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おじいちゃん(10/10)

参考:いくつしみ深き

URL:http://homepage3.nifty.com/RuiRuka/Prv/Midi/Itukusimi/ItukusimiText.htm



 コペルニクスはおじいちゃんの家の前に着くと手元からかばんを作り出す。

 どんな大きなものでも、どんなものでも収容できる「神の懐」という神が与えた能力だ。

(コペルニクス)「ジャンヌ。さっさと出て来い」

 コペルニクスが鞄を地面に振るうとジャンヌがベシャリと落ちる。そのついでにアウグストゥスや沖田にハンニバルも落ちる。

(ジャンヌ)「あなたはもっとゆっくり走れないのですか! 鞄の中でも死にそうでした!」

(コペルニクス)「そんなどうでもいいこと喋る暇は無い。それよりもおじいちゃんの容態を見ろ」

 すっかり日が落ちたその空の下、コペルニクスはようやくおじいちゃんの家に到着した。

(コペルニクス)「ナツメ!」

 コペルニクスは部屋に踏み入り、固まった。

(ジャンヌ)「いったい何があったのです! 理由を説明しなさい!」

 ジャンヌも部屋に踏み入る。

 そしておじいちゃんの手を必死に握り締めるナツメを見て、口を噤んだ。

(コペルニクス)「ナツメ? おじいちゃんは?」

 ナツメはぎこちなくコペルニクスに振り向く。

(ナツメ)「まだ眠いみたい」

 精一杯の笑顔で答えると再びおじいちゃんへ顔を向ける。

(コペルニクス)「ジャンヌ、見てやってくれ」

 ジャンヌはそっとナツメの横に座り、そっとおじいちゃんの額を撫でる。

(ジャンヌ)「ナツメ。おじいちゃんは笑っています。おじいちゃんは幸せでした。ですから、泣いてはダメです」

 おじいちゃんは、確かに苦しげではなく、満足した、見ようによっては微笑むように、安らかに眠っていた。

(ナツメ)「うぅう……おじいちゃん……」

 ナツメはおじいちゃんの手を握り締めながらジャンヌの懐で泣く。

(コペルニクス)「ナツメ。あなたは許した。そして許された」

 コペルニクスは十字を切って外へ出る。

(アウグストゥス)「コペルニクス。この偏狭に呼び出して何をする?」

(コペルニクス)「呼び出すも何も勝手についてきたのでしょう」

 草地にシートを敷いてのんびり座るアウグストゥスが暢気に言うとコペルニクスはため息を吐く。

(アウグストゥス)「まあ、暇だったからな。それに、大量の賄賂を贈ってまで軟禁されていたジャンヌを脱走させたから興味が出た」

(コペルニクス)「君たちが騒いだおかげで余計に出費してしまった。年利18%で返してもらいたいね」

(沖田)「かてえこと言うなよ。俺とお前の仲だろ」

(コペルニクス)「あなたとは今日が初対面ですが?」

(沖田)「目と目を合わせたらそのときからダチだろ?」

(コペルニクス)「分かりました。結構です。しかし、あなたまで来るとは思いませんでした」

(ハンニバル)「暇だった。あと、ナツメの名前を聞いたからな」

(沖田)「そうそう! ナツメだ! あいつ生きていたのか!」

(アウグストゥス)「死体が見つからなかったからもしかしたらと思ったが、どうやって助かった? 近衛兵たちの心を読んだが、出血と撃たれた場所、そして滑り落ちた崖の高さを考えると自力では無理だ」

(コペルニクス)「それは後で説明します。それよりも葬式の準備をします。あなたたちも手伝いなさい。そして旅立ちを祈りなさい」

(アウグストゥス)「死んだ? 誰だ?」

(コペルニクス)「ナツメのおじいちゃんです。肉親です」

(沖田)「家族がここに来てたのか!」

(ハンニバル)「なるほど、だからジャンヌを呼んだのか」

(コペルニクス)「ナツメのおじいちゃんの旅立ちです。私が彼女を連れ出した理由は分かりましたね? ではあなた方もやることは分かったでしょう?」

 沖田は頷く。ハンニバルも頷く。

(沖田)「分かった。何をすればいい?」

(ハンニバル)「その前に棺おけとかどうするんだ? 祈るし墓穴も掘るが場所は?」

(コペルニクス)「場所は決まっています。棺おけですが、すぐにできます」

 コペルニクスは再び鞄を出現させ、ひっくり返す。

 ところが何も出てこない。

(コペルニクス)「全く! 何時まで鞄の中で暮らす気ですか! 早く出なさい! ダヴィンチ!」

 ガツンガツンと鞄を地面に叩きつけるとぐしゃりとレオナルド・ダ・ヴィンチが出てきた。

(ダヴィンチ)「コペルニクスちゃん! 荒っぽすぎるよ! 大体今日の朝飯まだ! なんか知らない人も入ってくる! 僕の快適ライフ返してよ!」

(コペルニクス)「何順応しているんですか! はじめはこの国の異世界人への取締りが厳しくなったから非難する目的だったでしょう!」

(ダヴィンチ)「いや入って見ると結構快適で。静かで芸術に熱中できる! それにテレビとかビデオもある! ゲームもある! ポテチもポッキーもある! 快適だ! あと光回線つなげない?」

(コペルニクス)「分かったから仕事しろ! あとインターネットは無理だ! 我慢しろ!」

(ダヴィンチ)「そんな! 昨日はamazonに注文できたぜ! 光回線もいけるって!」

(コペルニクス)「突っ込みどころが多すぎるぞ! これ以上私を怒らせたいのか!」

(ダヴィンチ)「本当だって! ただ住所を入力したけど来なかった。意外と未来の配達屋も大したこと無いな! ちなみにカードの名義は君にしておいたぜ」

(コペルニクス)「なあ? ダヴィンチ? 私は今君に構っている暇も遊んでいる暇も怒っている暇も無い! 後でたっぷり文句を言ってやるからさっさと部屋に入って寸法を取れ! さもないと両手をへし折って何もできないようにしてやる!」

(ダヴィンチ)「分かった分かった。すぐに作るから」

 ダヴィンチは鉛筆を持つと空中に棺おけの図面を描く。

(ダヴィンチ)「できた。寸法も全部あってる」

 どこに描いた図面でも具現化する神の能力、創造神の代理者。ダヴィンチが願った力だ。

(ハンニバル)「便利な能力だ。それで俺たちの武器も作ったのか?」

(ダヴィンチ)「まあね。ただ、材料が無いと描き作り出したものもただの張りぼて。君からふんだくったのもそれが理由なんだから恨まないでくれよ?」

 いつの間にか周囲の木の幹がえぐれていた。

(ハンニバル)「それはどうでもいい。それより、もっと強力な武器が必要だ」

(ダヴィンチ)「作れって? ダメダメ。材料に図面を描く資料が必要だ。核ミサイルを作れって言うなら理論と設計図と材料を用意してよね」

(ハンニバル)「くそが」

(コペルニクス)「無駄なお喋りは止め! 葬式の準備に取り掛かる。シャキッとしろ!」

(ダヴィンチ)「そんなことよりおなか減っちゃったよ」

(コペルニクス)「お前はさっさと鞄の中に戻れ!」

 コペルニクスはダヴィンチに頭から鞄をかぶせる。

 ダヴィンチは跡形もなく消えた。

(アウグストゥス)「1つ聞きたい」

 今まで沈黙していたアウグストゥスが口を開く。

(コペルニクス)「何です?」

(アウグストゥス)「どうしてナツメのおじいちゃんを見殺しにした? このようにさっさとジャンヌを連れ出せば済むことだろ」

 コペルニクスは悩み抜く放浪者のように頭を振る。

(コペルニクス)「おじいちゃんに止められていたんです」

(アウグストゥス)「ふむ……どんな状況か分からんがもう1つ。おじいちゃんを助けたかったと思わなかったのか? たとえそれがおじいちゃんの意に反しても生きながらえさせると思わなかったのか?」

(コペルニクス)「正直言いますと迷っていました。これはただの復讐ではないのかと」

(アウグストゥス)「復讐? おじいちゃんが? ナツメに?」

(コペルニクス)「おじいちゃんは自殺したナツメを恨んでいた。なぜ自殺したのか。それは月日を経つごとに怨念に育った。だからおじいちゃんは、半ば自殺する思いでナツメを助け、そして自殺するためにジャンヌを遠ざけ、そしてナツメを苦しめた」

(アウグストゥス)「最低な奴だ。英雄と呼ばれるような奴とは思いたくも無い」

(コペルニクス)「そうですね。ですがナツメもおじいちゃんに復讐していた。傍から見れば、彼らは互いにナイフで傷つけあう復讐者だった」

(アウグストゥス)「なぜ止めなかった? お前なら止めることができたはずだ? お前は経済学者である前に、天文学者である前にキリスト教徒だろ?」

(コペルニクス)「私も罪人です。私はおじいちゃんを治しても結局2人が傷つけあうだけだと思ってしまった。そしてそれを取り持つことはできないと思ってしまった。結局私は、2人が和解する切っ掛けを待つほかに無かった。そしてそれがこの結果です」

(アウグストゥス)「無様な結果だ。俺が帝王なら許せと一言言うだけ。それで問題は解決する」

(コペルニクス)「アウグストゥス。それは違います。私の罪は2人を和解させる手段を見つけられなかったこと。あの2人に和解しろと言わなかったことではない。あなたも分かるでしょう? あなたは、暗殺された相手に、和解しろと言えますか?」

(アウグストゥス)「くそ野郎が」

(コペルニクス)「私はあの2人が仲良くならなければおじいちゃんを説得できないと思った。そのために行動した。それがこの結果です。それが私にできる最善の策でした。神もお許しになるでしょう。あなたはお許しにならないと思いますが。あなたはローマ帝国の帝王ですから」

 コペルニクスが言い切るとアウグストゥスは立ち上がる。

(アウグストゥス)「手伝おう」

(コペルニクス)「ありがとうございます」

 コペルニクスが一礼すると、葬儀が始まった。


 墓はおじいちゃんの自宅の庭に立てた。おじいちゃんが望んだ。

(ジャンヌ)「いくつしみ深き

      友あるイエスは罪 咎 憂いもとり去りたもう

      こころの嘆きを包まずのべて

      などかに下さぬ思える重荷を

      いくつしみ深き

      友なるイエスはわれらの弱気を知りて憐れむ

      悩み 悲しみに沈めるときも

      祈りにこたえて慰めたまわん

      いくつしみ深き

      友なるイエスはかわらぬ愛もて導きたもう

      世の友われらを棄て去るときも

      祈りにこたえて労わりたまわん」

(ジャンヌおよび一同の聖歌斉唱が終わる)

(コペルニクス)「ナツメ。おじいちゃんを最後まで見届けなさい」

 墓穴に納められるおじいちゃん。ナツメは土をかぶせながら、泣いた。

(ナツメ)「おじいちゃん。ごめんなさい」

 打ちひしがれるナツメを、一同は黙って見届けた。


(ジャンヌ)「ようやく、寝付きました」

 胸元をナツメの涙でびっしょり濡らしたジャンヌが蝋燭の明かりだけの囲炉裏に立ち入ると安堵の表情を浮かべる。

(コペルニクス)「ありがとうございます。あなたはやはり聖少女だ」

(ジャンヌ)「突然かしこまらないでください。私は当然のことをしたまでです」

(アウグストゥス)「しかしまあ、心が読める私なら未だしも、ハンニバルや沖田が聖歌を歌えるとは思わなかった」

(沖田)「口の動きを読んだ。何より空気を読んだ。ハンニバルも同じだろう。それで! 喧嘩売ってるなら表に出ろ!」

(ハンニバル)「止めろ! 俺たちはそんなことをするためにここに来た訳ではない。あの封書だ」

 アウグストゥスとコペルニクスの目つきが鋭くなる。

(沖田)「封書? 何が書いてあるんだ?」

(ジャンヌ)「私も内容も何も知りません。ですが、あなたたちの雰囲気を見るとただならぬものと分かります。ですが今日は、ナツメのおじいちゃんの旅立ちを祝いましょう。それが来世へ旅立った、死者への唯一の手向けです。静かに、欲も何も無く、ただ祈りましょう」

(アウグストゥス)「残念だがもう死人よりも封書の話だ。それが今一番大切だ」

(ジャンヌ)「あなたには人の心が無いのですか?」

(コペルニクス)「一番無礼なのはナツメが寝ている家で大声を出す私たちだ。皆外へ出よう」

 コペルニクスの一言で皆虫の鳴く夜空の下へ行く。

(沖田)「虫の声がうるせえ! 俺の世界みたいだ!」

 沖田が笑うと皆少しだけ笑う。

 昔を思い出したのだろう。

 帝王の時代、軍師の時代、芸術家の時代、学者の時代、家族との時代を。

 少しだけ空気が柔らかくなるが以前緊迫した空気が流れる。

(コペルニクス)「一気に説明します。この封書は200年前の王である大神ツヨシが認めた後継者の名が記されている。そして後継者はナツメだ」

(沖田)「ちょっと待て! 話がいきなり宇宙までぶっ飛んでるぞ?」

(コペルニクス)「事実を言ったまでです。私も入念に調べましたが、大神ツヨシは200年前の王であり、この大陸、世界を統一した唯一の英雄だ」

(アウグストゥス)「ダメだ! いくらなんでも信じられん! 死者へ敬意は払うが実力においては俺だ! その俺を差し置いてあの爺がこの世界唯一の英雄だと?」

(ジャンヌ)「待ちなさい。私も気になって調べましたが、確かに大神ツヨシの名は200年前から確認できます」

(アウグストゥス)「そいつはご立派だ! で! その英雄はなぜこんな偏狭で誰にも認められず死んでいる!」

(沖田)「ていうかあの爺さん200歳以上か! さすがにそうは見えなかったぞ!」

(コペルニクス)「あの娘の力を借りてここにきたあなたがそう言いますか?」

(沖田)「怒るなって。驚いただけだ。しかしまあ、となるとナツメは俺たちの王様か」

(アウグストゥス)「バカが! 論点はそこじゃない! こんなふざけた世界にしたのがあの爺? あの爺が国を割った? ふざけた話があるか! 俺は絶対に認めん!」

(ハンニバル)「頭に上った血を下げろ。何なら木に頭でもぶつけて血を抜け。コペルニクス、それを俺たちに提示したのは、信じられるとか受け入れられるとかそんなものじゃないな?」

(コペルニクス)「そうです。この封書の最大の問題点は、この世界の民がナツメを王と認めるかどうかです。信じられなくても信じられても事実でも虚偽でもこの際問題ではないのです」

(ジャンヌ)「口を挟みますが、ナツメが王と定められたのは事実です。この印鑑は確かに、200年前に現れた英雄の印鑑、つまり今もなお効力のある証明書です。何よりエーテル教の本山の議事録に、今から百年ほど前に、おじいちゃんが記した内容を遂行すると記録があります。これを認めなければ権威は失墜するでしょう」

(アウグストゥス)「頭が混乱しててめえらを殺しそうだ!」

(ハンニバル)「つまり、ナツメは俺たちの王様って訳だ。そしてそれは本当だ。この書類が偽造で無いのならば」

(アウグストゥス)「そうだ! 偽造だ! これが本物という確証はあるのか? 偽造なんぞ楽にできるぞ? 口だけの奴らなんぞはいて捨てるほど居る!」

(ジャンヌ)「あなたのように?」

(アウグストゥス)「ジャンヌ! 切り刻まれたいか!」

(コペルニクス)「止めろ! この内容は事実だ! まずはその観点から話し合わないか?」

(ハンニバル)「異論は無い。このまま続けてたら朝になる。何も変わらない」

(アウグストゥス)「ダメだ! まずはこの内容が事実か証明する必要がある!」

(沖田)「もう止めようぜ? ナツメが王様、それでいいじゃねえか」

(アウグストゥス)「お前はそれで良いのか!」

(沖田)「良いんじゃねえの? 今の王様よりナツメのほうがよっぽどマシだ」

(ダヴィンチ)「聞いてると皆バカだね」

 ダヴィンチがあくびをしながらコンソメ味のポテチをかっ食らう。

(ダヴィンチ)「僕たちの目的は王になることでも誰が王と決めることでもない。黒き者どもを倒すことだ。そこから話を進めなくちゃ何時まで経っても平行線だよ? 平行線の形は美しいけどね!」

 ダヴィンチの言葉に一同は口を慎む。

(コペルニクス)「ありがとう。確かにその通りだ。私たちは目的を見失っていた」

(ダヴィンチ)「じゃあ光回線通して。プレミアム会員になりたいんだ」

(コペルニクス)「だからお前は鞄の中で永遠に暮らしていろ!」

(ダヴィンチ)「イェエァアアアアア!」

 ダヴィンチは再び鞄の中へ吸い込まれた。

(コペルニクス)「私たちの目的は黒き者どもの根絶。それを考えるならばナツメを王と認め、ナツメの名の下に国を束ねるのが正しい」

(ジャンヌ)「私も同感です。あの封書は正しく、私たちは手を合わせる必要がある。ならば認めるほかありません。それにそもそもあの内容は正しい。正しきに従うは私たちの勤めです」

(沖田)「俺も賛成だ。グダグダの国をぶん殴るためにはナツメが必要だ」

(アウグストゥス)「私は反対だ。この封書が真実だとしても、むしろ真実ならば更なる戦乱を生む」

(ハンニバル)「俺も反対だ。突然僕が王様ですと名乗っても誰もついてこん」

(コペルニクス)「話し合いは破綻ですね?」

(アウグストゥス)「そうは思わん。この封書は本物だとすれば私たちの起死回生となる。ならばこれからどうするか、私たちは話し合う必要がある」

(ハンニバル)「惜しいもんだ。これが偽者でも、ナツメにそれだけの力があればどうとでもできたのに」

(ジャンヌ)「ですが、そう思わないナツメだからこそ指名されたのでは?」

(アウグストゥス)「どうでもいいことだ。この封書の内容は面白かったが、とにかく年寄りの妄想としか言えない」

(ハンニバル)「夢のある話だが、これで話し合いは終わりだな。面白いがな」

(沖田)「もったいない話だぜ。あいつが王様なら俺も張り合いがあるのに」

(ジャンヌ)「納得できない話です。正しき道を曲げるなど神が許されるでしょうか?」

(ダヴィンチ)「結局、その封書が本物だろうと偽者だろうとどうにもできないほど自分たちは弱いって結論じゃない?」

 一同の顔色が一斉に曇る。

(コペルニクス)「ありがとう。あなたは確かに天才だ」

(ダヴィンチ)「じゃあ早く光回線!」

(コペルニクス)「だから眠ってろ!」

 コペルニクスはダヴィンチの後頭部に踵落としを決めると鞄を消す。

(コペルニクス)「私があなた方を呼んだのは、この封書をどうするのか。それだけです」

(アウグストゥス)「私は何もできん」

(沖田)「俺も何もできねえ」

(ハンニバル)「同じく」

(ジャンヌ)「……私は何とか頑張ってもらいたいです。私も頑張りますから」

(コペルニクス)「結局、私たちには何もできない。この話は終わりです。ご参集いただきありがとうございました。そろそろ朝になる。そく戻りますから鞄に入りなさい」

 コペルニクスが鞄を出現させると皆それに入り込む。

(アウグストゥス)「またこれかよ」

(ハンニバル)「ゆっくり走ってくれ。これ以上やられると吐く」

(コペルニクス)「ハイハイ。皆、入りましたね? では行きます!」

 コペルニクスは風よりも早く走った。


(おじいちゃん)『ナツメ? 何泣いとるんじゃ?』

(ナツメ)『おじいちゃん?』

 肩を叩かれたので目を覚ますとおじいちゃんが横に座っていた。

 辺りを見渡すと真っ白な世界だった。

(ナツメ)『ここは?』

(おじいちゃん)『死と生のハザマとでも言うべきかの。まあ、詳しいことは分からん。それよりワシは、お前にビシッと言ってやるために居るんじゃ!』

(ナツメ)『何?』

(おじいちゃん)『いい加減、目を覚ませとな!』

 おじいちゃんは頭を掻く。

(おじいちゃん)『ナツメ。自分を責めるな。ワシが悪かった』

 おじいちゃんに抱きしめられると涙が零れる。

(ナツメ)『だって、おじいちゃんが死んだのは僕のせいでしょ?』

(おじいちゃん)『違う違う! あぁあ! やっぱり邪心を持つと碌な事が無いのう!』

 おじいちゃんは頭を撫でる。

(おじいちゃん)『お前はワシにとって、たった1人の英雄じゃ。じゃから、胸を張って生きろ』

 胸が苦しくて、切なくて顔が落ちる。

(ナツメ)『おじいちゃん、死んじゃやだよ……僕と一緒に居よ?』

 涙が溢れて止まらない。

 僕はまた独りぼっちになってしまう。

 あんなに嫌だったのに。

 こんな気持ち嫌だ。

 死にたい。

 死んで楽になりたい。

(おじいちゃん)『ナツメ。顔を上げておくれ』

 おじいちゃんの声がすると同時に、肩に手を置かれた。

 おじいちゃんかと思ったけど違った。

 おじいちゃんは真正面に居る。

 なら、隣に居るこの人は誰だろう?

(おじいちゃん)『最後の最後、結局、ワシは間違いしか起こさなかった。お前を苦しめ続けてしまった。じゃから、これだけは言っておくぞ! お前はワシの英雄じゃ!』

(ナツメ)『英雄?』

 おじいちゃんを見つめる。

 おじいちゃんは、誇らしげな顔をしていた。

(おじいちゃん)『お前は、ワシにコーヒーを出してくれた。お茶を出してくれた。飯を出してくれた。洗濯した。掃除した。じゃから、お前はワシの英雄じゃ!』

(ナツメ)『な、何で英雄なの? そんなの、誰でもできることだよ?』

(おじいちゃん)『確かに誰でもできる! じゃが、ワシにそれをしたのは、ナツメ、お前じゃ』

 おじいちゃんは深く、涙を浮かべる。

(おじいちゃん)『お前は、自分を助けてくれる英雄を待っていた。だから、英雄たち、偉人たち、果ては凶悪な犯罪者たちも調べた。誰でも良い。誰でもいいから助けてくれと』

 その通りだった。

 でもそんな人現れなかった。

(おじいちゃん)『ワシは出会えたぞ! お前に、最後の最後で』

 おじいちゃんは涙を浮かべながらも力強く笑う。

(おじいちゃん)『確かに、お前が思い浮かべる英雄は、皆の英雄だ。だが、あいつらはワシにいっぱいのコーヒーも、食事も作ってくれなかった。ワシの傍に居てくれなかった。居てくれたのは、お前だ。最後の最後、ちょいとした悪戯心、お前と同じ気持ち。心配して欲しい。そう思ったときに、お前は傍に居た。だから、お前は英雄だ。ワシ一人の英雄だ』

 僕はおじいちゃんの言葉で、ようやく気づけた。

 僕は英雄になりたかった。

 たった一人で良い。

 その一人を救える英雄に。

(おじいちゃん)『ナツメ。お前は英雄だ。ワシから見ればジャンヌより、アウグストゥスより、ハンニバルより、沖田より、コペルニクスより、ダヴィンチよりも、お前のほうが英雄だ』

 おじいちゃんの身体が溶けるように薄くなっていく。

(おじいちゃん)『名残惜しいが、そろそろ時間だ。だから最後に言っておく! もう謝らん! お前! ワシが弱っていくのを見て悲しかっただろ! ワシだってお前が自殺して悲しかった! だからこれはお相子だ! だから、もう謝らない』

 おじいちゃんは涙を拭って己の胸を叩く。

(おじいちゃん)『ワシはまたお前と出会う! その時、今度こそ助ける! お前が困っているときには必ず助ける! お前が英雄と言ってくれる男となってみせる! だから! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! お前はワシの英雄だ! 俺の英雄だ! だから頑張れ! 俺はお前と会えて嬉しかった! ありがとう! だから頑張れ! さよならは言わない! 次に会うときまで頑張れ! 俺も頑張る! だから頑張れ! 頑張って頑張って頑張って!』

 おじいちゃんが半透明の背中を向ける。

(おじいちゃん)『幸せになれ』

 おじいちゃんは僕の言葉も待たずに歩き出す。

 僕に背を向けて、どこかへ旅立つ。

 僕はその背中を見て、すぐにかける言葉を見つけた。

(ナツメ)『おじいちゃん! 僕はおじいちゃんと一緒に居て楽しかった! 世話することも苦じゃなかった! 楽しかった! だから!』

 僕は力いっぱい叫ぶ。

(ナツメ)『おじいちゃんは僕の英雄だよ!』

 おじいちゃんは遠くで振り返ると、僕にありがとうと言った。

 そして僕の隣に居る誰かに頭を下げた。

(おじいちゃん)『ナツメを、よろしくお願いいたします』

 そしておじいちゃんは、僕の元から去った。


 目を覚ますとそこはおじいちゃんの家の自室だった。

(ナツメ)「夢? なのかな?」

 身体を起こすと涙で塗れた髪と枕が引っ付く。

 結構痛くて、ようやく現実だと実感できた。

(ナツメ)「顔洗おう」

 顔を洗う。もう涙は出ない。

 僕はもう悲しくなかった。

 僕は一人ぼっちじゃなかった。

 なら、やるべきことは1つだ。

(ナツメ)「誰かに、一人で良い。ありがとうと呼んで貰える人になろう」

 ちっぽけだけど、僕はそれが限界。

 限界じゃない。僕が本当に望んでいた英雄はそれだった。

 悲しいとき、苦しいときに傍に居る人。

 それは家族、または友人、恋人と呼ばれるだろう。

 それどころかそれよりももっと希薄な人間関係かもしれない。

 すれ違う人、ただそれだけの関係かもしれない。

 でもそれで良い。

 僕はただすれ違った人にも、ありがとうと言ってもらいたい。

 そんな英雄になりたい。

 消しゴムを拾ってくれた、給食をよそってくれた、どんな関係でも良い。

 ただ一言、ありがとうと呼んで貰える英雄になろう。

 それが僕の夢だったのだから。

(ナツメ)「誰?」

 突然誰かの気配を感じた。

 見えなかったけど確かに感じた。

 でも探しても見つからない。

 ただ囲炉裏の傍にいつの間にか箱が置いてあった。

 おじいちゃんが大切に保管していた箱だった。

 僕はそっと箱を開けると、そこには手紙が1つ、そして見たことも無いアイテムが沢山詰まっていた。

(おじいちゃんの手紙)「このアイテムはお前の役に立つ。何せワシが200年前に大陸を統一できたのもこれらのおかげじゃからな! じゃが、それよりももっと凄い英雄が傍に居る。ワシはその人のおかげで英雄になれた。じゃから、その人にお願いした。お前を守ってくれと。その人は笑って答えてくれた。じゃから、心配するな! その人が守ってくれる! だから、幸せに生きてくれ」

 僕がおじいちゃんの手紙を読み終えると、頭を撫でられた。

(ナツメ)「誰?」

 辺りを見渡しても誰も居ない。

 でも確かにそこに居る。

 僕の近くに居る。

 僕を見守ってくれている。

 そういえば、おじいちゃんは僕の隣に居た人に頭を下げた。

 僕の近くに居るのは、きっとその人だ。

(ナツメ)「これからよろしくお願いいたします」

 誰も居ない場所で頭を下げるなんて滑稽だ。でも僕は可笑しいと思わなかった。

 だって、僕の傍に居るんだから。


 気持ちの整理がついたので身支度を整える。

 持ち歩くものは、おじいちゃんが残したお金とアイテム。

 正直どんな使い方をすればありがとうと言ってもらえるか分からないけど、とにかく持って行く。

(ナツメ)「これは、良いかな」

 学生服はこの家に閉まっておく。

 もう服はおじいちゃんから貰ったから必要ない。

 それにもう、僕は学生じゃない。

 僕は大神ナツメだ。

 まあ、本当は着る勇気が無いんだけどね。

(ナツメ)「次に着る時は、かっこよく着て見せるよ」

 箪笥に学生服を仕舞う。

 これで準備完了だ。

(ナツメ)「おじいちゃん。行ってきます」

 最後におじいちゃんのお墓に挨拶をする。

 また来るときは、土産話を沢山用意しよう。

(ナツメ)「そういえば封書?」

 僕は猛烈に封書が気になった。おじいちゃんが残してくれた思いだから。

(コペルニクス)「ナツメ! どこへ行くのですか?」

 僕が玄関で背伸びをしているとコペルニクスさんが驚く。

(ナツメ)「ここを出ようと思って。ここじゃ何にもできないし」

(コペルニクス)「そ、そうですか。しかしどこへ?」

(ナツメ)「どこか。当ては無いけど、ぷらぷらするよ」

(コペルニクス)「ナツメ、それはダメだ。私の傍に居なさい」

 僕は首を横に振る。

(ナツメ)「コペルニクスさんはすごい英雄だ。でも僕がなりたい英雄はコペルニクスさんじゃない。だから、僕は行くよ」

 コペルニクスさんは目を瞬かせると軽く笑う。

(コペルニクス)「この封書を持っていってください。これは、私には荷が重い」

(ナツメ)「分かりました。今まで本当に、ありがとうございます」

 僕はお辞儀をして山を下る。

 どこに行けばいいのかなんとなく分かった。

 誰かが僕に囁く。

 目的地はエーテル国軍、マルク森近くの駐屯地。

 そこに何があるのか分からない。

 でもきっと、僕はそこで何かができる。


 コペルニクスは明るく下山するナツメの後姿を見つめながら十字架を握り締め、天を仰ぐ。

(コペルニクス)「主よ、ありがとうございます」

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