エーテル国軍で雑用の日々(3/10)
エーテル国軍が暴れたおかげで一気に状況が動きます。
(ブルーネ王)「ど、ど、どういうことだ? こここ、近衛兵が、ぜぜぜんめつつぅつ?」
会議中、家臣を集めた円卓で王はどもりまくる。
(大臣)「その、何と申しますか、マンディル隊長が独断でエーテル国軍の駐屯地に攻め込んだようで。その、戦死したようです」
(ブルーネ王)「そんなことどうでもいい! それよりあいつらに与えた武器は! 神の力は!」
(大臣)「その、奪われたようです」
ブルーネ王は円卓をひっくり返して喚き散らす。
(ブルーネ王)「何で軍が近衛兵を殺す! 奴らは役立たずだろ! なぜ黙って死なん! それに近衛兵も近衛兵だ! 殺しに行って返り討ち! 神の力を持って! 私の力を持って! あまつさえ奪われる! ふざけるな! あいつら全員死刑だ! 近衛兵も軍も殺せ! 殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せこーろーせー!」
(大臣)「そ、その、殺すにも近衛兵が全員逃げてしまいまして、エーテル国軍を潰す兵力がありません」
(ブルーネ王)「お前らを死刑にしてやる! てめえら全員役立たずだ! 早く兵隊を集めろ! お前らの私兵をかき集めてあの屑どもを血祭りにあげるんだ!」
(アウグストゥス)「ブルーネ王! 大変です! エーテル国軍が反旗を翻しました!」
皆が固まっているところに突然アウグストゥスが血相を変えて飛び込んでくる。
(ブルーネ王)「何だお前! そんなこと誰でも知ってる! この役立たずが!」
(アウグストゥス)「申し訳ありません! ですが王! ご安心ください! 私たち異世界人が必ずあなたを守ります!」
何だと? 大臣含め家臣は思った。当然だ。あれだけ冷遇されたのに突然命を守ると言ってくるなど正気の沙汰では無い。
(ブルーネ王)「なに! お前が、お前たちが守ると?」
だが溺れる者は藁をもつかむ。ブルーネ王はアウグストゥスと扉の前で仁王立ちするハンニバル、ジャンヌ、沖田を見ると途端に涙ぐむ。
(ブルーネ王)「お前たちは本当の英雄だ……異世界から私を救いに来てくれた。ありがとう!」
ハンニバルにジャンヌ、沖田はもちろん、家臣たちもドン引きする。だがすぐに察する。
こいつはもうダメだと。
(アウグストゥス)「王よ。まずはお休みになってください」
(ブルーネ王)「ありがとう! ありがとう!」
そしてブルーネ王を介抱しながら家臣たちに微笑みを見せつけるアウグストゥスに、家臣たちはホッとした。
(アウグストゥス)「私は王を寝床へ運ぶ。それまで待って居ろ」
バタンとアウグストゥスと王が出て行くと即座に家臣たちがハンニバルたちにすり寄る。
(大臣)「その、今までご無礼をおかけしました」
ハンニバルとジャンヌに沖田の顔が歪む。
(大臣)「すいません! この通りです! 私を許してください! 私はただ! あの愚かな王に命じられただけなのです!」
(家臣A)「私もです! どうか私たちをお助けください!」
家臣たちが次々と頭を垂れるその光景を前に、ハンニバルもジャンヌも沖田も言葉が出なかった。
(アウグストゥス)「許します! 私たちはあなたを助けに来たのですから!」
突然ドアを開け放ち、入ってきたアウグストゥスの言葉にハンニバルもジャンヌも沖田も唖然とするが、家臣たちは目を輝かせて顔を上げた。
(大臣)「アウグストゥス様! あなたは偉大なる王だ!」
こぞって家臣たちがアウグストゥスに詰め寄る。あなたこそ王であり、私が家臣だ! そう言いたいように。
(アウグストゥス)「今日はもう休め。軍は私たちが何とかする。黒き者どもも」
(大臣)「ありがとうございます!」
大臣たちは深々と頭を下げると、部屋から出て行った。
(沖田)「気分が悪いから帰っていいか?」
(ジャンヌ)「私もです。頭が割れるほど痛い」
(アウグストゥス)「突然待遇が変わって腹がよじれそうか?」
(沖田)「だってあいつら昨日まであんなに俺たちを冷遇しといて今日はこれかよ! ふざけんな!」
(ジャンヌ)「同感です! 虫が良すぎます! 冷遇しておいて窮地に立つと手の平を返す! ならばその前から平等に接するべきです!」
(アウグストゥス)「だとさ。ハンニバルはどうだ?」
(ハンニバル)「楽しそうだな」
(アウグストゥス)「楽しいさ。だが俺が答える前にお前だろ?」
(ハンニバル)「若造が」
ハンニバルはため息を吐くと円卓の間に用意された玉座を見下ろす。
(ハンニバル)「奴らは軍を軽視した。結果、牙を向かれた。しかも私兵を軒並み殺された。自業自得だが、慌てるのも無理は無い」
(アウグストゥス)「もはやこの国に防衛手段は無い。今は黒き者どもだけでなく、軍さえも敵となっている。俺たち以外は!」
(ハンニバル)「結局奴らは、胡坐かいてたら見限られた。それだけの話だ。だが奴らにとっては死活問題だ。何せ、ここは裸の王様が闊歩する無防備国だ。だが奴らは負けるとは思っていなかった。それだけ近衛兵や憲兵に自信を持っていた。それを失った。気が狂うのも無理は無い。今この国は森の中で裸のまま突っ立っている死人と同じだ」
(アウグストゥス)「だからこそ、安い私の言葉にも転がる。ただし言っておくが、私だからこの結果になった。私はあいつらと親しかったからな!」
(沖田)「分かった。帰る。勝手にしてくれ」
(ジャンヌ)「私も帰ります」
(アウグストゥス)「待て! お前ら! 俺のおかげで表を歩けるようになったんだぞ! なのに感謝の言葉も無しか!」
黙ってジャンヌと沖田が出て行くとアウグストゥスは舌打ちする。
(アウグストゥス)「全く、少しは学ばねえのか?」
(ハンニバル)「お前の悪どい手は、俺でも慣れねえよ」
(アウグストゥス)「というより、人の心を見透かしたかのような舐めた行動だ。お前は確かに最善手を打つが、だからこそ気味が悪い」
(ハンニバル)「心を読むな! 殺すぞ」
(アウグストゥス)「冗談だ冗談。だが、これもまた俺の武器だ。分かるだろ?」
(ハンニバル)「ああ、もう何も言わねえ。奴らの心を読み弱みに付け込んだ。もはや詳しい理屈なんぞ聞きたくもねえ。帰らせてもらう」
(アウグストゥス)「なぜ怒っている?」
(ハンニバル)「決まってるだろ。俺は俺で居たい。お前の人形になりたくない。お前を嫌う奴らすべてがそうだっただろう。だからこそ、お前は最高の政治家なのかもしれないけどな」
アウグストゥスは苦々しく笑い、出て行こうとするハンニバルの背中を呼び止める。
(アウグストゥス)「俺はこの国を滅ぼして新生ローマ帝国を作る。今がその気だ。すでに歯車は回っている。これを逃しては結局今までと同じ、前世と同じく無力感を味わうだけだ。お前と同じように」
ハンニバルは、しばし歯を食いしばる。アウグストゥスは追い打ちを掛ける。
(アウグストゥス)「確かにお前は最高の軍師だ。数千年の未来から見てもそうだろう。だがお前の当時はどうだ? お前はカルタゴに裏切られ、消耗戦を挑まれ、敗退した。スキピオとの戦いが最初の敗北と言われているようだが、俺の認識は違う。お前は国に敗北した。自国に、我が国に。何度もしも国の補給が間に合ったのなら。悔い抜く時間も足りまい?」
(ハンニバル)「分かった。認める。お前が王だ。俺は所詮政治家止まり。国を変えるなどできやしない。だがお前ならできる。スキピオの祖先であり、あのローマを統一したアウグストゥスだから!」
(アウグストゥス)「分かるなら、仲良くしよう」
(ハンニバル)「仲良くするさ。ただ最後に言わせてくれ。お前はこの国を統一出来ない。なぜなら、お前は暗殺された。そしてそれが今のお前となった。お前は誰一人信用していない。だからこそ、心を読む力を得た。気持ちは分かる。だが決して、人はお前を信用しない。どれだけ人の心が読めても、それはつまるところ、打算でしかないからだ」
(アウグストゥス)「打算以外に国を治める手があるのか?」
(ハンニバル)「それはお前が分かってるだろ? 少なくとも、ただの1政治家よりも、帝王となったお前のほうが」
ハンニバルが去るとアウグストゥスは床に散らばる無傷なワインボトルの栓を指でこじ開けてラッパ飲みする。
(アウグストゥス)「ここで俺が国をとっても、この国の意識は変わらない。異世界人を軽蔑するだけ。だからその常識を捨て去らねばならない。今王や家臣を殺しても結局いつもと同じ。だが、エーテル国軍を動かしたお前は違う! 大神ナツメ! お前はこの国を揺るがすカードを持っている! だからこそ! 俺はそれに従う! 皇帝であるからこそ! 俺はお前に屈しない! だがお前を王と認める!」
アウグストゥスは疲れたように玉座に座りこみ、再びワインボトルをラッパ飲みする。
(アウグストゥス)「あのカードを切らずにこの国に止めを刺した! 俺はお前に劣るとは思わない。俺の時代に来てもお前は奴隷だ。だが、この世界では違った。だからお前を認める! お前は俺の王だ! 悔しいがこの時代の情勢はそうなる! だからこそお前には王になってもらう!」
アウグストゥスはワインボトルを飲み開けると床に叩きつける。
(アウグストゥス)「ナツメ、頑張れ。今の俺たちは未だにギリギリだ。そしてお前も実のところギリギリだ。だからこそ頑張れ! 頑張れ!」
アウグストゥスは玉座に腰を沈めると、静かに目を瞑った。
一方そのころナツメは大変だった。
(ナツメ)「はいはい! すぐにお酒と馬の燻製お持ちしますから! こら! お尻触ろうとするな!」
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「かてえ奴だ!」
(トルバノーネ最高司令官)「お前! ナツメに手を出したらただじゃ済まねえぞ!」
(ナツメ)「あなたもただじゃ済みませんよ!」
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「酒が足りねえ! もっと持ってこい!」
(ナツメ)「自分で持ってくるか水でも飲んでください!」
食堂で行われる宴会の給仕で大忙しだ。
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「これをあっちに運んでください!」
(ナツメ)「あっちってどっちですか! 自分で運んでください!」
近衛兵たちとの戦闘で勝利した駐屯地は朝から晩まで宴会状態だった。
おかげで経った一日しか経っていないのにナツメはヘロヘロだった。
(トルバノーネ最高司令官)「よーしてめえら! 聞け!」
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「うるせな何だよ?」
(トルバノーネ最高司令官)「2週間後、黒き者どもと戦争をする!」
食堂が凍り付いた。
こちらもアウグストゥスとは別な方向に大変だった。




