立ちません」
(ハンニバル)「しかし、今やろうとしていることは紛れもなく俺の理想となる。できればこれが永遠に続くことを願いたい」
ハンニバルの目つきが鋭くなる。
(ハンニバル)「そしてそうなれば、皆、俺の価値を理解できる」
ハンニバルはコペルニクスに背を向ける。
そして笑う。
(ハンニバル)「今度は完璧に勝てる!」




