エーテル国軍で雑用の日々(4/10)
決意を新たに、しかし現実は厳しい。
(トルバノーネ最高司令官)「どうした! それくらいでへばるな! サボってんじゃねえぞ!」
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「ハイ! お前ら! 声が小さいぞ! 1から数え直し!」
(エーテル国軍棒隊隊員A)「ハイ!」
(トルバノーネ最高司令官)「いくぜ! 1からだ! 1万回まで数えるぞ! 1!」
(エーテル国軍防衛隊1番隊隊長ブラッド)「2!」
(ナツメ)「トルバノーネさん! 本当に大丈夫! 朝からぶっ続けだよ! もうお昼だよ!」
(トルバノーネ最高司令官)「後で食いに行く! 30!」
(ナツメ)「本当に大丈夫かな? もう腕立て伏せ5000回くらいやってるんじゃないかな?」
トルバノーネさんたちの腕立て伏せで庭は汗で川が出来ている。
100人を超える人が汗も拭かず、炎天下の中で腕たせ伏せをしている。だから雨が降ったように地面が濡れることは変じゃない。でもさすがに川は以上だ。すでに何人も倒れて医務室に連れて行かれている。
(トルバノーネ最高司令官)「声が出てねえぞ! やり直し!」
(ナツメ)「ほ、本当に大丈夫かな?」
皆と違ってトルバノーネさんは背中に岩を乗せ乍ら腕立て伏せをしている。しかも胸が付くくらい深く体を沈めていて、皆よりもずっと辛そうだ。歯を食いしばって血が滴っている。
(トルバノーネ最高司令官)「くそったれ! お前ら鈍ってるぞ!」
(ナツメ)「だ、誰か呼んで止めさせないと!」
また一人倒れたのに皆止めようとしない! 死んじゃうよ!
(ナツメ)「コストさん! 皆止めさせてよ! いくら何でも死んじゃう!」
(エーテル国軍汎用部隊隊長コスト)「やらせましょう! それに今はけが人と病人で構ってられない!」
病室はけが人と病人で溢れかえっていた。
(エーテル国軍切り込み隊隊長ザック)「さあお前らいっぺんにかかってこい! 俺を殺してみろ!」
切り込み隊長のザックさんは部下100と命を懸けた模擬実践をしていた。
ザックさんはすでに血だらけだけど部下もまた血だらけで何人も倒れている。
(エーテル国軍歩兵部隊隊長キール)「盾を下ろすな! 槍を下ろすな! どうした! 以前はこれくらいで命の手綱を手放さなかったぞ!」
歩兵部隊隊長のキールさんはずっと盾と槍を構えたまま、すり足で動きつつ、時に槍を突き出しつつ、まるで武道の演武様に数時間も同じ動作を繰り返していた。
熱中症と脱水で部下は今にも倒れそうだ。
同じ動作を繰り返すとは言え、重い盾と槍を構えながら動き続けるとなるととんでもない疲労だろう。
何せすでに十数人が疲労骨折と判定され、医務室へ運ばれた!
(エーテル国軍輸送部隊長マール)「運べ運べ! 遅い遅い! あと100週追加だ!」
輸送部隊長のマールさんは駐屯地の周りの数十キロの砂袋を両手に持って走る。
肩が抜ける隊員が居るけど大丈夫なのだろうか?
(エーテル国軍防御部隊隊長アール)「押しなさい! この程度で黒き者どもを止められませんよ!」
防御部隊隊長のアールさんは相撲をするように大盾を構えて盾と盾をぶつけ合った。
重さ百キロはあるだろう盾を、ぶつけ合っていた。
(エーテル国軍狙撃部隊隊長ウォル)「射れ射れ射れ射れ!」
ウォルさんは血豆が破けても弓を射続ける。
(エーテル国軍白兵戦部隊隊長バーリ)「動き続けろ! 俺たちはかく乱するしか能がないんだ!」
バーリさんは流れるような演武を続ける。
(エーテル国軍諜報部隊隊長ニッキー)「遅い遅い遅い! 足がなまってる! 逃げ足が俺たちのかなめだ!」
ニッキーさんは百メートルダッシュを数千回行っている。
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「ふう、やっと捕らえた。やはり鈍ってますね」
(ナツメ)「ベールさんそれ熊! しかも血だらけ!」
ベールさんは体中包帯塗れで、さらに包帯からも血が滲み出ていた。
(エーテル国軍炊事係隊長ベール)「昔は素手でも熊を投げ殺せたんですが、今は刀を使ってやっとです」
続々とベールさんの部下たちが熊やオオカミ、キツネ、ウサギといった獲物を担いでくる。皆傷だらけで。噛まれたような跡があるからへたすると感染症にかかっちゃうんじゃ?
(ナツメ)「エリクサー持って行かなくちゃ!」
部屋に戻っておじいちゃんが残してくれた鞄から溢れかえるエリクサーを抱えて病室へ直行する。
(ナツメ)「コストさん! エリクサー持ってきました!」
(エーテル国軍汎用部隊隊長コスト)「ありがとうございます! ちょうど切らしてしまったので!」
(ナツメ)「切らした! 数百人分はあったでしょ!」
(エーテル国軍汎用部隊隊長コスト)「先ほどに記念すべき数百一人目が来ました。それより、包帯と糸はありますか? 無くなってしまいました」
(ナツメ)「ああもう! あると思います! 持ってきます!」
この調子だと後数千人分のエリクサーが必要になるんじゃないか? 僕はそう思った。
そしてそれは的中した。
僕が包帯と糸を鞄へ求める途中、数十分前に病室へ運ばれた兵隊がまた運ばれていた。
朝起きるとおじいちゃんが残した奇跡の鞄からエリクサーが溢れていた。変だと思ったけど朝食を作るために部屋を出た途端理解した。兵士たちが死ぬほどの訓練をしていた。
何があったのかトルバノーネさんに聞くと黒き者どもと戦うための訓練をしている、なまった体に活を入れていると言った。でも訓練の悲惨さは目を逸らしたくなるほどだった。
僕は気休めにとエリクサーを渡した。注意することも伝えた。
するとトルバノーネさんは笑った。これで死ぬほど追い込むことができる! そう喜んだ。
僕は皆が倒れるのを見ているだけだった。できることと言えば、鞄から溢れるエリクサーに包帯、糸を持っていくことだけだった。
夜遅くになってようやく訓練が終わり、トルバノーネさんが部屋に帰ってきた。
(トルバノーネ最高司令官)「戻ったぞ!」
(ナツメ)「お帰りなさい! ご飯用意してますよ!」
(トルバノーネ最高司令官)「ありがとよ! 少し寝るから置いておいてくれ!」
(ナツメ)「えっ! せっかく作ったのに!」
トルバノーネさんは僕の言葉も待たずに、目を瞑った。
僕はそれを見て思う。
今まで昼酒を楽しみ、訓練もせずのん気に暮らしていた。良く言えばのん気、悪く言えばだらけた生活だったのに、昨夜の発言からビリビリとした空気になった。
黒き者どもと戦う。トルバノーネさんが発言した後、駐屯地の空気は良く言えば緊張感、悪く言えば緊迫感に包まれた。
息苦しいまでの緊張感が支配する駐屯地、皆明日を見ないかのように訓練に明け暮れている。
(ナツメ)「何が怖いの?」
(トルバノーネ最高司令官)「黒き者どもだ!」
突然トルバノーネさんが起き上がる!
(トルバノーネ最高司令官)「俺たちはあいつらに完膚なきまでにやられた! 不細工ながらも包囲殲滅をかけられたのにやられた! しかも今は黒き首なし騎士とかいう騎兵まで出てきた! 歩兵だけで5万の兵士が俺たちを残して全滅した! 地獄絵図だった! 俺たちは! 俺は何もできなかった! 親友のハヌーンが殺されても何も!」
トルバノーネさんは力なく机に顔を沈める。
(トルバノーネ最高司令官)「死ぬことは怖い。だがそれ以上に奴らを前に立ち尽くす方が怖い! 今の俺たちではあいつらに出会った瞬間! 身を竦めて立ち尽くす! だからそれを乗り切らなくてはならない!」
熱病に魘されるように震えるトルバノーネさんを見て、僕はふとハンニバルさんを思い出す。
(ナツメ)「ハンニバルさんに会って」
(トルバノーネ最高司令官)「何だと? あの異世界人に会えだと!」
(ナツメ)「ハンニバルさんは黒き者どもと戦い続けている! だから知恵を借りることができる! 今トルバノーネさんの知りたいことを知っている!」
トルバノーネさんはぶるぶると震える目で僕を睨む。僕はそれを見据えて睨み返す。
(トルバノーネ最高司令官)「分かった。会って見よう。今のままだと、訓練だけして、けが人だけだして、何もせず無意味に死ぬだけだ」
トルバノーネさんはベッドへ向かう。
(ナツメ)「あの、ご飯は?」
(トルバノーネ最高司令官)「起きたら食う。そこに置いておいてくれ」
(ナツメ)「トルバノーネさん!」
ふらつくトルバノーネさんに駆け寄る!
トルバノーネさんに抱きしめられる!
(トルバノーネ最高司令官)「お前は最高の女だ」
トルバノーネさんに額をキスされる。
トルバノーネさんは何も言わずにベッドへ向かう。
(トルバノーネ最高司令官)「俺はあいつと仲が悪い。とりまとめよろしく頼む」
トルバノーネさんがベッドへ倒れると僕は黙って出て行く。
(ナツメ)「おやすみなさい。トルバノーネさん」
僕はキスされた額を撫でる。
トルバノーネさんに死んでほしくない。
心の底からそう思った。
一方そのころ、フラン高原でハンニバルとアウグストゥスが黒き者どもとの戦いで疲弊していた。
(アウグストゥス)「明日あたりにナツメがエーテル国軍最高司令官トルバノーネと一緒に俺たちに会いに来るぞ。黒き者どもに勝つ方法を聞きにな」
(ハンニバル)「無茶苦茶言いやがる奴だ」
火の粉が舞い、黒き血がべったりと血を汚す戦場の中、ハンニバルとアウグストゥスは言う。
(沖田)「巨人を始末した」
(ジャンヌ)「同じく。黒き首なし騎士はどうです?」
べったりと体に黒き血を纏った沖田とジャンヌがハンニバルとアウグストゥスの前に立つ。
(ハンニバル)「何とか殺しつくした。その結果、自動人形が2万を切ったがな」
(沖田)「嫌味か?」
(ハンニバル)「そうじゃない。お前たちはずいぶんよく働いてくれた。これはじり貧の現状を嘆いただけだ」
(アウグストゥス)「黒き者どもだけなら、俺たちだけで十分だと思うが、やはり黒き首なし騎士たちのあの足の速さは厄介だ」
(ハンニバル)「黒き巨人どももだ。それに黒き者どもだけでも一体で歩兵5人以上の強さを持っている。以前エーテル国軍が破れた理由がそれだ。そして速度の黒き首なし騎士、耐久力と城壁も破壊する黒き巨人ども。防御なら未だしも攻撃であいつらが勝てる道理はない。この国で英雄と謳われる最強のエーテル国軍でも」
(アウグストゥス)「だが俺たちの手下にはなる」
(ハンニバル)「恐れを抱いた軍など役に立たない。だがエーテル国軍は役に立つ! 何より今の状況なら俺の言葉も聞く! だから即座に止めさせなければならない!」
ハンニバルはアウグストゥスに顔を向ける。
(ハンニバル)「最低限のもてなしはしたい。奴らは止めなくてはならない! だからこそ! 俺が敬意を払っていることを伝えてくれ!」
(アウグストゥス)「俺たちの家に呼んで、飯は肉を焼くとかシンプルな物にしよう。酒は高級品だがな!」
(ハンニバル)「沖田! ジャンヌ! お前たちも力を貸してくれ! お願いだ!」
(沖田)「いきなり頭を下げるな! どうしたんだ?」
(ジャンヌ)「そうです! あなたならエーテル国軍程度説き伏せられるでしょう!」
(ハンニバル)「俺じゃ無理だ! あいつらは俺が無理と言えば単身で黒き者どもと戦う! それは避けなくてはならない! あいつらでは勝てない! それを納得してもらわなくては!」
ハンニバルの手が震える。
(ハンニバル)「エーテル国軍。確かに今の調子なら全盛期を超える力を手にするだろう。だがそれでも勝てない! だから待て! 焦るな! 今の兵力差を考えろ! 奴らは1万単位の軍勢だぞ!」
(自動人形)「ニシニニジュッキロ、ミエマシタ」
(ハンニバル)「休む暇はねえぞお前ら! 奴らを通せば終わりだ!」
ハンニバルがアウグストゥスに沖田とジャンヌを従えて走る。
(ハンニバル)「黒き者どもに軍師が現れたら! 今までと同じような力比べでは勝てない!」
ハンニバルは歯を食いしばりながら、次の戦場へ向かった。




